「突然だが鷹津君、君はハイキングや紅葉狩りは好きかね?」 まだ蝉の音も鳴り止まぬ八月下旬のある日、アリス本部に呼び出された俺はいきなりそんなことを聞かれていた。 「いきなり呼び出しておいてその質問は何ですか?平沢さん。それに紅葉狩りにはまだ早いでしょう」 俺は向かいの席で煙草を吸う調整部の平沢郁夫を見据える。煙草が臭い。 「まぁそんな怖い顔をしなさんな。これは正式な任務だよ」 睨み付ける俺に対して平沢さんは煙草を灰皿に押し付け、真剣な面持ちで答えた。 「内容は至って単純。B県C山に生息するラルヴァ・白梟<<はくきょう>>を倒せ。準備期間は二週間。資料はこれだ」 そう言いながら平沢さんはクリアファイルと数冊の本を差し出す。内容は全て梟に対する専門書だった。 俺はクリアファイル内の資料にざっと目を通す。内容は主にラルヴァと作戦期間に関するものの様だった。 「なにか質問はあるかね、鷹津君?」 その問いに対して、俺は疑問に感じた部分、資料に触れられていない部分について質問する。 「任務なのはわかりました。しかし俺達はチームで動くのが基本です。何故俺なのですか?作戦を伝達するにしてもいつもの様にリーダーである田中か全員呼び出してでしょう。」 どうにも厭な予感がする。 「そのことなんだがな、今回はこのラルヴァの特性から判断して単独での作戦がベストだと判断した。田中にも君がここに着く少し前に連絡したよ」 「次に、何故俺が選ばれたのでしょうか?その理由をお願いします」 「それについては二つの理由がある。一週間以上の単独行動を出来るだけの体力とサバイバル技術があり、高度な狙撃技術を有する者。この両方の条件を満たす者が少なくてな。最終的に候補に残ったのは数人。その内で君が一番実戦経験が豊富だったからだ」 「わかりました。この依頼受けます。ただ…」 「何だ?」 「この手当はいつもの3倍付けでお願いしますよ」 苦い顔をする平沢さんを尻目に俺はアリス本部から出る。するべきことが山積みだった。 自宅に帰り相沢さんから受け取った資料を検討する。 目標:白梟<<はくきょう>>カテゴリービーストS-2下級。存在自体は古くから確認されており猟師の間では山の主として畏れられていた。 元々はS-1に分類されていたが最近の行動によりS-2に変更される。 「フムン」 俺はコーヒーを啜りながらそのS-2に変更された理由についての資料を取り出す。 それはつい最近になり近隣の田畑や施設が山に棲むラルヴァや野生動物によって被害を受けることが増えたからだという。そして、ほぼその全てで白梟の姿が確認されているとも。 「しかし、妙だな」 俺は独りごちる。近隣住民の目撃証言はそれなりにあるが、その殆どが山に向かって飛び去る姿だった。 現在、白梟は地域のラルヴァのリーダーとして田畑を荒らしていると思われているが本当にそうなのだろうかと思う。 白梟はむしろその逆ではないだろうかと直感が告げていた。 「手を打っておくか」 そうつぶやき俺は学生手帳の携帯電話機能を呼び出した。 3週間後、俺はB県C山にいた。 あの後、4日間を地理と白梟の行動パターンの検討をし、3日間を愛銃<<M700>>の調整に、1週間を実際に野山を巡り狙撃地点の割り出しに割いた。 そして宿屋で一息ついた後から現在まで、位置についてずっと奴を待ち続けていた。 ポケットから携行食を取り出して囓る。ここで一切動かず奴を待ち続けている。この一週間で奴は毎日、同じ時間にこの先にある切り株で翼を休めていた。 今日も同じ行動をとるとしたらもうすぐだアイツは此処に来る。そのことを考えただけど胸が鼓動が早まる。 今思えばアリスの任務で単独で行動するのはこれが初めてだ。今まではいつも仲間に背中を預け、預かり戦ってきた。 それを自覚した途端、言いようの知れない不安に駆られる。俺は撃つことが出来るのだろうか?当てることが出来るのだろうか・と。 深呼吸を数回繰り返す。ギリギリでパニックを起こさずに済んだ。その安堵からかえってリラックス出来たようにも感じる。 そして待つこと十数分、奴は姿を現した。これまでと同じように切り株の上で独り羽を休め、空を見上げている。 目標までの距離はおよそ700ヤード。風はほぼ無風の理想的な状態だ。白梟をスコープに捉え、わずかに補正をする。そして引き金を引いた。 秋の野山に銃声が木霊した。 俺はスコープから目を離し、立ち上がる。 途端立ち眩みを起こし踏ん張ろうとするが足に力がずに、転ぶ。一週間、ずっと狙撃体制で待機していた所為で身体がうまく言うことを聞かない。 それでも何とか白梟の元までたどり着く。俺の撃った弾は右翼を打ち抜いていた。 おそらく骨も折れれているだろう。 「殺せ…」 白梟が身を捻りながらつぶやく。 「俺はあんたを殺すつもりはない。今から応急処置を施すから少し我慢してくれ」 そういいながら俺はザックから事前に用意しておいた鳥用の応急処置キットを取り出し、翼に麻酔を打つ。 「ぐぅっ、人間、お前は我を愚弄するつもりか?」 「そんなつもりは無い。俺は最初から殺すつもりは無かったよ。少し話しを聞いてくれないか?」 「話とな?」 白梟はこちらを見据える。 「そうだ。ここ最近近隣の農家の田畑が荒らされる事件が多発している。そしてその事件の直後に貴方の目撃が多く寄せられている。俺の上役は貴方が首魁だと判断しているようだが俺はそうじゃない、むしろその逆と踏んでいる」 言いながら応急処置を進める。といっても出来ることは止血と縫合、添え木を当てる程度だが。 「その根拠は?」 「理由が無い。今の時期は山でも木の実などの作物が豊富だし冬支度には早すぎる。それに貴方は昔から山の主としていたのだからそんな安易に事を動かすようにも思えない」 それは殆ど直感近い感覚だった。 「その通りじゃ。だが儂も老いぼれでな。一部の若衆を追い返すだけで精一杯じゃったわ」 「その若衆というのは…」 そこまで言って獣の咆吼が響く。 「イカン、あやつらまた…」 そこまで言って白梟は口を噤む。 「今のがその若衆の?」 「そうじゃ、さっきの銃声で儂が死んだと思ったのじゃろうて」 その口調には諦めの成分が含まれているように思う。 「その若衆は何処にいるかわかるか?」 「そのフラフラな身体でそんなことを聞いてどうするつもりじゃ?」 俺はその問いに微笑みながら答える。 「もちろん、それが俺の仕事だからさ」 白梟はザックの上に掴まってもらい俺は急いで単車の元に戻る。 白梟<<おきな>>の答えた距離はここから十数キロの距離だった。今の俺の状態では追いつけそうにない。 「おい、こっちは逆方向じゃぞ!」 白梟が叫ぶ。 「落ち着いてくれ、我に策あり」 此処まで来るのに使った愛車に取り付けっぱなしだった荷を解き学生手帳を取り出し番号を短縮番号をコールする。出てくれよ…。 『もしもし』 出た! 「もしもし。田中か?こちら鷹津だ。ラルヴァがそっちの方に向かった。多分…、もう手遅れだ。頼む」 事前に打ち合わせていた通りの内容を伝える。 『わかった。』 簡潔な返事のみで電話が切れた。 「今のはなんじゃ?」 白梟が問いかけてくる。 「もしもの為の保険だ。もし俺の推測が当たっていたのなら、今まで田畑を襲っていたラルヴァは歯止めが効かなくり田畑だけでなく農家の人にまで被害が出るかも知れないと思ったんで仲間に農家の近くに待機してもらっていたんだ。」 おそらく今頃は既に宮城や内藤と共にラルヴァの討伐に当たっているだろう。 「そうか…、儂ももう此処にいる意味が無うなってしまうのう」 虚し気に白梟が呟く。 「なら爺さん、良ければ家に来るかい?」 気がつけばそんな事を口走っていた。 「それもいいかもしれんのう。よろしく頼むぞ若いの」 「よろしく頼む」 空を見上げる。そこには中秋の名月が浮かんでいた。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]