しかし、そう感じたのは俺だけではないようで。
「シャワーズ、みずてっぽうだ!」
愚問、といわんばかりにそっぽを向くのは勿論彼女、シャワーズだ。
ジム戦の申請、許可が降りるも予約過多につき明日で、というのがジム側からの回答で、勢いを削がれた俺はひとまずカスミ戦でなくても俺を認めさせようと、シャワーズとの真っ向勝負に入った、のが数時間前。
すでに空は赤く燃え始めて、ポッポが鳴いたらかーえろ、な時間だ。模擬戦にでもと付き合ってくれていたアミも、ポーちゃんが鳴いたらあっさり帰りやがった。
あたる相手としてはお門違いだし、夕方は夕方でも夏場なので、時間的には既に夕飯を始める家族がいてもおかしくないわけで。
それに、稽古の相手をうけてくれたのは正直ありがたかったわけが、『いつまでもこんなことしてても意味ないんじゃないのー?』という発言にはやや頭にきた。そんなの俺だってわかってる。
なにせ、昼過ぎから始めたそんな模擬戦も、結局はシャワーズが俺の指示を耳にいれないばかりで、アミもほとんど暇をもてあましていたのだから。
「……ふぅ、シャワーズ」
見慣れてしまった青い後姿。イーブイの頃に比べたら、すでにそれは可愛さではなく美しさになっているその容姿。
指示をだせばそっぽを向いてしまうが、別に普段からそうというわけではない。あまりはしゃぐような姿こそ少なくなったが、俺が触っても嫌がったりしない分、心底嫌われたわけではないのはわかっていた。
そっぽを向いているシャワーズの正面にまわりこんで、右手を伸ばして、毛並みを整える。その間、じっと大きな瞳が俺を見ていたが、青い髪に手を入れると、くすぐったそうに目を瞑って、身震いをした。
イーブイの頃は足元くらいの大きさしかなかったが、シャワーズに進化してからは座っている状態で膝元くらいまであるから、しゃがむだけで顔に手が届く。シャワーズがしっかり立てば、多分腰より若干上くらいまでは背伸びできるかもしれないな、などと考えた。
普段は座っている姿勢が多いシャワーズだが、イーブイの頃はよく一緒に走り回っていたのを覚えている。それがヒレが生えてきたせいなんだか、せいかく的な成長があったのかはわからないが。
……そういえば、さきほどの帰り際にもアミが何か別のことを言っていた。
『トレーナーとしての実力をあげるのは良い事だろうけど、ポケモンとのコミュニケーションも忘れちゃだめだよ』
シャワーズに手櫛をしながら、彼女の挙動をみる。昔は撫でればにこにこ笑い、しっぽをぱたぱた振ってしがみついてくるようなやつだったが、俺と旅に出てからは次第に落ち着きを得てきていた。しかし、今のシャワーズは、大人しいというよりも。
そう。なんだか、楽しそうじゃなかった。
……手櫛をやめると、目をぱちぱちとさせて、立ち上がった俺を見上げるシャワーズ。それは不思議がっているというよりも、何をしているの、というような、ひどく傍観的な視線。
「シャワーズ」
一歩、一歩と後ろへ下がる。夕焼けもすでに終わりに近く、夜がやってくる。シャワーズの青い四肢はそんな夕闇にすら溶け込んでいってしまいそうで、それでいて、絵画のような美しさをもっていた。
「シャワーズ、こっちだ……こい!」
いつかの掛け声。小さい俺と小さいイーブイが、景色に解けていく。
ツーカーでならした、俺と彼女とのかけっこの合図。
――それに答えるでもなく、そっぽを向くでもなく。遠目にみたシャワーズの耳が、ぴくりと動いた気がした。
それからどれくらい経ったか。それこそ夕日が沈み始めてから沈みきるまで待つかのような長い時間をおいてから、シャワーズはゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと
こちらへと歩み寄ってきた。
ああ、もしかして、私のことを呼んだんですか? とでも言いたげなくらいに中途半端で、俺の言葉を聞き入れてくれたのか、ただモンスターボールに戻りたいだけなのかは、俺にはわからなかった。
立ち上がった彼女は、やはり俺の腰より上あたりまでの身長しかない。すでに辺りを闇が飲み込みだし、彼女の姿も曖昧で見えないけれど。
「シャワーズは、俺とリーグを目指すのが……戦うのが、いやか?」
ぽん、とシャワーズの頭に手をおき、伝わるはずもない言葉を囁きかける。
ずっと疑問に思っていたことだ。かつて夢見たポケモンリーグチャンピオンへの道、そして描かれ出した俺のポケモントレーナーとしての旅。
果たしてそれは、彼女も……望んでいたことだったのか。
それは、俺(にんげん)の勝手な思い込みに過ぎなくて。
「確かに、ポケモンだって好き好んで戦いたいわけじゃないだろうし」
落ち着きが出たのではなく、ストレスがたまっていただけで。
「だから、どうしても試合に出たくないっていうなら……」
みずのいしで進化させた俺を、無理矢理、進化させた俺を、忌み嫌いこそしないながらも、拒絶するのなら。
「俺は別に、お前と一緒に、故郷に、マサラタウンに、帰ってもいいんだ」
本音だった。
全てのはじまりはあの夜の日。その日は必然としてポケモンリーグの決勝戦が行われ、全てのポケモントレーナーの頂点が決せられた日でもあった。
この夜、何人の子供達がポケモンリーグを目指すことを夢見ただろう。
その、何人かの子供の一人が俺で、その傍らにいたのが、ブイだった。
「もしかしたら、俺は俺の夢の半分を、お前に勝手に背負い込ませていたかもな……」
深く考えすぎているのかもしれない。相手はポケモンだ。"彼らは常にパートナーであり、トレーナーと共に道をいくものだ。"いつかのテレビの言葉が脳裏をよぎる。
でも、彼女とだからこそ、俺はポケモンリーグを目指せると思った。二人で楽しく、テンポよく、熱く、激しく。どんどん道を突き進む姿を夢想して。
「だから、明日、答えを出そう」
ジムリーダー戦。こんなところで躓いてるようじゃ、チャンピオンになんてなれるわけがない。
だから、俺はすでに暗くなっていてやっても見えないだろうに。そんな思い出の自分のように、笑顔でシャワーズに語りかけた。
「……昔、あの夜に誓ったように。それに答えてくれるなら、明日のジム戦、俺を勝たせてくれよ、ブイ」
「キュイッ」
それは果たして、どんな答えなのかは俺には通じない。
だが、決心はついた。こんな所でいつまでもとどまっていても、あいつにも追いつけず、マサラタウンにも戻れない。
だから、ここで、ハナダで決めよう。俺がどちらへ行くべきか。
進むか。
戻るか。
全てに、明日、決着をつける。