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ロックオン×ティエリア
「お兄ちゃん」


 地上三十階のマンションの一室で、ロックオン・ストラトスは眼
下の街並みを見下ろしていた。広いバルコニーには何もなく、彼が
いる室内にも一通りの家具は揃っているが、生活感は全くなかった
。なにしろ、ここには昨日入居したばかりなのだ。ロックオンは真
新しいカーテンを引きながら、朝靄の広がる景色を眺めていた。
「さて、今回のミッションは国営軍事企業への潜入……俺はそこの
社員ってことな」
 そう言う彼は珍しくスーツを着込み、いつもの緩い印象をネクタ
イで引き締めている。首からは偽造された社員証がぶら下がってい
た。
「そしてお前は……」
 ロックオンは背後の人物を振り返った。ダイニングテーブルの椅
子に座っていたティエリアは、無言で彼を見返す。
「俺の妹だ!」
「なぜ妹なんだ」
 ティエリアは無表情のまま冷たく返した。
「弟でも良いだろうに」
「全っ然良くない! これは妹でなければならないんだ! そうで
なければミッションは失敗する!」
 熱の入った口振りでたたみかけると、ティエリアは胡散臭そうに
視線を逸らす。馬鹿馬鹿しくて付き合っていられないとでも言いた
げな顔だ。
「そうヴェーダが言っていたんだ、ティエリア」
 その言葉に、髪をいじっていたティエリアの手が止まる。いつ何
時も任務最優先のティエリアにとって、ヴェーダのもたらす情報と
指令は絶対だった。しばし硬直していたティエリアは、観念したの
か重たいため息を吐く。
「ヴェーダがそう結果を出したのなら仕方ないが……」
 不本意であることがわかる渋い顔でティエリアが呟く。
「ならせめてズボンが穿かせてくれないか。足に違和感が……とい
うか寒い……」

 立ち上がったティエリアは膝上の紺色のスカートを穿いていた。
すらりとした足は性別を超える美しさで、ぶかぶかのスリッパがか
わいさという追い打ちをかける。さらには控えめながらもフリルの
付いたエプロンを付けていて、寒そうに身を縮める様はまさに美少
女そのものだった。
 ロックオンはカッと目を見開いた。
「ダメだ! スカートでなければダメ! ヴェーダがそう指示を…
…寒いなら暖房を入れよう!」
 そう言うなりリモコンでエアコンのスイッチを入れ、床暖房の電
源も入れる。不満そうな顔をしていたティエリアも、暖かい風が循
環し始めると諦めたように首を振った。
 再び椅子に座ったティエリアはしきりにスカートの裾を気にして
、何度も引っ張っている。少し太腿が晒されたスカート丈が短すぎ
ると感じているのだろう。その初々しさにロックオンが生唾を飲み
込んでいると、ティエリアは何か思い付いたように彼を振り返った。  
「茶でも飲むか?」
 ロックオンは一瞬呆けてしまったが、すぐに首を縦に振りまくっ
た。
「ぜ、ぜひ……!」
 願ってもない申し出だ。あの冷徹な任務マシンのティエリアが、
妹へのステップをひとつ上ったと言ってもいい。
 ティエリアはやかんを火にかけると、戸棚から紅茶のパックを取
り出した。すでに物の配置を覚えていることも感動的だったが、た
かが紅茶の用意とはいえ彼が手慣れている事実もまた感動を呼んだ。
ロックオンが胸を躍らせながらテーブルにつくと、ちょうどお湯
が沸いてティエリアが二つのカップにそれを注ぐ。そしてそのうち
一つを持つと、「おらよ」と言わんばかりの態度でロックオンの前
に置いた。紅茶がこぼれてテーブルに垂れ、ロックオンは目の色を
変えた。

「駄目だティエリア! これじゃ兄妹に見えない! ミッションが
失敗するぞ!」
「はあ?」
 自分のカップを手に持ったティエリアが動きを止める。
「何がいけないんだ」
「まずカップはこう、優しく置く」
 ロックオンは丁寧にカップを置き直し、お手本を見せる。そして
ギラリと目を輝かせた。
「それから……『お兄ちゃん、どうぞ』と小首を傾げながら耳元で
ささやく。最後に俺の頬に……お待たせのキスをする! これで完
璧だ!」
「そんな兄妹は存在しないと思うが……」
 心底呆れているティエリアに、ロックオンは魔法の言葉を囁く。
「ヴェーダが……」
 ティエリアはうっと詰まった。ロックオンはティエリアのこうい
う単純なところも何気に好きだった。
「さあやってみろ!」
 カップを差し返され、ティエリアは戸惑いながらも受け取る。し
ばらくは両手で暖めるようにそれを抱えていたが、意を決してロッ
クオンに差し出した。そしてゆっくり、慎重にテーブルに置く。手
が少し震えているせいで、紅茶の表面は波紋を作っていた。
「お、おにいちゃん……どうぞ……」
 顔をうっすらと赤くしながら、ロックオンの顔をのぞき込む。そ
の上目遣いの破壊力はヴァーチェの主砲並みだった。
「ありがとう、ティエリアー! お兄ちゃんは嬉しいよ!」
 感極まったロックオンは心の底から感謝の言葉を叫んだ。さらに
は次の行動を促すように、人差し指で頬を叩く。ここにキスを、の
意だ。
 ティエリアは口をぎゅっと結んで固まっている。顔はますます赤
くなり、目が泳ぎ始めていた。ロックオンがもう一度頬を示すと、
ティエリアは顔を近づけ……

「無理だ!」
 キスの代わりに指でロックオンの頬を突くと、顔を真っ赤にして
隣の部屋に飛び込んでしまった。ドアは勢い良く閉められ、そこに
引っかけられていた『ティエリアの部屋』という小さな看板がぐら
ぐらと揺れる。
「イイ……! イイぞティエリア!」
 ご満悦のロックオンは一気に熱い紅茶を飲み干す。さらにネクタ
イを締め直すと、しっかりと閉められたドアの前に立った。中から
は物音ひとつしなかったが、ロックオンは出来る限り優しい声色で
話しかけた。
「お前は頑張ったよ、ティエリア。俺たちはまさに兄妹だ。そろそ
ろ出勤時間なんだけど、見送りしてくれないか」
 ドア越しの声は聞こえているはずだった。数十秒の沈黙の後、ド
アの向こうからスリッパのぺたぺたという足音が聞こえてくる。や
がてドアに隙間が出来て、ティエリアの髪がのぞいた。
「わかった……。準備ができたら呼んでくれ」
「もうできてる」
 間を置いて、ティエリアが部屋から出てくる。ロックオンは彼の
目が潤んでいることに気付いていたが、あえて口には出さなかった。
 ロックオンを先頭に玄関を出ると、サンダルを突っかけたティエ
リアが後から出てくる。静かな廊下には二人だけだった。革鞄を手
に提げ、今は会社員そのもののロックオンに、ティエリアはマフラ
ーを差し出した。
「今日は冷える」
 巻いてくれよとロックオンが首を出すと、ティエリアは周囲に目
配せをしながら手早くマフラーを巻き付けた。巻き終えるとすぐに
距離を取る。そんな落ち着きのないティエリアに、ロックオンは意
地悪な笑みを浮かべてささやいた。
「じゃあ見送りのキスを……」

「馬鹿を言うな!」
 思わず大声で叫んでしまったティエリアは口を押さえる。彼の声
は廊下に良く響いた。
「いやその……恥ずかしくて……」
「ティエリア。いってらっしゃいだけでいいよ」
 ロックオンがそう言って微笑むと、ティエリアは心なしか安堵の
表情を見せた。それは無防備な顔でもあって、ロックオンの心を激
しく揺さぶる。ロックオンは嬉しさに顔が崩れてしまいそうになる
のを必死で堪えていた。
 そんな兄の苦悩を知らずに、ティエリアはその美貌に照れと愛情
を浮かべてロックオンを見上げた。
「いってらっしゃい……おにいちゃん……」
 ロックオンの中でメーターが振り切れた。ティエリアの両肩を掴
むとその細い体をドアに押しつけ、その薄い唇に欲望のまま唇を押
しつけた。
「むっ……なに……!」
 驚いたティエリアが口を開けた矢先に、ディープなキスに変わる
。ティエリアはされるがまま、ロックオンの侵入を許してしまう。
舌は淫らに絡み合って、呼吸は荒くなっていた。
「ん……はあ……」
 ティエリアの抵抗は力ないものだった。ロックオンはさらに体を
押しつけ、キスを深くする。ティエリアの目尻には涙が浮かんでい
た。
 二人は十分に唾液を交換すると、名残惜しげに長いキスを終わら
せた。至近距離で見つめ合った後、ロックオンはとびきりの笑顔に
なる。 
「行ってきます! 愛してるよ!」
 爽やかに手を振り、ロックオンは廊下を駆けていく。そして最後
に投げキスをすると、エレベーターへと消えていった。ティエリア
は口を押さえたまま、ドアの前で立ち尽くしていた。
「朝からなんてスペシャルな……!」
 いつの間にかドアから顔を出していた隣人パトリック・コーラサ
ワーは、床に膝を突いてしまうのだった。
最終更新:2008年01月03日 04:26