セイカグド動乱23日-0(完成版) 2004年12月23日

 

●アルガの城門にて
夜陰に乗じて動く影。常人では歩く事すらおぼつかない闇の中を、しっかりとした足取りで進んで行く。
まるで、その闇の中に何があるのか把握しているかの如く。
いや、実際に把握していた。
「……トキタダ公もサダツナ公も、今は高みの見物でもしていろ。

引き摺り落としてやる、……絶対に」
白い息と供に吐き捨てるように呟いた影の正体は、笑撃の・アルベルト(a01269)であった。
エルフの夜目、それを利しての偵察の任を買って出たのだ。
 地形、そして敵の陣容の把握。その全てを知り得る事が無理であろう事は、

百も承知であった。
だが、今は1つでも多くの情報を集めなければならなかった。
 敵陣の急所を食いちぎる為にも。
「城門の中に、敵将の首を放り込んでやるからそう思え……ん?」
 ブツブツと更に続けていたアルベルトだが、不意に何かの物音に気が付き、

口を閉ざして集中する。
最初は極僅かであったその物音は、次第に大きくなる。何かが擦れ合うような音。
布や皮、そして金属の――
そして、その音の主は単独ではなかった。複数の、いや数多くの音が重なり合っていた。
兵団、そう言っても差し支えないであろう百を越す兵士たちが、夜陰に紛れて

移動していたのだ。
「ジリュウの別働隊、でしょうね」
 その報告を聞いて、傭兵上がり・ラスニード(a00008)が思案する。
マウサツの者たちが戦陣を組むのならば、その者たちへの対応も考慮するべきで

あろう。ならば、とラスニードは自分の足でその場所を選定するべく歩を進める。
 だが、その途中でラスニードは足を止める。固く閉ざされたアルガの城門の前で。
「先の戦いでのアルガの兵士たちの遺品です。これですべての事が水に流せるとは思っておりませんが、せめてこの品々をご遺族の方々にお届けて欲しいのです」
 そこでは今まさに、ツバキ姫がラスニードが託したアルガ兵の遺品を城門前で

返還しようとしていたのだ。
数人の護衛がいる物の、無謀な事をと駆け寄ろうとしたラスニードの耳に飛び込んで来たのは、意外にも城門の内側より響いて来た苦汁に満ちた家臣たちの声で

あった。
「同朋の形見の品、届けて戴きし事は忝く思う。だが、この城門を開ける訳には行かぬ……」
「主命は何事にも代え難き事。各々方の心付はしかと受け取った。

が、これ以上、城門の前に留まられては、主命を果さざるを得ん。

このまま立ち去られませい!」
 主君の命令は何事にも代え難き事、たとえ主の才覚が如何様であろうとも。このセイカグド、いや楓華列島の主従関係の一端を垣間見せられた光景でもあった。
「自国を護るは国主の、そして何より冒険者としての勤め。それを果たさず、

先陣を他国の者に委ねるとは、な!」
そのラスニードの罵りを中の兵士たち、いや『冒険者』たちはどう言う思いで聞いた事だろう? 
だが、その言葉への答えは無かった。
「姫様、この場は引きましょう……」
 立ち尽くすツバキ姫を誘うように採魂の女神・リィーリエ(a10908)が仲間たちの

元へと連れ戻す。最早、交わすべき言葉は無かった。
「御武運を……」
 その時、リィーリエの背後から微かに聞こえた言葉はどう言う思いで

発せられたのか、それは定かでは無い。
「私たちは汚名返上の為に動いたんではなく、セイカグドの安定を求めての

行動ですから。共闘できないならこちらは勝手に動かせて戴くだけです、

いつどんなタイミングかは分かりませんがアルガに援助があるでしょう。

ご期待ください」
毅然と言い放った村人その壱・エン(a00389)の言葉が、夜明け前のアルガの

城門に響く。
「そして、どこかで聞いているのでしょうジリュウの者よ。マウサツは此処

セイカグドでこれ以上戦いが起きる事を望まない。
進攻を止め自国に戻る事を要求する。もし進攻を止めぬならば、ジリュウを

セイカグドの安定を乱す国と見なし、アルガへの進攻を阻止する為に動きます!」
 続く言葉もジリュウ王サダツナの元に届くであろう。そんな確信がエンにはあった。
 寒さが増し、アルガの地に夜明けが近付く。
 ジリュウの布陣が明らかになったのは、それから間も無くの事であった。


●トヨナカよりジリュウへ
 トツカサの国本領、トヨナカの村。そこより西に駆けること数時間。
冒険者達はトツカサの国に敷かれた街道の走りやすさとその広さ、更には宿場と

なる街の整理された状況を見て今回のトツカサ軍の迅速な動きに納得がいった。
「いつもそうや……。お偉いさんの都合で戦をして、被害を受けるのは民衆……」
 最後の休息を取る部隊の中で、永久の罪人・ケイル(a17056)が怨嗟を込めて

トツカサの兵達を見つめていた。
誰も、彼も、戦に向けての略奪に燃えるぎらぎらした野望を持って

動いているようにしか見えない。
「おめぇも、所詮は異国の人間だな。判ったつもりで、何も判ってねぇ」
 背後に気配がして振り向けば部下達と共に宿の女将から受けた

ただの白い握り飯を頬張る将軍の姿があった。
「……」
 元凶を、睨むようにして立つケイルに既に興味はないのか、チオウは湯を

出してくる女将達に頭を下げて飲み干すと、立ち上がって大音声を上げる。
「いいか! 西のジリュウ何するものぞ! ジンオウもあの霧幻衆を

打ち破り帰還した! 今度は我等がトツカサの魂を見せてやる番だ! 

畑は焼くな! 民草に手は出すなよ!」

「応っ!」
 雄叫びが村を振るわせる。
「いってらっしゃいませ」
 最後にトツカサの兵達を見送って頭を垂れる女将にチオウは笑って握り拳を

振り上げた。
「馳走になったな。今度来る時は、握り飯に一品付けてもらえる程度には

頑張ってくるぞ」
「はい。美味い明太子、お付けいたしますれば」
 髪に白い物が混じる女将が微笑んで兵士達を見送る。

欺瞞だ、騙されているのだとケイルは己に念じる。
「やったら、早く戦を終わらすためにわいは……戦う!」
 まだ冒険者達は、楓華列島の理を知らないのかも知れなかった。

 開戦を迎えたのは敵本陣までをその視界に収めた頃合いだった。
「この反応の遅さ、本隊はもぬけの殻か……」
 ジリュウは初めからマウサツと『良き隣人』になるつもりは無かったのかと、

侍魂・トト(a09356)は歯ぎしりをして駆ける。
「…上等だ…。ならば話は早い。オレは戦を少しでも早く終わらせる為に来たんだ、

バカ王子の言う様に闘ってやろうじゃないか!」
 切り結ぶのは敵兵。だが、その足元に蠢く物が落ちているのをトトは思考の

渦から戻って気が付いた。
「これは……」
 銀糸の檻・グリツィーニエ(a14809)が舌を巻く。槍働きを見せようとした矢先に、

紅蓮の咆吼なのか、トツカサ兵が上げた鬨の声に呪縛された様に敵の半数以上が

身動きを取れなくなり、それらにほろを被せるようにしてトツカサ兵は先を急ぐ。
「死にたい奴だけそこを出ろ! 抵抗する者には容赦しねぇ!」
 巨大刀を操って敵兵のムシャリンの首を一刀両断するチオウが凄みを効かせて叫ぶ。
「トツカサの国ライオウが一子、チオウここにあり! よくぞ我が国の民を

焼いてくれたな! 俺を討って名を上げたい奴は前に出ろ!」
 獅子奮迅の活躍を見せるトツカサ兵達。
 その中でも戦の熱に侵されたように、ほろで身動きの取れない者にまで

手を伸ばす者をマウサツの国救援隊と門出の国マウサツの者達は止めるように

言われていたが、それもあまり居なかった。
「本気だろうか?」
 愛と情熱の獅子妃・メルティナ(a08360)は闘いそのものもそうだが、

この戦でトツカサがやろうとしていることに興味を持っていた。

『命を奪うは本意ではないが成敗致します』と、先陣に立った彼女だったが、
敵となって立ち上がってくる者には容赦は出来ない。それはこの国でも、

自分達の国でも同じ筈だ。
だが、一気に敵の中枢だけ叩くように突進するトツカサ兵の一糸乱れぬ動きと

規律は、異国だからとどこか隔ててみていた彼ら同盟の冒険者達の予想を

遙かに上回るものがあった。
「戦上手……」
 呟いたメルティナの言葉は、奇しくもトツカサの国を総じて評する際に

言われるものだった。
「こちらには、主戦力はないのでしょうか?」
 夢見るドリアッド・マルティーナ(a13778)がそう呟いてしまう程に、闘いは

一方的なものだった。
多少の負傷兵は出ているが、それも敵に比すれば微々たるもの。
始めの激突で既に勝敗が決されてしまったような感もある。

「敵将、討ち取ったり!」

 戦場に雄叫びが上がる。
 その声で勝敗が決したのだと悟ったジリュウ兵は武器を捨てて逃げる者まで

出ている。
「いいか! 見間違うなよ、俺達の目標はあくまで兵站だ。ここの西と東に

保管の為の蔵らしきものがあったが、無用の流血は避けろよ!」
「あの、それが依頼と思っても?」
「そうだ。俺も頭に血が上ってるからな、自分で自分を押さえなければいかんのは

判るが……先に手を出したのはジリュウだ。押さえろと言っても、兵達、

いや俺にも押さえられないものは滾ってる」
 蒼き月光の守人・カルト(a11886)に言って深く息を吐きだしたチオウは幾分か

落ち着いたようにも見える。
「お話ししたいこと、その後でいいですか?」
「ああ、事が終わればな」
 攻めにはほとんど冒険者達の力を借りることなくトツカサの兵士達は

圧勝を収めていた。
 だからこそ、止められないものも出てくるのかも知れなかった。


●マウサツの街
 明け方にサコンより告げられたエルフの一軍の来訪は、マウサツに残っていた

者たちを震撼させた。
「詳しい事は判ってないのですか?」
「はい。詳しく霊査を行うにも、あまりにも材料が足りないのです」
 雷槌の戦業主夫・クリストファー(a13856)の問い掛けに口惜しそうにサコンが

答えを返す。霊査ば万能では無いのだ。
「そいつらは、いったい何処から上陸するんだ? それが判らねえと

警戒のしようも無えぜ」
 そう言って腕組みをする運命を嘲う・タダシ(a06685)の言葉にサコンが

はっとした表情を見せて向き直る。
「そうですね。その辺りから探ってみれば何か掴めるかも知れません。
霊査の力は、冒険者の方々に助言を与える為の力。ただ漠然と探るよりも、

何に助言をすればいいのかを問い掛けて戴けた方がいいのかも知れません」
 ようやくサコンの口元にも笑みが戻る。
「街周辺の偵察をしようと思います。何か変わったことがあれば報告に戻りますね」
 そう告げて闇を斬る白き翼・アルヴァ(a05665)が立ち上がる。

今出来る事をしよう、仲間たちにそう告げるかのように。
「……だな。エルフの軍勢が何処から来るのかが分からないのでは

対処の仕様が無い。それが判明するまで、俺は『社』を警戒していよう」
 続けて心に闇を持つ者・エンハンス(a08426)も『社』へと向う。
「となると砦の周囲も気を配らないとね」
 そう言って風来の冒険者・ルーク(a06668)が笑って見せる。他の護衛士たちも

それぞれの今出来る事をする為にマウサツの各地に向う。
「皆さんには皆さんのやるべき事が、そして私には私のやるべき事がある。

期待に背いてはいけないでしょうね」
 そう独りごちるサコン。仲間たちの思いを無にしない為にも。
「エルフか……まずは街周辺を探ってみるか」
 そう告げて我流影殺法忍者・ショウシンザン(a05765)は街中の探索を

開始したものの、それらしき者の姿を見掛ける事は無かった。
「……まだ……ここには……来ていないのかも……」
 そんな思いが赤誠の武道家・フェリディア(a16292)の脳裏に一瞬過ぎるが、

警備を止めるつもりは無かった。
これが今、自分に出来る事であったのだから。
「防壁の準備をしておきましょう」
 そう言って荷車の調達に向うニニンが・シズク(a17134)。時間が許せば

住民避難の準備もするつもりではあったが、事態の全容が掴めない以上、

下手に動くべきではないのかも知れない。
「先手を打つには、まず『情報』ありきです」
 ポツリと呟くシズク。それが得られる事を信じて。
「特に変わった事はありませんね」
「ああ。だが油断は禁物やろな」
 砦周りの警戒に就いていた夢見る箱入狐・ネフィリム(a15256)の声に、

同じく近くで警戒の任に就いていた黒点・シギ(a11321)が言葉を返す。
「まずはここを守る、今はそれでいいと思うぞ?」
 キセルをふかしつつ宿無し導士・カイン(a07393)が続ける。
「そうだよ。怪しい奴らがいたらボコボコ殴るんだからねっ♪」
 元気一杯に拳を突き出して見せる香水茅・シトラ(a07329)。が―― 
「いえ、あの、それはちょっと……」
「まあ落ち付くんや……」
「過激だな……」
 3人の反応にえーっと不満顔のシトラ。とりあえず、砦周辺は平和なようであった。
 一方で、マウサツの街を後にしようとしている者もいた。サイカイ屋ジンエモン、

その人である。
「今は何かと物騒だからな。ちょっくら警護してやるよ」
 にっと笑って黒葬華・フローライト(a10629)がジンエモンに声を掛ける。
「これはこれはご丁寧に。ですがいいのですかな? 手前などをお構いに

なられておられて……」
 にんまりと笑みを湛えたままで答えを返すジンエモン。
断るでもなく、肯定するでもなく、お気の済むように、という所であろうか?
「最後まで喰えねぇ奴だな……」
「何か仰られましたかな?」
 独り言を耳聡く聞き付けたジンエモンに、気のせいだろうと惚けて見せるフローライト。
 そして、別の場所ではもう1つの転機が訪れようともしていた。
「トツカサ……トツカサに上陸しているのですか!?」
「はい。トツカサ領内を通過して、マウサツへと向って来る様子ですね」 
 思わず聞き返すクリストファーに務めて冷静に言葉を返すサコン。

今すぐにでは無く、近い未来の出来事。
それが、エルフの軍勢到来の予兆であったのだ。
 だが、その者たちに向かうもう1つの存在の事にもサコンは気が付いていた。
 マウサツの者たちがよく知っている頼もしい仲間たち、彼らの力が働こうとしている事を。


最終更新:2007年05月07日 01:07