【情報文章】クラノスケの言葉  2005年01月06日

「……なるほど、ライオウ様が遂に決断を迫って来られたのでござるな」
 宿屋に設けられたサコンの私室で、救援部隊からの知らせを聞いて

クラノスケが重々しく口を開く。
その表情は、これまでの憔悴も含めて十歳以上老け込んだかのようにも見える。
「決断、ですか。私たちがトツカサに味方をするのか敵対するのか……」
「いや、そうではござらん。このセイカグドの戦乱にマウサツが関わる気が

あるのか、そうでないのかの決断でござろう」
 サコンの言葉を遮るようにクラノスケが断言する。マウサツの国政に

永く携わって来た為政者としての目をサコンに向け直すクラノスケ。
「此度の戦の主導権はトツカサにありと言う事をライオウ公が明言するならば、
マウサツ単独での侵略行為とは見なされぬでござろうな。

むしろ、トツカサがマウサツをセイカグドの一国であると認めた事を、内外に向

けて知らしめる結果にもなりましょう」
「仕置きをトツカサに預けたリョクバに対しての答えにもなると言われるのですね?」
 サコンの問い掛けにクラノスケが然りと頷く。
「マウサツ一国と言う枠組みの中では、護衛士の方々は良くやっておられまする。
しかし、他国との折衝と言う面に於いては、余りにも楓華列島の事を…
…セイカグドの事を知らなさ過ぎますな。否、知ろうとしていなかったと、

あえて言わせてもらいましょうぞ?」
 鋭い視線をサコンに投げ掛けるクラノスケ。セイカグドの理を知る機会は、

これまでにも幾度かあった。
いや、その理を目の前にしていても、我々が理解していなかったと言うべきなのかも知れない。
「このセイカグドの地に於いて、ストライダー以外の異種族の者が禁忌と

されている事はご存知でござろう。しかし、それがどれ程の禁忌なのかは

ご存知ではござりませぬな?」
 クラノスケの問いに、サコンは静かに頷いて見せる。クラノスケの言葉は尚も続く。
「そして、この楓華列島において、天子様がどれ程の存在であるのか、正しく認識されている方も居られますまい。聞けば、トツカサの地でリョクバの将軍たちに

向けて、天子様に尊称も付けずに呼び捨てにしていた者がいたとも聞いて

おりまする。これは、リョクバの者たちがマウサツを攻める理由にしても

おかしくない程、不遜極まりない発言なのでござるぞ?」
 温厚で知られるクラノスケの表情に見え隠れする怒りの感情。

同盟に属する者たちが洩らしたふとした言葉が、セイカグド、いや、楓華列島に

住まう者に対して、不快な思いをさせている事も多々ある事を暗に示していた。
「国々の諍いを収める術が戦以外に幾通りもござる事は、某も重々承知して

おりまする。方々の申されるように言葉での解決策もござろう。

が、このセイカグドの地では、その段階は既に終えているのでござる。
我等が好き好んで戦をしているとでもお思いか? そもそも、言葉繰りで他国を

割譲出来るのならば、既に誰もがやっておりまする。それが敵わぬ故、

我等は剣を手に取り、具足を身に付けたのでござる。某とて、戦など……」
 吐き捨てるようなクラノスケの言葉。
 長い――長い沈黙が続く。
「セイカグドの戦乱の世を終わらせる為には、戦が必要不可欠……。

その事を解しないのならば、いや、解するつもりが無いのならば、これ以上、

セイカグドに関わりを持つ事あたわず。ライオウ様が私たちに突き付けているのは、

そう言う事なのでしょうね」
 先に口を開いたのはサコンであった。
「……良くも悪くも、イズミ殿やサコン殿たちは、このセイカグドに影響を

与え過ぎたのでござろう。明確な意思を持たずして、そして何も事情を

知らぬままに、このセイカグドの戦乱に手を出したならば、
悪戯に戦乱の世を長引かせる結果にもなるでござろうな」
 やや落ち着いた様子でクラノスケが答えを返す。マウサツの護衛士たちが
このセイカグドの地に来たのは、およそ一月前の事。救援部隊の者たちとて、

この楓華列島に訪れて三ヶ月余りである。
 そんなマウサツの護衛士たちが、クラノスケは元より、トツカサのライオウ公や

アルガのトキタダ公、そしてジリュウのサダツナ公以上にセイカグドの事情に

精通している筈も無い。
そうした百戦錬磨の者たちに向けて放たれた言葉が空回りしてしまうのも、

無理からぬ事であるとも言えた。
「某も、全く考え方の異なる他者の理を理解する事が難しいと言う事を、

ここ数ヶ月の間で嫌と言う程に思い知ったでござる」
 考え込むように俯いたサコンの胸の内を慮ってか、苦笑混じりにクラノスケが

言葉を掛ける。
だが、そんなクラノスケにあえて聞かねばならない事がサコンにはもう1つあった。
「ツバキ姫の申されていた事は、お聞き及びでしょうか?」
「……聞いておりまする」
 頭を上げて口を開いたサコンの言葉に、途端に暗い表情になるクラノスケ。
「それで如何なされるつもりなのですか?」
「某は、姫様のご意向に沿うだけでござる。国を捨てたいと姫様が

申されるのならば、それも仕方の無い事でござろう……」
 深い溜息と供にクラノスケが洩らした言葉。混迷を増すマウサツに

投げ掛けられた問題は、どれも一筋縄では行かない物である。

 戦いに身を委ねてトツカサとの交誼を深めつつ、新たなる領土とグリモアを

得るのか。
 それとも、戦いを避けてトツカサとの交誼を絶ち、マウサツの防備にのみ徹するのか。

 決断の時は、刻一刻と迫っていた。


最終更新:2007年05月07日 02:00