ざぁ、と波の音。
甲板で風に揺られながら、俺とべとべたぁは海を眺めていた。
目的地はグレンタウン。一度も行ったことのない町だ。
一昔前には研究所の事故で有名になったことを記憶している。
まぁ俺には関係のない話なんだけど。
「ごしゅじんさまっ。風が気持ちいいですね」
「そうだなー。少し鼻にくるのが玉に傷だが」
隣でべとべたぁが静かに呟いている。
目も閉じて、何やらうとうとしだしているような気もする。
このまま手すりから抜けて海にドボンとかしないといいが……。
このべとべたぁだけに十分ありえるので俺は頭を抱えた。
そうして落とした視線の中に彼女が現れた。
「ごしゅじんさまー、あのーですね」
「? どうした?」
「どーして海はあおいーですか?」
「それはだな、空が青いからだ」
「なるほどです……」
随分納得したらしく、こくこくと何度も頷くべとべたぁ。
海と空を交互に見ては手を打ち、俺の言葉を反芻してはへぇ、と言葉を漏らす。
わざわざ行動にとる上、何度もしているのが妙に印象に残った。
ざわざわと波の音が聞こえた気がした。
「でわですねっ、お空があおいのはどうしてですかっ」
「そいつはだな……たしか……えっと……」
「?」
やめてっ、純真な瞳で見つめないでっ。
わくわく、という擬音が描かれていそうな顔のべとべたぁを直視できない。
「そう、空が青いのは海が青いからだ」
苦しい逃れ文句だったが、単純なべとべたぁはそれで十分納得できたらしい。
「でわでわっ、お空と海はなかよしなんですかっ」
「どーだろうなー。でも大きいもの同士、気が合うのかもしれないな」
「なるほど……だからおんなじいろをしてるですね」
「それは……うん、まぁ、そうかもな」
「それでわ、同じ色じゃないわたしとごしゅじんさまはなかよしじゃないですか?」
言われて服を見る。
べとべたぁは紫、俺は黒。
……とゆーか、紫はちょっと……。
「仲良しじゃないわけがないだろ」
「どーしてですか? ごしゅじんさまとわたしは違ういろですよ」
「確かにいろは違うけどさ、ほら、俺たちは近くにいる」
「ちかく……?」
「近くで一緒に、ってのも仲良しの証拠だろ? 一緒に居るの嫌いか?」
「わたしは、ごしゅじんさまと一緒に居るのはだいすきですっ」
「なら、空と海は同じ色で仲良しかもしれないけどさ、俺たちは近くにいて仲良しなんだ」
言った後で気付く。
この台詞はかなり恥ずかしいものなんじゃないか、と。
「なかよしですっ。なかよしですっ」
でもまぁ、こんなに喜んでくれるなら悪いもんじゃないな。
そう何度も意識していえるようなものじゃないけど。
両手を高く挙げて、満面の笑みを湛えた顔が目に映る。
……う。
いつもながらにこの笑顔に弱い。
もう少しこいつが賢かったらいいように操られてしまっていたかもしれない。
「お、島が見えてきたぞ」
「え? ど、どこですかっ、どこにあるですかっ」
「ほら、あの、あっちの方に……」
「分からないですっ」
「だから真っ直ぐまん前にあるって。じっと見ててみな」
「……あっ、みえましたっ。わたしにも見えましたよごしゅじんさまっ」
「よーし、じゃあ降りる準備をしないとな」
「はいっ」
時計を見ると到着予定時刻まで残り十数分のところまで針が進んでいた。
向こうに着いたら何処へ行こうか。
べとべたぁが気に入ってくれるといいな。
ニヤニヤしている自分の顔を自制できない。
……まずは食べ物だよな。
決めて、俺はべとべたぁがとことこと後ろに追いついてくるのを待った。
だが途中で、ずで、という久しぶりの音が聞こえた。
「うぅ……ぅ……」
「だーっ。なくななくなっ。泣いてると置いてくぞっ」
無論できるわけがないのだが、そうでも言わないと格好がつかないような、そんな気がした。
最終更新:2008年01月26日 20:43