「お腹減ったし疲れた~休憩しようよ~」
私の後ろを歩いているマスターの声が止まる様子を見せることもなく私の鼓膜をひたすらに叩いている。
現在位置はおつきみやまの洞窟の中、それもまだ全行路の四分の一といった辺りだ。
「マスター、せめて中間地点まで頑張ってください」
「え~」
こういった場合、話し込んでしまうと相手に説得をすれば私が折れてくれるかもしれない、なんて考えを抱かせてしまう可能性がある為に少々歩くペースを早めてマスターと距離を取った。
後ろを一瞥すれば、文句を垂れながらもなんとかついて来てくれているマスターの姿。
昨晩、ふもとにあったはずのポケモンセンターがロケット団に爆破され、仕方なく野宿で一晩を過ごした私たちはマスターの「早くハナダに行ってお風呂に入りたい」発言によって早朝に洞窟内に入り、今現在出口を目指し歩いている最中である。
周囲の風景は余り見ていて気持ちがいい、と言えるものではなく、見ているだけで鬱屈になりそうなどこまでも変化が見られない壁と天上のみ。
稀にズバットなど、野生のポケモンに襲撃されるがそれらは全て私のつのを持ってして追い払っている。
「うぅ~ジュンサーさんに汗拭きシート貰えなかったらどうなってたんだろう、私」
「それは、マスターが臭くなるだけでは?」
「うっわ、ひど~い」
ふもとのポケモンセンター跡地には人間の「ニビ警察」という組織の構成員が現場を調査しており、その折に出会った女性がマスターの状況を見て哀れに思ったのか汗拭きシートなるものをマスターに手渡していた。
涙を流しながら喜んでいたマスター曰く、「何があろうとも女の子はキレイにしてなきゃダメ」とのことなのだが、私にはあまりよくわからない。
水浴びをしなければ多少は臭くなるだろうが、それだけだ。水場を見つけるまで我慢すればいいだけである。
どうして食事や睡眠といった生きるうえにおいて必要な事項よりも優先されるのだろうか?
っと、またズバットが出ましたね。
歩く足を止めて、目標を真っ直ぐに見据える。
ゆらゆらと軌道を変えながら
こちらに襲い掛かってくるズバットにつのを叩きつけて地面に落とし、踏みつける。
もはや同様の作業を数十回は行っているだろう。
これでしばらくは飛べなくなるだろうが、そんなことは知ったことではない。
「うっわ~相変わらず作業みたいに退治するねぇ~」
「マスター、見ているだけでなく指示を出すなりなんなりしてください」
「え~いいじゃん~サイホーンちゃんが守ってくれるもん」
「ですが、あなたは私のマスターです、マスターたる者、ポケモンに指示を出せないでいてどうするのですか?」
「ちゃんとトレーナー戦は指示出してるじゃんか~」
「はぁ……」
溜息を一つ、全く、本当にこのような感じでいいのだろうか?
かつてのマスターであったオーキド博士と、彼女の母にこの娘の事を頼むと言われ、こうして旅を続けているのですが……
現マスターである彼女は頭がいい、私の知らない言葉だっていくらでも知っているし、野宿は嫌だと言っているがサバイバルの知識も優れている。
ニビシティのジム戦におけるバトルも、彼女の指示があったからこそと言っても過言ではないだろう。
まぁ、体力がなく、すぐに疲れてしまうのが難点でもあるのですが……
彼女の母から彼女について聞かされたのですが、昔はちゃんと学校にも通っていたし、その中でも頭抜けて成績がよかったらしい。
ただそのことが原因となり、イジメにあい、彼女の交友関係は幼馴染であるサトシとシゲルの両名だけになってしまったそうだ。
それ以後、彼女は決して外に出ようとはせず、自室に引き篭もり、ひたすらパソコンとゲームなるものをしていたそうだ。
彼女の母が心配するのは親として当然だろうし、なんらかの変化が訪れて欲しいと願うのも無理は無い。
「どうしたの?」
「いえ、大丈夫です」
雰囲気の変化に気付かれたのか、マスターが私の顔を覗きこんでいた。
ともあれ、女の子に一人旅をさせる、等という私から見ても荒療治な方法によって、彼女の生き方を変えさせようと思ったのだろう。
とは言え、流石に女の子の一人旅は危険である。
そこで、長年オーキド博士に付き合ってきた私に出番が回ってきた。
彼女に不信感を抱かせないよう、ご丁寧にもロケット団に襲われて渡すポケモンがいなかったから仕方なく、という嘘までついて。
そう、彼女は色んな知識はあっても、世の中に対して結構疎かったのだ。今ではそんなことは無いのですが。
「おっ、中間地点だ~」
「そのようですね」
休憩だ~と、気の抜けた声を出しながら駆け足で中間地点に向かっていく後姿を、私はゆっくりと歩きながら眺める。
私の役目は彼女を守る事であり、それは彼女のポケモンとして正しい行為だと、久方ぶりに誰かに仕えるという実感を握り締めていた。