「それじゃあ……遅くなる前に出発するけども、準備はいいかい?」
おじさんはさっきまでの落ち込みから、頬を叩くことで復帰。
「はい! もちろんです!!」
人助けでどーにも興奮しているベトベター。
今回は準備が出来てるからいいけど、本当はもうちょっと思慮深くなって欲しい。
そうでないと、いつかホイホイ騙されそう。
「あぁ。明日までって言ったら結構強行軍っぽいしな」
のんびり行こうとすればお月見山前の萌えもんセンターで一泊がベーシックだ。
どうくつのなかは広くてそれなりに明るいが、歩きづらいし距離もある。
「おじさんこそそんなでかいの引いて大丈夫か?」
「なに、こいつとはもう二十年ほど旅してるんで。わしの体のようなもんじゃ」
「ご主人様! アイスの人さん! 早く行きましょう!」
何が目的なのか分かっているのかと疑いたくなるくらい、ベトベターは俺とおじさんを急かす。
「お嬢ちゃんの言う通りじゃな」
おじさんも何やら楽しそうだ。
きっと、一人旅は寂しいんだろうな。
「ベトベター、さっき教えた護衛をするんだからな? おじさんがお前を護衛するんじゃないぞ?」
念のため注意しておいた。
「しつれーですご主人様! ちゃんとおじさんをロボット団の人から守るです!」
……あー、おじさんもベトベターも……ロケット団なんだが。
「おお、お嬢ちゃんは頼もしいな。これならロボット団も近寄ってこれんわい」
水を差しそうなので訂正するのをやめた。
さすがに夜も近いことがあってトレーナー達に勝負を挑まれたりおじさんのアイスを買ったりする人はいなかった。
だから順調に進み……
「そうだお嬢ちゃん、わしを心配してくれたお礼にこいつをあげよう」
「わーい、あいすきゃんでーです! ありがとうアイスの人さん!!」
「ほっほ、そんなに喜んでもらえるとわしも嬉しいわい」
「んー……つめたくておいひいです」
……ちょっとおじさん、餌付けは止めていただきたい。
うちのベトベター、食べ物くれるやつには無警戒なんで。
言うとおじさんは笑い出した。
「かっかっか。おぬし、お嬢ちゃんにホの字じゃな?」
「はっはっは。おじさん、寝言は墓行ってからにしてください」
「……? なんだかたのしそうです。わたしも……」
俺とおじさんが大声で笑っているといつの間にかベトベターも真似して笑っていた。
それに気付いた俺とおじさんは更に大きな声で笑い始めた。
「ここからじゃな」
そして八時になる頃にはお月見山に入る準備などが完了していた。
洞窟内は明かりが灯してあるが、それもぽつぽつと置いてあるだけで心もとない。
おかげで萌えもんセンターで借りた(返すのはハナダのセンターで)懐中電灯が大活躍することになった。
「うむう、やはり夜になると怪しい気配がするのぉ」
怪しい気配? そんなもんあったの?
「おじさん……あんた何者さ」
気配を読む術に長けてるってのは一般人的にはグレーゾーン。
「ほっほ、ただのアイス売りのおじさんよ」
こいつ絶対昔は無茶してたに違いない。
「む、誰か近づいてくるぞ!」
「おっけい。ベトベター、いけるか?」
<シーン……>
「おい、ベトベター?」
<シーン……>
「すまんおじさん。アイツ、迷子になったみたい」
「それは……お嬢ちゃんらしいが……」
かつん、足音と共に恥ずかしい格好のロケット団が現れた。
……まずいなぁ。
「貴様ら、ここで何をしている?」
「わしは――」
何か言い始めたおじさんを制して、俺はあることをためしてみた。
「お、お前はあの時の……。元気にしてたか?」
「……? ダレだお前は」
げ、こいつめっちゃゴツいじゃねぇか。
油断させて一撃ノックアウトできねぇぞ……。
「俺だよ俺、その、忘年会での一気飲みチャンピオンの」
……もう口からでまかせ。
なんでもいいからはようベトベターさんは帰ってきてください。
「……おお! あの時のやつか!!」
「そうそう、あの時の俺です俺!!」
何かいい感じな流れだぞ?
これならいけるんじゃないか? ロケット団って結構バカばかりなのかも。
活路を見出した俺に、おじさんがぼそぼそと耳元で囁いた。
(……もうひとつ……いやみっつ気配がするぞ)
(んだって? ひとり騙すので精一杯だって)
……こいつを上手く操ればなんとかなるんじゃ。
仲間同士で……。
「いやぁ、こんなところで会うなんて偶然ですねぇ」
「そうだな。俺もびっくりだ。あいつは急性アルコール中毒で今も病院だっていうのになぁ?」
……すっごいバレてました。
(おじさん、すまん、護衛ムリ)
「貴様らにはちょっと痛い目にあってもらうぞ」
あぁ、何か指鳴らしてるとすっごく恐いなぁあははは。
ある意味ベトベターがこの場にいなくてよかったかも。
「さぁて、先に小僧、面白いことしてくれたお詫びだ――!!」
ぼうりょくはんたーい。
<ガスッ!!>
綺麗な一撃が鳩尾に入った。
「ぐあっ!!」
悶絶し、倒れる。
……。
……。
……ロケット団の方が。
「え? あれ?」
予想外の出来事に思わず阿呆な声をあげてしまった。
「おじさん?」
「いいや、わしじゃなくて……」
おじさんが指さした方向には萌えもんがいた。
生憎俺にはベトベター以外の萌えもんはほとんど名前は分からないのだが。
「大丈夫ですかお二方」
とても丁寧な言葉遣いの萌えもんだった。
歳をとったらベトベターもこんなもんに落ち着いて欲しいな。
『どうだったニーナ?』
少し向こうの方から文字の書かれたノートを掲げた人が現れた。
服装からしてロケット団ではないようだが。
「ちょっと待ってください。あの、先ほど私達、迷子のベトベターを拾ったのですが……」
「あ、それ俺の」
「そうですか。……マスター、この方達の萌えもんだそうです」
おじさんのじゃないぞ?
『了解』
ノートに書かれた文字が変わると、
「ご主人様ー! だいじょうぶだったですかー?」
分かりやすくのんびりしたベトベターの声が聞こえてきた。
「では。自分の萌えもんなのですから、目を離さぬよう」
よく分からない二人組はそうして去っていった。
「はぁっはぁっ、ご主人様、あぶないところでした」
「ベトベター、お前は何もしてないだろ。それより迷子になったみたいだな。あの人たちにお礼は言ったのか?」
「はい!」
「そっか、ならいいんだ。偉い偉い」
「えへへー」
「……和んでるところスマンが、そろそろ出発するぞ?」
言われて気づく、たしかに時間を食いすぎた。
「んじゃ出発だ。ベトベター、今度は離れるんじゃないぞ?」
「はい、ご主人様!」
だからといって、背中に乗っからないでくれ、重い……ことはないが、何と言うか。
「うーむ、ようやくかの」
ハナダシティについたら朝日が地平線からこんにちわしてる状態だった。
「疲れたー」
若者パワーなど俺には残っておりません。
「……すぅ……すぅ……」
ベトベターはもう随分前から眠っております。
一番元気なのはおじさんのようで。
「道中ハプニングもあったが有り難うな。中々楽しかったわい」
笑顔のおじさんを見ていると、あることを思い出した。
「おじさん、昔萌えもん連れてアイス売ってなかったか?」
「……あぁ、売っておった」
じゃあやっぱり、俺もこのおじさんにお世話になっていたのか。
「そうか。……おじさんは今からどうする?」
「わしは……いや、おじちゃんは商売の準備をするよ。坊主は?」
全く、ほんとに元気なおじさんだ。
「俺はちょっと眠りたいな……」
「じゃあこのあたりで別れようか。さらばだ坊主。お嬢ちゃんにもよろしくな」
「あぁ。今度会ったらまたアイス、買わせて貰うからな」
おじさんは手を振り先へと行ってしまった。
「さぁて、こいつのためにも、横になれる場所へ行かないとな」
背中で静かに寝息をたてるベトベターを起こさぬように。
最終更新:2007年12月21日 01:17