Fate/MINASABA 23th 00ver
―――聖杯戦争。
それは何百年も昔から繰り返される大儀式、
己が命を賭けて究極の奇跡を目指す、生き残りをかけた殺し合い。
聖杯に選ばれた魔術師はマスターと呼ばれ、
マスターは聖杯の恩恵により強力な
使い魔《サーヴァント》を得る。
―――マスターの証は二つ。
サーヴァントを召喚し、それを従わせる事と。
サーヴァントを律する、三つの令呪を宿す事だ。
キャスターを召喚した事で、右手に刻まれた紋様。
その聖痕を宿した七人のマスターとサーヴァントが揃った時、聖杯戦争は開始される。
すでに闘いは混迷と化しており、激化した戦況でだいぶこちらも消耗したのだ。ゆっくり眠ってはいられない。
敵がいつ現れるか判らないけど、それはすぐそこまで迫っている筈なんだから――――
「ん――――もう、朝……?」
……だるい。
ぼんやりとした意識のまま横に視線をやると、アンティークな置時計の針はすでに12時を指していた。。
「……12時過ぎてる……もうお昼じゃない……」
「――――――――」
意識が鮮明になっていく。
灰色だった頭は微睡みに揺れて、次の瞬間にも目覚めるだろう。
その直前。
最後に、あの娘の姿を思い出した。
あの、漆黒に染まり果てた船に乗って、あの娘は去っていった。
振り返らず何も語らず。
自身の恥部を見せまいと去り際に涙に残して。
凛 「……魔力が戻るまであと一日ちょいか。今日は戦闘は控えてならし運転って事にしよう」
もそもそと棺から出る。
ミイラのような気分だが、これも体力の回復のためだと割り切る。
どんなときでも優雅たれ、というのがうちの家訓なのだ。こんな姿は間違っても見せることはできないな。
……冬にしては暖かな空気と、シーツにくるまりたい欲求と少しだけ格闘した。
で、二度寝の誘惑を開始三秒でノックアウトして、姿見の前で軽く全身をチェック。
とりわけ異状はない。体に流れている魔力が半分ほどしかない以外はすべて正常。
着替えを済ませてリビングに到着すると、そこには既に
セイバーとキャスター、士郎がいた。
こちらの気配に気がついたのか、手を上げて挨拶してくれたが、私は顔も上げず片手を挙げて力なく振る。
いや、別に悪気があるわけじゃなく、すごくだるくて力が入らないので、自然とおざなりな形になってしまうのだ。
凛 「おはようみんな。……ごめん、一晩中キャスター1人に見張りを任せてしまって」
キャスター「構わぬよ。夜通しの警戒となれば、睡眠を必要としないサーヴァントが適任だろうし。
シロウと凛には、十分に休んでもらわなければ困るからな」
そう言って、疲労の色を微塵も見せずにキャスターは微笑んだ。
とはいえいくら肉体的に問題は無くても、少しは眠って心の方を休ませた方がいいことに違いは無い。
それでも、3人がいてくれることで安心して休めたことはありがたかった。
凛 「ああ、おかげさまでしっかり休ませてもらったわ。で士郎は――」
士郎「まだ万全にはほど遠いが、とりあえず動く分にはそれほど支障はないぞ。セイバーも通常戦闘なら
多少の無理もきくそうだ。」
少し見違えた。
どうやら、すでに腹は決まっていたようだ。
ほんの2~3日前は見ていて落ち着かないというか、向こう見ずな無鉄砲のバカっていう感じだったけど
男子三日会わざれば刮目して見よ。とはよく言ったものだ。
うん、今の彼ならば、この闘いのパートナーとして信頼してみてもいいかもしれない。
凛 「そう。それじゃ、」
遠坂の目がスッと真剣になる。
凛 「貴方に改めてお願いするわ、士郎、この聖杯戦争での同盟を。
これからは今までの休戦としてではなく、私の協力者として助力してほしいの」
「――――――――」
それは提案ではなく願いだった。
感情はない。あくまで平等に、自分の意志を混ぜず、マスターとして問いかけたあのときと違い
一人の少女を救いたい一心で、プライドも意地も全てかなぐり捨てて頭を下げている。
凛 「私はなんとしてもこの闘いに勝たなければならなくなった。
遠坂の魔術師としてではない、あの子を、桜を聖杯の力で救ってあげたいの
だから、どうかあなたの力を貸してほしい」
士郎「……良かった。遠坂、桜の味方なんだ」
淀んでいた胸にかすかな光が射す。
……これから桜がどうなって、どうするのかなんて考えもつかない。
だが、その暗い予感だけの道行きに、遠坂が桜を思ってくれているだけで、希望があると思えた。
答えは決まっている。
今はその心遣いだけを、忘れないように覚えていよう。
士郎「こちらこそよろしく頼む遠坂、俺も戦いからは降りない。これからは戦いを止める為にじゃなく
桜を助けるために聖杯を取りにいく。」
凛 「―――そう。ならわたしたちの関係も続行って事ね。ありがと士郎!」
なんの前触れもなく遠坂の笑った顔は見たこともないほど晴れやかで反則だった。
士郎 「しかし、いいのかセイバー?」
セイバー「ああ、本来の目的は聖杯そのものだったのでな。主の血を受けた杯でないことが確定した以上
それほど重要ではなくなる。貴公に話した願いも、元より地道な活動が本道である。
邪な者に使われないのならば構わぬよ」
穏やかな騎士の言葉を受けて、士郎は朗らかに笑って頷いた。
サーヴァントは触媒を持たずに召喚される場合、マスターに近しい人物が呼び出されるというが
この黒騎士も士郎に似てかなりのお人よしだ。
獅子心王の異名を持ち、イングランド騎士道の華とさえ謳われた英雄。
イスラム教圏を相手に勇猛果敢に戦ったその姿は
サラディンをして「キリスト教圏最高の騎士」とまで讃えられるほどだったと言う。
第三回十字軍に加盟し、同盟国が次々と撤退する中、最後まで異教徒の侵攻に立ち向かった勇壮なる王
その武勲にも関わらず肉親の謀反、仏王フィリップの裏切りなど数多の謀略に翻弄され
ついに栄華のうちに終わることを許されなかった悲運の君主。
高潔な魂と苛烈なまでの厚い信仰、闘いに見せるその勇猛なる姿と
今穏やかに談笑している彼と本当に同一人物かと思うぐらいの違和感だ。
「さて」
背後から声をかけられて、振り向く。そこに居たのはキャスターだ。
キャスター「凛が目覚めたので今後の方針を話し合う前に、悪い報告がある」
自然とみんなの空気が引き締まる。
キャスター「……昨夜、新都で再び昏睡事件があったようだ」
「――!」
キャスター「行方不明者、被害にあった人数が前回の比ではなく。数十人が呑まれたようだ」
小降りの雨が青い髪を濡らす。
冬の雨は、雪のように冷たかった。
吐く息は白くて、うなじのあたりがシンと震える。
外に出ると、街は一面の灰色だった。
黒い傘をさして、とりあえず犯行があった現場を目指す。
昨夜の犯行現場はお巡りさん達によって封鎖されていたけど、昨夜以前の現場は容易に入りこめた。
三ヵ所も回ると、時刻は午後になっていた。
これでは全ての犯行現場を回る頃には夜になっているだろう。
まるっきり無駄というわけじゃないけど、この行為はやっぱり無駄だ。
けどこんな見境の無い凶行を桜がするとは信じられなかった自分は、こういった無駄な確認をいちいちしているのだ。
「……桜の仕業、か」
冬の雨は、とても冷たくて落ち着かない。
この季節の雨は八年前に嫌いになった。
あの日。僕が、彼女を目の前で失った瞬間を思い出させてしまうから。
“え――――――――?” 偶然その部屋を見つけた時、彼はそんな声しかあげられなかった。
自分には知らされなかった部屋。
其処にはおぞましい光景があった。
部屋の中央には裸体の少女がいる。
周りには黒い蟲の群と恐ろしい祖父がいる。
父は―――今まで見たことのない、厄介者を見るような眼で、入ってきた彼を一瞥した。
それで終わった。
彼が信じていたもの、彼を形成していたものが、全て丸ごと裏返った。
”別に愛着があった訳じゃない。”
”かといって嫌いな訳でもない。”
ただ、そのとき僕の心にはいいようもない虚無が広がっていった。
結局のところ自分は、なにも期待されていない落ちこぼれだった。
自分は他の人間とは違う。
自分は特別な家の子供として、特別に生きていくのだと誇りを持っていたからだ。
だが、なにも知らずひたすら無意味に努力を重ね、道化を演じていた。
ここにきてようやく己の惨めさに気付いたのだ。
”僕は特別な人間で常に栄光がある”、
”妹はただの凡才な人間で穏やかな平穏がある。”
彼の生活は一変した。
父はもう隠す必要がないと開き直り、前以上に妹だけを見るようになった。
妹は何も言わず、今までと同じように俯くだけだ。
以前と変わらない、彼の視線から逃れようとする態度のまま、彼女は言った。
“……ごめんなさい、兄さん”、と。
同情するように。かつて、自分が妹に向けていた感情のまま、彼女は言ったのだ。
『は――――はは、あはははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!』
笑った。
心底おかしかった。
殺してやりたいぐらいおかしかった。
”後ろで僕の活躍を見ていろよ。”
”いずれみんなから尊敬と羨望を抱くようなビッグな奴になってやる。”
その後の八年間は、彼にとって苦痛でしかなかった。
間桐慎二はこの屋敷において哀れな道化になった。
ここに存ても存なくてもいい物として扱われ、実際、彼はそれ以外の何者でもなかったのだ。
その空気に、彼女は同情した。
ごめんなさい、と。
口にこそ出さないが、彼と顔を合わせる度に謝罪する。
自分が、間桐慎二の居場所を獲ってごめんなさいと。
“なんで謝るんだよ、おまえ――――”
いっそ無視してくれれば良かったのだ。
それなら憎む事も、希望を持つ事もなかった。
桜は謝罪する。
誇れよ、がんばれよ、夢に向かってどんどん前に進めよ!
おまえには才能があるんだ、力があるんだ、選ばれた特別な人間なんだ!
だから僕みたいな蛆虫なんか見下して、馬鹿にして、後ろなんか振り返るなよ
”おまえは人見知りで暗くて愚図な奴だから、おとなしく僕の後についてくればいい。”
”だって――――”
いつしか顔を合わせる度に謝罪する妹につらく当たるようになった。
自分は弱い人間だ。少しでも反抗されればあっという間にやられてしまうだろう。
それは僕もよくわかっている、だからやり返せよ、なんで抵抗しないんだ!
おまえは間桐の後継者なんだ!僕よりもえらくて優れている特別な人間なんだ!
だから!
だから!
そんな哀れむ顔で僕に謝るなよ――――――――!!
“兄貴は妹を守るもんだからな―――――”
……あんなに苦しかった時間を、僕は知らない。
この先だって、あの時以上の悲しみを思うことはないだろう。
瞳は、たしかに涙で滲んでいた。
だというのに、なんでか満足に泣くことが出来なかった。
夜になっても雨は止まなかった。
今夜はとくに冷える。こうして黒い傘をさしていると、彼女と初めて外に出たあの日に戻ったみたいだ。
夜空を見あげてみたけれど、当然のように星も月も見えない。
空ろなあたまで、この空の下で桜が凍えていなければいいけど、なんて事を思っていた。
最終更新:2014年11月26日 22:48