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緒形は同作を撮影するに当たり、実際に大間のマグロ漁師と一緒に船に乗り込み動作を覚えたらしく、かなりなりきっている。マグロに引っ張られ、軍手をつけた手のひらで、テグスが摩擦するシーンが何度か出てくるが、本当に痛そうだ。船上ではセリフがあまり多くないのだが、動きや表情にどんな過酷な状況でもマグロを諦めないという意思がこもっている。テグスが誤って俊一に巻きつき、あたりが血まみれになるシーンなども、凄い緊迫感だ。なぜ房次郎が俊一の無駄な動きを見ると、殴って叱りつけていたか、一発でわかるシーンとなっている。
そういったシーンをさらに臨場感あるものにしているのが、相米監督の演出だ。相米監督といえばワンカットワンシーンの長回しが特徴だが、それを海の俯瞰や船上のシーンでやっており、荒々しい海と屈強な漁師の戦いを盛り上げる。クレーン移動を駆使して撮影したシーンらしい。
長回しをすると顔のカット割りなどが出来ないため、役者は全体の動きに注意しなければならない。表情だけのごまかしが利かないからだ。普通の撮影でも苦労するだろうに、同作では足元が悪い船上で、さらに巨大な本物のマグロを使って撮影している。よくこれ撮ったなと驚くことだろう。軽率な思いつきシーンが一切なく、真摯に演者とスタッフがマグロ漁に向き合っているのが伝わる。画面外の奮闘を見てみたい気持ちすらある。おそらくドキュメンタリー映画が一本出来てしまうほどの過酷な撮影だったのではないだろうか?
作品の大枠としては、房次郎のマグロ漁師としての生きざまと、俊一のマグロ漁に対する憧れと、なかなか認められない苦悩が描かれる。途中、北海道の漁港で、房次郎が元妻のアヤ(十朱幸代)と再会するシーンのみ若干独立した感じがあるが、それ以外はこの房次郎と俊一の行動が中心の作品といっていいだろう。ラストでのふたりのやりとりは、かなり印象的だ。大怪我を負ってもマグロを釣った俊一のために、房次郎は、自身の命と同じくくらい大事なとあるものを手放してでも、助けようとするのだから。房次郎と俊一のわだかまりが解けた演出としてこれ以上のものはないだろう。最後のオチはもしかすると、納得出来ない人もいるかもしれないが。
骨太という言葉が似合う作品はそうないが、この作品は数少ない骨太な作品と言えるだろう。風景や動作もそうだが、言葉も全編下北弁という徹底ぶりだ。標準語で作った脚本を、方言担当の現地スタッフに「翻訳」してもらったという本格派で、正直、何を喋っているのかわからないシーンも結構ある。それでも、気持ちの乗せ方でなんとなくわかってしまうのが、この作品の良い点だ。
夏目が出演している作品としても、同作は必見の作品だろう。自転車に乗って走っていくシーンなどで、天真爛漫さはアピールしつつも、重要なシーンでは漁師の娘として芯の通った演技をしている。漁師の親やそれに憧れる恋人を持つ女としての葛藤が作品に深みを与えている。それに加え、全体的に漁師独特の価値観で構築されている作品のなかで唯一、一般人に寄せた視点を持っていることで、ドラマに奥行きも与えている。必ずしも感情移入できることが良いという訳ではないが、漁師に感情移入できない人でも、夏目の視点に立って感情移入すれば、作品の流れを追いやすくなるだろう。
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