守る盾になるまで

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mioazu

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「じゃ居眠りとかするなよー、ねーちゃん」
「へん、お前もなー」

 家を出て軽口を叩きながら少し歩いた所で、弟と分かれる。
 私の学校と聡の学校は家を出てすぐの交差点から逆方向にあるので、こっから別々だ。

「んーっ、今日はいい天気だな」

 今日は珍しく早めに起きれたし、寝覚めもいい。
 朝はうっかり寝過ごして、時間ギリギリに慌ただしく登校する事が多い自分にとっては最速タイムで登校出来そうな素晴らしい速さである。

 そうしてしばらく歩くと、前方に私が間違いようのない幼なじみの姿が。
 何やら両肩を交互に回しながら歩いているが、なんかあったんだろうか?

「おーっす、澪」
「? ああ、おはよう律。今日は随分と早いな」
「へっへーん、私だってたまには早起きするのさ」
「たまにじゃなくて、いつも早起き出来るようにしろよ」
「へいへい」

 何気ない会話を交わした所で、先程から思った疑問をたずねてみる。

「ところでどしたー? なんか両肩を交互に回しながら歩いてたみたいだけど」
「ん、ああ。ちょっとした筋肉痛でさ」
「筋肉痛? 昨日は別に体育とかなかったけどなあ」
「あのな……マラソンとか長距離走があったならまだしも、体育があっただけで次の日に筋肉痛を起こすほど私は普段運動不足じゃないぞ」

 むっとした表情で返される。
 確かに澪は休みの日などは一定の体重を維持する為によく運動してるらしいし、そんなわけないか。




「まあ、そりゃそうか。じゃあなんでさ?」
「最近、お風呂上がりに柔軟体操だけじゃなくて筋トレもするようにしたんだけど昨日は少しやり過ぎたみたいで。
 それでちょっと肩回りに鈍い痛みがあるんだ」
「ふうん」
「私の場合、精神的に強くならないとダメなんだろうけど、十何年もの弱い自分を一朝一夕で強く出来るものじゃないからさ。
 まずは身体だけでも鍛えておこうと思って」

 ……?
 どうも、途中から話に目的語が無くてよく分からない。

「なんでまた、そんな急に決心したんだ? そりゃあ色々と成長して強くなるに越したことないけどさ」
「あ、ああ」

 私がそう言うと、澪は少し言葉に詰まった後に、

「……守ってあげたい子がいるんだ」

 ――今までにない、真剣な顔でそう言った。

「好きな子を守りたいって思うのは人として当然だろ?
 私自身の手で守ってあげられるようになる為にも、強くなりたいんだ。
 いや、絶対に強くならないと」
「澪……」

 強い意志と、強い決意を秘めた瞳でそう語る澪。

 ――澪は人前に出ることを始めとして、自分がやりたくない事は駄々をこね、なかなかやろうとしない所を私はとことん知ってる。

 だが、逆に一度自分でやると決めた事ならば最後までやり抜く強い意志と誠実さを持っていることもまた、私は知っている。

 ――もしも。
 もしも将来、本当に強くなって盾としての私を必要としなくなったら、それは一株の寂しさもあるだろうけど。
 そんな寂しさより、何より親友が成長したという事に対して、喜びに打ち震えるほうが大きいだろうな――。

「……守るべき人を見つけて、自分自身が盾になる……か。
 たく、カッコいいじゃんか」
「? 何か言ったか、律」
「え!? いやいや別に」

 両手をぶるぶると振り何とかごまかす。
 青臭いだとかも思うが、この朝の蒼空の下でそんなこと言うのはナンセンスというものだ。




「ま、あれだ。精神的にも肉体的にもじっくり少しずつ強くなりたまえ。
 本当にピンチって時には私がいるんだから、無茶だけはすんなよ」

 ――そうだな、
 澪が大切な人を守れる盾となれるまでは影ながら見守り、ピンチの時は出来る限り助けよう。
 それが、昔からの親友としての勤めだろうからな。

「……悪いな。また迷惑かけることになったら、その時はすまない」
「なーに、その時はその時、気にするなって。
 代わりにノート見せてもらったり、テスト勉強に付き合ってもらったりしてくれれば済むことさ」
「ならせっかく教えたのに追試になったとか赤点とったとか、それだけは勘弁してくれよ」
「わかってるって!」

 そうしてお互いに握り拳を出し、コツンと合わせた。

「それに身体を鍛えていけば、ぜい肉も削ぎ落とされるだろうから良いこと良いこと、はっはっは……ハッ」

 んなこと口にしてしまい、何か例えようのない殺気を横から感じ、て。
 慌てて口を塞いだが、

「ふふふふふ、朝から実に面白いことも言うな、律は」
「ま、待て。今のは言葉のあやというものでな」

 ――まずい。何がまずいって、まずい。

 澪はニコニコと笑っているが、目が笑っていない。つか怖い。なまじ綺麗な顔してやがるだけに通常の三倍は怖い。
 思わず咄嗟に身を引こうとしたが既に、澪の左の掌が私の眼前に迫っていて。

「でも、いい加減に余計な言動だけは控えた方がいいぞ? そういうのは時として命取りになりかねないからな。
 注意一秒、怪我一生という言葉もあることだし」

 ――ぐわし。ぎりぎりめりめり。

「ぐ、ぐわー! ち、ちょっとタンマー!
 両のこめかみが、両テンプルがめりめりと音を立ててー!
 たーっぷ! ヘイミオサマ、ワタシタップシテマスルネー!」




 足が、両足が、地面に着かず、じたばたじたばた。
 筋肉痛もなんのそのといった幼なじみの左腕一本に頭を掴まれ持ち上げられて朝からライヴならぬライブで絶対絶命の危機! 本気で五秒後の死が見える!

 ――と、

「おはようございますっ、澪先輩、律せんぱ……って、わっ! どうしたんですか!?」
「おはよう梓。
 ちょうどいい、これからフィニッシュに掛かる所だ」
「え、え? フィニッシュって何ですかー!?」
「アズサー、タースーケ、」

 ――めきゃり。

 朝から困惑する後輩に助けを求めようとした所で、自分の頭部から鈍い音が響くと共に私の意識は遠退いていった。
 ……肉体的にはもう十分な強さあるぜ、澪――。

 ――その日の私は一日中、両のこめかみ辺りからの鈍い痛みに苛まれたのは言うまでもない。
 くわばら、くわばら。

(FIN)
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