ガラクタボックス





やりたくないことしか、できません。


この世のありとあらゆる存在は例外なく世界の歯車であるが、しかし歯車というにはその存在価値は非常に低い。
例えば今地球が滅びたとして、宇宙全体で見れば何のことも無い。その宇宙ですら、滅んだとしても宇宙の外の物――昔から議論されているが現代の技術をもってしても未だに解明されていない何か――が残る。
地球や宇宙でさえその程度なのだ。例えば今ぼくが死んだところで、僕に家族はいないし、特別何かに必要とされていないし、悲しんでくれる人の心当たりすらない。
歯車一個欠けたところで、補ってくれる。そして、新たな歯車が嵌め込まれる。
――しかし。むしろ欠けるより嵌り続けることで悪影響となる歯車もある。
総てが繋がっているから一個欠けたところで問題は無い。総てが繋がっているからこそ、一つが狂えば総てが狂う。
狂った歯車は世界から排除されるのが常だけれど、それをも跳ね除け来い狂わせ廻(くる)い続けたら――
「ってまあ、妄言だけども」
うん、今日も僕の妄言癖は絶賛フル稼働中らしい。これで平常運転なのだから自分で恐ろしくなる。
まあそういった自覚があるだけ幾分かマシなのであろうが、それにしても夏期休暇だというのにまだ日も昇っていない頃に目を覚まして一番に傍から見ずとも訳のわからんことを考えるというのはかなり危ない域まで達しているとは思う。
いやしかし、僕は確かに異常者であるがこの世には真に正常なものなどない。そもそも真に正常というものが存在するわけも無く、皆必ずどこかしら狂っているのだ――
などと、また自分の世界に入りかけたが、こんな時間に目を覚ました理由は、別に僕が朝日の前に起きてきて夕日の前に寝てしまうどこぞの南の島の大王夫人のような人間だからではない。
寝床の横に放ってある携帯が鳴りだしたからだ。勿論、妄言めいたことを考えている間もずっと鳴っていた。誰か、と考えるまでも無い。こんな時間に電話をかけてくる知り合いは一人しか居ない。
恨み半分面倒半分、少々の諦めをスパイスにしつつ電話に出る。
『よう、いいあさだな、友野』
予想通り、電話越しに聞えてきたのは、尊大な態度と言い草であるが何処か幼げで若干巧く回っていない口と声の為さっぱり威圧感の感じられないという独特も独特なあいつの声。まあ声を聞くまでも無く、僕の知り合いにこんな行動をする奴は他にいないので、電話に出るどころか携帯の画面を見るどころか、常識外の時間に電話がかかってきた時点で確信していた訳だが。
「やあ焔。相変わらず人の迷惑とかそういうのを微塵たりと考えてない時間帯に電話してくれやがってどうもありがとう。それと日の出前は朝とは呼ばない」
何せこいつ、僕の知り合いの中でも飛びっきりの常識知らずなのだ。
因みに、現在の時刻は午前三時を回った辺りである。わあ僕早起き。ふざけるな。
『そんなこまかいことはいいだろ、おきたから、朝。それでいいじゃないか』
「俺はこんな時間に起きるつもりは無かった」
『はやおきは三ウォンの得だ』
「だからと言って日の昇る前に起きる必要は微塵もねえしついでに言えば単位が違う」
似てるけど、発音。
『まあ、別に何もこまらないだろう』
「万歩ほど譲って困らないとしても、それ以前にこういう行動は常識から逸脱しているから困る困らない以前の問題だというのが俺の意見なんだけど、別に俺おかしなこと言ってないよね」
『おかしくはないが前提としてお前はおかしい人間だからおかしくないことを言っている時点でおかしい』
「さらっと酷い事言われてないかな俺」
はたして焔の中で僕はどういう扱いなのだろうか。
『まあ、そんなことはどうでもいい』
「こっちがよくねえよ。少しは他人の迷惑とかそういうのを考えろよ」
『じつはだな、ひさびさに実家にかえることになった』
「聞けよ――って、お前、勘当されてた筈だろ。なんでまた」
『勘当といっても、少しばかりの金を貰って、こちらからよばない限りかえってくるなと言われただけだ』
「それを世間一般的に勘当と言う」
因みに、ここで言う少しばかりの金とは、おおよそ普通の生活をしていれば一生使いきらないであろう額である。
こいつの実家は金持ちなのだ。詳しく知っているわけではないが。
『まあそれはそれとしてだ。どうだ、お前もいっしょにこないか?』
「いや、行く理由が無いだろ。それとも、なにか理由が有るのか?」
呼ばれてるのは焔で、僕は完全に無関係の筈だ。
それを態々、こんな時間に電話をかけてまで誘うというのだから何かしら理由があると――
『まあ、ないな』
「ねえのかよ」
考えた僕が馬鹿だった。そうだった。こいつはそういう奴だった。
『うん、まあ、それだけだ』
「そうか、それだけか。今度会ったら殴らせろ」
この憤りに関して僕の方に非は無い。間違いなく。
『そうか、比平木はそういうプレイがすきなのか』
「馬鹿野郎。ったく――まあ、気をつけて行ってこいよ」
『ああ、おみやげくらいはかってきてやるさ』
「期待しないで待ってる。じゃあな」
特にそれ以上話すことも無いので電話を切る。
――焔と最初に会ったのはいつだったか。
あの頃は、あいつは今とは全く違い、無愛想で、暗い奴だった。
そう。そうだった。そして、僕がそれを――こわした。
おもいだしたくないけど、おもいだしてしまう。
あれが。あれは。あれを。ぼくは、ぼくが。
――自分の顔を思いっきり引っ叩く。
やめろ。忘れろ。あれは過ぎた事だ。
分かってる。分かってるから、忘れられない。
「……寝よう」
寝れば、また、忘れられる。思考を、止められる。
横になって間も無く、意識は闇へと沈んでいった。
――思えば。この時焔の誘いに乗っていた場合、僕の運命は変わっていたと思う。
それが良い事か悪い事かは分からないが。
まあ、どちらに転んだにせよ、既にロクな運命では無いのだが。


焔から電話が来て約六時間後。
僕はいつもの様に(ただし普段より遅い時間である、間違いなく焔の所為だ)目を覚まし、いつもの様に起きて、いつもと同じ服を着て、いつもの様に出かけた。
特別何処かに用事がある訳では無いが、だからと言って家でやる事もなく、折角なら外に出た方が健康的だろう、という理由から休日はよく散歩をする。
得られる物は少々の疲労と少々の健康、代償は時間。自分の事ながら有意義さがさっぱり感じられないが、しかしやる事が無いので仕方が無い。
やはり焔について行くべきだったか、と思った後で、暇ではなくなる代わりに平和でもなくなると思われるので結局行かなくて正解だったと思う。
しかしてそれが正しい選択かは判断しきれない。日常と言うものは時に想像も出来ない様な突拍子も無い現象において崩されることが少なくないからだ。
むしろ、あえて危険と思われるような方向に進むことで結果的に平穏を手にすることさえもある。
だからこの僕の判断はもしかすると絶望地獄へ真っ逆さまへと墜落する道へ続いている可能性だってある。
そう、人生は等しく波乱万丈なのだ――
と、そんな妄言めいた事を思考しながら商店街の通りを行く僕を客観的に見た場合、危ない人間と捉えられるという自覚はあるつもりだ。
口には勿論顔にもそんな素振りは出さないから良いものの、妄言を全てぶつぶつと口に出していたとすればもれなく僕の周りから人がいなくなるだろうが、流石にそんな事はしない。
仮にも自分自身とは長い付き合いである故、僕と言う人間の扱いは心得ている。
だから、心が読めるのでもない限り、僕は見た感じ普通の人間であろう。
そもそも妄言語り(もとい、騙り)を他人にする事を僕はしない。異常に思われるだとかそういう問題ではなく、単純に他人に興味が無いからだ。
あくまでも他人はお互い生きる上で便利、といった関係であるのが望ましい。
人は一人では生きられない。確かにそうだろう。しかし、人は多人数で生きる事にも向いていない。
故に、お互い有益で、かつお互い損をしない、そのくらいの関係が好ましい。
だから、僕には友人はおろか知人と呼べる仲の人間すら少ない。数少ない例外の一人が焔である。
……一応断っておくが、決して友人がなかなか出来ないから開き直っているとかそういう訳ではない。そういう訳ではないのだ。
と、そこまで思考した辺りで空腹感に襲われる。
はて、まだ昼には少し早いはずなんだけどな、などと思ったが、そういえば朝食を取っていなかったので、当然腹も減るだろう。
別に昼まで我慢してもいいのだが、そうする理由も特に無いので、どこか近くの店で外食と洒落込むする事にした。
この辺りには食事の出来る店が幾らでも在るので、はてさて何処に入るべきかと思考する。
僕の場合、特に好きな食べ物も嫌いな食べ物も無いので、最低限不味くなくて、高すぎず、十分な量があれば良い。
と、そういう訳で、無難に普通の食堂にした。
まあ当然といえば当然である。それなりに美味しくてそれなりに安くてそれなりに量が多いといえばやはり食堂だろう。いや、そうではない食堂もあるだろうけど、イメージ的に。
実際のところ、僕は外食する際は食堂か、あるいは時偶に安めのラーメン屋に行くくらいだ。そういう訳でこの選択は必然と言える。
……というか、だったら最初から考えるまでも無く食堂を探せばよかった気がするが、さして急いでいるわけでもないのでよしとしておこう。とりあえずは。
とまあ、そんなこんなで見つけた食堂に入り、適当に定食を頼んで受け取り、席へ向かう。
昼時には少し早いため、余り席は混んでいない。僕はなるべく周りに人が居ない場所を探し、座る。
僕は基本的に一人静かに食事をするタイプなのだ。混んでいたりしてそれが望めそうも無い場合は別だが。
尤も昼時だというのに混んでいない食堂は今まで見たことが無い。まあ当然である。というか、昼だというのに混んでいない食堂は潰れる定めにあるだろう。よって今日は落ち着いて外食できるまたと無い機会である。精々存分に堪能することに――
「よっす、比平木。偶然だな」
したかった。
静寂は二秒と持たなかった。
目の前の席に知り合いが座ってきた。
色々ぶち壊しだった。
「……頼む、田仲。何も言わずに三秒以内に死んでくれ」
「なんでえ、冷てえの。俺が何か悪いことをしたかよ」
したんだよ。
と言うか、お前の存在そのものが悪だ。
「まあ仮に悪い事をしていたとしてもだ。ガキの頃からの付き合いじゃねえか。別に水に流してくれても良いだろ」
「言い換えれば、特に仲が良い訳でも無いのに家が超近い所為でガキの頃から嫌々付き合い続けざるを得なかった、とも言えるがな」
「うわ、ひっでえ。俺はお前の事を親友だと思ってるんだぜ」
「俺はお前の事を勧誘か何かだと思ってるよ」
「どういう意味だよ」
――まあ、説明すると。
こいつの名は田仲一廊。属性、腐れ縁。以上。
「今、俺の事が超いけぞんざいに扱われた気がしたんだが」
「気の所為だ。それより、何か用でもあるのか?」
「いや別に。お前を見かけたからなんとなく」
「うん、だと思った。とりあえず消えろ。塵も残さず消えろ」
……どうしてこうも僕の周りの人間は特に用事も無く僕に突っかかってくるのだろうか。
願わくば構わないで欲しい。出来ればほっといて欲しい。むしろ出来なくてもほっといてくれ。
「いやはや、お前は相変わらず孤独が好きだねえ」
「煩いのが嫌いなだけだよ」
「その癖、割と寂しがりやなんだよな。ふふ、分かってるぜ。お前の事で俺が知らないことなんか殆ど無いぜ」
「うわ気持ち悪い」
「お望みとあらばタンスの中の下着の数から銀行預金の残高までなんでも当ててやるぜ」
「いやなんで知ってるんだよ!?」
何でそんな事知ってるんだ!?ってかそもそもタンスの中の下着の数なんて自分でも正確に把握してないし、勿論預金の残高なんて他人に教えたことなんか無い。一体どういう手段を使ったこいつ!?
「まあ、嘘だけどな」
「死ね!ストレートに死ね!」
「おい、大声出すなんて周りの客に迷惑だろ」
「くそっ!間違ってる奴に正論を言われるのがこんなに腹立たしいたあ初めて知ったよ畜生!」
ああ、全く。こいつと居るとどうも調子が狂う。いや、僕は普段から絶賛絶不調といえばそうだけど、その不調すら狂う。不調所じゃない、無調だ。
「まあアレだ。さっきは用が無いと言ったが、全く用が無いわけでも無きにしも非ずだ」
「どっちだよ……で、どんな用だ?」
「ん、いや、お前どうせ今日暇だろ?少し買い物に付き合ってくれないか?」
「……ま、いいけど」
「お。素直だな、珍しく」
「断ると色々言われたりされたりして面倒そうだからな」
まあ、暇な事は暇なのだ。煩いのは問題だが、まあうん、断ったら更に煩いだろうし。その辺は大変遺憾ながら諦めをつけるしかない。
「……んでさ、お前、それ食わねえの?冷めるぞ?」
「いや、誰の所為だよ……」



少し遅めの朝食(或は、少し早めの昼食)を食べ終わった後、僕は田仲に付き添ってショッピングモールに来ていた。
――そして、現在。絶賛迷子。
勿論、田仲が。
「あいつ……何処に行ったんだよ……」
ついさっきまですぐ隣に田仲が居た筈なのだが、気が付くと忽然と姿を消していた。あいつめ、いつテレポーテーションを習得したんだ。
「やっぱり、無理にでも断った方が良かったかな……」
まあ、今更後悔しても仕方が無い。数十分前の自分か、或は田仲を恨むしかない。
「なんだか電話も繋がらないし……ああ、面倒臭い」
なんなんだあいつ。なんで買い物に来た当人が居なくなるんだ。せめて消えるなら一言何か言ってからにしてくれ。というか帰りたい。田仲とかほっといて帰りたい。しかしながらもっと面倒になりそうなので帰らない。でも帰りたい。超帰りたい。一秒毎に世界線を越える位の勢いで帰りたい。くそ、田仲め。なんで僕はあんな奴と知り合いなんだろうか。しかもよりによって世間で言うところの幼馴染と言う奴に当たる。最悪である。むしろ災厄である。何であんな奴が幼馴染なんだ。まあ、焔よりはまだ常識があるが、面倒な奴である事には全く代わりが無い。むしろ素直な分焔の方がマシかもしれない。
「……よし、あいつを見つけたら一発ぶん殴ろう、そうしよう」
とりあえず、その辺の苛々は全ての元凶である田仲にぶつける事で解決する事にした。
とにかくあの馬鹿をとっとと見つけてぶん殴ってとっとと買い物を終わらせよう。
そういう訳で、田仲を探す為に無駄に広いショッピングモールを徘徊する事にした。
……しかし、田仲の事を最悪だの災厄だのと称したが、そもそも、最悪加減や災厄加減については、僕も人の事を言える様な身でも無かったのだった。
別段性格やらは基本的に特別常軌を逸脱してはいないと思うが(それでもまあ、どちらかと言うと変人に分類されるであろう自覚はあるが)僕の最悪なまでの災厄加減はかなりの物である。
簡単に言うと、僕の周りではとにかく不幸な事が起こるのだ。それも不運の一言で片付けられるレベルでは無い。
その癖、毎回僕は直接的な被害は負わない。いつも、不幸になるのは周囲の方だ。
まあ、ある時を境にそれは随分落ち着いたのだが――それでも、僕が不幸を呼ぶ事には相違無い。
僕がなるべく一人で居るのも、半分位はその所為だ。残り半分は、単純に騒がしいのが苦手だからだが。
とまあ、誰に頼まれた訳でも無い自分騙りをしつつショッピングモールの丁度中央辺りに差し掛かった時。

地獄を見た。

人が倒れていた。
壊された人形のように様に体という躯という躰という軀という軆という身体が解体されていた。壊体されていた。
肉片が落ちていた。
食べ残しのように顔が目が口が耳が首が胸が腰が肩が腕が手が指が腿が膝が脛が足が胃が肺が腸が肝臓が腎臓が膵臓が脾臓が心臓が落ちていた。堕ちていた。
見渡す限りの赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
これはもはや死体でも、ましてや人間でもない。ただの、残骸だ。
それもどう見ても一人分の量ではない。どんなに少なく見積もっても二桁には到達しているだろう。
「……参ったね、これは」
ここまで派手なのは久しぶりだ。流石の僕でも多少は動揺もするというものだ。全く、死体は何度見ても慣れる物じゃない。
死そのものは、もうとっくに見飽きているが。
……さて、これはどこをどう見ても事故では無いだろう。こんな事故があってたまるものか。
となると、人為的なものと言う事になるが、それにしてもこれだけの人数をこんな状態に出来るとは尋常じゃない。肉体的にも、精神的にも、おおよそまともな人間の仕業ではないだろう。そもそも、人間の仕業かどうかも怪しいが。
しかし、証拠を隠蔽する気すら感じられない堂々とした犯行現場だ。となると、これから下手人が取る行動はおおよそ二択に絞られる。
――逃走か、皆殺し。
「……まあ、後者だろうなあ、この場合」
ここまで派手に殺しておいて逃走も逃亡もあったものではない。そもそも、こんな惨状を生み出せるような人物であれば逃走する必要もあるまい。機動隊だろうが自衛隊だろうが返り討ちに出来るだろう。
……そういえば、田仲は無事なのだろうか。いやまあ、別に無事じゃなくて良いのだが、こういう状況下でくらいは少しは心配してやってもいいかもしれない。
「まあ、このくらいで死ぬような奴じゃないか」
うん。やっぱりいいや。あいつの事は気にするまい。惨殺死体になってたら、その時はその時だ。
……まあ。それよりも今はここから出るのが先だ。僕にはむざむざ惨殺されるような趣味は無い。
幸いにも近くに出口があるので、周りに危険が無いか確認しつつ移動する――が。
「……こういう時は絶対に開かないって、規約か何かでもあるんじゃないのかな、こういうの」
当然のように開かなかった。
必然のようにお約束だった。
「現実は非情である……とか、言ってる場合じゃないよな」
さて、割と本格的にピンチだ。得体の知れない殺人鬼のようなものが存在する空間に閉じ込められているわけで、まあ、僕の人生の中でもベスト100くらいに入りそうな感じのピンチだ。
ここだけ自動ドアの電源が落ちている、と言う訳でも無いだろう。というか、無理やり開けようとしても全く動かないので電源が落ちている訳ではない筈だし、多分故障でもないだろう。
問題は何故開かないかではなく、何故開かなくしたかである。
……まあ、考えるまでも無く皆殺しにする為だろうが。
こうなると、もはや下手人をどうにかするまで脱出出来まい。
まあ、そういう訳で――だ。
「いい加減出てきたらどうかな。えーっと、殺人鬼?さん」
「……ナンだよ。気づいてたのか」
とりあえず、先ほどから気になっていた気配へと声をかける。
これでも気配には敏感な方なのだ。さして自慢にはならないが。
呼びかけに反応して出てきたのは、見た目は今時の若者スタイルの割と何処にでもいそうな少年。
――但し、肩に担いだ鋏とも剣とも言い得ぬ奇怪な物体を除けば、だが。
「きかか。お前、スキだらけに見えるくせに、全然隙が無いな。お陰で、さっきから苛々してんだ」
「いやいや、僕は隙だらけだよ。それに、よしんば隙が無かったところで、抵抗のしようが無いさ」
明らかに、異質。
まともな人間ではない。
人間かどうかも怪しい。
限りなく、あちら側の人物。
――或は、僕側の人物。
「ヨシ、決めたぜ。今から俺様はお前を殺す。隙がどうとか関係ねえ。そんでもって、他の生き残ってる奴を殺す。どうだ?」
「好きに、すればいいさ」
「ソレじゃ、遠慮なく」
そう言ったと思うとふいに、少年が――消えた。
勿論、それは、あまりの速さゆえに目で捉えることが出来ないだけであり、消えたわけではない。
……まあ、要するに当たると死ぬという事なので、しっかり避けておく。
「ッ!?」
「……はあ」
全く。やはり、田仲など無視すればよかった。
何でこんな事に巻き込まれなくてはいけないのか。
まあ、この調子なら、どうせ何をした所でろくでもない目に遭っていたのだろうが。
「……クソっ!何で、避けられるんだよ!」
っと、こいつの存在を忘れるところだった。
手に持った鋏のような物を振り回しつつ突撃してくる少年を、軽くステップして避わす。
「……それにしても、無駄が多いね」
僕は身体は殆ど鍛えていないので、彼とまともにやりあう事はまず無理である。というか、身体を鍛えていたところで普通の人間には無理だろう。
要するに爆走する十トントラックに真っ向から立ち向かうようなものである。それは無理だ。こちとら軽自動車どころか下手をすれば原付なのだ。
しかし、その十トントラックが直線軌道ではなく、グネグネと蛇行していたとすれば。
その場合、その隙間を縫えば、例え歩いてでも避わすことが出来るのだ。
理屈で言えばそういうことである。
但し、避ける事が出来るというだけであり、此方から有効打を与える事が出来るわけではない。
つまり、相手が諦めてくれる前に僕の体力が切れたら詰みである。割とハイリスク。
「畜生っ!鬱陶しいんだよ、オマエっ!」
振り下ろされる鋏のようなものを右へ、左へと避ける。
出来る限り最低限の動きで、かつ最大限の回避を。
生まれてから今までの、非情なまでに非常な酷く混沌とした二十年弱の時を至極淡々と過ごす中で習得した、生き残るための知恵。
こんな状況くらい、今までの一生と比べれば日常茶飯事である。この程度で死んでいるようでは今この場に僕は存在しない。
どちらかと言うと存在したくも無いが。
というか、超絶帰りたい。
「イライラするぜお前っ!ちょっとは戦えよ!」
「いやいや、僕はただの巻き込まれた一般人だよ。そんなこと出来るわけ無いじゃないか」
嘘は言っていない。というか、状況的に殆ど事実だ。
そもそも、僕の目的は逃走であって闘争ではない。
戦いは避ける。争いは傍観する。それが僕のスタイルだ。
臆病者と嘲るが良し。臆病なくらいが丁度良い。




戯言シリーズを読み返すと、無性にこの話が書きたくなる。
まあアレだしね。戯言シリーズみたいな話が書きたかったから書き始めた話だし。
さっぱりそれっぽくないけど。


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最終更新:2012年07月23日 20:29