【イベント】アルガの夜【完全版】 2005年01月29日

●アルガで
 夜も更けてゆく港町。
 夜陰の風花・シス(a14630)の前に 毒塵・カナード(a19612)、

孤高なる呪華・ディープレッド(a02452)と運命を嘲う・タダシ(a06685)が回り込んだ。
「何か、用なぁ~ん?」
「いえ、用があるかどうかは今から決まるのですが……」
 カナードの含んだ笑みにも余裕はない。
 時間と、状況がそれを許さないのだろう。
「いい男を捜しに出てみれば、嬢ちゃんとはな」
 ディープレッドは落胆したような口調だが、タダシが笑うところを見る限りでは

彼らに何かを聞いてここにいるのは間違いが無さそうだった。
「ふぅん?」
 はたりと耳を揺らすシス。
 彼女の背後にも東方華夢想・シズク(a17134)、森療術士・フィルレート(a09979)達が立っていた。
「……」
 静かな街に、少し離れたところから叫び声が響く。
「――朝飯盗ったのは!」
「?」
 何が起こったのかと首を巡らせたところに、扉が開け放たれてヒトの忍び・ユキ(a11966)とヒトの傭兵・ジュダス(a12538) が悪の手口で天使の奇跡・グラーティア(a08565) の両足を片方ずつ持って引きずり出してきた。
「……すいませんジンオウさま、お見苦しい所を見せました……長い事

貧乏だったので食べ物の怨みが少し……」
「狩りって事で、まぁそう言うことで……」
 へラリと、笑ってシス達の横を遠ざかってゆくユキが、どうかしたのかと

言いたげに彼女達を見ていた。
「……お茶に埃が入りましたね」
 真眼の鑑定士・シトリーク(a02700)が軽く眉をひそめると、紫銀の蒼晶華・

アオイ(a07743)が煎れ直しましょうと言ってお茶の準備をする。
「まぁ、あれはあれでレクリエーションというかねィ」
「『れくりえいしょん』ですか?」
 唐獅子緋牡丹・マトラ(a04985)の言葉が分からないといった風に首を傾げた

ジンオウが、ああと手を叩いて納得がいったと表情を変える。
「よく見かける、体当たりの漫談ですね」
「……ああ。ウチらのいつものノリ突っ込みさねェ」
 言われて、無性に情けないマトラだが、相手の眼は決して笑っていないので

敢えて苦笑して合わせておくことにする。
「カスミさんは、寝られましたわ」
 黎明なる鬼神の従者・ユリア(a03563)が部屋にはいるとそれで居ないのですねと

ジンオウは笑う。
それまでの剣呑な空気が嘘のような、朗らかな青年の笑みだった。
「私がお二人の相手に没頭してしまったからですね。
あの子を任されていたのに、情けない限りですね……ですが……」
 障子を開いて、外の冷えた空気を頬に当てるジンオウ。
彼の髪が風に揺れて、寒さではない何かに細められた青年の瞳は明るい月夜を

見上げているようで、何処か違う場所を眺めているようでもある。
「あの場での練習で、何をあの方が私に伝えたかったのか、知りたかった気が

します。私達が知りたかった、それなのかも知れない……言葉遊びでは知れない、
私達が真実伝えなければいけない言葉があったかも知れない……」
 ゆっくりと、振り向いたジンオウの陰が月明かりに浮かび上がっている。
「そうでしょう? 私達はまだ知らないのです。どうして先駆けを申し出てくれた

あの方々が何の断りも無しに兵を充分に出さなかったのか……そしてそれを

あなた方の誰も私達に伝えてくれないのか……」
シトリークとアオイに話しかける様で、彼は外を一瞬だけ瞳で捕らえて続けている。
「正直申しまして、私は門出の国、兄者は救援隊……それぞれに期待する

ところがありました。だからこそ兄者は戦評定であれ程までに滑稽を演じ、そして

自分でも気付かぬうちに貴方達に肩入れしていたことを父上に咎められ、

そして次期王という地位を追われた……兄者が戦で怪我を負いながらも、

それでも闘ったのは貴方達を信じたから……死んでいった者達も多くいると

いうのに、侘びもなく、説明もない門出の国についてを兄者は救援隊の方々から
説明して欲しかったのでしょうね」
 淋しげな、しかし何処か冷めた声が外にいるシス達にも聞こえてくる
「私も、彼らの言葉を信じ、戦の全てを決する先駆けを任せて、アルガを落とした

暁には共に手を携えてセイカグドにおいてジリュウからの侵略に備えて暮らして

ゆけると信じていた……信じたからこそ、辛いのですよ……何も、あの戦の

説明が、門出の国から無いことが……」
「待っていらっしゃるのですね?」
 アオイが、茶を勧めるのと同じような口調で軽くジンオウに湯呑みを手渡しながら聞いた。
「……ええ。ですが、私も兄者も、これ以上は待てない、そう言うところにまで

来ていますよ……何も全てを言って欲しいとは望みません。理由があったなら、

それを聞きたい……理由も無しに、判れと言われても……」
「……」
 重い、ひとことだった。

 

●霊査士、サコン
 霊査を終えて、静かになった屋敷でストライダーの霊査士・サコンは

紋章刻みし旧き宿木・キリエル(a04701)から湯呑みを受けて

喉を一つ鳴らしていた。
「マウサツ茶ですか……」
「ええ。落ち着きますよね」
 棘の付いたような空気に疲れたサコンにとっては、キリエルの微笑みは

何よりも効く膏薬のような優しさがあった。
「何かあったら、言って下さいね」
「何かあったら、ですね」
 含んだ笑みで返すサコンの横で、同じく湯呑みを傾けていた

宿望の黒騎士・トール(a90101) は黙したままサコンの護衛として彼の側にいた。
「キリエル様、お湯をお持ちしましたわ」
 緑珠の占花・ココ(a04062)が採魂の女神・リィーリエ(a10908)と共に

部屋に入ってきた。
襖の閉まる短い間に、外に控えている気ままな銀の風の術士・ユーリア(a00185)や駆逐官・キヨミツ(a12640)の姿にサコンは溜息を一つ吐いて

手を膝の上に戻した。
「皆さん、『ここは大丈夫』ですよ。少なくとも、今日明日中に何かが変わるとは

思いません」
「……それを先に……言ってくれ」
 侍魂・トト(a09356)が調べ物を続けていた事から来る疲労と、緊張から

解放されて脱力するのにサコンは薄い笑みを張りつけたままで

済みませんでしたと続ける。
「それで、奥へと言っても聞かれなかった訳でござるな……」
 駆けつけていた赤貧旗本・チョウシチロウ(a15498) が唸るように言うのに、

サコンは悪びれた風でもなくキリエルに湯呑みを返して居住まいを正した。
「いつも通り安全であることを言わなかっただけですよ」
 口元に微笑みを湛えて続けるサコン。だが、その笑みは間を置かずして消える。
「ですが、危険が起り得る可能性があることを知っていて、口を閉ざしていた

ことはありません。もし、私やイズミさんが、その可能性を知っていながら

皆さんに一言も断りもしなかった……そんなことがあったら、一体皆さんは

どう思われますか?」
 厳しい視線を向けたまま告げられる霊査士の言葉。その厳しくも悲しみの色をも

湛えた言葉に、一同は一瞬返す言葉を失う。
「…・・・まぁまぁ、これを最後にしましょう。お灸は過ぎると身体に悪いそうですよ?」
「そうそう、キリエルはんの言うとおりやで? な、サコンはん」
 永久の罪人・ケイル(a17056)も慌てて取り繕うのに、サコンは軽く笑みを

浮かべてみせて言い過ぎましたねと頭を下げ、それ以上何も告げなかった。

そんなやり取りを襖の影で彼らに見えない位置で聞いていた

銀糸の檻・グリツィーニエ(a14809)も安堵の溜息で

胸をなで下ろしていたのだった。

 

●街の外で
 慌ただしさの残る街から離れて、アルガの城に向かう道で

家政夫は見た・クリストファー(a13856)は情報封鎖の為に人の動きを

逐一見逃さないようにと目をこらしていた。
「とにかく、混乱が起こっている時はそういう輩が動きやすいですからね……」
怪しげな挙動をしている奴を捕まえては職務質問。そして、逆に問われることも数回。
 クリストファーの横を氷雪の御前・ルナール(a05781)とヒトの重騎士・オリゼー(a03425)が不思議な物を見る目で歩き去るのを、心の奥で血の涙を流しながら

叫ぶクリストファーだったが、巡回中の二人はおかしな物を見たが妖しくはないと

いう、素晴らしい判断で彼を置いておくことにしたらしい。
「人数が足りれば、マウサツに走りみんなに事態を説明して今後の事態に

備えたいが……」
 クラノスケとは話し合えたのだが、一度相談してみる必要はありますなと彼も

率直に返しただけに止めていた。
「そうですね……もう少し、朝まで待ちませんか?」
 オリゼーが言うのに、今夜は待ちましょうとしか返せないルナールだったが、

銀雪・ナナミ(a04010)と ストライダーの牙狩人・ソーニャ(a05908) が

並んで歩いてきたのに少し違和感を感じてじっとそれを見つめるように立ちつくした。
「今晩は。寒いのに精が出ますね」
 そう言って、二人の側には誰も居ないことを確かめたナナミとソーニャが

4人だけで話がしたいと言って大路から少し入った場所に動いた。
「取り敢えず、サコンさんに連絡をお願い。ジンオウ様の方は大丈夫みたい。

でも、我慢の限界まで来てるって、公言しちゃってるわ」
「むむ……」
 ソーニャにあらましを聞いてオリゼーは嘲笑の笑みを浮かべる。
「これだからな。チオウという奴を不慮の事故で殺した方が良くはないのか? 

と言う案もあったな」
「そう言う案もあるでしょうね。けれど後味が悪いので却下。
勿論、しなければいけない時はそう言う選択もあるでしょう。
今のところは、サコン様も、イズミ様も私達が後味が悪くなるようには

したくないから腐心していただいてるわけでしょ? 
霊査士だから、じゃなくて霊査士だけどこんな危険な場所にまで来てる

訳だから、ね?」
 最前線とは言われないが、誰かを警護対象に選ぶという行動を取る段階で

そこは戦場の一角だとも言える。
 既に、サコンには警護の者が付いており、アルガの街は戦場と同じだけの

危険地域だと思って良いだろう。
勿論、それは護衛士団員達による判断を基準としているので、実際の所は

知らないのだが。
「……でも、トツカサばかりに分があるその言いようじゃ、ここからの撤退を含めて

考えるべきじゃないかな?」
「そうじゃないと思う……『任せて下さい、城を落としますし、突入する部隊の護りも

こちらで全部します』って言って、実際には他からの援助を仰いでいた。

その援助を仰いだ理由を……23日に戦をするって事を聞いて、みんな

理解しているはずなのにその日に参加出来なかった理由を説明して

欲しいだけだと思う……だって、普通ならそんな裏切り行為をしたら、

出て行けっていわれても仕方ないかも知れない……」
「……」
 ここはランドアースではない。
 ランドアースの事情は全く知らされていない異境の地であることを、護衛士達は

失念していたのかも知れなかった。

 

●月二つ
 深夜も更にふけて、月明かりの眩しい中を走る忍者・ハガネ(a09806)と

対戦車猟兵・アスカ(a10294)の背に、煌々と輝く第2の月が生まれた。
「……目立つね……」
「……誘い出される者も居るでしょうが……」
 まだ回復しきっていないハガネだが、木々の間から漏れる敵意は確実に

臭ってくる。
「ここは任せて、先に」
 檻と罠たる鏃・ピン(a12654)が構えるのに、蒼剣の騎士・ラザナス(a05138)も

その手に握る長剣を静かに抜いてアスカ達に頷いてみせる。
「彼と私に任せて下さい」
「……いや、アスカはもう止まりそうにありませんよ?」
 ミストフィールドを生み出そうとしたハガネよりも早く、アスカは手にした弓に

矢をつがえて駆ける。
「……コロソウ」
 呟き、疾走するエルフの意図を察したのか、敵意を臭わせる存在が揺れる。
「……こんな場所にいらっしゃるとは、どちらの方々でしょう?」
 声をかけたのは火の砂・エン(a00389)。
 間を置き、逃げれば良しと見ていた彼だが、目の前の存在達はその意図を

解さず、彼に向かって黒塗りの刃を抜いた。
「……」
 眉を曇らせたエンの目の前で、横殴りに突き刺さってゆく無数の針の雨が

相手を無力化する。
「……必要なかったのでしょうか?」
「ううん。手間が省けただけ……ありがと…」
 あっさりと返すエンに向かって粉雪に舞う赤色・エスルフィア(a17896)が

首を傾げていた。
「……確かに、引くも向かうも敵中という状況だった訳ですね、彼らにとっては……」
 黒塗りの刃。
 それはハガネ達には見覚えのある、ジリュウの間者が用いていた品だ。
「先を急ごう。そして間者が居る場合には仕留めた方が良さそうです……」
 刃に塗られた物が何であるか、余り想像はしたくない。
「……向こうだ。どうやらチオウらしい存在がこの道を走っていたらしい。

それと、他のみんなも」
 日常からの逃亡者・カッセル(a16822)が情報を得た鹿と別れを告げていた。
「……もう、ここには居ない……行こう。そして……」
 コロソウ……
 自分達以外の存在を感じない、夜の闇中でのアスカの呟き。

それは、もし周囲に隠れている者が居たとすれば、わざと聞こえるように

漏らした言葉なのかも知れなかった。

 途中で周囲を確認しながら進むと、間諜らしい存在の影を数回発見し、

そのことごとくをアスカは屠ってゆく。
 それが是となるか、非となるかは、今は知れない……。

 

●月夜
「追っ手か……」
 背後に輝く光を見て、チオウは既に上がらない脚をそれでも前にと運ぶ。
 先程聞こえた声から遠ざかるように、一歩、また一歩と進むのだが、

その速度は決して早くない。
「見つけましたよ。危険なら、行きますが?」
 希望の流星・ルディン(a14167)が駆けに駆けて追いついたツバキと共に走る。
「まったく、チオウ……勘違いしやすい男だ……」
 蒼穹の・イルイ(a01612)の呟きがツバキの耳元でぼやくのを、ツバキは

どう思ったのか苦笑して走るだけだった。
 そして、彼女達が追いついた時には目の前で奇妙な固まりが存在していた。

 薬師見習い・ライン(a00439)が腕にぶら下がるようにしてチオウに抱きつている。
「駄目です。そんなことしちゃ!」
「お願いです!僕達の話だけでも聞いてくださいチオウ様!」
「退け、ヴィルファ、ガキんちょ! 女、子どもが出てくるんじゃねぇよ!」
 反対の側から飛びついた刹那の影・ヴィルファ(a13368)の衿に刀を

落としてしまった手を伸ばし、剥がそうとするチオウだがヴィルファの腕の力も

負けてはいない。
「大切な仲間をかばうのは人として当たり前の事だからね」
 淫美の刻印を刻まれし者・サキア(a02624) が薄く笑いながらラインと共に

しがみつく。
「些細な行き違いから、ツバキさんの今までの大きな苦労を無にしないで」
「何がだ!」
 ドリアッドの舞踏家・エレナ(a06559)の言葉に一歩退けたチオウに

白い虚塔・アリア(a02994)が進んで叫ぶように思いの丈を放つ。
「あんた、アルガ戦の前にこう言ったらしいね。『ツバキを死なせる相談を

してるのは誰だって?』ってさ、アンタがいまやってる馬鹿げた行動が、

まさにツバキ姫を死なせかねない行動だって気付いてるのッ!?」
「……っそ、それは……」
 渋面を作り、そして一瞬瞳を泳がせた先には 紫の死神・ラヴィス(a00063)と

月玲華・ニジコ(a10855)が左右に立って守るツバキの姿がある。
「貴方ね、何だと思おうと勝手ですが、体削って戦ってるのに何で

そんな間違われなきゃいけないんです!」
「間違い、だ? だったら聞くが、このままダンマリか? 詫び一つ、いや詫びる

必要がないと思うなら、何故その意味を説明出来ねぇ!? こっちにだって、

死んじまった仲間はいるぜ! 傷を言うならお互い様だろうが!」
「チオウ様、ツバキ姫の力は貴方が良くご存じね?
 ……だから、今は信じられなくても私達が姫を護る事に疑念を持たないで。姫を

安全に送り届けるまでは……」
「信じる……何を言って……」
 鼻で笑おうとしたチオウに、双貌鬼・リリス(a00917)がフードにしていたマントを

下げ、ゆっくりと頭を下げた。
「将軍の信頼と好意に答えることができなかったことは謝まる……ただし、

復興作業の時も、会談の時も『民のため』つった言葉にも何一つ嘘はねぇ!」
 月の明かりに白く浮かんだリリスの表情が怒りに映えている。
「我『等』を信じられなくとも、主が出会った一人の『者』の言だけでも信じられぬか!?」
「……」
 狂える詩人・アヴディリア(a13401)の言に、引きはがそうとしても離れない

ヴィルファを見下ろした男の顔が歪む。
 そこに、空炎の盾・エファ(a11158)が剣の鞘ごとをチオウに差し出して立つ。
「何の真似だ」
「アルガ戦で鬼の肩の半ばまでを切り裂いた私の剣です…私達が鬼だと

まだ疑うのなら…私もこの剣でお斬りください…」
「! みくびるな! 無抵抗の、女相手に振り上げる力があって……」
「その状態の貴方が言いますか! 本気ですか! 貴方は! その目に、

何も見ていないのですか!」
 樹海の檻・クルセイル(a15204)がヒーリングウェーブで回復させると、
林を分け入ってきた皆の傷がたちどころに消えてゆく。
「皆の話を聞いて決断するのはチオウちゃんにゃけど、後悔だけはしないように

して欲しいのね……それだけにゃの」
 欠食淑女・プミニヤ(a00584)が揺らす尻尾の影に、苦い表情でイズミを

抱えていたチオウの肩が揺れる。
「僕はツバキ姫やチオウ様、ジンオウ様達が好きだから、力になりたいから、

ここにいて戦っているよ。鬼や戦乱からセイカグドの人々を守りたいのは同じ。

鬼が戦乱で生まれるなら、それを収めたい。全てが嘘だと思わないで。

確かに隠し事はあったけど、こうなりたくなかったんだ……」
 旋律奏でし風早の護人・エストリス(a00106) が弓を傍らに置き、

海底撈月・ビルフォード(a15191)が一歩踏み出した時、視界が白濁に消えた。
「! これは! 姫達を!」
 救世の隠密・ゼフィランサス(a03256)が叫び、ニジコもツバキを

抱えてしゃがみ込む。
「……無幻衆? いや、これは……」
 急に白くなった視界に戸惑いの色を隠せない声。その声のした辺りに向かって

守護を誓いし者・イズミ(a14471)が駆けだしていた。
「話しは後だ、御前の行動にイズミとツバキ姫を巻き込むな。

まずはツバキや俺等と話し合ってみろ…今は戻ってくれ…皆、後は頼んだ」
「何をっ!」
「ほら、下がってろよ!」
 脇を駆け抜ける悪をぶっ飛ばす疾風怒濤・コータロー(a05774)が

白い境界から飛び出した時、弓を引き絞る音を耳にした。
「やべっ! 弓兵だ!」
 黒狐・ヒリュウ(a12786)の姿が浮かび上がり、コータローの『それ』を

聞き終わるより早くに走り出す。
「何処だ!?」
「……そこよ!」
 彼に遅れてミストフィールドを抜けた金科玉条・アシュタルテ(a16003)が

指さす方角に、木々に隠れた茂みから何かが揺れる気配がした。
「させないなぁ~ん!」
 骨纏し者・シャーナ(a14018)の胸当てで矢が弾かるが、矢はそこだけでない

方角からも放たれる。
「! ヴィルファ、ガキんちょ、持ってろ!」
「?」「え?」
 ヴィルファとラインに肩にあった荷を投げ出して、サキアを引きはがして

大地に倒れ込む。
「姫様を!」
 ゼフィランサスが叫ぶ声がする。
 爆発が響き、視界を覆う白いもやが消えた時には、何者かを追った者達が

気配を全て断ったと判断して、相手の持っていた刃を確認するとそれは

遅れてきたハガネの持つそれと共通点があった。
 黒塗りの、刃の濡れた短剣。
 確実に仕留めたとは思うのだが、念の為に戻った場所で倒れた仲間達を集めて

ヒーリングウェーブで癒しをかけたクルセイルの足元で、毒林檎・ヘルガ(a00829)

に腕を取られた状態のチオウが仰向けに寝かされていた。
 そして、彼の肩に手をかざして癒しの水滴をかけ続ける、奪還成った者の姿も……。
「こんなに手ぇ冷たくしやがって、阿呆が……」
 添えた腕を抱き寄せて、胸に当てるヘルガ。
「触ってみてどう思う、オレは生者か死者か、それとも鬼か? 
仮にオレが鬼だとしても、チオウ、お前は鬼になんかなるなよ。ジンオウも、

ツバキも、イズミも悲しむからな……」
「全く、勘違い野郎だ……放っておけば、ヴィルファは避けられたし、ラインや

サキアは自分と違って負傷もしていないというのに……」
「イルイ殿……」
 イズミの肩に上着を羽織らせながら呟くイルイに、思わず苦笑するしかない

ゼフィランサス。
 狂おしいまでの恐怖と混乱の宴の夜が明け、やがて夜が明ける頃になって

彼らはその地を後にした。
 ジリュウまであと僅かの、アルガ本領の端で起きた出来事だった。

 

●国境より
「……早駆け?」
 ストライダーの武道家・ターニャ(a05909)はトツカサからの急な使いを見つける

以外に何も得る物がなかったことを帰還後にソーニャに告げた。
「そう……このことはイズミ様やサコン様には伝えておきましょう」
 ソーニャと共に二人の元を訪れた時、ターニャが見た使いがもたらした報は、
ジンオウと二人の霊査士の元にも届いていた。
「兄者には後から話しましょう。そちらの方々とツバキ様が揃えば……」
 夜に外に出ていた重傷者が引き戻された。
 取り敢えず大事を取って医術士達が比較的多い救援隊と門出の国の面々が

治療を行っているのだが、ツバキがいればと言うことでジンオウはひたすらに

アルガの国についてのマウサツ側との交渉事を円滑に進める為に尽力していた。
 そんな中で少数を集めてジンオウが差し出したのは、封を施されたリョクバの

紋章のある手紙。
「セリカ様より、ツバキ姫に宛てての手紙です。中身については、

私もまだ知りません」
「……」
「遅くなりました」
 互いに顔を見合わせていたイズミとサコンの間にツバキが座して、示された

手紙の封を切る。
「……読んでみて下さい」
 ツバキは何も隠すところ無く、ジンオウにそれを見せる。
「……ツバキ・マウサツ様
 恥を忍んでお願いしたき事が御座います。
 リョクバのセイリン王にお願いし、通行の許可は頂きました。

何卒、マウサツの国救援隊の皆様と共に、この地にお越し頂きたいと存じます。
 火急の用件にて失礼なことは重々承知の上ですが、ツバキ様におすがりする

以外に私には道が無く、何卒宜しくお願い致します。   」

「……余程、の事なのでしょうね?」
「ええ、前代未聞、ですね……サコン様もお分かりのようですが、ツバキ様のこと、

マウサツの状況については、別れるまで私と兄者で話してはいましたが……」
 サコンの言葉にジンオウは頷いて続ける。
「行かれるのですか、イズミ様は?」
「はい。州を越えて、それもリョクバの正式な依頼となるのなら……その為にも、

一度立て直す必要がありますが……」
 それまでには、一度挨拶も兼ねてトツカサにお伺いしますというイズミに、
ジンオウはアルガの港から出る船に乗りますかという提案をしてきた。
「もう少し準備に時間が掛かるのですが、トツカサまで歩いて行かれるよりは

楽ですよ。出航は2月に入ってからです。途中でマウサツの沖にも回りますので、

サコン様達もお送りしますよ?」
「有り難うございます」
「もしもそれが入り用な方が居ましたら、お願いします」
 二人の霊査士が頭を下げるのを、ツバキはにこやかに眺めているのだった。

 

●離れで
「……」
「何を黄昏れているんだ?」
 ハイエナももも・アレス(a14419)が声をかけるのは、包帯まみれの男だ。
 殿を勤めて帰る時に、無防備だった男の事を思い出してみると、暴れていた時と、

今との差に驚かされる。
「……ちょっとな。来たようだ」
 アレスには曖昧な返事で返して、部屋に断りを入れて入ってきた探検隊隊長・

ワイドリィ(a00708)と影法師・シェリウス(a05299)、さまよえる蒼い紋閃・

タオ(a08546)を認めてチオウは柱に背をもたれかける。
「ちょっと楽をさせて貰うぜ、いいだろ?」
 達観とも違う、気の抜けた声の男を前にして眉をひそめながらもワイドリィは

先の彼の暴挙を咎め、しかしそれはチオウの彼らに対する猜疑心、そして双方の

互いに対する理解の不足によるものであり、それを取り払えば争うべき理由は

ないと何度も声を抑えて話しかける。
「いいさ。多分、言いたいことは言った筈だ……あーと何を俺は言ったか……」
 頭をぶつけたのは医術士達も言っていた。
「聞きたい事がありゃうじうじ言ってないで直接聞いて来い。そのでかい口は

何のためにある!」
 ワイドリィが言うと、そうだと思い出したようにチオウが続ける。
「そうだそうだ。あっちの連中が『突入は任せろ』『俺達だけでやる』と言って、

結局お前達に頼ったことだ。それと、そうなった理由、理由を話さない奴らについて、

お前達も放置したままだった理由……それ位だがが、これって結構重要だぜ? 

ま、別に今更何があっても驚かねぇぜ……」
 覇気のない声に、シェリウスがこれでは使い物になりませんわねと言いたげに

眉をひそめる。
「あらかじめ言っておくがな、それら全ての根底に、俺達には一切の侵略の

意図はない。マウサツをお前達トツカサが船を出してまで守ってくれているとは

知らなかったことだ」
「機密の機密たる所以は……今回の貴方のように、イズミ様暗殺を企む者が

現れる事への怖れ、ですわ……それ以外は、細かく話すには時間は

掛かりますが……」
 シェリウスが言うのに、チオウは構わないぜと頷く。
「どうせ、美人さん達にはしばらく付いていこうかと思ってたんだ。

もう俺はトツカサの次期国王でも何でもない。只の狂戦士のチオウだ…

…どうせ何処かに行くなら、美人さんが多い場所が良いと思っていたからな……」
「……あの、それって……」
 タオが恐る恐る聞き返す。
 ドラゴンズゲートを越える時に味わった嫌な予感は無事に晴れたのに、

目の前のストライダーから新たな、全く違う意味での恐怖が芽生えそうだった。
「チオウ・トツカサ。今は只の狂戦士だが、多分案内役ぐらいなら出来るだろうぜ? 
その間に、俺に教えて良いことを選んで話してくれりゃぁいい。

聞かれて、返せることは返す。たぶん、いやきっともう俺には行く場所は

ないからな……置いてやってくれ、頼む。

少なくとも、今回のように先走るのはねぇようにする」
 まだ痛むのか、顔をしかめながら柱から背を離して脚を組み直して座した

チオウが腰を折る。
「只のって……ツバキ姫の二の舞ではありませんか?」
 シェリウスが釘を刺すと、ワイドリィと彼女を見つめて軽く肩を上げてみせるチオウ。
「嗚呼、そのことか……相手がどう思うかまでは、俺は知らないな……

始めに断りくらいは入れるだろうがな。

それは、あんたらとも相談するって事で、どうだ?」
 ライオウ公は既に彼を中央から外すくらいはするだろう。
その為に、丁度良いお払い箱くらいには自分を処してくれるさと笑う。
「今回の一件はチオウ・トツカサ一生の不覚。この借りを返さずして、

あんた等を見送るわけにはいかねえ!」
 今度は、痛みを無視しても頭を畳に擦り付けるようにまだ体を折るチオウ。
「ああ……あああ……」
 頭を抱え込みそうになるタオ。
 初めは軽い気持ちで忠誠を誓った女性と、いずれは友になりたいと思っていた

男、双方の危機を感じたと思ったのだが、今は只、不吉な……戦争や国の争いとは

別の意味で想像することも出来ない困難に巻き込まれそうな気がしていた。
 返事は後でと断るシェリウス達に、まだ頭を下げ続けていたチオウがようやく

身体を起こしたのは、激しく咳き込んだ彼をアレスと共にルディンが起こしてからだった。
「な……」
 ぼそと、チオウが呟く。
「俺を看病してくれたのが、たぶん何人か居ただろ? ヘルガって美人さんと、

後は確か……」
 ニヘラと、ストライダーの顔が好色に歪む。
「いや、うん。あれはなかなか良かった。うん」
 何度も握ったり開いたりを繰り返す彼の手の平。
「そう言うことではなく、役に立つことを覚えておいて、話して頂けると助かりますわ……」
「全くだ……」
 鬼への激怒と、女子どもを闘いに巻き込みたくないという気構えと、

そして黄昏れていた一人の男から只の好色な一面を覗かせる男に、

お前が護った者達は、きっとお前を護れるだけの力を持っていたのだぞと、

言ってやりたいのをその場は押さえるワイドリィだった。
 後日。
 密かに回収されたジリュウの物らしき短刀からは、彼らが倒した間者の人数と

同じだけの部隊員が送り込まれていたらしいと判った。冒険者達の攻撃で

一掃された事は誰もがその場で知っている。
その件については心配はしなくて良いという二人の霊査士の言葉で、

皆が胸をなで下ろした。
そして……『チオウは只の女好き』と、ツバキから発覚するのはその日前後の事だった。
【終幕】

 


最終更新:2007年05月07日 02:35