婆羅門教、
ブラフマン教、Brahmanism
古代インドの民族宗教を指す。
ヴェーダなどの聖典を持つ。
【概要】
古代の
ヴェーダの宗教とほぼ同一の意味で、
古代ヒンドゥー教と理解してもよい。
バラモン教にインドの各種の民族宗教、民間信仰が加えられて、
徐々に様々な人の手によって再構成されたのが現在のヒンドゥー教である。
婆羅門(バラモン)とは司祭階級のこと。
正しくは
ブラーフマナというが、中国での音訳「婆羅門」から
日本ではバラモンということが多い。
婆羅門は祭祀を通じて神々と関わる特別な権限を持ち、
宇宙の根本原理
ブラフマンに近い存在とされ敬われる。
バラモン教 (Brahmanism) という名前は後になってヨーロッパ人がつけた名前で、
仏教以降に再編成されて出来たヒンドゥー教と区別するためにつけられた。
なお、ヒンドゥー教という名前もヨーロッパ人によってつけられた名前であり、
特にヒンドゥー教全体をまとめて呼ぶ名前もなかった。
最高神は一定していない。儀式ごとにその崇拝の対象となる神を最高神の位置に置く。
【歴史】
紀元前13世紀頃、
アーリア人がインドに侵入し、
先住民族であるドラヴィダ人を支配する過程でバラモン教が形作られたとされる。
また同じ紀元前13世紀にはメソポタミアのヒッタイト帝国が突然滅亡している。
紀元前10世紀頃、
アーリア人とドラヴィダ人の混血が始まり、宗教の融合が始まる。
紀元前5世紀頃に、4大
ヴェーダが現在の形で成立して宗教としての形がまとめられ、
婆羅門の特別性がはっきりと示される。
しかしそれに反発して、多くの新しい宗教や思想が生まれることになる。
現在も残っている仏教や
ジャイナ教もこの時期に成立した。
新思想が生まれてきた理由として、
経済力が発展し
婆羅門以外の階級が豊かになってきた事などが考えられる。
カースト、特に
婆羅門の特殊性を否定したこれらの教えは、
特に
婆羅門(バラモン)の支配をよく思っていなかった
クシャトリヤに支持されていく。
1世紀前後、地域の民族宗教、民間信仰を取り込んで行く形で
シヴァ神やヴィシュヌ神の地位が高まっていく。
1世紀頃にはバラモン教の勢力は失われていった。
4世紀になり他のインドの民族宗教などを取り込み再構成され、
ヒンドゥー教へと発展・継承された。
しかし、必ずしもヒンドゥー教はバラモン教に等しいわけではない。
たとえばバラモン教に於いては、中心となる神は
インドラ、
ヴァルナ、
アグニなどであったが、
ヒンドゥー教においては、バラモン教では脇役的な役割しかしていなかった
ヴィシュヌやシヴァが重要な神となった。
ヒンドゥー教でも
ヴェーダを聖典としているが、
叙事詩(ギータ)マハーバーラタ、ラーマーヤナ、
プラーナ文献などの神話が重要となっている。
最終更新:2007年07月23日 02:48