●結末(アルガ方面)
嵐は去った。
それは訪れた時と同様に、波が引くかのように。
城壁を突破し、優位に立っていたにも関わらず、である。
ジリュウは――兵を引き上げた。
後に、それはトツカサのチオウ王子率いる軍勢が、ジリュウ『第4領』に
攻め入るとの報告が届いた事に起因していた事が判明する。
嵐の去ったアルガには厳しい現実が待ち受けていた。
別働隊による奇襲と焼き討ちもあって、アルガの受けた兵の損失は、
実に全兵力の半数に迫ろうとしていたのだ。
城門の守りに就いていたアルガの四宿将の1人、ゲンヤの死も痛恨であった。
精強と謳われたアルガの軍勢は、今やその最盛期の3割に満たぬ程までに
弱体化した。
焼き討ちにあったアルガの城の被害も甚大であった。
だが、アルガと言う国が滅びなかっただけでも良しとせねばなるまい。
そして、この結果を得た事にマウサツの者たちが寄与した事は、まごう事無き
事実であった。
その為に、マウサツ家臣団の何名かが帰らぬ者となり、重傷者も多数出ていた。
しかし、この戦いでアルガ国王トキタダ公がツバキ姫を始めとするマウサツの者
たちに指し示したのは、形ばかりの援軍への礼と、形ばかりの和解の言葉。
それだけであった。
マウサツ陣営の者たちが痛む身体を引き摺りながらも帰国の途についたのは、
トキタダとの会見が終わってから間も無くの事であったと言う。
マウサツはセイカグドの為に動く。
セイカグドの理と世情に、余りにも不慣れだと言わざるを得ない護衛士たちの
口から出たその言葉は、セイカグドの地に住まう者たちの心にどう届いたのか。
今、それを知る術は無かった。
●結末(トツカサ方面)
トツカサの王子将軍チオウの率いるトツカサの兵士たちと共に、ジリュウ第3領を
襲撃して奪った兵糧。
その半分を、ジリュウ第4領となった過去のアルガ領にしてトツカサ第4領で
あった地域に『救援物資』として置くという怪作をチオウは明らかにした。
これに参加すれば、救援部隊の駐屯地であるトヨナカへの帰還は早くても
26日になる。
だが、それでも行く事を選んだ者だけは向かう。
そして、その結果はアルガをそしてマウサツの者たちを救う事になった。
皮肉にも、チオウの電撃作戦、更にそれらに参加したマウサツの護衛士と
救援部隊の者の力、民に手を出さなかったという一連の流れが、ジリュウ王
サダツナへの伝達に狂いを生じさせたのだった。
●結末(マウサツ方面)
マウサツに攻め込むと言うエルフの一軍。
その者がリョクバからの軍勢である事が判明したのは、23日の夜半過ぎの
事であった。
トツカサに駐屯している救援部隊から、ツバキ姫を呼ぶ為に訪れたと言う使者の口より聞かされた驚くべき事実。
『リョクバよりマウサツに巣食う異国の仇敵を討つ為の軍が訪れる』
海を隔てた異国の地、リョクバ。
『天子様』がエルフに与えられたと言われる地である。
そのリョクバの者がセイカグドに討伐軍を出す。それは、異例とも呼べる出来事であった。
だが、このセイカグド、いや楓華列島の地に異国の冒険者たちが訪れている事
自体が、異例中の異例であったと言っても差し支えないだろう。
その軍との交渉は、救援部隊の者たちに託される事となっている。
その交渉次第では、マウサツの地で彼等を迎え撃つ事にもなるだろう。
既に何人かの護衛士の手によって、その日に向けた『準備』は僅かながらも
始まっている。
それが杞憂に終わる事を願いつつも。
マウサツの地で捕えた不審な者たち。その大半が、護衛士たちの情報を
得る為にはした金で動いていた小者であった。
しかし、砦付近で捕えた他国の、恐らくはジリュウの、間者らしき男の持っていた密書。
取調べの途中で、自ら命を絶った男の持っていたその指令書には、『マウサツの地での動きは自重せよ』と書かれていた。
それがいったい何を意味しているのか。
今、マウサツは何を目指してどう進むべきなのか。
マウサツの護衛士たちに問われているのは、それなのかも知れない。
●課題、そしてそれぞれの使命(トヨナカの地より)
リョクバと向かい合って行かねばならぬ時分になって、イズミは今回の門出の国マウサツと救援隊の距離を重く受け止めていた。
それを価値観と言ってはいけないかも知れない。互いに置かれた立場の違いと
納得すれば、全ては丸く収まるのだろう。
実際問題として、マウサツの現状はかなり危機的な物の筈だ。
トツカサ、ジリュウ、そしてアルガの闘いを間接的にも見てきたイズミには判る。
今、ジリュウかトツカサが本気でマウサツを堕とそうと狙えば、ひとたまりもなく
マウサツの歴史はこの楓華列島から消え去って行くだろう。
個人の能力もある。そしてある程度の冒険者の数もある。
しかし、それでは戦争には勝てないのだ。
二つの大きな戦争をランドアースで見つめてきた今、確かに霊査士による
霊査を基軸にした相手国との闘いは、勝利を得る為にかなり有益な物を
同盟が握ったまま動く事が出来た。
一つ一つの闘いを見れば負けていても、総合的に見て勝てているのは、
霊査と圧倒的な冒険者の数の力だった。
その有利性がこの楓華列島では失われている。
勿論、それは母国であるランドアースを留守にしてまで対応してはいけないと
いう実質的な問題があるからだが、だからといって一度関わってしまった今、
後戻りは出来ない。
護衛士団という肩書きを持っている救援部隊に当てられた独自の活動権は、
実は護衛士団の面々が考えているよりも大きい。それを控えめに
活動しているのは、今までの同盟で問題視されてきた部分を再度繰り返す訳には
いけなかったからなのだが、ここ楓華列島の各国に渦巻く物はランドアースに
比する以上の物があると感じられた。
『マウサツの国救援部隊』結成されて僅か3ヶ月の間に鬼の撃退、
アルガの撃退、トツカサでの防衛戦、ジリュウへの電撃作戦、そして今度は
リョクバへの対策を迫られている。
これだけ現場での臨機応変な動きを求められているにもかかわらず、
本国であるランドアースとの連絡手段はマウサツの国にあるドラゴンズゲート
『蒼の迷ひ道』ただ一つで、今後船でリョクバに渡るというのなら更に同盟から
距離を置いての活動が主流になる。
極論を言えば、周囲全てが母国とは異なる国、或いは敵国となる可能性も
否定できない。それでいながら、何時でもマウサツに帰ればランドアースに
帰還する事が出来ると思う事自体、甘えすぎていると思うし、
マウサツを頼るには今は脆弱すぎて心許ないというのは本音の所だ。
土地は力である。
だが、マウサツの土地はセイカグドにおいては辺境で、けっして広大な物ではない。
どんなに富国強兵を唱えても、限界は見えている。
悔しくても、それは受け入れなければならない事実だ。
では、自分たちはどうすればよいのか?
それを考え始めると、たちまち答えのでない思考の渦に囚われた状態になる。
鬼について詳しく知るには、矢張りそのものに関わらなくては正しい理解は
得られない。同時に、この楓華列島を知るには矢張りその全容を明らかに
しなければ難いと思える。
先に進む地獄、留まるのも地獄。
ならば……。