「えぁ、また行くのかよ」
正直乗り気じゃなかった。眠いし疲れたし、冬は寒いんだぜ。
「あの地獄鴉を倒したのはあんたでしょ。ついでだから山に行ってあの二人に真相を確かめに行ってちょうだい」
湯呑に口をつけながら、霊夢は暢気そうに言う。
「まぁいいか、いつものことだしな。その代わり帰ったら毎日ご飯集りに来るからな」
「解決してくれるなら、何でも良いわ」
調子がいいな。でもまぁ、あんまり暇すぎてボケるよりは、たまに忙しいのも良いか。今までの異変の多くは霊夢が何とかしてくれてたし。
「準備は良いかしら?」
家のドアの前で、アリスは私に、お馴染みの8体の人形を差し出す。しかし何と器用なんだ、8体とも顔も髪の長さも色も、大量生産したように揃ってる。人形に人形を作らせることはないって言ってたけど、どうも怪しい。
「火薬の量は倍にしておいたから。使うときは気をつけてね」
「ま、死んだら殺すぜ」
雪が降り始めた明け方、使い古した箒に跨って、向こうにそびえる雪の山目指して出発。吐く息が白い。憂鬱になる距離だな。確かあの神社は外の世界から来たんだっけ。どうせならもっと近くに引っ越して来てほしかったぜ。
ここまではいつもの調子だった。
空を飛んでいるときも、常に人形からアリスの声が聞こえてきた。はたから見たら、きっと人形しか話し相手の居ない寂しい奴に見えてるんだろうな。でもさすがにこんなに寒いと誰も外に出たがらないのか、外に出てから誰にも会ってない。山の麓あたりで手がかじかんできて、中腹くらいで震えるのをじっとこらえて、それでも山頂を目指す。
「なぁアリス」
「何よ」
「人形1体使っちゃだめかな? 凍えて死にそうだ」
この時点で、帽子や箒の色が周りと同化して、いわゆる保護色になっていた。白は嫌いじゃないが、黒もあってこそ私。このままだとアイデンティティまで、白の重みで崩壊する。
「何言ってるの、少ししかないんだから無駄にしないでよ。それに箒の上で使ったら暖かいの通り越して吹き飛ばされるわよ」
1体くらい良いじゃないか。真っ白になった今の姿を見せてやりたいぜ。そうすればアリスも了解してくれるはずなんだが。人形にカメラも付けるよう紫に言っとかないとな。
「仕方ないなぁ。そうだ、あの鴉と同じ力もらって帰れば寒くないな。なんかやる気が出てきたぜ」
「そうよ、そのつもりで行きなさい。もらったら私にも分けてね」
目の前に鳥居が見えた。参道にそって、奥に進んでいく。
「なんか妙に妖精たちが騒がしいなぁ」
「ほら、さっき人形使わなくて良かったでしょ。これから何かあるわ」
「何もないって思いたいな」
でもこう願ってるときに限って何かがあるのがオチってもんだ。見慣れた奴の姿が目に入った。早苗はやっぱりまじめだな。こんな寒い日でも、朝早くからちゃんと掃除とかしてるなんて。どっかの紅白は今頃夢の中で、温泉を満喫しているだろう。
「ちょっと二人の居場所を聞いてみっか」
近づいて行ったのを察知したのか、早苗は袖から1枚の紙切れを取り出す。ちょっと待て。彼女が言うには、それがここでの挨拶だとか何とか。
「神徳『五穀豊穣ライスシャワー』!」
挨拶ねぇ、何か勘違いしてないか。誰もそんな挨拶しない……とは言い切れないな。結局神々の所在を聞くどころか、人形を1体奪われ、ついでにテンションも奪われた。
「あんたは隙が多いのよ。もっと気をつけないと」
「仕方ないだろ、本当に至近距離だったんだ」
先が思いやられるな。明日私生きてるか心配だ。
本殿に近づいていくにつれて、妖精たちの弾も激しくなってきた。お前らはここがかすりどころとか言うかもしれないが、こっちは命がけだってこと知ってるか? 今まで何回服を縫い直したんだろ。とにかくかするのは程々にな。そればっかり意識してると良いことないぜ。
「?」
誰かが前にいた。
「どうしたの?」
「あそこに誰かいるな」
次第にその姿がはっきりしてくる。私より少し年下っぽい少女に見える。もっと近づこうと思ったけど、さっきの教訓から、突っ込むのは躊躇われた。アリスと話の続きをしていると、相手もこちらに気づいて、ふよふよと近づいてきた。
「あのーすみません、この神社の人は見ませんでしたか?」
見た目は何だか色白で弱々しいな。よくこんな寒い中一人で山に登って来たなぁ。彼女もここの神様を捜しているようだった。麓の神社も宣伝しといたが、ここの神様じゃなきゃいけないとか。なんでもここの神社の御利益が目当てらしい。
「守矢神社の御利益って何?」
人形、もといアリスが不思議がってるが、知らないな、そんなの。さっきの風祝に聞いとけばよかったじゃないか。
「さあな、鴉に核融合の力を授ける様な御利益だろ?」
私のその言葉に、少女は目の色を変えた。その鴉のことをよく知ってるようで、突然盛り上がり始めた。
「もしかして、さとりさんの妹!?」
彼女の話を聞いていたアリスの考えは間違いではないようだ。その後彼女は「古明地こいし」と名乗ったし、あの鴉が、その「お姉ちゃん」のペットということにしっくりくるし。
「貴方を倒して持ち帰れば、お姉ちゃん達との話の種になるに違いないわ!」
そう言うとその「こいし」は早苗のようにスペルカードを構えた。嫌な予感は核融合の話になったあたりからしていたが、やっぱりな。
ま、さっきの風祝だって何とか倒したし、早く済ませてここの神様の御利益にあやかろうか。大魔法使いの私は無敵なんだぜ。
……と、霊夢よろしく暢気なことを考えていたが状況はよろしくなかった。
こいしの弾幕は、(知ってる限りでは)とにかく私を囲んだり、私の動きを知ってるかのように襲ってくる。最初のは大量に降ってくるビームとビームの間すれすれで何とか避けたけど、次はうまくいかなかった。じっとしてられないのが私の性格。目の前でくないが出たり消えたりしているのに集中しすぎて、別なのに当たりまくった。この時点で、アリスの人形も残りわずか1体だった。
「なんだ、思ったよりやるじゃないか」
しかしこいしは容赦なく攻めてくる。赤の楕円の列が、こいしを中心に渦状に放射される。
寒いし疲れたしで、隙間を探って避けるのが精一杯。たまに箒に当たって、バランスを崩してはぎりぎり避けてたけど、こいしはへとへとの私にさらに追い打ちをかける。
「本能『イドの解放』!!」
無数のハート型の弾が成す曲線が、何回も交差しながらこちらに向かってくる。交点を避けつつ、こちらの弾を確実に相手に当てる。
しかしいつの間にか、もっとも密な部分に入ってしまった。こいしから離れれば離れるほどに密になるが、ただ交点を避けているとここに誘導されるということに今やっと気がついたが、もう手遅れだった。四方を囲まれ、とどめの1個が直撃する。人形を使うという考えは、このとき私の頭からは完全に抜け落ちていた。
「魔理沙? 魔理沙ー!」
アリスの声を聞きながら、参道の石畳に落下する。不思議にもあんまり痛くなかった。不思議でもないか。もっと考えるべきことがあって、それは、今までこんなにも、命に関わるような攻撃をされたのは初めてだ、ということ。
「あぁ疲れた、どんな面白い話が待ってるのかしら、楽しみだわ」
こいしは半分屍になった私を背負うと、神社の階段を下りて行く。
私が負けた? いつ以来だろう。勝ちも負けもあって当然だって分かってるけど、なんだかすっきりしなかった。純粋に、悔しかった。何年かぶりに、泣いた。
「次は…負けないぜ」
囁いたつもりだったが、こいしにはっきりと聞こえたらしい。
「私も久しぶりに人間に会ったわ。あなたみたいなのは初めてよ。みんな『夢枕にご先祖総立ち』でダウンだったもの」
今日はたまたま負けたんだ、そう言い聞かせながら、こいしの弾幕を頭の中で再現して、出来る限りで対策を練ってみた。そうする方が、負けたことをいつまでも悔しがるよりは賢いと思う。
こいつに勝つためにも、もっとこいつについて知らないと。さとりの妹だけあって、それも面白そうだぜ。
最終更新:2009年08月14日 21:23