…視界に広がる白い天井、数えたくないほど多いシミ。
そこが病院だという事に気づくのに、さほど時間は掛からなかった。
「…うん? なんで俺はこんな所に…痛っ!」
体を動かそうとするが、痛みに阻まれ容易に動かすことが出来ない。
よく見ると、腕にも足にも包帯、頬には絆創膏。
自分でもどうしてこうなってしまったのか、瞬時に理解できない。
しかし、"そいつ"を見た瞬間、一瞬にして全てを思い出すのだった。
「ガーディ……」
ベッドに横たわる俺の横に座り、突っ伏している傷だらけの少女こと、ガーディ。
起こさぬように寝返りをうとうとするが、その気遣いも虚しく、彼女は目を覚ます。
「うん…むにゃ……! ご主人様!?」
目を覚ましたガーディは、今にも泣きそうな目で俺を見た。
しかし、俺はその瞳をまともに見ることが出来ない。見れるわけがない。
なぜなら俺は……
「ご主人様っ!」
「!?」
予想外だった。抱き付かれるなど、誰が思っていただろうか。
俺の気の内、怪我などお構いなし。力いっぱいの博愛固め。
意表を突かれて怯む俺の胸には、汚れてはいるが、ふさふさの毛を纏うガーディ。
俺の心は、張り裂けんばかりのショックを受けた。
「良かったぁ…良かったよぉ!」
「……」
…俺はガーディを守ることが出来なかった。守るどころか、守られてしまった。
少しの距離だからといって、強い萌えもんの出る場所へ行ったのが間違いだった。
つまり、彼女の管理を怠ったトレーナーである俺が完全に悪いのだ。
「…ご主人様? どうしたの? なんで何も話してくれないの?」
ガーディの質問に答えることが出来ない。彼女の目を見ることすら出来ない。
謝らなくちゃいけないのも分かっている。俺が臆病だというのも分かっている。
分かっているけど……それでも、出来なかった。
…そんな時だった。
「あれ? ご主人様、なぁにこれ?」
ガーディがそう言ってこちらに向けてきたもの。それは……
「ダメだガーディ! それは……っ!?」
考える前に体が動いていた……が、それは罠だった。
ガーディの持った"それ"を取り返そうとした俺の手は容易く捕まってしまう。
その時に見た彼女の表情。それはもうこれ以上ないほど、にやついていた。
「ふふふ……ご主人様、捕まえたっ!」
「……」
俺の手を上下に振り回し、とても満足そうにはしゃぐガーディ。
そんな彼女の笑みを見てるうちに、なんだか俺の方も吹っ切れてしまった。
ヘコんでても時間の無駄。それなら、彼女とこうして笑って過ごしていたい。
彼女の笑顔を見ていると、心の底からそう思えてくる。
「ねぇご主人様、それでこれはなんなのっ? ボクへのプレゼントかな?」
「な、なぜそれを!?」
「えっ……?」
「あっ……」
…完全に鎌をかけられてしまった。そして、思い出す。
俺はガーディには内緒で、プレゼントとして"炎の石"を買いに行っていたのだ。
先月彼女からもらったバレンタインデーのお返しに、と。
もちろん、彼女には買い出しに付き合ってくれとしか伝えていない。
まぁ、結局俺とガーディは病院送りになってしまったが、この石だけは死守できた。
しかし、ほんのりと光を放つそれは今、彼女の手の内に……
「え…えっと、ご主人様、今…なんて……」
「……」
「ご、ご主人様……?」
「だぁもう! 分かったよ! 俺の負け!」
「え……?」
本当はもっとちゃんとした形でプレゼントしたかった。
けど、こうなってしまっては後の祭り。もう腹をくくって渡してしまうしかない。
「そいつは…その……、今日って、ホワイトデーだろ?」
「ほわいとでー? ご主人様、なぁにそれ?」
「えっ!?」
…驚愕だった。
その言葉を聞き、俺は我が耳を疑った。
「じゃあお前、先月の今日くれたあのチョコは……」
「え? …あぁ、あれはただのボク特製、わさびたっぷり激辛チョコだったじゃん」
「い…いや、そうじゃない! ガーディ、バレンタインデーって、知ってるか?」
恐る恐る一番聞きたくない質問をガーディに投げかける。
この時の俺は、恐らく目視できるほど震え上がっていたと思う。
「ばれんたいんでー? なにそれ?」
「な、なんだってーーー!?」
「うわっ! ご…ご主人様、ここ病院!」
「あぁ、スマンスマン……」
まさかバレンタインも知らずにタイミング良く悪戯チョコを渡してくるだなんて……
でも悪戯チョコであれ、もらった物はもらったのだ。お返しはきちんとせねば。
「…ちょっと納得いかないが、まぁいいか。それ、お前へのプレゼントだよ」
「えっ!? 本当にプレゼントだったのっ!?」
「あぁ。その…お前、前から強くなりたいって言ってたろ? だからさ……」
「……」
そこから、言葉が続かなくなった。
心なしかガーディの表情が暗くなっている気がした。
そして、まるで時が止まったかのように、その一室は凍りついた。
…永遠にも似た時を経て、時は再び動きを始める。
「要らない」
「…えっ?」
凍りつくような長い時間を経て放たれた彼女の最初の言葉。
それは、俺の善を無に還すような言葉だった。
しかしその表情に曇りはなく、むしろ潔いほどの笑みを浮かべていた。
「今のボクには必要ないよ」
「どういうことだ……?」
「ボクはこのままの方がいい。理由はないけど……今はまだ使う時じゃない」
「……」
こんなに真剣な表情で話すガーディは初めて見た。
それだけ彼女は"進化"についてこれまで悩んでいたんだと思う。
それを、俺は何も知らずにやすやすと……
「だから、さ。その…えっと……」
「……」
一通り話を終えると、急に女々しくもじもじし始めるガーディ。
対して俺は、真実の重みにのしかかられ、半ば自分を失いかけていた。
そんな俺にかけられた言葉。それは。
「それ、取っておいて! で、もしそれを使っても、永遠にボクと一緒にいてよねっ!」
「ガーディ……?」
「約束だから。絶対に」
…予想外だった。
俺はてっきり罵倒の言葉を浴びせられるかと思っていた。
しかし、違う。これはどう解釈すればいいのか。分からない。
「…あ、ううん、違う違う。やっぱりご主人様、だいっきらい!」
「はぁ!?」
「じゃ、ボクは先に家で待ってるからね~!」
「お、おい!」
満面の笑みで舌をペロッと出し、病室を駆け出すガーディ。
その後姿は、心なしか俺にはとても軽やかに見えた。
…分からない事だらけだ。でも、一つだけ分かることがある。
それは、彼女がこれからもずっと、永遠に俺の手持ちでいてくれるという事だった。
最終更新:2012年03月30日 14:05