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S2 - (2008/01/24 (木) 00:01:06) の編集履歴(バックアップ)


題名 白い粉末~シゲ奇襲~ (執筆者:SSK)


俺は両膝をついた姿勢のまま、身動きがとれなかった。
足に力が入らない。膝が笑っている。
両腕は、長い刀身から赤黒い液体を滴らせている剣を握り、震えている。
このように、だれにでもわかりやすい解説をしていることからわかるように、俺の意識は至って正常だ。
目の前に俯せに横たわっている髪の薄くなった初老の男性が誰だかもわかっている。
布津央(ぶつおう)博士、この研究室の責任者だ。
そして、博士の白衣が血に染まり、衣類の吸収の飽和量を超えた血液が血溜りをつくり、研究室のタイルの床に広がっている。
血液が粘度のある液体であることが、その広がり方からもうかがえる。
博士の手から落ちて割れた茶色の試薬瓶は砕け、延長線上に内容物だった白い粉末が放射線状に飛び散っていた。
そう。俺は現在の状況をそれだけ冷静に報告できるのだ。
今すぐ俺は、立ち上がってこの剣を捨て、119番に通報し、博士の止血をして救急隊の到着を待つべきなのだ。
そんなことはお子様にもわかる。
ただ、俺の身体は、震えながら剣を握り締めている。
この震えの理由がわからない。恐怖?興奮?混乱…?
コ○イチのカレーの時とも全く異なるものだ…。

不意に研究室の入口が開く。
「うぁあっ!」
悲鳴をあげると声の主は尻餅を着いてへたりこんだ。
この研究室でも古株の男だ。
いつも後輩の研究に後出しジャンケンの要領でダメ出しをしては悦にいっていた。
肝の小さいやつだとは思っていたが、ざまあない。
震える手で俺を指差し、何か言おうとしているが、口から漏れるのは、もはや人語には、なっていない。
しかしそんな声にも、駆け付ける靴音がある。
異常を感じた他の研究員が向かっているのだろう。

「いやぁっ!!」
入り口から声が聞こえる。冷静な俺は、そちらに目を向ける。
そこに立っているのは、
布津央博士のお嬢様。そして俺の婚約者だ。
「お父様っ!!お父様っ!!」
瞳は、横たわる博士に駆け寄り、揺り起こそうとした。
しかし、その身体は、もはや動きはしない。それは、俺にはわかっていた。
「シゲ…あなた…」
彼女はひざをついて、博士の遺体を抱くと、俺に鋭い視線を送る。
「いや、俺ちゃうわだ。わかるやろ。俺がそんなことするはずない人間って、知っとるんちゃうんか。」
はじめて声が出た。
瞳は、無言で俺を睨み付けていた。
「シゲ…お前」「シゲ先輩…」
研究所の職員が部屋に集まってきていた。
「俺ちゃうだろ。犯人だったらそんなわかりやすいことするわけないんわかるやろ。」
一同の視線を浴びながら、俺は冷静に説明をする。
「だいたい、この剣はなんですか。ファイファンか!?こんなもん現実社会に存在するん自体がおかしいやろ。」
…周囲の人間が冷静ではないようだ。五人ほどの研究員が、俺に掴みかかろうとする。
「おい、やめーだ。そんなことせんでも、なんもせーへんわだ。」
だが、俺の発言とは相反し、立ち上がって剣を振るっていた。
研究員たちは、遠巻きに俺を取り囲む。

「センパイ、こっちですっ!」
不意に手を引かれ、後ろにつんのめりかける。
剣を持たぬ左の手、もう乾きはじめた血糊に塗られた手を引く小さな手。
ひかるちゃん。」
栗色のショートカットの少女。二つ下の後輩だ。
駆け出す彼女に導かれ、俺も小走りに部屋から通路へ出た。
研究員は追い掛けてはこない。何人かは白い粉末状の薬品をかき集めている。なんなんだ、あれは。
研究室を出る俺が後ろ目に最後に見たものは、父親の遺体を抱き、俺を真っ向から睨み付ける、瞳だった。
「瞳…。」
俺は、何かを伝えなければと思った。しかし、それは言葉にならず、彼女の姿は視界から消えた。

ひかるちゃんは、俺の手を握ったまま廊下を駆ける。
その視線は、通路の先。引っ張られ付いていく俺からは、その表情は見られない。
「ひかるちゃん…。」
「センパイ、なにも言わなくていいです。あたし、わかってますから…。」
俺の手を引く小さな温かい手の握力は、ひときわ強くなった。
「わかってるって、何が。俺、君の事ほとんど知らんのんじょ。」
「わかってるんです、センパイが本当は、まどか先輩のことが好きだってことも…。」
「おい待てーだ、まどかって誰?」
「でも、あたし、廊下でぶつかって押し倒された、あの日から…センパイのこと…。」
小さな柔らかい爪が、俺の手のひらに刺さる。

地下にある研究所の静寂を、警報が打ち砕く。
振り向くと数人の警備員が追ってきていた。
「ここです。」
ひかるちゃんは、立ち止まると、俺の手を放した。
そして、ダクトの金属製の蓋をはずすと、俺に入るように促した。
「いたぞ!こっちだ!!」
後ろを見ると、警備員の数も増え、白衣の研究員も多数こちらへ走ってくる。
「早く、センパイっ!ここからなら、安全に逃げられます。」
首を突っ込むと、人一人通れる太さのダクトは上へまっすぐ伸び、縄梯子が降りている。
「え。これ、どういうこと?なんで、ご丁寧に梯子かかっとん?」
「いいから、センパイ、早く!!」
後ろから、俺はダクトに押し込められた。
「センパイ…。」
「あかんでしょ。ここで逃げたら、俺犯人みたいでしょ。」
「信じてますから。」
ひかるちゃんは、顔を臥せたままダクトの戸を閉めた。
最後まで、彼女の表情をみることは出来なかった。
「信じてますっ…。だから…だから…センパイ…。」
スチール製のダクトの向こう側が騒がしい。
「君、そこをどきなさい!」
「きゃあっ。」
「なにをやってるのか、わかってるのか!?」
「センパイ!!センパイ!!…信じてます!!だから!!逃げてっ!!」

その声に、俺は梯子を登っていた。
「あの子、なんなんなだ。騒動が大きくなったん、あの子のせいちゃうんか。」
右手にこの、どこかのファンタジーRPGのものとしか思えない大剣を持っているので、非常に登りにくい。
俺の手が剣を放さないのか、この剣が俺の手から離れないのか、それがわからない。
下からライトが眩しい。梯子が大きく揺れる。追っ手のようだ。
ここで捕まれば、何をどう説明すればいいのか、さっぱりわからない。
逃げなければいけなくなってしまった。
「やれやれだぜ。」
俺が下の様子を伺いながら、上の段の梯子を掴もうとした左手が、掴まれた。
冷たく、しっとりとした手…。
「おい、やめーだ。」
その手と声の主は、一気に俺を引き上げる。どうやら地上に出たようだ。しかし、先回りされていたとは…。
通風孔からひきずり出された俺の視界が白くなる。
全身にヘッドライトを浴びている。
「くそっ。なんか、盛りあがっとったのに、親萬流されたような気分じゃわ。」
明順応してきた視界に、女性のシルエットが浮かぶ。
「ホント、馬鹿ねえ。…ねえ、シゲ?」
「さ…冴子さん?」
「さ、はやく乗りなさい。」
シルエットは、光の先へ消えてゆく。俺はその後を付いていく。
光の源は、冴子さんのポルシェのものだった。
「なんでこんなとこにおる…いらっしゃるのですか?」
助手席に座って、シートベルトをつけながら、尋ねる。ちゃんと敬語に変える。さすが、俺。
「事を起こすときには先に言いなさい…っていったでしょ?」
冴子さんは、ギアをローにあてながら、呟いた。
「ほなけん、どーゆーこと……ですか?」
相手は、警視庁の刑事。敬語、敬語。
「君が手にしたもの…。君は、それがエクスカリバーだと思ってるでしょうけど…。」
「やっぱりファイファンなんか。そーおもったわ!……思っていました。」
あぶない、あぶない。
「違うのよ、違うの…。それはね…。」
冴子さんの声のトーンが落ちる。

俺を乗せたポルシェは、夜の闇よりなお暗い山道へと吸い込まれて行った…。

(SSK⇒S指名)



  • お待たせしました。ご希望に沿って、伏線と各種ヒロインを散りばめました。名前のネタ、わかるよね? -- ssk (2008-01-23 23:05:52)
  • これは・・・力作ですなw ヒロイン誰になるか楽しみです -- J (2008-01-23 23:58:55)
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