●爪痕
幾本も起立する焼け焦げた黒い柱。
そして、何者かの手によって打ち壊され倒壊したままの家屋。
それをただ呆然と見詰めるだけしか出来ない民衆たち。
行く先々で見掛けたトツカサに刻まれた『戦』の爪痕、ジリュウの手の者と
思われる『草』の蜂起による各地への襲撃は、マウサツの護衛士たちが
想像していたものを遥かに凌駕していた。
「これが……戦……」
その被害の様子を具に確認しながら蒼き月光の守人・カルト(a11886)が呟く。
国同士の争いとは、その国力の削り合いでもある。
そして、その矢面に立たされるのは、常に抗う術を持たぬ民衆たちであった。
「酷いもんやな……」
筵を掛けられた家族の遺体の前で泣き叫ぶ子供たちを見て、永久の罪人・ケイル(a17056)の記憶が疼く。幼き頃の記憶が。
「大丈夫?」
そう声を掛ける愛と情熱の獅子妃・メルティナ(a08360)にすら、子供たちは
恐怖に満ちた眼差しを向けて震え出す。ヒトの親和性すら、『戦』の前には
意味を失ってしまう。
そして、失われたものはそれだけでは無かった。
人々から、他人を信じると言う心も失われかけていたのである。
「貴様か、この辺りに現われたという見かけぬ奴というのは!」
「怪しい奴め! 大人しく投降しろ!」
目立たぬようにとチャドルで顔を隠しての情報収集に努めていた
黒鱗の盾・ヴァラン(a13934)だが、やはり他から見れば怪しい者である事は
間違い無かった。地元の者からの通報を受けて、周辺警備に就いていた
トツカサの兵士たちが出動して来たのだ。
「いや、私は……」
そこまで告げて言葉に窮するヴァラン。兵士たちの殺気を前にして、
ようやく戦時下にある異国の領地で、他国の者が情報を収集していると言う
その意味する所を明瞭に悟ったのだ。即ち他国より送り込まれた間諜、
そう誤解されても仕方がない事であった。
いや、どう言い繕おうと諜報活動を行っていた事は事実であったのだ。
「……判った。投降しよう」
今、トツカサの兵と剣を交える訳には行かない。他の仲間たちの活動に
影響しなければいいのだが、その事だけが気がかりであった。
「手向かうつもりは無いです」
地元の者たちと接触していた夢見るドリアッド・マルティーナ(a13778)も、
同じくトツカサの兵士たちによって投降を呼び掛けられていた。
「ですが、せめてこの方々の手当だけでも……させてください」
怪我を負った人々に何かしてあげたかった。自分に出来るせめてもの事を。
●暗闘
他の者たちよりも出遅れていた夜光疾風・ハボック(a13762)は、
先行する者たちと合流すべく夜の闇の中を駆けていた。
だが、その闇の中を同じく駆ける者の気配をハボックは察知した。
「……敵か?」
そのハボックの声に対して返された答えは、殺気の込められた気の刃であった。
「トツカサの為に負傷した所で、得する事もないが……」
身を翻してその攻撃を避けたハボックが武器を抜き様に呟く。無理をしてまで
戦うつもりは無かった。
そして、それは敵にしても同じ事であったらしい。攻撃は最初の一回だけしか
行われなかった。
既に周囲には誰の気配は無かった。無言のまま武器を収めると、ハボックは
再び走り出した。
●渦中
救援部隊の駐屯地でもあるトヨナカの村に到着した者たちは、トツカサ国内で
起こっていた様々な事件の全容を知り、愕然としていた。
トツカサの各地を襲った『草』による不審火の数々、そしてここトヨナカを襲った
謎の襲撃者たち。
これらの対応に出向いた救援部隊の隊員の中には、重い傷を負ってしまった者も
多々いた。
ここトヨナカの戦いでは、救援部隊の団長でもあるイズミまでもが重傷を
負っていたのだ。
しかも――
「ええっ、トツカサの第4領が落ちちゃったの!?」
驚きを隠せない表情で忘却ノ彼方・サテラ(a16612)が聞き返す。トツカサが
アルガより割譲した第4領がジリュウの手に落ちたという事実は、マウサツの
護衛士たちの予測を遥かに越えて事態が急転している事を意味していた。
「マウサツの方でも色々とあったのですが、こちらの方がもっと
大変だったのですね……」
マウサツでの動きを具に報告しながら、銀糸の檻・グリツィーニエ(a14809)が
悲痛な面持ちで告げる。
「うーん……と言う事は、トツカサからアルガに対ジリュウ戦共闘提案をしてもらう
事も難しいようね」
困ったように呟く森療術士・フィルレート(a09979)だが、その言葉は
独り言にしては些か大き過ぎた。
「……誰が誰に何を提案するって?」
突如背後より響いた大きな声に、マウサツ護衛士たちは一斉に振り返る。
そこには、人を食ったような顔で護衛士たちを見やる逞しい体格の男がいた。
「チ、チオウ王子!?」
思わず声をあげたのはフィルレートであった。その声に他の護衛士たちも
ようやく、目の前の男がこのトツカサの王子であり、名だたる将軍でもある
チオウである事を知る。
「今さら何をしに来たのかと思えば、随分と虫がいい話をしてるじゃないか。
俺たちを自分たちが都合よく動かせる手駒だとでも思っているのか?」
表情こそ崩してはいないが、その言葉は辛辣であった。
「それとだ。人の国の中で随分と好き勝手やってくれてたみたいじゃないか」
そう告げて自分の背後を指差すチオウ。そこには――
「俺は敵じゃなくて、マウサツのもんだと言ってんだろうが! 姫さんのお墨付きも
あるんだぞ!?」
「元からここに住んでいたって言っているのに、どうして信じてくれないのかな?」
兵たちに取り囲まれるようにして姿を現したのは、侍魂・トト(a09356)と
愛竜踊花・ハクカ(a12573)であった。
トトは町中を闊歩していた所を、ハクカは地元の者たちに接触した所をトツカサの
兵士たちによって捕えられていたのである。
ストライダーしか住まないセイカグドの地で、しかも他国から攻められていると
知った上で2人の取った行動は些か不用意であっただろう。
「他にも各地でお前たちの仲間だという奴らが捕まってるぞ? そのおかげで
ジリュウ攻めの準備も遅れてるって事だ。で、俺たちに何の用があるんだ?」
今度は表情を引き締めて護衛士たちに聞き返すチオウ。
「ですから、ジリュウに対して共闘を……」
「ほう、ならば我らのジリュウ攻めの先陣に立ってくれるか? それとも、
この戦に掛かる戦費をマウサツが出してくれるとでもいうのか!?」
フィルレートに皆まで言わせずにチオウが言葉を返す。それはトツカサにとって
都合のいい言い分であった。
だからこそ、自分たちが申し出ようとしていた話が、マウサツにとって都合のいい
話である事が痛いほどに判った。
「そうで無いのならば、お前たちはここで大人しくしていてもらおう。形の上は
賓客扱いにしておいてやる。だが、宛がわれた建物から出る事は許さん。
出元は不確かだが、マウサツとジリュウに繋がりがあるとの噂もあるからな」
取り付く島も無く言い放つチオウ。
こうして、救援部隊と合流を果たすべくトヨナカに訪れたマウサツ護衛士たちは、
残らず焼け残っていた土蔵へと連れ込まれる事となった。
ここを抜け出す事は簡単である。だが、それを行う事の意味は重大であった。
どこかで誰かが笑う声が聞こえる。
そんな錯覚がマウサツの護衛士たちを包み込む。
ただ一通の親書が巻き起こした小さな渦は、セイカグド全土を巻き込む
大きな渦へと変貌しようとしていた。
●幕間
「トツカサに行ったら、ボクたちの事がどう伝わってるか、町の人たちはどういう
気持ちになってるか、聞いてみるんだにょ!」
「私もお手伝いしますわティルミー姉さん」
マウサツからトツカサへと向かう道を急ぎながらヒトの武人・ティルミー(a05625)と
ヒトの翔剣士・トゥシェ(a05627)の陽気な声が大きく響く。
もう間も無く国境を越えてトツカサの地へと入る筈である。
「大丈夫かなぁ……」
そんな2人の姉を見てヒトの重騎士・ハヤタケ(a14378)が不安げな声をあげる。
そして、そのハヤタケの不安が見事的中した事を3人が知るのは、間も無くの事であった。