【Little Drummer Girl】

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【Little Drummer Girl】 - (2009/12/24 (木) 05:47:27) のソース

   Little Drummer Girl


 子供がカラスのラルヴァに追いかけられていた。
 習い事のため夜道を一人で歩いていたところを、襲われた。
「はあっ・・・・・・、はあっ・・・・・・!」
 今晩は一段と冷えていた。鼻の中がつんと冷たくて痛い。ジャケットを重ねて着てきたせいで、とても動きにくい。それでも、走らないといけなかった。すでに右腕はラルヴァの爪でえぐられてしまい、袖が赤く濡れている。
 寒すぎて、疲れて、頭がぐらぐらする。そうして集中力を欠いたのが、運命の分かれ目だった。
「あうっ・・・・・・!」
 転んでしまったのだ。
 この初等部の女の子は一般人で、ラルヴァに対抗する力は無い。立ち向かったら間違いなく食べられてしまう。立ち上がろうとするが、足腰に力が入らず、なかなかその場から離脱することができない。
 目の前に、黒い羽がふわりと落ちてきたときだ。
 ガアアアアアアッ!
 ばさばさと降りてきた恐怖の化物。女の子は叫ぶ。でも、暗くなってから表を出歩く大人は誰一人としていない。まして、今日のような今年一番の冷え込みでは。
 ずしり、ずしりと大きな黒い体が接近してくる。
 少女はもうおしまいだと覚悟を決めた。ぼろぼろといっぱい涙を流しながら、必死になって親を求めて泣き叫ぶしかった。――巣から零れ落ちた、無力なひな鳥のように。


「だぁあありゃあああああああ!」
 すると、力強い掛け声を寒空に高々と上げて、何者かが後ろから飛び出していった。長いポニーテールをしている、高等部のお姉さんだった。
 彼女は腰から抜いた長剣の柄をカラスの脳天に叩き込み、手痛い一発をお見舞いした。すかさず長い脚で回し蹴りを決めて、ラルヴァの体をぶっ飛ばした。
 その人は何ともう一本、長剣を持っていた。二本とも構える。
「・・・・・・一瞬で切り刻んでやるッ!」
 吹き飛んでいくカラスの体に瞬く間に接近して、一気に切り上げてしまう。
 少女はあっけに取られた様子で、その頼もしい背中を見つめていた。何せ、本当に一瞬のうちにケリがついてしまったのだから・・・・・・!
「ふう、危なかったね。どれ、怪我の様子をみせてごらん?」
「あ、ありがとうございます! あなたは誰ですか?」
「私? ふふ、『十六夜月夜』と言えばわかるかい?」
 い、い、いざよいつくよ? 
 少女はがくがくと顎を上下させながら、剣豪少女の微笑を見ていた。
 十六夜月夜。
 主に子供向けの演劇で活躍している、子供の間では有名な役者さんだ。


 数日後のことだった。十六夜月夜と名乗った女が、ラルヴァに襲われた女の子のお見舞いに来ていた。
「ふむ。それは困ったな」
「はい。右腕を怪我しちゃったので、スティック握れそうもないんです・・・・・・」
 女の子は明日行われる町のクリスマスパーティーで、演奏会に参加するつもりであった。ドラムを担当することになり、ずっと練習してきたのだが。
「明日になったってときに、これか。・・・・・・クソッ! ラルヴァは子供たちの幸せを何から何まで奪いやがるッ!」
「・・・・・・怖い顔しないで、月夜さん」
「・・・・・・あ、ごめん」
 ラルヴァの話になると性格が豹変するのが、月夜の特徴である。
 彼女はラルヴァ殲滅主義者だった。何でも数年前に巻き込まれた「ある事件」をきっかけにしてそのような立場になってしまったんだと、十六夜月夜のファンである友達は熱心に語っていた。
「もう、仕方がないんです。ラルヴァなら仕方ありません。それに、不用意に表を出歩いていた私も悪かったと思います」
「いいや、そんなことはない。悪いのはみんなラルヴァだ。ラルヴァは悪なんだ。生かしておいても、百害あって一理無しの害虫なんだ」
 初等部の女の子は、もちろんこの剣豪少女は自分に励ましてくれているんだということを、きちんと理解している。が、月夜の言葉から強い感情がにじみ出ていることも、敏感に察知していた。この人は過去に、何があったのだろう?
「よし。ここはぜひ、私に任せてほしい!」
「え?」
「ドラムだったらこの私が叩いてやろう。なあに、これでも音楽はたしなんでいるほうなんでね!」
「嘘・・・・・・! 月夜さんが、私たちの発表会に出てくれるんですか!」
「ああ! ラルヴァに台無しにされたんじゃ、みんなガックリするだろう? 私にまかせな。ここは一肌脱いであげるよ」
「本当に、ありがとうございます・・・・・・」
「少しでも多くの子供に笑顔を与えられるよう、私は演劇を頑張ってるんだ。こういうときに子供たちの力になってあげるのが、とっても好きなんだ」
 月夜は女の子の頭を撫でながらそう言った。


 その後、月夜は書店に寄った。ドラムの教則本を購入するためである。
 彼女は演劇役者と平行して、歌手としても活動している。それも子供たちを喜ばせてあげたいという動機からだ。
 しかし、そのような音楽の経験がドラムの習得に繋がるかといえば、必ずしもそうとはいえない。それ以前に彼女はドラム一式を持っていなかったので、学園に無理を言い、徹夜で音楽室に篭ることを決意した。
 日付は変わり、二十四日になった。世間が極限まで浮かれに浮かれる、クリスマスイブ。
「うーん・・・・・・。なかなか難しいもんだな」
 月夜は音楽室の床に寝転び、思い切り背筋を伸ばした。表は真っ暗ではあるが、月や星座が明るく輝いており決して寂しいとは思わない。
 とりあえず、教則本のプラクティスメニューは全部こなした。持ち前の根性で習得してみせた。身につけたかどうかと聞かれれば、時間の浅さから見て微妙なところだが、一肌脱いであげると言った以上は、前へ前へと進まなければならないのである。
「こんなクリスマスイブも、まああってもいいのかな・・・・・・」
 モバイル学生証の電源を入れる。画像フォルダに収めてある、ある男の子の画像を開いた。
「和樹、お姉ちゃんは頑張ってるよ」
 自分の長い髪の毛を手に取り、さらさらと床に流す。
 弟が似合っていると言ってくれた髪形を、いつまで経っても変えることができない。長すぎだよとクラスメートに茶化されることもあるが、多分、今後もずっと彼女はポニーテールのままでいることだろう。一年後も、三年後も、十年後も、ずっと。
「・・・・・・ふん、余計なことで時間を潰してしまったな。休憩は終わりだ!」
 しなやかな動作で跳ね飛ぶと、鞄から楽譜を取り出した。あの女の子から貸してもらったものだ。
「うーん、“Little Drummer Boy”・・・・・・? 難しそうだな、こりゃあ・・・・・・!」
 簡単な教則本とは比べ物にならないぐらい、複雑な楽譜が月夜の眠気を吹き飛ばす。その後夜が明けても、彼女はぎりぎりの時間までスティックを握り続けていた。


 双葉島の住宅地にある公民館で、こども会のクリスマス会が開かれる。
 ごちそうを食べたりゲームをしたり、プレゼント交換をしたあとに、いよいよ楽器演奏会がやってくる。なおプレゼント交換までは、怪我をしたあの少女も参加していた。
 控え室にて、今日まで楽器隊の指導をしてきた音楽の先生が子供たちにこう言った。
「さて、ここでみなさんに大事なお知らせがあります。今日ドラムを叩く子が、怪我をしてしまったため、ドラムを叩けなくなってしまいました」
 ざわざわと、これからステージに上る子供たちが話を始める。ドラムがいないんじゃ、どうすればいいんだ? ドラム無しでやるの? あの子、かわいそうだね。様々な雑談が沸き起こった。
「静かに! その代わりですが、今日ここにとあるすごい人が駆けつけてくれました! 十六夜月夜さんです!」
「ええ――ッ!」
 部屋の外で子供たちの発した大歓声を聞いて、月夜は自然と笑顔になってしまう。やはり、小さい子供は可愛くて元気があって、大好きだ。
「さて、そんな彼らのためにも私はがんばらなきゃだな・・・・・・」
 一転して難しい顔になる。実は、今回の楽曲を完全にマスターできなかったのだ。
 とても難しい曲だった。タイトルからして、ドラマーが一番目立つ曲だったのである。何とか全体に渡って一通りこなすことはできるようになったが、オーディエンスに向けてカッコよく叩けるかどうかと聞かれたら、はっきり言って自身がない。
「・・・・・・しっかりしろ! 堂々と最後まで叩いてやろうじゃないか!」
 そう意気込み控え室の扉を開けて、楽器を弾く子供たちと合流しようとした、そのときだった。
「あ、あの・・・・・・」
 とても物静かで落ち着いたトーンの、女の子の声。
 月夜は呼ばれたほうを振り向いた。


 父兄や他の子供たちは、まだかまだかと開演を待ち構えていた。その中には、怪我をしてしまったあの少女もいる。
 やがて、幕が上がる。眩しい照明が映し出したのは、ピアニカやリコーダーを手に持った幼い子供や、木琴、鉄筋、さらにはピアノやオルガンといった楽器の前に立つ、高学年の児童たちであった。
 そして、端っこでマイクの前に立つ人物の姿に、誰もがびっくりする。
「あれ、役者の十六夜月夜さんじゃない?」
「本当だ! まさか彼女が演奏会に来てくれるなんて!」
「どうしたんだろう、今年はやけに豪華じゃないか!」
 楽器隊は大きな拍手で出迎えられた。指揮者が壇上に立つと閑静は収まり、その手を高く上げるとさらに静まり返る。
 ドラムを叩くのは月夜ではなかった。控え室の前で月夜と顔を合わせた、中等部ぐらいの女の子だった。前髪がとても長くて目が隠れてしまっている。
 そんな彼女の陽気なドラムロールから、曲は始まった。はねたリズムに乗っかるかたちで、月夜は歌い始める。
 “カム、ゼイ・トールド・ミー・パン、ラ・パ・パ・パン・・・・・・”
 キリストの誕生を祝いたい貧しい少年が、せめてものお祝いとしてドラムを叩くという、クリスマスソングのスタンダードだ。
 中等部の子がドラム経験者だったのだ。彼女がドラムを埋めることになり、月夜は得意の「歌」で舞台にあがることとなった。
 子供たちの演奏と、月夜の歌のコラボレーションが、まさか実現するなんて。聴衆の誰もかもがこのサプライズにとても喜んでいたる。
(私はせめて歌うことで、子供たちやあの子を喜ばせてあげるってわけだね・・・・・・)
 舞台の上から、怪我をしてしまったドラムの子と目が合う。
 とても嬉しそうに微笑んでくれた。


 あのあと月夜が聞いた話によると、怪我をしてしまった子の親が知り合いにかけあって、代わりとなるドラムの人を用意してしまったらしい。女の子はごめんなさいと言ってくれたが、それに関して月夜は別に気にしていなかった。
「私なんかのために、本当にありがとうございます!」
 女の子の笑顔さえあれば、十六夜月夜は幸せになれる。自分よりも小さな子供が生き生きとして平和に暮らせるのならば、他に何もいらない。彼女はそんな異能者だった。
「あら」
 演目が全て終わり、公民館を後にしようとしたところ、急遽この演奏会に借り出されてきたドラムの子とたまたま出くわした。
「・・・・・・演奏会、お疲れ様です」
「お疲れ様。あなた、ドラム上手なんだね。得意なのかい?」
「昔取った・・・・・・杵柄です・・・・・・」
「そ、そう・・・・・・」
 まるでささやき声のような、しっとりとした声である。何を考えて向こうを眺めているのかもわからない無表情で、いっそうこの人物が謎めいて見えた。前髪によって目が隠れてしまっているせいもあるだろう。
「歌・・・・・・お上手なんですね・・・・・・」
「ああ。一応役者やってて、歌も勉強してきたからね。『十六夜月夜』って名前、聞いたことあるだろ?」
「・・・・・・聞いたこと無いです」
 人差し指を頬に当てて小指を傾げられてしまい、月夜はガックリと危うく転倒しかける。やはり、自分は子供にしか知名度が無いのだろう。
 でも、それでいいんだ。
 これからも私は子供のために演劇役者を頑張る。歌も頑張るんだ! ・・・・・・月夜は決意も新たに、家路に着こうとしたが。
「あなたの本当の名前は・・・・・・何ていうのでしょう・・・・・・?」
 中等部の女の子が、月夜にそうきいてきたのだ。
「私? 私はね、本当は『彦野舞華』って言うんだ」
「そうですか・・・・・・。私は、『南雲小夜子』と申します・・・・・・」
 前髪に隠れていた彼女の笑顔が、くしゃっとほころんだ。

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