【ある中華料理店店員の夏の悲劇】

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【ある中華料理店店員の夏の悲劇】 - (2009/08/30 (日) 17:49:09) のソース

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 日本にしては珍しく、湿気の少ないカラッとした夏の日。
空は突き抜けるように青くて、雲ひとつ無い。
盆を過ぎても相変わらず太陽は元気に地上へと光と熱をこれでもかと投下してくれている。
まさに日向は暑く、日陰は涼しいという過ごしやすい環境。
こんな好条件が重なれば学生の多い双葉学園、いや双葉区で当然のように繁盛するのが。

ここ、双葉区南部にある人工砂浜海水浴場だ。

 優に全長1kmを超す長大な海水浴場は、パラソルさえ立てれば海で遊んで火照った体をゆったりと休められる素晴らしい遊び場となっている。
そんな広さを誇る海岸でも学生だけで軽く10000人を越える双葉学園にとっては狭く帰省や島の外へ外出したり、さらに引き篭もったり他の施設を利用している生徒を除いてもいわゆる「芋洗い状態」が連日続いていた。
普段から学問と対ラルヴァ戦などで殺伐としていた学生達が、普通の学生のような青春を謳歌するに丁度良いのだろう。
実際、夏の間にカップルが成立することも良くあるようだ。
波打ち際を水着姿の少年少女が楽しそうに大きな声を上げてビーチボールを投げあったり、水を掛け合ったりしている。
その向こう側、少し沖の方では能力者だろうか。
かなりの速度で海の上を走りながらバナナボートを引っ張っている少年が見える。
なんで海パン姿に赤いマフラーなんてつけてるんだろうか、もしかして地面につかないように走り続ける忍者の特訓かもしれない。
そんな少年が引っ張っている後ろのボートには少女が3人楽しそうにしているのが微笑ましい……あ、こけた。
引っ張っていたロープが変な引っかかり方をしたようで少年が凄い速さで横に回転して海面上を跳ねていく。
よく川辺で平たい石を使ってやる水切り、あれの人間版を見ようとはさすが双葉学園。
まぁ、今のような例も含めて皆それぞれ自分達の手段で夏の海を楽しんでいるようだ。

「はいよー! チャーハン上がったよー!!」

そんな中、俺こと柏木敬(かしわぎ たかし)は今日も鉄鍋を振るっていたりする。







とある中華料理店店員の夏のとある一日







 さて、まずは現状の再確認から入ろうか。
現在俺は暑い夏にこれまた人口過多な暑い砂浜でそこに立ち並ぶ海の家の一つ、その厨房にいる。
遅い盆休みとして「大車輪」の店長が一週間程帰省するせいで、久々に出来た休みに何をしようかと悩んでいたところ。
朝の日課でよく出会う蛇蝎さんに、

「暇なら手伝え」

 と言われて連れてこられたのが、ここ「海の家『だかつ』」だったという訳だ。
いやね、俺も初めは断ったんですよ?

「俺たちはリゾート地で真夏のバカンスだ、羨ましいだろ」

 とか召屋と松戸が騒いでてH組の春部さんも来るって聞いたから、土下座でもして連れて行ってもらおうと思ってたしね。
ひさびさにゆっくりと休もうと思ってたのに、休まず働くのはキツイから遠慮させてくださいと。
でも、横にいたおっぱい大きめの女に人に頼まれて気がついたら何時も通り鍋を振っている自分がいたわけで。
誰だっけ? 確かどっかの委員会の人だった気もする。

「ちくしょう、おっぱいの誘惑に打ち勝てない自分が憎い」

 そういうわけで折角の休暇だってのに相変わらず鍋を振るってるわけだ。
まぁ、何時もの締め切った空間じゃなくて外が見渡せる風通しの良い厨房で鍋を振るうのも楽しいんだけど。
何が楽しいって、水着姿の女生徒が良く来るのが良い。

揺れるおっぱい、弾むおっぱい、横乳下乳なんでもござれ。

最近の水着は過激なものが多いから目のやり場に困るね、もっとやれ。
そんなものを見てたら俄然やる気が出るのもしょうがないだろう。
結果として店は繁盛した。連日「海の家『だかつ』」は忙しく、横で氷を掻いてる蛇蝎さんも心なしか頬を歪ませているよ

うな気もする。
俺、そういえばこの人の笑ったところ見たことないんじゃなかったかなぁ。なんて思いつつ次の料理に取り掛かる。

「えーと、次は……また海鮮焼きそばか」

 海の家で売るものは基本的に粗利を得るためのものが多い。
さっき作ったチャーハンも材料費はかなり安いし、カキ氷なんて氷さえ用意すれば後はシロップをかけるだけだ。
でも海水浴場で遊ぶような連中は食事なんてほとんど用意しないやつらばっかりだから、少し割高な海の家でも連日盛況なのが頷ける。

 正直料理人としてあまり使いたくは無いが「海老、帆立の貝柱、イカ、キクラゲ」がセットになった冷凍の海鮮焼きそばのタネを熱した鉄鍋に放り込む。
ほんの僅かに油を入れて、同じく少量の水を入れると油の弾ける音と共に水蒸気が勢い良くあがった。
冷凍モノは解凍する為に手順が一つ増えるのが面倒くさいんだよな。まぁその分下準備いらないんだけど。
解凍している間に横のコンロに仕掛けてある小鍋にみじん切りの生姜、長ネギを入れて炒める。
続いてニンジン、キャベツ、もやし、なるとを追加。本当だとしいたけとかも入れたいが結構高いから用意してない。

「本当に海の家ってのは料理人にとっては最悪だなぁ」

 作ってて悲しくなってくる。まぁ所詮雇われの身だし、給料の払いが良いから我慢するけどさ。
内心ではため息を吐きつつ、ある程度しんなりした野菜の鍋に焼きそばを入れて火を切って蓋をして蒸しておく。
丁度具材の方に程よく火が通ったのを確認してから安い脂身多目の豚肉を追加。
単品で食うと食えたもんじゃないけど、焼きそばの具としては最適だ。
カロリー高いけど遊び回ってる連中には丁度良いだろうしな。
肉の色がしっかり変わったのを見て、野菜の入った鍋の中身を大鍋の方に放り込む。

 ここからは火力と速さの勝負。

 少量の酒、塩コショウ、更に醤油をかけ大量に作り置きしてある鶏がらスープをお玉で一掬い。
先に投入した酒に一瞬火がともるが、お玉で具材をかき混ぜるとすぐに消えるので気にしない。
とにかく早くかき混ぜて、味と温度が均一になるように両手を動かす。
満遍なく混ざったかどうかを経験と感で判断して、水溶き片栗粉を別のお玉の先で少しだけ掬って投入。
再度全体が均一に混ざるようにかき混ぜると、皿に分けて完成だ。

「はいよー! 海鮮やきそば4人前あがったよー!!」

 熱々で湯気の上がる、とろっとした餡かけ焼きそばが4つの皿に均等に盛られている。うむ、我ながら良い出来だ。
本当は麺は乾麺で作った方が楽なんだけど、普通の焼きそばにも使えるから大量発注した中華そばを代用している。
ラーメンにも使えるから安くつくんだそうな。
厨房から座敷(とは言っても板の間に御座を引いただけの代物だが)を繋ぐカウンターへと皿を並べる。

「ご苦労、それを出したら休憩に入るといい」

 コンロ場とは別の鉄板で焼きとうもろこしとイカの姿焼きを作りながら蛇蝎さんが言う。
バイトで慣れてる俺でも結構キツイ暑さなのに、ともすれば病人と間違えられかねない細さの人だ。
今も幽鬼のような顔で作業を続けてるんだが、これ以上負担増やしたらヤバイんじゃないのか?

「休憩って、今結構忙しいと思うんですけど大丈夫なんですか?」
「なに、今までの統計から考えると丁度今から一時間ほどは軽食メインになる。
 氷を掻いたり軽い料理なら我輩でも可能だ、よって問題は無い」

 時計を見ると午後2時を回ったくらい、確かにこれくらいの時間が一番凪ではあるか。
客席の方はと見ると接客をしていた蛇蝎さんのグループ(?)の一人である工克己(たくみ かつみ)が新規客から注文を受けていた。
朝の時点ではもう四人いたのだが、初等部5年のちびっこ相島陸(あいじま りく)は女子大生と思われるグループに着いて行き行方不明。
同じバイト員であるA組の菅誠司(すが せいじ)とその後輩である1-Cの市原和美(いちはら かずみ)は、レスキュー部という所に所属しているらしく。

「それじゃ蛇蝎さん、出動してきます」
「うむ、醒徒会の連中の鼻を明かしてやるが良い」

 と、蛇蝎さんと二、三言交わしてから出て行ったきりまだ帰ってこない。
あとはR組の竹中綾里(たけなか あやり)がいたのだが、運ぶ商品を結構な回数ぶちまけたので退場してもらった。
多分今頃はパラソル立てた砂浜で寝てるんじゃないだろうか、ナンパされても気付かなさそうだし。
おっぱい大きくて店の前にいてもらうだけで集客効果はありそうだが。
……近くを散歩でもして忙しそうなら戻ってくることにするかね。
さすがに腕を休めないと左腕が持たないが、蛇蝎さん一人じゃどう考えてもパンクするだろう。
とりあえず休憩前最後の仕事だと、お盆に海鮮焼きそばを持った皿4つをのせて客席へと持っていく。

「お待たせしました、海鮮焼きそば4人前でごz」

 目の前にそびえるのは4つの巨峰……巨砲?
黒髪ツインテールの多分俺よりも年下の少女と、あー、確か一年の何組だったかの担任教師の……ダメだ、名前思い出せん。
でもかなりのおっぱいを持ってるのは分かる。いや、むしろそれだけ分かれば十分だ。
黒ビキニで惜しげもなく谷間を晒す女教師と、隣に座る淡い色のワンピース型水着で地味に強調された胸元から見える谷間。

「なにやってんだ、早く置いてくれよ」
「あーっと、すいませんね」

 おっぱい山脈のテーブルを挟んだ向かい側から声が掛かる。
アロハシャツに赤いヘッドフォンという海辺で見るには変わった服装の少年だ。
その横には花柄のビキニに腰巻パレオが赤みがかった髪の毛に似合う可愛い顔立ちの少女。
胸は……貧、いや並盛りか。向いに座る二人がでか過ぎて可哀相だ。
って女性三人に男一人かよ。こいつ、プチハーレムじゃねぇか羨ましい。

「ご注文以上でよろしいですか?」
「ええ、良いわよ」

 伊達メガネの向こう側の目を笑わせながら、マニキュアで綺麗に彩られた指先で千円冊3枚と百円玉2枚が差し出される。
ああ、俺が店長ならサービスするのになぁ。
横から少女二人が「自分の分は自分で払う」とか言い始めたが、女教師が笑って受け流す。
まとめて払ってくれた方が店側からすると面倒くさくなくて良いんだけどなぁ。
ふと横を見ると関係なしに食べ始めている少年……まぁ、元から知り合いか何かなんだろうな。



 特に気にせず礼を言うと一度厨房へと戻った。
受け取った金を持って出るわけにはいかない、これは俺の金じゃなくて店の金だ。
厨房の片隅、客席からは分かりにくい位置に置かれた手持ち金庫に金を入れる。
よし、これで一時間の休憩――

「すいませーん!」

 声の主がいるのは座敷のある客席の方じゃなくて、浜に直接面したカウンターの方らしい。
蛇蝎さんは焼きとうもろこしと睨めっこだし、工はカキ氷を掻いてて手が塞がっている。
まぁ、これで最後の応対ってことで。

「はいはい、お待たせしましたー」

 見ると、俺の胸くらいの高さになっているカウンターから背伸びをしているのだろうか。
少し上を向いてカウンターからギリギリ頭を覗かせて、プルプルと体を震わせている少女が手を振っていた。
身長150は多分無いな、顔立ちも幼いし小学生だろうかねぇ。まぁ、貧乳にゃ興味は無いんだが。
あー、そんなに頑張って手を振らなくても見えてるからね、大丈夫だから落ち着きなさい。

「いらっしゃい、何にしましょう?」
「えーっとねー、フランクフルト2本くださいなー!」

 振っていた手のひらに握りこまれていた500円硬貨を受け取る。
冷凍のフランクフルト焼いただけで一本250円はボッタにも程があるよなぁ。
周りの海の家も似たような値段だから、リゾート価格で皆も納得済みなんだろうけど。
蛇蝎さんからフランクフルト2本を受け取り、使い捨て用の紙皿に載せる。

「ケチャップとマスタードはどうします?」
「両方ありありでーっ!」

 はいよー、両方ともたっぷりとなぞる様にかけて完成。
良い色に焼き目がつけられて香ばしい熱々のフランクフルトだ、暑い日差しの中汗を流して食うのもオツというものだろう。
背伸び状態の少女にそのまま渡すのも気が引けるしどうせ休憩に入るんだ。
ちょっと待ってな、と一言少女に告げて厨房裏の通用口から外に回りこむ。
日差し避けの屋根が無いだけで、Tシャツで覆い切れていない首の後ろに日が当たって焼け付くようだ。
あと油物を扱うためにサンダルじゃなくてスニーカーを履いているのに、ゴム底を越えて熱が足先を焼き始める。
元気に砂浜で走り回ってる連中は熱く無いんだろうか。
俺もカウンターの前で待ってる少女にフランクフルトを渡したら靴脱いで浅瀬に足突っ込んでみようかね。

「はいよ嬢ちゃんお待ちどおおぅっ!?」
「わーい、いただくよー!」

 なん、だと!?
ピンクの可愛らしいフリルが添えられたビキニタイプの水着と日焼け対策の為か羽織られた白衣……白衣?
いや、それはまぁ良いんだが。これがトランジスタグラマーというものか。
あどけないロリフェイスと低身長だと思っていたのに、目の前にそびえ立つはエベレスト。
さっきのきょぬー二人がまるで霞むような……そう、乳神様、乳神様と名づけよう。
周りを良く見れば乳神様に好色そうな目を向ける同年代の連中が。

「これはいかん、神s……嬢ちゃんお連れの方はいないんですかね?」
「いるよー、仁ちゃーんっ!」

 ああ、いるのか。安心というか残念というか。
さすがにこんな歩く危険物をビーチに放ってはいかんだろ。
冗談抜きで犯罪者が出かねん、歩くだけで魅惑の果実が揺れる揺れる。

「あれー? 仁ちゃん何処いっちゃったんだろ」
「ん、はぐれたんですかね?」
「あー! そういえばさっきラルヴァが出たから退治してくるって言ってたよー!」

 なるほど、保護者は能力者か。
盆を過ぎてクラゲ型のラルヴァとか、蟹型のラルヴァとか結構浜辺に打ち上げられてるみたいだしなぁ。
早急に保護者に預けねばなるまい、それまで付き添わねば。
いや、深い意味とか下心はありませんよ? ……すいません、故郷の母さ(ry

「俺今から休憩なんで、お連れさんと合流するまで付き合ってもいいかな?」
「えー、ナンパはお断りだよー?」
「ナンパだなんて神様に対して恐れ多い、護衛ですよ護衛」
「神様? 良く分からないけど、でもおにーさん護衛にしては弱そうに見えるよ?」

 ぐ、心に刺さるなぁ。
確かに周りで遊んでる連中見るとガタイのゴツイやつら多い。
あいつらに比べたら俺なんてもやしも良いところだよな。
でもこの危険物を野放しにするのもどうかと思うし、何より俺の目の保養になる。

「そんなことないですよ、俺強いですって」

 ほらほら力瘤ーって反応無しかよ、しょっぱいな。
乳神様は一応こちらを品定めするように頭から足元までじーっと見ている。
あれ、何か品定めというかスキャンでもされてる気分になってきたんだが気のせいだよな?
じっくり1分は見られてから、

「うーん、じゃ、仁ちゃんと会うまでお願いするよ!」
「OK、しっかり護衛させてもらいますよ」
「そういえば、何でおにーさんは敬語なの?」
「神様ですから」

 わけが分からない、と首を傾げる神様。
ああ、そういえば名前聞いてなかった。このまま神様のままでも良いような気もするけど。
心の何処かで神道関係者としてそれで良いんっすかねー? と、ニヤニヤ顔が浮かぶ。
……さすがに神様扱いは自粛するか。

「短い間だとは思うけど俺、高2B組の柏木敬(かしわぎ たかし)よろしく」
「あ、先輩だったんだね。高1P組の造間改(つくま あらた)だよー、よろしくおにーさん!」

 1-Pか、ん? 高1? 最近の女子は本当に発育がいいな!
あー、いや。同じクラスのメンバーを思い浮かべてみるが、でかいのは星崎くらいか。
委員長は可哀相な方だし、美作は並、瑠杜賀は……ロボだしなぁ。
でも目の前に聳え立つエベレストは星崎どころか、あの外道巫女も霞むんじゃないか。

「多分浜辺の方に行ったと思うからそっちに行くよー!」

 白衣の袖口に指先をのぞかせながら、改ちゃんが歩きだす。
これだけ日差しが強ければ白衣を羽織っているだけで大分暑さは凌げるだろう。
長さ的にも膝くらいまで覆えているし変に上着を羽織るよりは賢い判断なのかもしれん。
しかし、口調からも分かるけど元気の良い事だ。

「了解。ああ、ところで改ちゃん」
「なにかな?」
「いや、お連れさんと食べるのかもしれないけど折角熱々のフランクフルト冷めちゃうんじゃ?」

 おお、と驚いたような声を出して早速一本取り出す改ちゃん。
あー、袖がダボダボな白衣にケチャップとかマスタード着いたらなかなかシミが取れないぞ。
その事を軽く指摘すると、少し面倒くさそうにしながらフランクフルトに着いているケチャップを舐め取り始める。
うんうん……うん?
なんで紙皿で拭わずに舌で舐め取ってるんだこの子。
良く焼けて所々黒くなって太陽の光を反射して薄く輝くフランクフルトの上を小さな舌がピチャピチャと音を立てて這い回る。
うん、何だこれ。ちょっと前屈みにならざるを得ない。

「あ、垂れちゃった」

 えー、はい、胸の谷間にですね、ケチャップがですね。
何だこの天然危険物は、保護者何処行ったんだよ!
早く回収しに来てくれないと前かがみどころかしゃがみ込まないと大変なことになっちまう!
結局それから2本とも食べ切るのに4,5分もかけてくれました。
天国のような地獄もあったもんだ。





 さて、10分程歩き回ったものの進展は無し。
そりゃ全長1km越える砂浜で、似たような年代の人間が溢れかえってちゃ人探しが難航するのは当たり前か。
お連れさんがこちらを見つけてくれる可能性も期待してたんだが、改ちゃん胸はエベレストでも身長が低いからなぁ。
とりあえず改ちゃんが結構な声で呼びかけるものの、お連れさんは現われず砂浜を歩き回るだけ。不毛だ。

「うーん、風紀委員の寄り場に行って呼び出しでもしてもらうか?」

 有事の際(初等部とかの子も来ているので迷子センターも兼ねている)に対応出来るように風紀委員がいくつかテントを張ってた筈。
そこに行って事情を話せば呼び出ししてくれるだろう。
ラルヴァ討伐に加わってたのなら事後処理の書類提出とかに関わって、そこにいるかもしれんし。
少なくともこのまま浜辺をうろうろしているよりも良い。

「そうだねー、仁ちゃん何処いっちゃったんだろ」

 暑さで参っているのか、それとも連れと会えない寂しさからだろうか。
さっきまでと比べると心なしか元気をなくしたようにも見える。
うーん、こんなに良い子に思われてるとは羨ましいヤツもいるんだな。

「あ、丁度良いところに風紀委員の人来たよー!」
「それは良かった、巡回でもしてたのか」

 改ちゃんが手をパタパタと振り回して風紀委員を呼ぶ。
軽く飛び跳ねながら少しでも目に入りやすいようにしてるんだろうけど、その、胸に震度5強クラスの揺れが。
これ下手すると公序良俗に反するとかで風紀委員に捕まったりするんじゃねぇか?
白衣の胸回りのボタンを閉じておいた方が良かったのかも知れん。間違いなくボタンが飛ぶだろうけど。
まぁ、今から考えてもしょうがないのでそれはさておき風紀委員の方を見やる。
このクソ暑いのにブレザー無しの半袖カッターシャツという夏用制服を着込み腕章を着けた生徒がそこそこ遠くから近寄ってきているのが見えた。
夏用とはいえ制服着用で、周りの連中ほぼ全員水着姿の中を巡回とは辛そうだなぁ。
背中で揺れる長い黒髪も重そうで暑っくるしいだろうにって、んー?
あのおっぱいは……

「丁度良いところで会えてよかったよー! これで仁ちゃんと会えるね!」
「また、お前とは良く分からんところで遭遇するなぁ」
「それはこっちの台詞っすよ?
 というか、この状況は……ああ、ついに先輩も風紀のお縄に着く時が来たんっすねー」

 マテ、何でそうなる神楽二礼(かぐら にれい)。
汗で薄っすらと透けたカッターシャツの向こう側には僅かに見えるブラジャー。
せめてTシャツか何か着込めよ恥じらいの無い、お父さんは許しませんよ?
なんて思って目線を胸から顔に上げ――

パシン!

 あ、あっぶねえぇ。
危険を感じで咄嗟に両手で拍手を打ったのが功を奏したのか、両手の平の間に二礼愛用の木刀が偶然白羽取り状態で止められていた。
受け止めた衝撃から推測するに、大上段で割りと容赦なく振り下ろされたようで。
これ、取れてなかったら頭部直撃で出血もんだぞ!?

「お、おまえな! いきなり洒落になってねぇだろうがっ!」
「洒落のつもりは一切無いっすよ?」
「なお悪いわこの馬鹿がっ」

 グイっと、白羽取り状態で止まっている木刀に力が篭められていく。
情けないことに筋力だけでいうならこの目の前にいる外道巫女は俺よりも上なんだよな。
しかも上から下に向けて押し込むのと、下から両手で挟みこんで維持しているこの状況はどう見ても俺の不利。
突然の事に改ちゃんもさぞ驚いていることだろう、風紀委員に問答無用で斬りかかられるなんて滅多に無いと思うし。

「おにーさん凄いねー、白羽取りなんて初めて見たよー!」
「やっぱりこの子考え方が変なベクトル向いてるなぁ……って、あれ、ちょ、もしかしてマジ?」

 掛けられる力に腕が耐え切れず、少しずつ眉間に木刀が迫ってくる。
今まで何度か木刀を向けられたことはあるが、ここまで真剣に切りかかられたのは今回が初めてだ。
さすがにこのままだと木刀に頭を抑えられたまま熱く焼けた砂浜に倒されかねない。

「ふんっ!」
「おっと、先輩も往生際が悪いっすねー」

 何とか体を半身ずらして、力任せに木刀を横に逸らす。
往生際もなにも、訳の分からんまま殴り倒されてたまるかってんだ。
暑さのせいか、それとも冷や汗か分からないが目元を拭う。
真向かいでは二礼が面倒くさそうに木刀を構えなおしていた。
うーん、斬りかかる理由をいうか面倒なのなら止めてくれないかなぁ。

「迷子の呼び出しというか、捜索願いが出たんっすよ」
「……それで?」

 どうやら理由を聞かせてくれるようだ。でも、相変わらず斬りかかる気満々なんだけどコイツ。
何時もと変わらない飄々とした顔してるんだが、心なしか機嫌が悪いような気がする。
さすがにさっきみたいな白羽取りなんて狙ってもそうそう出来るもんじゃないけど、気を抜いたら斬られそうなので、こちらも真剣に構える。
お互いに向かい合ったままでゆっくりと円を描くようにすり足移動。
足先が靴越しに焼けた砂から伝わる熱でまるで鉄板の上にいるような錯覚を感じさせた。

「面倒くさいんで先輩が海の家で働いてるって聞いてたんで、そこでサボろうと思ってたのに先輩いないじゃないっすか」
「知るかそんなもんっ! え、もしかして今のこの状況ってお前のウサ晴らしのせいなのか!?」
「いやいや、本当に捜索願いは出てますよ?」

 そういうと二礼がスカートのポケットから畳まれたメモを取り出した。
内容を確認しているんだろうが、その間も木刀の切っ先がこちらを向いたまま動かない。
しかし、何でコイツこんなにやる気満々なんだ?
それに海の家に来たみたいだけど、普段ならそのままサボるだろうに。
ああ、もしかして、

「なんだ、お前ついにデレたのか! そんで女の子と歩いてる俺見て嫉妬s」

 パンッ、と手を打つ音と共に再び両肩に負荷が掛かる。
相変わらず冗談の通じないというか、セメントというか。
運よく二度目の白羽取りが出来たものの、出来なかったら砂浜が赤く染まるぞマジで。

「寝言を言えるようにして欲しいっすか? それと、お腹すいたんっすよ」

 てか、俺を探してたのは飯作らせる為かよ。やっぱりコイツにデレなんて無かったよチクショウ! 淡い夢を返せ! 
ああ、お詫びにその胸に顔を埋めさせてくれれば飯なんていくらでも作るよ――って。
更に押さえつけてくる力が増して、思わず片膝を着く。

「あっつ! 砂マジあっつ!」

 ハーフパンツから出る膝から下の生身が砂に触れたせいで、まるで火傷するくらいの熱で炙られた様な痛みが走った。
木刀を挟んで向かい側、こちらが喚いているのを見た二礼の唇の端が僅かに吊り上る。
ち、ちくしょうこのドS外道巫女が!
何とか振り払おうと体を無理やり捻って木刀をいなす。

その瞬間、唐突に頭に軽い衝撃が走り視界が狭まった。

 痛くは無いが、目の前に妙なものが揺れて……ワカメ?
慌てて自由になった手で振り払うが、数度試しても払えない。
というか、頭全体がある程度締め付けられるような感覚がする。

「何だこれ? マスク?」

 視界の中をワカメが舞い、非常に鬱陶しいんだが。
何とか両手で前髪をセンター分けにするようにして視界を確保する。
青い空、青い海、白い砂浜に遠巻きにこちらを見る野次馬たち。
その遠巻きに見られている空間の中。

「これで良いんっすよね?」
「オーケー完璧だよー! 二礼ちゃん良い演技するね!」
「え、何これ、どういうことなの?」

 開けた視界の中で手を取り合うおっぱい二人。
ハイタッチなんて決めてるんですけど、正直意味が分からん。

「というか二人は知り合いだったのか?」
「前に買い物の途中で知り合ったんっすよ」
「お店結構あるけど、やっぱりサイズを置いてるのってあの店しかないからねー」

 頷きあう二人。ああ、みなまで言うな。
間違いなくカップルでもない限り男は進入禁止、な「あの店」だろう。
シルクだったりコットンだったりそういう物が売られている「あの店」。
確かに二人とも並みの店では置いてないんだろうな、サイズ的に。
何を買ったのかとか非常に気になるが、今はそんなことよりも。

「何で俺こんな妙なマスク被せられたわけ?」

 どうやら先ほど二礼が俺を抑えこんでいる間に改ちゃんが後ろから被せてきたようなんだが。
抑え込む力を強めて俺に片膝を着かせたのはその為だったのだろうか。
というかこんなマスク何処に隠してたんだ? もしかして谷間か? もしそうなら俺、大喜びなんだけど

「マスクじゃないっすよ、ほら」

 二礼がスカートのポケットから手鏡を取り出してこちらに向けてきた。
細かい彫刻とかが入っているので「場」を作るときの基点の一つにする物だと思われるが、今はそんなことどうでも良い。
問題はそこに移っているモノだ。
俺に向けられた鏡なんだから、そこに映ってるのは当然俺の筈なんだが。

「なんじゃこりゃー!?」

 そこに映っているのはまるで全身タイツのようなものを着込み、体の各所からワカメを生やした変態。
軽く手を振ると、鏡の中のワカメ男も同じように手を振る。
当たり前だがそのワカメ男は俺なわけで。

「科学部特製、簡易変身セット海編第一弾「怪奇! ワカメ男」っすね」
「手に入れるのに苦労したんだよー!」
「人気商品で品薄らしいっすからねー、よく手に入ったっすね?」
「うん、知り合いがガナリオンの敵役作るのに最適だろってくれたんだよー」

 ガナリオン……?
まぁいいや、しかしこんな変なのが人気あんのかよ。
ていうか第一弾って他にもあるのか、相変わらず妙なものを作りたがる連中だなぁ。

「対衝撃、防熱防刃で悪役御用達の凄い出来なんだよー!」
「ほーそりゃ凄い、やられ役大喜びだな。ところで、これどうやって脱ぐんだ?」

 背中を触ってもチャック一つ無いんですが。
こんな馬鹿な姿して喜ぶやつの気が知れん、とっとと脱いで帰りたい。
もう二礼に引き取ってもらうのが一番だ、迷子の呼び出し放送で保護者さんにも会えるだろう。
しかしおっぱいは素晴らしいが、なんで俺に関わるおっぱい大きめな人は全員変人なんだよ。ちくしょう。

「脱げないっすよ」
「は?」
「一定時間たつか、頭部につけられたセットの基部が損傷するか一定以上の魂源力を与えるかしないと変身解除されないっす」
「……一定時間ってどれくらい?」
「丸一日だね! さすが科学部良い品作る!」

 ま、丸一日もこの格好続けなきゃいかんのか。
暑いし目の前をワカメがゆらゆら揺れて鬱陶しいことこの上ない。
ああ、でもセットの基部とやらを壊せば良いんだったっけ。

「基部壊そうと思ったら私が木刀で全力で殴るくらいしないと無理っすよ」
「それ、頭殴られるのと同じだよな?」

 そんなもん食らったら俺死ぬんじゃないかな。
二礼がやる気満々といった感じで木刀を振り回し始める。
こらこら、木刀で野球のスイングすんな!

「もー! 二礼ちゃんダメだよ、ガナリオンと戦ってもらわないといけないんだからー!」
「おお、すっかり忘れてたっすね。ところでガナリオンは何処に?」
「あ、今から学生証で呼びだすよー」

 白衣から学生証を取り出して誰かにコールしはじめる改ちゃん。
……は? 学生証で呼び出すってなんで?
というか、初めからそうすれば俺護衛なんて買って出る意味無かったんじゃないのか?
頭の中にいくつも疑問点が浮かび上がった。

「先輩鈍いっすねー、初めから仕掛けられてたの気付かないんっすか」
「へ? 初めからって何処から?」
「造間さんが買い物に行った時点っすよ。
 ガナリオンの良い戦闘訓練になる活きの良い的が欲しいって相談受けたんで先輩推薦してみたんっす」
「と、いうことは?」
「初めから観察してました、横から見てるとよく分かるっすねー。
 ほんっと露骨に胸しか見てないっすね、この変態」

 やれやれと二礼が首を振りつつ、ここでネタばらし。
これにはターゲット(俺)も苦笑い……って、ふざけんじゃねぇ!
俺の折角の休憩時間を何だと思ってやがる。
おっぱいは素晴らしいがさすがにこのワカメスーツとか考えるとさすがにゆ゛る゛ざん゛っ!

「仁ちゃんすぐ来るみたいだよー!」

 白衣のポケットに学生証を直しつつ改ちゃんが遠くを指差した。
うん? 何か指差した方から土煙が向かってきてるんだが……
まるでモーゼの十戒のように人ごみが割れていき、土煙が発生している原因が視界に入る。
なんだあれテレビに出てくる変身モノのヒーローか、体の各所を覆う赤い装甲が日光を乱反射させて輝いていた。
子供のころに流行っていた変身ヒーローを思い出させるソイツが結構な速さでコチラに向かってきているのが分かる。
あ、こけ掛けてる。砂浜って思ったよりも走るのに難しいんだよな、踏ん張り効かないし。
あれが改ちゃんの保護者だろうか、良かったこれで俺の役目は終わりだ。
あとは早くこのワカメスーツを脱ぐ方法考えないと、と思った瞬間。

「俺のおっぱいを攫おうとする不届きモノはお前かーっ!!」
「へぶぅっ!?」

 完全に意表を突かれた。いや、気疲れのせいもあるんだろうけど。
数m先まで近寄ってきていた変身ヒーローが不意に飛び上がり俺に素晴らしいモーションから飛び蹴りをかましてくれたのだ。
モロに食らって吹っ飛び砂浜に2m程の溝をつくる俺。
思ったよりも衝撃が無かったのはこのワカメスーツのおかげか、それでも痛いものは痛いが。

「大丈夫か改造魔!」

 転がったままのこちらを気にせず改ちゃんに駆け寄っていく変身ヒーロー。
ああ、そうか。こいつがさっきからの会話の中にいたガナリオンか。
砂を払いつつ起き上がり二人を眺める。

「もー、ダメだよ仁ちゃん! 初めは生身っていったじゃない!」
「急いで来い攫われるって言ってたのはお前だろ! ……まぁ無事で良かったよ」

 うん、これだけでもう分かった。
こいつ俺と同類だ、周りの厄介なヤツに振り回されるタイプ。
多分苦労してるんだろうなぁ、蹴り入れたのは我慢してやるから出来れば二人とも早急に引き取ってくれないかなぁ。

「まだ終わってないっすよ、ほら悪の手先『デビルワカメチャーハン』が立ち上がってるっす」
「なんだ、その変な名前は!?」
「悪の手先『おっぱい連盟』の怪人で造間さんを攫おうとしてたんっすよ」
「何その素敵な組織名。おいおい、さすがにこんな与太話信じないよなぁ?」

 馬鹿なことを言い出した外道巫女から目を離し、ガナリオンを見やる。
あれ、ガナリオンが改ちゃんを背後に庇う様にして立っているんだけど……どういうこと?

「風紀委員と変な全身タイツだったら、どっちを信じるかなんて分かりきったことだろ」
「……しまった」

 外道巫女がにやにやしながら右手の腕章を見せ付けてくる。
確かに風紀委員と怪人だったら普通は風紀委員を支持するわなぁ。
遠巻きに見てる野次馬達も頷いてるし、何ていうんだっけこんな状況……四面楚歌?

「組織名は心惹かれるけど、悪の手先『デビルワカメチャーハン』め覚悟しろ!」
「やっちゃえガナリオン!」

 とりあえず誤解を解くにも落ち着いてもらわないとダメそうだ。
このままでは埒があかないのでこちらも構えを取る。
ある程度捌いてから間を見て説得するしかない。

「おりゃぁ! はぁっ!!」

 繰り出されるパンチをいなしていく。
赤く輝く結晶が篭手のように覆われたコブシ、恐らくはまともに直撃すれば骨くらい軽く折る威力と硬さがあるのだろう。
武器を持たないタイプのようで助かったというべきか。
成長すれば相当強くはなりそうだけど、まだ戦闘技術もそんなに高くは無いのか実直な攻撃が目立つ。
まぁ、だからこそ捌けているのだが――さらに数度パンチを捌いたところで攻撃が止んだ。

「よし、俺の話を聞いてくれないk」
「ガナル・クロー!」
「……え?」

 何か意味があるのだろうかポーズを取りガナリオンが叫ぶ。
すると、構えた右手の拳の先からシャキンという音と共に赤く透き通った爪が三本飛び出した。
長さはそれ程でもなく、暗器のバグナクでも握ってるような短い爪だ。
でも、それがヤバイ。
俺は拳とかは捌けても斬撃は捌けない。

「せぃやっ! おりゃぁっ!」
「ちょ、ちょっと待て! さすがにそれは洒落になってなうわぁっ!」

 目の前で揺れるワカメが何枚か綺麗に切り取られて宙を舞う。
爪がついた拳では捌くことも出来ず、砂浜を転がるようにして逃げる。

「ガーナーリオン! ガーナーリオン!」

 気付けば改ちゃん含めた野次馬がガナリオンの応援までする始末。
二礼? 一番先頭に立って野次馬先導してます、外道巫女の本領発揮かよチクショウ。
何だこれ、俺泣くぞマジで。あまりにも理不尽すぎるでしょう!?

「チョコマカ逃げんな!」
「無茶いうな!」

 足場が悪すぎて発勁が打てない以上、逃げる以外にどうしろってんだ。
おとなしくやられろってか、勘弁してくれよ。
おっぱいを一度も揉まずに死んでたまるか。
伏せたり転がったりしつつ逃げ回る。
相手も足場が不安定なせいか思ったところに攻撃が届いていないようで焦りが見えた。

「こうなったらこれでどうだ!」

 ガナリオンが叫び、まるで空手の正拳突きでもするかのように構えをとる。あれ、何かやばくね? 
ヒーローがああいう構えとったら大抵次に来るものと言えば決まっているだろう。

「ガナルッ!」

 腰溜めに構えられた拳の後ろ、肘の辺りが赤く輝き始める。
真夏の日の光の下でも、よく分かるほどに赤い光がその強さを増していくのが分かった。
魂源力が目に見えるほどに集中されているのだろうか。
さすがに何もしないでいる訳にもいかない、無理でも良いから捌くしかない!

「パンチッ!」

 右手の肘から赤く輝く粒子を撒き散らせ、一気に加速された拳が迫る。直撃したら死ねる!
周りの「ガナリオン!」という応援の声も聞こえないほどに集中する。
音が遠くなるにつれて相手の動きが若干スローに見えるようになった。
しかしそれでも迫ってくる右拳は早い。捌けるか、これ!?
ギリギリのタイミングで迫りくる右拳の内側にこちらの左手を潜り込ませ捌いていく――が、早すぎる!

「おうわぁっ!?」

 結果、拳自体は何とか捌けたものの右手に続くガナリオンの体が盛大にぶちかましとなり俺は宙を舞う事となった。
本来は半身となって相手を横に受け流すのだが、体をかわしている余裕が無いほどにガナルパンチの加速が早かったせいだ。
視界を雲ひとつ無い青空が埋め尽くし1秒にも満たない浮遊感の後、砂浜に体がたたきつけられる。
硬い地面じゃなくて助かったというべきか、それともワカメスーツがある程度の衝撃を吸ってくれたのか。
体中に痛みは走るが思ったよりも被害は無さそうだ。
倒れたまま首だけ起こすと砂浜に肩幅ほどの長い溝と、それに沿うように赤い2本のレール状に光る粒子が見えた。

「ありゃ、スーツが」

 ガナルパンチの衝撃で耐久できる魂源力をオーバーしたのか、それとも着地の時に基部が壊れたのだろうか。
超科学製の不思議スーツには穴が開き、徐々に広がって体の表面から消えていく。
良かった、24時間も着続けなきゃいけないのかと思ってたところだ。
これで『だかつ』にも戻れる、一つため息がこぼれた。

「キャーッ!」

 唐突に女性の黄色い叫び声があがる。
まだ何かあるのかと横を見ると、視界の半分くらいを肌色が覆った。
……何だ、これ?
少し動かしただけでも体に鈍痛が走るが、無理矢理上半身を起こしていく。

「何だ、誰だこのにーちゃんは」

 目を回しているのだろうか、俺の横に同年代と思わしき少年が仰向けのままグッタリと倒れている。
背中だけでも鍛えられているのが分かる引き締まった良い体だ、問題は「全裸」だということか。
てか、何で俺の横に全裸のにーちゃんが!?

「って、あれ俺の服も何処行った!?」

 ワカメスーツを着させられる前はちゃんと身につけていた筈のシャツとハーフパンツ、あとその下に履いていた水着が無い。
つまり、俺も全裸。横のにーちゃんも全裸。
周りから見ると全裸のにーちゃん二人が寄り添って寝そべっているわけで。
しかも、騒いでたせいで周りには結構な人がいた。ということは何だ、ストリーキングな上にホモアクションか。
あれー? と現実逃避に掛かろうとする頭を呼び戻るように不意に後ろから肩を数度たたかれた。
振り返ると外道巫女、その向こうに多数の風紀委員の方々が。

「先輩、さすがにマッパはマズイっすよ?」

 やれやれと両手を肩の高さに上げて心底呆れたというような表情をする外道巫女。
誰のせいでこうなったと思ってやがるコイツ。
周りから「現行犯だ、しょっぴけー!」という声が響き渡った。







 赤い夕日が海を同じように赤く染め上げる。
昼間までの楽しげにしていた少年少女は家路につくか、食事にでも行っているのだろう。
花火を始めるには明るすぎ、泳ぐには暗い微妙な時間。
昼の喧騒が嘘のようで、波の音だけが静かに聞こえる。
そんなしっとりとした空間の中で、

「あいたーっ!?」
「ひぃーっ!?」

 懲罰台海岸出張版に乗せられて、鞭打たれる俺と隣で同じ目にあう木山仁(きやま じん)。
ガナリオンの中の人で、思ったとおり改造魔こと改ちゃんに振り回される日々を送っているらしい。
今回もいつもどおりに、

「ごめんねー、仁ちゃんお勤め頑張ってねー!」

 風紀委員の簡易詰め所になっているテントで今回の騒ぎの原因を追究されたが、あっさりと原因を転嫁されていた。
白昼堂々の全裸、しかもラルヴァ関係なしのただの喧嘩とあっては風紀委員もお怒りになっていて。
結局こうして俺と並んで「セクハラ死すべし」という懲罰台に上がる事になったわけだ。
ああ、二礼は俺の弁護なんてする訳も無く、

「後でチャーハン食べに行くんで、帰らずにちゃんと作るっすよ?」

 と言い捨て何処かに消える始末。
俺は今回もあいつに踊らされたということか……
仁は同じ誤解と被害者である立場からかもはや誤解はなくなった。
お互いに辛酸を舐めさせられた相方にどうやって復讐すべきか語り合う。

「頑張ろう兄弟!」
「ああ、開放されたら思う存分揉んでやろう!」

 本気で地下組織「おっぱい連盟」の結成を考えつつ、背中を襲う激痛に耐える。
さすがに拷問用の皮のムチとかではなくて音が大きくなるタイプではあるが、それでも痛さが半端じゃない。
一応後で治療要員が治癒してくれるらしいが、

「いったあぁっ!?」
「いってえぇーっ!?」

 幾度目かのムチを背中に受け、悲鳴を上げつつ隣の仁と目をあわせる。
語らなくても同じおっぱいを賛美するものとして、気持ちは分かった。
ちくしょう、絶対にいつか必ず

「「あいつのおっぱい揉んでやるー!!」」

 赤く染まった世界に俺と仁の声が響き、消えていった。






                           END
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