…鬱蒼と木々が生い茂るトキワの森。
辺りは徐々に暗くなり始め、森の生き物達も自分の住処へと戻って行く。
「…みんな帰って行きますねー」
ラプラスの言葉に皆頷くが、あまり活気がない。
それもそうだ。こんな状況で平気な奴など居るわけがない。
だって、まさかトキワの森で迷ってしまうなんて誰も思っていなかったのだから!
course of life -with you-
第七話~癒しは温泉にアリ?~
…マサラタウンを出発後、俺達は間も無くトキワシティに到着した。
そしてニビシティへ行く前にトキワの森の下見に来たのだが、この有様。
まさに骨折り損のくたびれ儲けである。
「さて、どうした事だか……」
オニドリルに飛んでもらおうとも考えた。
が、頭上の枝に引っ掛かって墜落してしまうのがオチだろう。
だからと言って頭上の枝をなぎ払えば、明らかに自然破壊。
出来なくはないが、本当に帰れなくなった時以外はやりたくない。
…しかし、8年間もここの隣の町に住んでいたというのに、まさか迷ってしまうとは。
少しトキワの森をナメていたのかもしれないな……
「…なぁオニドリル、本当にもうこの辺りの地形、覚えてないのか?」
「9年もここから離れてたんだから、全部覚えてるワケないでしょ」
「だよな……」
かつてここが住処だったオニドリルも、さすがにもう覚えていないらしい。
まぁ、9年も住処から離れていれば当然の事だろう。
「ポニータは覚えてないか?」
「ごめん。私もちょっと覚えてないかなぁ……」
「そっか……」
ポニータも既に忘れてしまったらしい。これは困った。
ラプラスとハクリューはこの辺りの地形を知ってるわけないし……
「お役に立てず、申し訳ありません……」
「ごめんなさいー」
「あ、いや……ハクリューとラプラスが謝る事ないんだって」
「あーもー! 誰のせいだ!」
「最初にトキワの森行きたいって言ったの、誰だったっけなぁ、オニドリル?」
「あ…あたしは知らないっ!」
もちろん、言い出しっぺはオニドリルである。
まぁ今更そんな事はどうでもいいが、真面目にここから出る方法を考えないとマズい。
…と、そんな途方に暮れていた時だった。
「あれ? 皆さん、こんな所で何やってるんですか?」
どこからともなく、見覚えのあるオニドリルがひょっこりと現れた。
この子は確か……オニドリルの友人、クウって子だったな。
そしてその姿を見るなり、すぐさまオニドリルが食らい付く。
「あ! クウ! ちょうど良かった! ちょっと助けてくれない?」
「え? う…うん。分かった」
…………。
「いやー助かったよ。ありがとね、クウ。ホント、ウチのマスターが使えなくてねぇ」
「うるせぇ。使えなくて悪かったな。…俺からも、助かった。ありがとう」
「いえ、これくらいの事ならいつでも引き受けますよ」
…結局あの後、俺達はクウに連れられ、無事にトキワの森を出る事が出来た。
まったく、あのまま迷っていたら一体どうなっていた事やら。
と、暗い未来の事を考えていると、それとは正反対な表情のクウが話しかけてきた。
「そうそうリュウマさん、突然で申し訳ないのですが……今夜お時間ありますか?」
「今夜? あぁ、一応暇だけど……何かあるのか?」
「はい。この前のお礼と言っては難ですが、温泉にご招待しましょうかと思いまして」
「温泉? この辺りに?」
「はい、温泉です」
…まさか自分が温泉に誘われるだなんて、完全に予想外だった。
しかし以前トキワにいた時、この周辺に温泉があったなんて聞いた事なかったな。
まぁ土地的に温泉が湧かなくもない場所だし、新しく湧いた温泉なのだろう。
で、別に俺は行こうが行かぬがどちらでも構わないのだが……
「ホント!? さっすがクウ! あたしゃあんたと友達で良かったよー!」
「ユウにも色々お世話になったしね。遠慮なく入っていってよ」
うちのオニドリルのユウさんは、この通り行く気満々。
そうなると必然的に……
「もちろん、ポニもラプもハクも行くでしょ?」
「うん! ドリちゃんが行くなら私も行くっ!」
「私も行くよー」
「じゃあせっかくだし、私も行こうかしら……」
…こうなる。まぁ、いつもの事だ。
それに、せっかくのお誘いを無下にするような真似はできないしな。
「…じゃあ俺もお言葉に甘えさせてもらうとするよ」
「はい! では準備が出来次第、森の入口に来てください。待ってますので」
「了解。じゃあみんな……って、あれ?」
トキワに戻ろうと踵を返すが、後ろにいたのは苦笑いしているハクリューのみ。
残りの手持ち三人の姿が見当たらない。
…どうやらまたしても置いて行かれたようだ。
「ごめんなさい。止められませんでした……」
「いや、ハクリューが気にする事はないさ。いつもの事だし」
「そうなんですか……」
「あぁ。じゃ、俺らも追いかけるとしようか……」
「そうですね」
もうカントーに来てからこんな事は何度目だろうか?
さすがに慣れてきてしまった。慣れちゃダメだけど。
…などと思いつつ、俺とハクリューは三人を追ってトキワへと戻るのだった。
「リュウ遅い! もっと早く走れないの?」
「ゲホッ…ゴホッ……無理言うな……死ぬ……」
トキワのセンターで準備を済ませ、トキワの森の入口付近に再到着。
着いた途端オニドリルのこの言いようだが、無理なものは無理。
人間と萌えもんじゃ体の構造が違うんだし。
まぁ今更そんな事を気にしても仕方がないのだが。
…そう息を切らしながら考えていると、準備を済ませたと思われるクウがやって来た。
「皆さんお揃いですか?」
「あ、クウ! こっちの準備はオッケー! そっちは?」
「こっちも大丈夫。じゃあ早速……って、リュウマさん大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ……」
「そうですか。じゃあ行きましょう!」
「「「おー!」」」
クウの音頭に続けて、オニドリル、ポニータ、ラプラスの三人が掛け声を上げる。
まったく、もう夜だというのに、本当にこいつらは元気だなぁ。
おかげでこっちはもうクタクタなんだが。
「みんな元気ですね」
「まったくだ。少しはこっちの事も考えて欲しいもんだよ。…ハクリューは?」
「え? 何がですか?」
「あぁ、温泉温泉。楽しみか?」
「えぇ。ちょっとワクワクしてます」
「そっか……」
ちなみに俺はというと、何か起こりそうで気が気ではない、とか思っていたりする。
もちろん、雰囲気を壊しかねないので口には出さないが。
ホント、何事もなく終わってくれるといいんだけど……
…………。
「到着です!」
「おぉー! すごいすごい!」
「思ってたより広いねー! 泳げちゃいそうだよっ!」
「星空もきれいだねー」
森の入口から出発して数分後、目的地の温泉に到着した。
見た感じは、オニドリル、ポニータ、ラプラスの言う通り、思ってたより良い。
むしろ、よくこんな場所を発見できたものだと感心してしまう。
「それでは各自自由にしてもらって結構です。あ、更衣室はそこに用意しましたので」
「「「はーい!」」」
クウの指差す方向を見ると、小さなテントが張ってあった。
…なんていうか、かなり準備がいいよな。
しかも男湯と女湯を分けるかの如く、でかでかと大岩が温泉を横断している。
いくら準備がいいと言っても、さすがにクウがこれをやったわけではないだろうが。
「…じゃ、俺は向こうの岩影でゆっくりさせてもらうとするよ」
「えー! リュウ兄も一緒に入ろっ?」
「そうはいかないだろ? ほら、先客もいるみたいだし」
「うー……分かった」
湯煙でよく見えないが、3人程女性の先客がいるようだ。
せっかくのポニータのお誘いだが、相手に迷惑が掛かると困るし、今回はパス。
…ていうか元からそんなのお断りだけど。
「それじゃ、また後で」
そう言い残してそそくさとその場を去り、岩影方面へ。
あのまま皆の所にいれば邪魔者扱いされるのは目に見えてるし。
…さて、じゃあ一人でゆっくり入って来るかな……と思った時だった。
「ライズ? そこに……うわっ!」
「うおっ!」
急に岩影から少年が出て来たと思いきや、俺と衝突し、頭から温泉に落下した。
…何か唐突すぎて脳内処理が追い付かないが、取りあえず助けないとマズそうだ。
「おーい! そこのあんた、大丈夫か?」
「ぷはっ! ぼ、僕は大丈夫です! そっちは大丈夫ですか?」
「あぁ、こっちは問題ないが……そっちは問題アリみたいだな」
見ると、少年の方は服を着たまま温泉に浸っていた。
幸いバックなどの荷物は温泉の脇に置いてあって無事だったようだが……
…………。
「へぇー。そっちも色々苦労してるんだな」
「そちら程じゃありませんけどね」
…先程温泉にダイブした少年は特に怪我もなくピンピンしていた。
で、今はその少年と温泉に浸りながら日常の苦労話で盛り上がっている所。
なんとなく苦労してそうな気がして苦労話を持ち掛けたところ、話が合ったのだ。
15でこんなに苦労しているというのも少し可哀相だが。
…その少年だが、彼はイワン。キキョウシティ出身の新米トレーナーだそうだ。
今日は手持ちの皆と来たらしいのだが、本人曰く気付いたらここにいたらしい。
それで先程手持ちの皆の所に行こうとしたところ、俺と衝突して水没したと。
まぁ、あのまま進んだとしても、恐らく女性陣に叩きのめされたのだろうが。
そういう意味では俺と衝突したのは運が良かったのかもしれない。
「…そういや聞いてくれよ。この間うちのポニータがな――」
「あ、分かりますよそれ! 僕のとこも――」
…どうやら話のタネはまだまだ尽きそうにない。
手持ちの皆には悪いが、少し長風呂してもらおう。
一方こちらは両マスターの手持ち達。
「それでウチのリュウがさぁ――」
「あら、ウチのイワンも似たようなもんねー。でもこっちなんか――」
…さっきリュウ兄が言ってた先客は、イワンさんっていう人の手持ちの皆さん。
そのイワンさんの手持ちだけど、大人っぽいギャロップのフレムさん、
とても優しいポニータのライズさん、そして色違いのポニータ、バーンちゃんの三人。
皆とても優しくて面白い人達です。
でもなぜか私と同種族のポニータ系が多いのは……気にしない方がいいよね?
それで、さっきからドリちゃんとフレムさんがマスターの話をしてるんだけど……
「ねぇ、ポニータ」
「なにハクちゃん?」
「さっきからオニドリルの話を聞いてるんだけど、なんだか話が変な方向に……」
「え?」
どうも私が少し考え事をしていた間に、かなり話が進んでいたみたい。
気になるので、ドリちゃんとフレムさんの会話に再度耳を傾けてみる。
「面白そうじゃん! やってやろうじゃないの!」
「じゃ、決定ね。早速行くわよ!」
…決定って何がだろう。どこか行くみたいだけど……
と、そんな事を考えてる私を余所に、二人は岩影方面へ。
これってもしかすると……
「フレム姉さん、今度は何を企んでるのかしら……」
ハクちゃんと私で事の成り行きを見ていると、
ライズさんが深い溜め息をつきつつこちらにやって来た。
「ライズさん、止めなくてもいいの?」
「止めても無駄。あの人はいつもこうだもの」
「じゃあどうするの? このままだと……」
「取りあえず様子を見に行かないとね。場合によっては止めなくちゃいけないし」
そう言ってライズさんも岩影方面へ。
なんか場合によっては、っていうのがすごく気になるんだけど……
「ポニータはどうするの? 様子見に行く?」
「んー、多分行くと思うよっ? ハクちゃんは?」
「私は……一応行った方がいいとは思うけど、それってつまり……」
「うん。男湯を覗く事になるよね」
「……」
「……」
…後編へ続く。
最終更新:2010年08月08日 16:21