アルガ領とジリュウとの国境付近にある砦では、いつもよりも厳しい警戒態勢が
取られていた。
ここ暫くの間、ジリュウ側の動きが活発だったのである。
先日ジリュウ領内での偵察から帰還した者たちの話では、近隣のジリュウ勢は
臨戦態勢にあるとの事。
対ジリュウの最前線であるこの砦での対応の遅れは、マウサツにとって命取りにも
なりかねない。
見張り櫓での監視の強化や見回り巡回への人員の増強、マウサツ本土への
連絡などやるべき事は多々あった。
そうした慌しい動きの最中、砦に詰めていた者たちの間に衝撃が走る。
「ジリュウからの使者、だと?」
不戦の意を告げる白旗と白装束を身に纏ったジリュウからの使者の来訪。
そして、その懐中に忍抱かれた一通の書状。
それが、全ての始まりとなった。
「……なるほど、此処でも先手を打って来ましたか」
使者からの書状に目を通しながらサコンが呟きを洩らす。書状に
書き記されていたのは、現在ジリュウ側が抱えているアルガからの難民を
故郷へと帰還させる事に付いて、マウサツ側と協議したいとの申し出であり。
「ついては難民受入の為にジリュウ側が被った財政支出をマウサツ側に
保障して戴きたく、などと殊勝な事を認めてござるが、斯様な額の金子を
今のマウサツが支払える筈がござらん!」
書状に認められていた保障の金額を見てクラノスケが声を荒げる。
出せる筈もない金額を提示して尚、協議の場を望む。それの意味する所は
明らかであった。
「難民の帰還に付いての協議の場をマウサツ側が一方的に蹴った、
そう言う事実を作りたいのでしょう。もしくは、賠償金の代わりに何かしらの
盟約を結びたいと申し出て来る可能性もあります。それも、間違いなくジリュウ側に
有利な内容の盟約を、です」
書状の文面から読み取れた事柄を口にするサコン。
前者ならば、ジリュウ国内の難民たちが僅かに抱いている希望の光を
打ち消す絶好の口実になり。
後者ならば、マウサツ側はジリュウに対して大きな負い目を作ってしまう事にも
繋がりかねない。
「ともかく、護衛士の皆さんにもお知らせしませんと……」
「某は今一度、マウサツの財政を確認し直してみるでござる」
互いに一礼をしてサコンとクラノスケは席を立つ。
アルガからの難民を帰還させる事に付いて協議を求めるジリュウからの書状。
この一通の書状を巡って、マウサツを取り巻く事態は大きく動き出そうとしていた。