マスター、私、進化できました!
おめでとう! テッカニン!
はいっ、これからもマスターのために頑張ります!
新化おめでとう~♪
いいなぁ~、アタシも早く進化したぁい~!
私は進化しないから、成長するというのが羨ましいわ…
『…あの……』
進化したテッカニンを囲む1,2,3……6人の輪。
その輪から外れた場所に1人、宙に浮く萌えもんがいた。
あまりにも長い袖を垂らし、背中には6枚の羽根、頭には2つの鈴と大きなわっか。
『…私に…気付いてください……!』
彼女は必死に声をかける。しかし、誰も気付いてくれない。
気付くどころか、まるで無視するかのように、彼女がここに存在しないかのように、進化を喜びあっているのだ。
さぁ、疲れただろ、萌えもんセンターに戻ろう!
はいっ!
りょ~かいっ♪
戻ったらおいしいものが食べたいわ…♪
『ま…ますたー…!』
必死に手を伸ばす。しかしそれは虚しく宙を掴み、彼女達のマスターは、森の入り口へと姿を消してしまった。
『おいて…かない……で……』
彼女はその名の通り、元の体からも、メンバーからも『抜け』てしまった。
『どうして……こんな姿に……なっちゃた……んだろ……』
一人切り株に座る少女。その姿に最早『生』はなかった。
ただずっと下を向き、ただずっと自分を見つめる。 いつしか目からは涙で溢れていた。
ガサガサ……
揺れる叢の音に再び彼女に『生』が戻る。
「ふぅ…」
出てきたのは、1人の虫取り少年だった。あたりをキョロキョロと見回し、虫を探しているようだった。
『あの……!』
彼女は少年の前に出る。これなら、絶対に気づいてくれるだろうと。
しかし……
少年はキョロキョロしながら、彼女の体を通り過ぎてしまった。
彼女の顔に絶望の色が浮かぶ。
『すみません…! 気付いて……くださ……』
と、言いかけた時。
「ふぅ…ここらへんは虫さんいないなぁ~」
その言葉は彼女を『死』に追いやるのに十分すぎる言葉だった。
『いない……私は……いない……』
フラフラと切り株に腰を下ろす。
―― 他人に気付いてもらえない、そんなのどこぞの霊と同じ…
いや、同じなわけじゃない。 自分が霊になってしまったのだ。
私は進化したのではない… 死んだのだ。 ――
彼女はそう悟った。
光を失った目、止まらない涙、絶望の闇に囲まれた彼女にできることは何一つなかった。
『…神様……何故…私をここに留まらせるの……?』
――――――――
――――――
――――
――
いくらか日が流れた。
彼女は今日も、切り株に腰を下ろしている。
目は虚ろになり、涙は枯れ果て、体に生が感じられないその姿はまさに地縛霊そのものだった。
周りで音がしても気に留めず。風が体を撫でても感じようとしない。何かが触れてもそれに反応しようとしない。
『………………』
――――――――
―――――か?
――――大丈夫か?
『…………え…?』
いつの間にか、声をかけられていた。
いつの間にか、息を感じていた。
いつの間にか、肩を触れられていた。
彼女が視線を上げると、そこには1人の人間がいた。
『…私が………見える……の…?』
「もちろんさ、そんなやつれた顔して……大丈夫かい…?」
『…あ…あぁ…………』
彼女の目に再び光が戻った。
大粒の涙が溢れ、体を小刻みに震わせるその姿に既に『死』は存在しなかった。
「ど、どうしたんだい……?」
「う……うわぁぁぁぁあああんん!!」
彼女は人間に抱きつき、大声で泣き叫んだ。
―― 私に…気付いてくれた… 今までずっと、気付かれなかったのに…
初めて…初めて……
私は死んだのじゃなかったんだ… ちゃんと、進化できたんだ…! ――
「うわっ!? いきなりどうしたんだ…!?」
「ひぐっ…えぐっ…」
泣き声は、しばらく止むことはなかった。
―― よかった… 私はちゃんと…… 生きてたんだ……!――
最終更新:2008年05月24日 22:02