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■ ※2017.5.6-13:13 mono記
 背景を黒にし、カラム間の罫線を消した。そして、左右のメニューをすべて閉じてしまった。これらはすべて動画を観るためのデザイン変更。
 Amazon Fireで最近は日本映画を観ている。Amazon Prime会員なので、相当数の映画やテレビドラマなどが課金無しで観ることが出来る。昨夜観終わったのは「魚影の群れ」。吉村昭の短編小説集の中の一編で、その小説集は1973年に単行本として出版されたときには「海の鼠」という表題だったのを、1983年に文庫本になる際に「魚影の群れ」という表題で纏められたもの。
 1973年と言えば私の長女が産まれた年で、私はまだ結婚するには早すぎる年齢だった。恥ずかしくてここでは歳を言えないw。(ココに書いた記事は捨てた)娘が結婚した後に経験しなければならなかった不幸には言葉がない。ただ遠くから黙って見守るばかりだ。
 1973年という年は私にとっては決して忘れることが出来ない年なのだ。日本海側のそこそこ大きな港町から上京して4年が過ぎていた。海をいつも見たいと思いながら過ごしていた気がする。神奈川や伊豆の海とは違う濃い緑青の海を懐かしがっていた。
 北海道に旅するときに、フェリーを何度が使ったが、大洗から出航するサンフラワーで行くより、新潟から新日本海フェリーで小樽港へ行く航路がいいと思った。新日本海フェリーも苫小牧港行きの便もあるが、小樽港へ向かう航路が好きだ。夏の日本海は明るいのだが、海の色は濃い。底なしの水の上を滑っていくようなざわつく不気味感が堪らない。
 そうか、このサイトの黒い背景は日本海のことか?まさか・・・w。


■ ※2017.5.1-15:58 mono記
 今日はこれから私用のため、夜まで更新作業無し、デスw


■ ※2017.5.1-15:48 mono記
そうそう、せっかく新規のWikiになったので、もう少し自分の趣味にも時間を使おうと思う。で、音楽。まぁ、何人か好きな歌手やグループ・バンドなどがあるので、そのページを作ってみようかと思っている。旧館でも作ってあるけど、あちらはどっちかと言えば政治経済が中心になっていたから作りにくかった。こちらはバランスよく更新していけたらいいなと思う。


■ ※2017.5.1-15:41 mono記
 旧館は2007年の1月から10年間使って容量満タン(10MB中9.75MB使用)となり、画像の表示がうまく行かなくなってきました。不用なページを削除すれば、もう少し使えるとは思いますが、削除作業が面倒ですw。
 立ち上げた頃はホームページやブログの代わりにと思って作ったのでしたが、Wiki構文の面白さから、使い方の試行錯誤が続きました。ですが書き続けるうちに、世に様々存在するブログやサイトのリンクを保存し始め、その発言を残して置きたくなりブログやサイトの記事を記録するようになってきました。ただ、完コピペは問題もあるだろうからと、抜きコピペを始めた。ところが、せっかくリンクして記事概要をコピペしても、サイトを削除してしまう人があり、保存リンク先へ行っても記事が読めないことが続きました。で、実は重要な記事はPC保存・管理者のみ閲覧可能ページの作成・魚拓の活用など始めたのでした。
 面白いのは、このWikiというのは管理者のみ閲覧可能ページを作るとそれは更新記録に載らないということです。管理者ログインするとプライベートページは更新記録に現れてくるという便利さ。
 そして、徐々に政治的な記事を集める電脳図書館化してきました。ページの作り方も今ではだいたい固定化してきましたが、最初の頃はどう作ったら良いのか迷っていたものです。
 2008年ころはまだ左翼系や陰謀論系のブロガー記事を保存することが多かったのですが、なんだろう?だんだんに胡散臭く思うようになり、民族系・保守系の記事を読み出すことが増えてきた。まぁ、基本は自分が日本人である、というところからしか出発出来ないのだということを強く感じた。
 と言いながらも、実は確固たる考え方の基盤があるわけではないので、フラフラしているというのが本当のところです。偽装保守・街宣右翼の問題は私を戸惑わせている。その人たちを含み巻き込みながらの保守分断の状況には正直真贋を見極める眼を持たないので、とにかく読んでみるしかないというのが本音。
 北朝鮮ミサイルが発射され失敗したとかの事件があるが、私は“日本には飛んでこない”となんとなく思っている。いや、私なりの分析結果なわけ。飛んできたらその時はその時。死はいつだって思いたくもないときにやってくるものなのじゃないかな。死だけは必然なんだが、なぜか恐れるものでもあるからね。













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最終更新:2017年05月06日 13:42