【改造仁間―カイゾウニンゲン― 第二話】

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【改造仁間―カイゾウニンゲン― 第二話】 - (2009/11/07 (土) 03:27:18) の編集履歴(バックアップ)



改造仁間―カイゾウニンゲン―

 第二話 「炸裂!!ガナリオン・クラッシュ!!」


 武道場にクラスメイトたちの気合の声が響く。
 今日は週に二度の異能戦闘実技の日だ。
 中等部から生活費の半分近くを討魔ポイントでまかなってきた俺は普段ならこの授業に真剣に取り組んでいたのだが、今となってはそれも遠い思い出だ。
 なぜかって?
 それは今の俺は改造魔に改造されて変身しないと異能が使えないから。
 変身ポーズがまた人前でやるにはとても恥ずかしい。
さらに言うと、変身はともかく各武装、技を使うとムチャクチャ魂源力を消費してしまう上に自分では消費量をコントロールすることはできないのだ。
 本当に酷い話だ。
 このままポイント稼ぎの雑魚ラルヴァ退治が思うようにできなければ遠からず俺の蓄えは底をつき、快適な寮生活(個室)が奪われてしまう。
 むさくるしい男どもと相部屋なんて絶対にいやだ。
「次、岸田と木山」
 格闘担当の講師が俺ともう一人の男子を呼ぶ。
 今の時間は二人一組で異能を絡めた組み手を行っていて、出席番号順で俺の出番が回ってきたのだ。
 気は向かないがいまさら逃げることもできない。
「仁ちゃんガンバレー」
 改造魔がお気楽に声援を送ってきた。
 まったく諸悪の根源のくせに能天気にニコニコ笑って手なんか振りやがって。
「木山、変身しないのか?」
 岸田がニヤニヤしながらそう尋ねてきた。
 この野郎、嫌味な面しやがって
「……するよ。
 しないと異能使えないし」
「仁ちゃん!変身だー!」
 うんざりしつつ答える俺に向かって改造魔がまた無責任に煽り立てる。
 この野郎また乳揉んでやる。
 1週間前、初変身の時に揉んで以来だからしっかりたっぷり揉んでやるぜ。
 ……まあホントのところ強引に迫る度胸なんてないんですけどね。
「早くしろよ」
「わかったよ。
 よーく見てろ!俺の、変身!」
 さらに嫌味な顔をして変身を促す岸田に答えつつ、俺は勢いよく変身ポーズを取った。


「なあ改造魔、今日はいったい何なんだよ。
 この辺って小等部の通学路だろ?
 散歩でわざわざここまで来る必要があるのか?」
 俺は周囲を見回しながら前を歩く改造魔に問いかける。
 放課後、俺と改造魔は高等部とは結構離れている小等部の近くに来ていた。
 この辺りは高等部周辺よりもずっと自然が多く、ちょっとした森林公園のような風情がある。
 子供たちの教育には自然な環境が一番だとか何とか聞いたことがあるが、確かに木々に囲まれた小等部通学路は、不思議と心が落ち着くいい環境だと思えた。
 中等部の周辺もそれなりに自然があるが、ここまでキレイに整備されてはいなかったし、高等部の近くはもう都会のような(島の立地的にはホントに都会だけど)様子だ。
 もしかしたら段階的に環境に慣らしていってるのかも。
「今日はパトロールだよー。
 最近、この辺りに怪しい影を見たっていう報告がいくつかあったんだって。
 だからこうして見回ってれば、そのナゾの影にきっと出くわすよー」
「へ?
 でもこの辺って小等部の結界が張られてるだろ?
結構、厳重だから風紀もあんまり見回りに来ないし、ラルヴァとかまず出ないって聞いたけど。
 それにラルヴァなら感知結界にかかってすぐ見つかるんじゃないか?」
 散歩目的はパトロールだと言う改造魔に俺はさらに疑問を投げかける。
 俺の知る限りでは、小等部は校舎を中心に通学路辺りもほとんどが結界に覆われている。
 それもラルヴァを遮断するタイプのもので、よほど強力な個体でもなければ結界内に侵入することも難しいらしい。
 異能者の魂源力を磁石のS極とするとラルヴァのそれはN極に当たるとかで、それを利用して異能者は通れる(もちろん一般人も通れる)がラルヴァは通れないという結界だとかなんとか。
「うん、そうなんだけどこの辺だけは結界の外になるんだって。
 だから出るとすればこの辺りだと思うんだ。
目撃証言があった場所とも一致するし」
「ふーむ結界の隙間みたいなもんか……お、集団下校だ。」
 改造魔の話に耳を傾けつつ前方を見ていると、ちょうど曲がり角から一人の女性(先生かな?)を先頭に、何十人かの小等部生徒たちが現れた。
 子供の登下校といえば普通はやたらとうるさいものだが、見たところおしゃべりをする様子もなく静かに歩いている。
 だが、どうやら子供たちがおとなしいということではなく、何かにおびえている感じだった。
 改造魔の言う、ナゾの影に警戒しているのか?
 などと考えていると子供たちから数メートル離れた辺りの地面がボコリと盛り上がり、地中から何かが現れた。
「あっ!?マジか!?マジで出たのか!?」
 ラルヴァが本当に現れたことに驚いていると、子供たちが一斉に大声を上げて逃げ惑い始め、先生らしき女性は子供たちをかばうように両手を広げ、クモのような姿をあらわにしたラルヴァの前に立ちはだかる。
「やべえよ、助けなきゃ!」
「仁ちゃん待って!」
 あわてて変身しようとする俺を改造魔がおしとどめる。
「なんだよ!?
 いそがねえとヤバイだろうが!」
 振り返って文句を言う俺。
「最初は生身だよ!」
「はぁ!?」
「ヒーローは最初に生身のまま助けなきゃ!
 変身はその後だよ!」
 なにを言ってるんだこいつは……。
 一瞬呆然とした俺を女性教師の叫び声が現実に引き戻す。
もうアレコレ考える間もなく助けに行くしかない。
 俺は前に向き直ると一気に駆け出し、ズボンの左ポケットから取り出したメリケンサックを右手にはめる。
 変身しないと異能が使えなくなったため、何か普段使える武器が欲しくなって急遽購入したものだ。
 なるべくなら使いたくなかった。
 だって異能なしで戦うなんて怖いもん。
「おりゃああ!!」
 ラルヴァに一足飛びで届く間合いに入ると同時に、俺は雄たけびを上げながら跳躍して右ストレートを繰り出す。
 俺に気づいた化け物が振り向く、が遅い。
 右ストレートは奴の顔面を捉え、全力疾走の勢いのまま数メートル押しやる。
 固い感触が右手に響くが、ラルヴァは体格の割りに意外と軽いようだ。
「ビースト……ツチグモか!
 っと、先生大丈夫?」
 振り返って女教師の無事を確認する。
 彼女はなみだ目になりながらも気丈に頷く。
 さすが双葉学園の先生だ。
「仁ちゃんそこで変身だー!」
 走りよりながら改造魔がそう叫ぶ。
それにしても足遅すぎだろ。
「よっしゃ!」
 俺はラルヴァに向き直るとメリケンサックを足元に投げ捨て、両拳を腰溜めに構える。
 そこからすばやく両腕を胸の前でクロスさせ、手首を交差させたままゆっくりと前方に突き出す。
 「ガナル・チェンジ!!」
 さらに変身のキーワードを叫ぶと両腕を交差させたまま手のひらを開きつつ胸元に引き戻し、一気に腕を左右に広げる。
 すると両手の甲、胸、両足首にある五つの『ガナル・コア』から真っ赤な光があふれる。
 光は俺を中心にドーム状に広がり、つむじ風のようにくるくると回転する。
 やがて赤い光は俺の体を薄く覆う様に集束していき、プロテクターを形成して一層眩しく、白く輝く。
 光が拡散し変身は完了した。
「おっし、一気に……おわっ!?」
 気づくとツチグモは目の前に迫っており俺に向かって覆いかぶさってくる。
 なんとか化け物の腕のうち二本をつかんで耐えようとするが、あっさり力負けして押し倒される俺。
 やっぱ1.2倍程度のパワーアップじゃ力では対抗できないよなあ……。
 ラルヴァは俺を押し倒して気を良くしたのか、二本の前足?を振るって鉤爪を何度も俺に打ち付ける。
 幸いプロテクターのおかげでダメージはない。
 衝撃自体はあるから痛いのは痛いけど。
「さすがモース硬度7に迫る高硬度を誇るカーネリアンだ。
 なんともないぜ!」
 俺はその防御力にうれしくなるが、組み敷かれたままでは満足に戦えないのも確かだ。
 なんとかこの化け物を押しのけなければ。
「がんばれガナリオーン!
 皆もガナリオンを応援して!」
「がんばれー!」
「負けるなガナリオーン!」
「頑張ってガナリオン!」
 改造魔の音頭で子供たちが一斉に声援をあげる。
気のせいか先生の声も混ざってたような。
 なんにしても応援に応えなきゃな!
「ガナル・クロー!!」
 右拳を左肩の前に構えそう唱えると、俺の声に反応して右拳から赤く透き通った爪が3本飛び出す。
「おりゃあ!!」
 俺は気合とともにクローをツチグモのあごの辺りに叩きつけた。
 爪が化け物の体表を貫き、青い体液が噴出し、ラルヴァは痛みにのけぞる。
 そこで俺はすかさず跳ね起きの要領で両足蹴りを叩き込む。
 なんか今までより動きやすいのはパワーストーンのパワーアップ効果のおかげなんだろうか。
 なんて思いながらバク転ぎみに起き上がる俺。
 ツチグモはと見ると、仰向けにひっくりがえっていて起き上がるのに苦労している。
 虫型はこういうところに弱点があるなあ。
 とにかくここで決めるしかないでしょう。
「いまだー!ガナリオーン!」
「やっつけろー!」
 再び子供たちの声援が響く。
「うっしゃ!止めだ!」
 俺は腰を落とし、右拳を腰溜めにしつつ半身に構え、左手のひらを右拳の前にかざす。
 そうしているうちにツチグモは半ば起き上がりつつあり、拳を打ち込むのにいい高さに奴の頭が鎮座する形になっていた。
「ガナル・パンチ!!」
 俺は敵の様子を確認した後、左足で大きく踏み込みつつ体をひねり、右ストレートを繰り出す。
 それと同時に右ひじのレンズのような部分から真っ赤に輝く粒子が噴き出す。
 すると右拳は一気に加速され、体ごと真っ赤な軌跡を描いてツチグモの頭部に炸裂する。
 その勢いのまま俺は化け物の横を通り抜け、数メートル進んでから停止する。
 振り返るとラルヴァは仰向けでクルクルと回りながら徐々に赤い光に包まれていき、やがて光の粒子になり爆発四散した。
 ……なにこの効果?
 なんだか変身するときとか技を出すときに出る赤い粒子と同じものだったような気がするが……よくわからん。


「はー……疲れたー……」
 寮の自室に戻った俺は制服を脱いでベッドに倒れこむ。
 あの後、俺は助けられて喜ぶ子供たちにもみくちゃにされたり、女の先生に感謝されたり、その先生の配慮で普通より多くの討魔ポイントをもらえたり(教員にはある程度、個人の裁量で討魔ポイントを発行することが許されているらしい)でなんというかいい思いをできた。
 だからちょっとだけ改造魔に感謝したい気持ちになっていた。
 ……ちょっと騙されてる気もするけど。
 とりあえず当面の寮費はなんとかなりそうだからあんまり深く考えないでおこう。
 問題は、これでまた少なくとも1日はチャージしなければまともに戦えないということだった。
 異能戦闘実技の授業にあわせて3日間魂源力をチャージして、2回変身+武装2回使用(授業で1回、ツチグモ戦で1回)+技2回使用(授業で1回、ツチグモ戦で1回)であとは1回変身できるかどうかの魂源力しか残っていない。
 魂源力残量を示す『ガナル・コア』の輝き(5段階に明るい赤から黒に変化する)はすっかり暗くなってしまっていた。
 ……ホントに燃費が悪すぎる。
 今後はなるべく武装や技に頼らず、俺自身の格闘技術を高めていくしかないのかもしれない。
 格闘系で俺が参考にできそうな人、誰かいたかなあ……。
 先行きに不安を感じながら俺は眠りに落ちた。


 ツチグモを撃退してから三日後の放課後。
俺はまた改造魔に連れられて小等部の近くまで来ていた。
「なあ改造魔、今日は何があるんだ?
 もう大丈夫なんじゃないのか?」
 すでに通学路の脅威は取り除いたのに、一体何があるというのかと改造魔に問う俺。
「それがねー、なんかまた怪しい影が出たって話があってね。
 どうもツチグモらしいんだけど、それが複数いたんだって。
 それでツチグモのことちゃんと調べてみたら『数体で群れて行動する』って書いてあったんだよ。
 だからもう一回ちゃんと全部退治しないとマズいと思って」
「なるほど……。
 けど何匹いるかわからないんじゃ、全部退治できたかどうか確認のしようがないんじゃないか?」
 改造魔の答えに新たな疑問がわいてくる。
「その点は抜かりないよー。
 ちゃんと微弱なラルヴァ反応を感知できるように、知り合いに生徒手帳をグレードアップしてもらったから!
 なんと小等部の結界の隙間全域をカバーできる性能を実現だよー!」
 そう言うと嬉々として白衣のポケットから生徒手帳を取り出す改造魔。
 見た目は特に普通の生徒手帳と変わりないようだ。
「あ、なんか反応があるぞ?ってこれは異能者か」
 生徒手帳のディスプレイに小さな青い点がいくつも表示されている。
 黄色い円で表されている結界の範囲内をゆっくり移動しているということは、おそらく下校中の小等部生徒たちだろう。
 この間見たときは30人くらいの集団だったから、そのうち10人くらいはもう異能に目覚めているという事になる。
 俺が異能を発現したのは中等部2年の時だから、なんだかちょっと不思議な感じがした。
 まだ幼い子供のころに異能を手に入れたら、もしかしたらその力に溺れてしまうんじゃないかなんて怖い考えも浮かんでくる。
 ……そうさせないためにこの学園があるんだろうけど。
 そんなことを考えながら歩いていると前方の曲がり角から、3日前と同じように先生を先頭にした集団下校の子供たちが現れる。
 やっぱりあの日と同じようにおびえたような表情をしている者が大半だ。
 ……別に俺が悪いわけじゃないのになんとなく罪悪感を覚えてしまうなあ。
 と、その時突然、背後からビービーという甲高い警告音?が聞こえてきた。
 振り向くと改造魔の生徒手帳からその音が出ているとわかる。
 あからさまにヤバそうな雰囲気に、俺は改造魔に問いかけた。
「お、おい改造魔、なんだその音?
まさか……」
「そのまさかだよー!
 子供たちのすぐ近くにラルヴァがいる!
 それも三体も!」
「マジか!?
 けど、どこにも見えねえぞ!?また地下か?
 もう他にはいないのか!?」
「多分、三体だけだと思う!
 他には何の反応もないよ!」
 改造魔の答えにあわてて周囲を見回すがそれらしい姿は見当たらない。
 ツチグモは名前の通り地面を潜水するように移動する能力があるから、早く避難させないとまずい。
「とにかく結界に戻るように言わないと!」
 そういいながら振り返ると時既に遅く、ツチグモの群れが地面から顔を出すところだった。
 魔物に気づいた子供たちはすぐにパニックを起こし、叫び声をあげて逃げ惑っている。
「マズイ!俺は助けに行くぞ!」
「仁ちゃん!走りながら変身して!
 普段と同じ手順でいけるから!」
「わかった!」
 改造魔の指示に応え、俺は全力で駆け出しながらすばやく変身ポーズをとる。
「ガナル・チェンジ!!」
 走りながら変身したため、赤い粒子は俺の前方から弾丸のような形に広がり、プロテクターが体の前面から背面に向けて流れるように形成されていく。
 真っ白な光に包まれ変身が終わると同時に、俺は思い切り前方にジャンプする。
 変身が走りながらできるなら……
「技だって出せるよな!
 ガナル・パンチ!!」
 俺の思ったとおり、発声とともに右腕を繰り出すとひじのレンズ部から赤い粒子が噴出し、体ごと一気加速しに前方に飛び出す。
 赤い矢と化した俺の右ストレートは、今まさに子供たちに襲い掛からんとする化け物の頭部に一瞬で到達、炸裂し、三体のうちの一体を真っ赤な粒子に変えて消し飛ばした。
「ガナリオンだ!」
「ガナリオーン!」
「頑張ってガナリオン!」
 子供たちの目の前に着地した俺に大きな声援が投げかけられる。
 やっぱり先生の声も混じっている気がして思わず振り返る俺。
 ……もしかしてヒーロー物がすきなの?
「仁ちゃん!うしろ来てる!」
 改造魔が走りながら俺の背後にラルヴァが迫っていると警告する。
 その時俺はふと思いついて、右腕を腰溜めにせず90度に曲げたまま水平に構え、
「ガナル・パンチ!!」
 と発声する。
 すると俺の体は左足を軸に一気に半回転、すぐそばまで迫っていた魔物の横っ面に激しく右フックを打ちつける形になり、ツチグモはそのまま脳天から地面に叩きつけられ爆発四散した。
……コレはいける!パンチ一つで色々応用が利くんじゃないの?
「仁ちゃん浸ってないで!上うえー!」
 再び改造魔が警告する。
 ハッとして見上げると、ツチグモが2メートルはある巨体で俺を押しつぶそうと飛び掛ってきていた。
 ものすごい跳躍力で、見た感じ5メートルくらいは跳んでいる。
が、ちょうどいい。
「今度はコレだ!
 ガナル・パンチ!!」
 俺は新たな応用を試すべくいつもより深く腰を落とし、右アッパーを繰り出すと同時に垂直に跳び上がる。
 右ひじから噴出す真紅の粒子を推進力に一瞬で上昇し、右拳をラルヴァの胸部に叩き込む。
 その勢いでツチグモは落下を止め、逆に俺は地面へと押し戻される。
「うおっと!……ッ痛うぅ。
 さすがに何メートルも飛んじまうと着地がキッツイな……」
 着地の衝撃にそう呻く俺の上空で、真っ赤な光が飛び散る。
 どうやら何事もなく魔物の群れを退治することができたようだ。
「やったー!」
「ガナリオーン!」
「ありがとうガナリオン!」
 俺の勝利に子供たちがワッと歓声を上げる。
 やっぱり先生の声も混じってるよこれ。
「やったね仁ちゃーん!」
 改造魔も駆け寄りつつ、うれしそうに声をかけてくる。
 とその時、またしても甲高い警告音が改造魔の手に持つ生徒手帳から響く。
「あ!仁ちゃん、足元!」
 生徒手帳の画面を確認した改造魔があわてて俺の足元を指し示す。
 急いで見下ろすと、クモをそのまま大きくしたようなツチグモとは違う、鬼のような巨大な顔が地面から文字通り顔を出していた。
「ゲッ!こいつは!」
 すぐさま飛びのこうとする俺の脚に、一瞬早く化け物が口から吐き出した粘つく糸が絡みついた。
「うわああ!!」
 地面から完全に姿を現したラルヴァはうれしそうに顔をゆがめると、頭を振って糸に絡めとられた俺を振り回し始めた。
 その勢いで俺は何度も地面を引きずられ、叩きつけられる。
 何とか自由な両腕で頭だけはカバーするが、正直ヤバイ。
 カーネリアンのプロテクター自体はこの程度のことではヒビ一つ入らないが、中身の俺は特に身体強化をされているわけでもなく、叩きつけられる衝撃は確実にダメージとなって蓄積されていく。
 ……まずい、だんだん力が入らなくなってきた。
 このままだと、マジで、死ぬ。
 「うっ!?」
 何度目かに地面に叩きつけられたとき、急にラルヴァの動きが止まる。
 何とか上半身を起こし化け物に目を向けると、いくつもの石つぶてや小さな光弾、氷の矢などが魔物に一斉にぶつけられていた。
 攻撃の出所に目をやると、子供たちが地面から拾った石を投げたり、精一杯に異能を発揮している様子が見えた。
 「みんな頑張って!ガナリオンを助けるんだよ!」
 改造魔も子供たちを扇動しながら、必死にそこら辺に落ちている石や木の枝を拾っては投げていた。
 呆然とその様を見ていた俺の足元に小さな火の矢が着弾する。
 その火は俺と化け物をつなぐ粘性の糸を焼ききり、俺を自由にしてくれた。
 「立ってガナリオン!
 お願い!子供たちを守って!」
 振り向くと子供たちを連れていた先生が俺のすぐそばまで来ており、その手には赤い矢が握られていた。
 俺を開放するために恐怖に耐えてここまで来たのだろう。
 足はガクガクと振るえ、その瞳には今にもこぼれそうな程に涙が浮かんでいる。
 ……よーし、もう一踏ん張りしてやるぜ!
「うおお!」
 勢いよく立ち上がる俺。
 しかしさっき受けたダメージに体中が悲鳴を上げる。
 ……くー、キッツイ……こりゃもう長くは戦えねえぞ。
「わー!」
 不意に子供たちの悲鳴が上がり、俺はあわてて顔を上げる。
 その俺の目に飛び込んできたのは、標的を切り替えたのか、ゆっくりと巨体を子供たちの方に向ける魔物の姿だった。
 その顔には狩の邪魔をされた怒りがありありと浮かんでいた。
「ヤバイ!
だぁあああ!!」
 俺は子供たちに迫ろうとするラルヴァに、体の痛みも忘れて駆け寄ると全力でタックルをブチかます。
 一瞬、動きの止まったところを見逃さず化け物の前に回りこむと、4対の足の上から二段目をつかんで何とかその場に押しとどめようと試みた。
 が、
「……無理だッ!」
 案の定、ツチグモ以上の体躯を持つ魔物と力比べができるほどのパワーは俺にはなく、のしかかられてあっさりと地面にひざをつく。
 ……ちくしょう。こりゃあ本格的に年貢の納め時か。
「仁ちゃん!ガナリオン・ジャンプだよ!」
 一瞬、辞世の句を考えかけた俺の耳に改造魔の大声が飛び込んできた。
 ……ジャンプ?
 ジャンプってこの状況で!?
 少年ジャンプじゃなくて!?
 ……まあいいや、あいつがやれっていうんだからやるしかない。
 だってもうできること思いつかないし。
「っぐ……ガナリオン・ジャンプ!!」
 何とか息を吸ってそう発声すると、全身のレンズ部から赤い粒子が噴出し、さながらロケットのごとくラルヴァごと俺の体を上空高く押し上げる。
 ……ねえ、ちょっとこれ高すぎない?
 明らかにさっきパンチで飛んだときの倍は跳んでるんだけど。
 推定10メートル?
 ……ちょとおおおおお!!これって落ちたら死ぬんじゃないの!?
「仁ちゃん!ラルヴァを放り出して前宙して!」
 よく通る声だな改造魔。
 どうしようもないからとりあえずラルヴァから手を離す俺。
「けど、前宙は無理だ……お!?」
 前方宙返りをしようとすると全身の粒子噴出が収まり、背中のレンズ部から一瞬だけ粒子が噴出して回転をサポートしてくれたおかげであっさりと一回転する。
 見下ろすと既に化け物は仰向けに落下を始めており、俺の斜め下、前方数メートルに離れていた。
 「今だよ仁ちゃん!
 叫んで!ガナリオン・クラッシュ!」
 再び響く改造魔の大声。
 なんかいかにも最強の必殺技って感じだね!
ってことはやっぱアレか。
「ガナリオン・クラッシュ!!」
 俺は右足をラルヴァに向けて構えると技発動のキーワードを叫ぶ。
 すると思ったとおり、全身から赤い粒子の噴射が始まり、化け物に向けて一直線に、ものすごいスピードで突進する。
 空気と粒子がぶつかり合い、摩擦で赤熱してまるで赤い流星のようだ。
 ……いやー死んだ。
 すがすがしいくらいに死んだだろコレ。
 もういいよ!華々しく散ってやるよ!
「うおおおおおおおおおお!!」
 俺は雄たけびとともに、とび蹴りをラルヴァのどてっ腹に叩き込み、突進の勢いを利してさらに地面に叩きつける。
 それと同時に俺の全身から噴出していた粒子が右足に収束し、一気に魔物の体内に流れ込み、その全身を真っ赤に輝かせた。
 そして次の瞬間、ラルヴァは赤い光の柱となって空に消えていった。
「はぁー……」
 ……生きてた。
 どうやら着地の衝撃は、右足に収束した粒子が地面まで突き抜けてクッションの代わりをしてくれたおかげでほとんどが吸収されたようだ。
 右足がしびれてはいるが、それ以外は特になんともない。
 いやーしかしすごいものだ。
改めて超科学系のトンデモなさに感心するやらあきれるやら……
「やったー!仁ちゃーん!」
「ガナリオーン!」
「ガナリオンが勝ったー!」
「ありがとうガナリオン!」
 改造魔が、子供たちが、先生が口々に賞賛の声を上げる。
 ……いやーなんとかなって良かった。
 全ての魂源力を使い果たし、プロテクターは赤い粒子に戻ると『ガナル・コア』に吸収された。
 一気に全身の力が抜けた俺はその場に仰向けにぶっ倒れた。

「う……」
 気づくと目の前に誰かのパンツが見えていた。
 ……肉球のバックプリント?
「お、気がついたか。
 どうだ?体の具合は」
 振り向いた肉球パンツの主が口を開く
 ……風紀委員長じゃん!風紀の鬼じゃん!俺やべえええ!!見ちゃいけないものを見てしまったああああああああ!!
 「はい、割と大丈夫です、はい。」
 内心の動揺を悟られぬ様、努めて平静を装う俺。
 俺が見たのを知られてはいかん。
肉球パンツを見たのがバレたら俺の命はない。
 「遅くなってすまなかったな。
 我々がもっと早く来ていればキミにこんな無理をさせずにすんだんだが……」
 本当に申し訳なさそうな顔をして彼女は俺に詫びの言葉を述べた。
 ……鬼だ鬼だと言われているこの人はもしかしたらやさしい人なのかもしれない。
 かなりの美人だし。
「いやあ、なんとかなったんで気にしないでください先輩。」
 美人に優しくされてうれしくなった俺は、にやけながらそう応える。
「そうか、じゃあ早速だが討魔ポイントの計算をしよう。
 ツチグモ3体にオニグモ1体で……200ポイントにだな」
 風紀委員長は粛々と計算し、その内容俺にを告げる。
 うおお、一気に200ポイント!これで5ヶ月分の寮費がまかなえる!
「だが、この一帯を修繕するためのポイントを差し引くとプラスマイナスゼロになってしまうな」
「へ?」
 続けて言った彼女の言葉の意味がわからず、俺は間抜けな声を上げてしまった。
「この大きなクレーターはキミの技でできたものなのだろう?
 キミの彼女がそう言っていたぞ」
 地面に目をやると、確かに俺を中心に半径3、4メートル程の大きな窪みができていた。
 ……そういえば改造魔はどこだ。
ていうかなんでそのまましゃべるんだよ……。
 その場で上半身を起こして周囲を見回すと、改造魔はちびっこ(といっても改造魔とあまり変わらないが)で金髪をツインテールにした少女となにやら話しながら手元に持ったバインダーになにか記入している。
「ああ、彼女には報告書作成を手伝ってもらっている。
 事細かに話してくれたから助かったよ。
おっと、補足の記入も終わったようだな」
 彼女の言うとおり、改造魔と金髪ツインテ少女が連れ立ってこちらに向かって歩いてくる。
 ああ、あの娘がもう一人の風紀委員長か……それにしてもちびっこいな。
 いかにも態度が悪そうな雰囲気だ。
 ってなんか俺、妙にガン見されてない?
「アイス、報告書終わったよ」
「そうか、ご苦労様。
 では我々は詰め所に戻るとしよう。
 キミたちも疲れているだろうし、早めに帰宅した方がいいぞ。
 それでは失礼する」
 逢洲風紀委員長はデンジャー風紀委員長から報告書を受け取り、俺と改造魔に帰宅を促すと踵を返す。
 俺はその後姿を呆然と見送り、改造魔は能天気そうな声で「はーい」などと答えた。
 ……アレ?なんでデンジャーはまだここにいるの?
「おい、お前。
 アイスのパンツ覗いただろ」
 彼女は不意にしゃがむと、俺にそう耳打ちする。
 だめだ、この目はうそを吐いたら殺すと言っている目だ。
「はい……」
 おとなしく答える俺。
「素直でよろしい。
 じゃあペナルティとして討魔ポイント、マイナス100な!」
「えっ!?」
「なんだ、なんか文句があるのか?それとも鉛弾の方がいいか?」
 デンジャーの言葉に思わず不満の声を漏らしてしまった俺。
それは彼女の不興を買い、さらに俺自身を追い詰める。
「……ポイントマイナスがいいです」
 もうだめだ。
素直に従わないとせっかくラルヴァとの4連戦を勝ち抜いて拾った命が刈り取られてしまう。
「よし!じゃあ手続きしとくからな!」
 そう宣言すると彼女は勢いよく立ち上がり、くるりと振り向き駆け出す。
 ……赤の超ローライズ。
 あ、いかん。
俺やっぱり死んだ。
 パンッと乾いた音を響かせて鉛弾が俺の頬を掠める。
「ポイントもう100マイナスだ」
 デンジャーは顔だけ振り返って俺をにらみつけながらそう告げると、そのまま走り去る。
「びっくりしたー。
 あの子いつもすぐ撃つんだよー。
 危ないからやめてって言ってるのにー」
 改造魔はやっぱりのんきだ。
 それにしても合計マイナス200ポイント……。
これでは今月の寮費も払えない……。
 もうだめだ。
俺の快適な寮生活(個室)は終わりを告げた……。
 今日はゆっくり寝て、明日は荷物をまとめよう……。
「はあああああああああああぁ……」

 よく晴れた午後の空に、俺のこの上なく陰鬱なため息が響き渡った。


つづく?





ツールボックス

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