【MPE 3】

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   3


 空き家であるはずの一軒屋。一階にあるシャッターは、恐らく自家用車のためのガレージだろう。
 小柄なショートカットの女の子が、その空き屋にそっと触れる。そして。
「呪詛諸毒薬・所欲害身者・念彼観音力・還著於本人、囁き、詠唱、祈り、念じろ」
 すると空き屋全体が発光を見せ、周囲はガラスの壁のようなものに包まれた。
 これこそが九十九唯の異能である陰陽術「奇門遁甲の陣」である。平たく言えば破壊不能の結界で、術者が死亡したり負傷したりしない限り、外部から干渉されることはない。
 実はこの術こそがあの四神「玄武」であり、醒徒会長・藤神門御鈴の「白虎」に匹敵する高度なものである。これほどの力を手にしておきながら、唯はほとんど学園の表舞台に出ることなくひっそりと過ごしてきたのである。
 結界が完成したのを確認し、黒井揚羽はガレージのシャッターをこじ開ける。外部から遮断されているので、このような蛮行も他人に目撃されることはない。
「白のスポーツカー・・・・・・!」
 その国産スポーツカーを目にしたとたん、二人はごくりと唾を飲み込んだ。
「間違いないわ。犯人はこの空き屋をアジトにしていたのよ」
「目撃証言、間違ってなかったね」
 揚羽と唯は奉仕活動をサボって、とある事件の調査をしていた。「中等部生失踪事件」である。
 女子寮のロビーで話題になっていたのを揚羽が耳にしたのだ。昨日の夜から中等部生の相沢ナナミと葛城澪が行方不明になっていた。忽然として夜の町に消えた二人のことを、寮で生活しているクラスメートたちが口々に心配の言葉を出していた。
 だから今日はずっと中学生たちの捜索をすることに決めたのである。ところが公園周辺で奇妙な目撃情報を得たのだ。
「昨日の夜、不審な白のRX7が公園に停まっていた。中にはアベックがいた。どういうわけか袖ヶ浦ナンバーだったのでよく覚えている」
 と、一言でまとめればそのような内容の証言であった。袖ヶ浦といえば千葉県である。醒徒会や風紀委員に先駆けてこの貴重な情報を手にした揚羽と唯は、いっそう張り切って事件の調査に没頭していたのである。
 揚羽は目立ちたかった。
 活躍をして、学園のみんなに自分の強さや存在を認めてほしかった。
 そのような強すぎる気持ちが彼女を駆り立て、行動させていたのである。
「いいこと唯。私はただ活躍したいだけなの。これ以上、学園のみんなから悪いように言われたくなかったら大人しく帰りなさい?」
 ところが返事として帰ってきたのは、温かな手の温もりだった。揚羽はきょとんとして唯のほうを見る。
「私はずっと揚羽ちゃんと一緒だよ。ずっとそうだったし、これからもそう」背の低い唯は、子犬のような愛嬌のある笑顔を揚羽に向ける。「揚羽ちゃんと一緒なら、何を言われても何をされてもかまわないよ」
「もう、あなたって子は」揚羽は呆れたような笑顔になった。「やっぱりあなたには何を言っても無駄なようね」
 口ではそのようなことを言いつつも、本当は嬉しくてたまらないのである。
 揚羽たちはRX7の脇を抜けて、室内へと潜入していった。RX7がどんな形をした車であるかは、インターネットで検索すればすぐにわかった。
 ガレージ付きの空き屋は、家というよりももともとは何かの作業場といったような雰囲気であった。部屋が広く造られているのだ。まるで小さな体育館のよう。
 その隅で、揚羽たちは捜していた人間たちを発見したのである。三人とも縄で縛られて、こんこんと深い眠りに落ちているようだ。
「ヘンシェル!」
「揚羽ちゃん、中学生の二人もいるよ!」
 揚羽と唯がこのアジトを特定できたのは偶然のことであった。
 白のスポーツカーという情報を得たのはいいものの、いくら島内の隅々まで巡っても肝心の車を発見できず、行き詰っていた。揚羽が何となくモバイル学生証のGPSで自分たちの位置を確認しようとしたときだった。
 GPSの反応があったのだ。どうしてかヘンシェルがこの建物にいたのである。それも、空き屋であるはずの。意を決しガレージに潜入したら、該当する車を認めたというわけだ。
 こうしてヘンシェルも中等部生も見つけることができた。あとは逃げればいいだけなのだが、好戦的な揚羽は違う。
「ほら、出てきなさいよ!」
 こっそりもぐりこんできたのにも関わらず、犯人を呼び出すという行動に出たのだ。
 二人を助けるだけでなく、犯人を倒して警察に突き出すことまで彼女のシナリオだった。どうしてそこまでして活躍したいのか? 何かこう、彼女を強く突き動かす動機めいたようなものが見え隠れする。
「もう見つかってしまったのか・・・・・・」
「双葉島は怖いとこねぇ。甘く見てたわぁ」
 向こう側にあるドアが開き、男女がやってきた。証言どおりだ。
 一人は銀色の髪をした美青年。もう一人は白衣に身を包んだ茶髪の女性であった。白衣のほうは小さなタンクを一つ背負ってきて、その場にドンと下ろした。揚羽はしっかりその場に立って構え、唯はいつでも術を使えるようお札を指先に摘んだ。
「悪いけど容赦しないわよ?」
「この家は結界で封じられています。揚羽ちゃんはいつでも強力な攻撃に出られます。抵抗はやめてください」
「・・・・・・やれやれ。どうする、シホ?」
「殺しちゃっていいわぁ」さらりと恐ろしいことを言う。「どうせ車に詰め込めないでしょ? ただの邪魔だし、この子たちは始末しちゃいましょ」
「了解」
「舐めんじゃないわ!」
 揚羽が魂源力を解放する。ゆらっと後ろ髪が持ち上がり、鱗粉がその周りに浮かびだした。
「させないわぁ」
 ところが白衣の女も攻撃に出た。タンクがバキンと破裂し、破片が吹っ飛ぶ。そして中にいたものを目にしたとき、揚羽も唯も戦慄したのであった。
 灰色の体がまず目に付く。二つの足で直立していることから、恐らくデミヒューマンのラルヴァに近いものがあるだろうと思う。
 何よりも奇妙で奇怪で恐ろしかったのは、その化物の両肩から伸びる「触手」の束であった。人間でいう両腕の部分が「触手」となっている化物だ。頭部は萎縮してクレーターのような陥没が目立ち、顔面も皮膚が垂れ下がって何重にも積み重なる段を構成している。隙間から飛び出て細長い紐のようなものでぶら下がっている、二個の球体が、恐らく眼球なのだろう。
「な・・・・・・何なのこれぇ・・・・・・!」
「唯、しっかりして! 来るわ!」
 体長がシホの半分ぐらい――子供程度の背の高さである――化物は、タンクから出された直後はしばらくじっと止まっていたのだが。
「うわあっ!」
 魂源力を解放して待ち構えていた揚羽に、触手の束が突っ込んだ。垂れ下がる眼球をぶらぶら揺らしながら、化物は俊敏な動きで揚羽に襲い掛かってきた。
「揚羽ちゃん!」
「おっと、君の相手は僕だよ」
 唯は不覚を取った。ジュンに接近を許してしまったのだ。眼前を彼の手のひらが包む。
 バチンという強い衝撃。唯は悲鳴と共に崩れてその場で膝を付いた。ジュンは倒れ行く唯の背中を、左手で支える。
 しばらくまじまじと唯の顔を見つめていた。それからフッと微笑み、こんなことを言い出したのだ。
「美しい・・・・・・!」
「え? ・・・・・・あ、やだ、ちょっと」
 何と唯の顎を右手の指先で持ち上げて、唇を奪おうとしてきたのである。
「やだぁッ!」
 唯とジュンとの間に結界の壁が発生し、それはジュンを拒絶するかのように吹き飛ばす。彼は受身を取って転がり、シホの足元で起き上がった。
「またあなたのスタンで倒れなかった。学園の異能者ってほんとすごいわぁ」
「ふん。年頃の仔猫ちゃんには、噛み付く力ぐらいあるのさ」
 そして唯の後方では、揚羽が触手を胴に巻かれてきつく締め上げられていた。頭に来た揚羽は魂源力を瞬間的に、全力で解放した。
「こ、こ、こ、この化物めぇ――ッ!」
 なりふり構わず鱗粉を解き放ち、クリーチャーに食らわせる。とっさに唯も自身に結界を貼り、揚羽の無差別的な攻撃を防ぐ。味方に損害を与えかねない危険な能力。まさに「カテゴリーF」の力。
 化物は奇声を上げつつ、体全体から気体を吹上げ、みるみるうちに干からびながら凍っていく。魂源力を怒りのままに爆発させた揚羽は、その場で両手両膝をついてぜえぜえ苦しそうに呼吸をしていた。頭にスタン攻撃を食らってダメージを負っている唯も、よろよろと近づいてきて揚羽の隣についた。
「揚羽ちゃん、あいつら強いよ!」
「このままじゃやられる・・・・・・! 何なの? 何なのよあいつらは!」
 揚羽と唯はまだ知らなかった。今、島の外ではとんでもない人物が陰で猛威を奮い、異能者たちを恐怖のどん底に突き落としていることを。そしてとうとうその手先がこの双葉島に乗り込んでいたということも。
「僕はジュン。人をショックで気絶させる力を持ってる。こっちは科学者のシホだ」
「改めましてお二方、『クリエイト・クリーチャーズ』のシホと言うわぁ。・・・・・・異能はもうおわかりのように、化物を生み出す力なのよぉ」
 シホはそう言ってドアのほうに歩き、廊下に出た。いったい何をするのだろうと、揚羽と結いは見ていたのだが。
 ドン、と置かれたタンク。二人はそれを見ただけで絶句した。あの恐ろしくて強い化物がもう一体いたのである。揚羽が死力を尽くして倒すのがやっとであったというのに。
「はい、もう一個」
 楽しそうな弾んだ声で、シホはもう一つタンクを置いた。もう二人は声も出ない。シホは化物を運搬するさい、専用のタンクに詰め込んで運んでいる。タンクには食料の缶であるというカモフラージュがされていた。これで車の後部座席に詰め込み、難なく双葉大橋を通過してきたのだろう。
「クリーチャーは三体持ち込んできたわぁ。残念ねぇ、嫌な死に方することになるなんて」
「うーん、やっぱ殺すのはやめにしないかシホ? せめてあの小さな子だけでも」
「何を言ってるのよぉ。車にはもう詰め込めないって言ってるでしょお?」
 唯はがくがくと震えていた。単なる誘拐事件だとたかをくくってこうして乗り込んだはずだった。趣味の悪い誘拐犯を捕まえて警察に突き出すことが目的だった。そうすることで揚羽も自分も学園から見直され、その強さや実力を認めてもらう・・・・・・はずだった。
 相手は趣味が悪いどころではなかった。趣味が悪すぎてとんでもない化物を創って仕掛けてくるぐらいの、たちの悪い異能者だったのだ。危険な事件に首を突っ込んでしまった。殺される。
「適当に軽でも盗めばいいさ。シホも免許もってただろ?」
「また適当なことを。もう、わかったわ? こいつらも捕まえて、エリザベート様に差し出しちゃいましょお」
「エリザベート・・・・・・?」
 二人が何を言っているのか全くわからない揚羽は、そう呟いていた。彼女の怯えた顔に応えるよう、二人は彼女たちに説明をする。
「エリザベートは怖い方だ。女の子の魂源力を抜き取って、自分のものにしてしまう」
「エリザベート様は双葉学園の子に興味を持ってらっしゃるわぁ。もう三人も捕まえちゃったし、すっごく喜んでいただけると思うわぁ」
 そう、紅潮した頬に右手を当てながらシホはうっとり語る。揚羽は怒鳴った。
「それであんたたちが島に送り込まれたってわけね!」
「その通り。私たちはエリザベート様の命を受けて、双葉学園の女の子を拉致しに来た工作員のようなもんなの」
「さぞかし、エリザベートにとっては学園がお菓子の家に見えることだろうね」
 つまり、エリザベートという女は双葉学園の女子異能者を食らいつくすために、シホとジュンを送ってきたのだ。エリザベートに差し出された学園生たちが、次々と魂源力を吸われて倒れていく・・・・・・。
 そんな光景を想像しただけで、唯はぶるっと震える。「何て罰当たりな・・・・・・!」
「そして君たちもエリザベートの糧となるのさ。光栄だね」
 かちかちと、恐怖で揚羽の歯が鳴っていた。
「もう、四人目五人目の獲得なのねぇ。順風満帆ねぇ」
 二人の静かな笑い声ががらんどうのフロアに響く。ゴン、ゴンという、タンクの中から何かが壁を殴りつけているような音が聞えてきた。
 もう、二人に勝ち目などなかった――。


 西の空は一面の赤に輝きわたり、雲が小さな黒い点となってぽつぽつ浮き上がって見えた。
「ほう。これだけこなせるとは、君たちも大したもんじゃないか」
 白い肌が夕日に染まって赤みを帯び、黒髪も綺麗なあまり反射して一部が白く光って見える。逢洲等華は学園の問題児三人に対して淡々とそう言った。彼女たちの隣には軽トラック五十台分はある見事な雑草の山が出来上がっていた。
「本っ当にムダな時間でしたわ! こんなの早く止めさせてくださいまし!」
 物怖じすることなく奔放に噛み付く桜子。等華はギロリと睨む。「まあまあ、桜子ちゃん」とマリオンが苦笑しながらなだめた。
「にしても、黒井揚羽と九十九唯はまたサボりか。謹慎期間を延長したほうがいいのかもな」
 二人に関しては特にフォローも見せない桜子たちである。あの戦いから、揚羽らのペアとほとんど会っていない。
 揚羽と唯はずっと一緒になって行動している。何をしているのかもわからなかった。今日の草むしりだって、二人が来ていればもっと楽な作業になるはずだったのに。今日は丸一日使って学園内の雑草を処理したが、それでもあと三割ほどの敷地が周れていない。
「ヘンシェル・アーリアがいないな。どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
 しかし、この件に関して三人は気にならずにいられなかった。今日、途中から合流するはずだったヘンシェルがついにやってこなかったのである。
 真面目なヘンシェルは奉仕活動を欠いたことがなかった。小夜子ですら助っ人の依頼で活動を休むことがあるのに、ヘンシェルはこれまでずっと皆勤賞という優等生ぶりだった。
「まあいい。今日はこれで終了だ。お疲れ様」等華はふうっとため息をつく「六谷彩子くんの事情聴取をしないとな」
 猫のイラストが可愛らしいスケジュール帳を開きつつ、三人の前でうっかり呟いてしまったのだ。
「事情聴取ですって?」
「何かあったのでしょうか?」
 口々に言った桜子とマリオン。等華は「しまった」とばかりに焦る。
「こっちの話だ! 君たちには関係ない!」
 等華は「ところでパラダイム・桜子。貴様どっかで私の悪口を言ってなかったか? 無愛想だの凶暴だの、貧乳だの!」「は? 何のことですの!」「いつかそのひねた性格を叩きなおしてくれる。覚悟しとけ!」「知りませんわ! 知りませんわ!」と、桜子に唐突な話を持ち出して、その場から足早に去ってしまった。
 フン、と桜子は両手を腰にあて、こう言う。
「なーんか隠していますわね?」
「暗示で・・・・・・聞き出せないことも・・・・・・ないですが・・・・・・相手が・・・・・・悪すぎました・・・・・・」
 と、小夜子が言った。
 小夜子の異能は「強制暗示」である。普段前髪に隠れている瞳が輝いたとき、彼女の視界に入ったもの全てを無差別に暗示下に置くことができるのだ。
 しかし小夜子の力も結局は一人の異能者の力に過ぎないのである。精神力の強い者にはかかりにくいという欠点があり、恐らく風紀委員長の逢洲等華には通用しないだろう。そしてもしも彼女に対して暗示を使用したことが判明すれば、今度こそ小夜子はタダじゃ済まされない。
 そのときモバイル学生証の着信音が聞えてきた。小夜子のものだ。同時にマリオンや桜子のものもポケットの中でぶるぶる振動をした。
「メールだ。誰からだろ」
「フリージアですわねぇ。どうせくだらない内容に決まって」
 だが、メールを開いた瞬間、三人の顔が凍りついた。

『ヘンシェルが何者かにさらわれた』


 フリージアは喫茶ディマンシュに三人を呼び出し、偵察で得た内容を教えることにした。この店ならウェイトレスも優しい人なので、自分のような悪目立ちをしている人間たちがやってきても気に留めることもしない。
 GPS機能でヘンシェルの居場所を特定しようとしたが、できなかった。とっくにモバイル学生証を破壊されたか何かで、対策をされているようだった。
「シャレになんないことになってるわ。よく聞くのよ」
 昼間のときとは違って、ニコリともせずフリージアは言った。
 本日の昼ごろ、ヘンシェル・アーリアと六谷彩子が謎の二人組に強襲され、ヘンシェルが拉致され連れていかれた。彩子はその場で倒れているところを、彼女を探していたクラスメートたちが発見し保健室へ搬送したという。「草むしりしてたときだ」とマリオンが言った。
 そしてそれとは別に、今、中等部の女の子二人が行方不明になっている。これは昨日の夜に突然失踪したとのことで、島内の異能警察隊が捜索していたところだった。
「彩子って子が夕方四時過ぎに目を覚ましてね、この言葉を言ったのよ。『エリザベート』」
「エリザベートって! 嘘、そんなまさか!」
 桜子が目を大きく開いて驚く。
「そうよ。島の外で話題になってる謎の魔女『エリザベート』。それでもう醒徒会や風紀委員や島内警察はとんでもない騒ぎになってる」
 草むしりをしているときに、好奇心からフリージアが教えてくれた魔女「エリザベート」。女子異能者をことごとくさらい、魂源力を根こそぎ強奪してしまう恐怖の存在。魔女。
 そのエリザベートが、二人を使いとしてよこしていよいよ双葉学園に牙を向けた、ということなのだろうか? ・・・・・・なるほど、エリザベートにとって、異能も魂源力も教育によって洗練された女の子の多いこの双葉島は、さぞかし甘い果実の詰まったバスケットのように見えることだろう。
「中等部の子の件も謎の二人組の仕業だと話が繋がったわ。でも、それよりヘンシェルよ。ヘンシェルがさらわれちゃったのよ!」
 フリージアはドンとテーブルを叩き、感情いっぱいに言った。小夜子がフリージアの隣に移動し、「落ち着いて・・・・・・」となだめる。
 幼少のドイツ時代から双葉学園に至るまで、フリージアはヘンシェルとずっと一緒だった。お互いに成長するたび、性格の差も明確になってきて対立も見せるようになった。それでも、かけがえのない親友であることには変わりない。
 ヘンシェルが生命の危機に脅かされている。ずっと一緒だった友達が、エリザベートという得体の知れない脅威によって殺されようとしている。黙っていられるわけなどない。
 鋭い眼光はやがて落ち着きを取り戻したようにその殺気を緩和し、フリージアはふうっと重い息を吐いた。
「学園の連中は相変わらず何も教えてくれない。小夜子さんを呼んで暗示で聞き出そうとも思ったけど、それをやっちゃ今度こそ学園にいられなくなるかもしれないしね」
 情報を手にするにはかなり高い障壁が待ち受けている。双葉学園は時として、敵として立ちはだかるときがある。しかしそれは自分たちに限っての話なのだろうが。フリージアは苦笑を見せた。
「彩子さんなら、何か知ってるのかな?」
 ふとマリオンがそう言った。桜子も「そうですわ! 彩子さんから話を聞けば、二人組のこととかわかるかもしれませんわ」と同調する。
「もちろんそのつもりよ。ま、当の本人がインフルエンザで寝込んじゃってるんだってさ」
「インフルエンザって・・・・・・ああ、なるほど」
「相変わらずヘンシェルさんは歩く病原体ですわね」
 と、桜子とマリオンは引きつったような笑顔になった。
「では・・・・・・聞きたくても・・・・・・会えない・・・・・・聞けない」
 小夜子がしょんぼりし、ささやくように言った。しかしフリージアははっきり「関係ないわ」と言う。
「ヘンシェルがさらわれたんですもの。明日、彩子って子のところに乗り込んでぶん殴ってでも吐かせるつもりよ」
 鞄から何か丸まった紙を取り出し、テーブルに広げる。六谷邸の間取り図と図面であった。こんなものどっから手に入れたの、とマリオンがびっくりしている。
 フリージアは時として強引に出る面がある。大丈夫かなぁ、と三人は正直のところ心配でたまらなかった。
「ああもう。こういうときに限って、揚羽さんと唯さんはどこで何をしてらっしゃるの?」
 桜子は窓の外を見る。夜道を行きかう自動車のライトと、すっかり困り果てた自分自身の表情がガラスに映った。
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