俺×ティエリア
……俺はぎゅっとMSの操作レバーを握りなおした。
「お前らヒヨッコに戦果等期待しとらん、が、無闇に死ぬなよ!」
上官からのメッセージ。無茶だろそれ。
狭いMSのコックピットに響くのは、たぶん自分の息づかいだけ。俺は無意識に胸元を押さえてた。認識票の裏側に貼られた、小さな小さな写真の笑顔を思い出して。
俺は君の笑顔を守るためにここにいるんだ。
あれは去年の冬の終わり。
俺は天涯孤独だけどとりあえず軍の奨学金で学校に通ってた。軍人になったら奨学金は返さなくていいけど、俺には向いてないと思ったから、軍属の技術者になるつもりだった。世界はあちこち血生臭い話ばっかだったけど、俺の住んでる街は平和だったし。
春にしては冷たい雨の降る日に、俺は街角で人を拾った。
「覚えてないの?なんにも?」
赤い瞳が印象的な少女は、こっくりと頷いた。
「名前も?困ったな……」
とりあえず俺が買ってきた服を着込んで(女の子の服とかよくわからなかったから、ブラウスとカーディガンとズボン。下着は、……聞くな。恥ずかしかったんだから)、こたつに足をつっこんだ彼女。殺風景な俺の部屋にスミレの花が咲いたみたいな。この例え、なんかよくない?詩人っぽくて。
「痛むところとかない?頭が痛いとか。声は?」
やっぱり首を横に振る。
言葉が通じるのはラッキーだった。俺は英語はうまくないし。
「男の1人暮らしでよければ暫く居る?」
ま、下心はあったよ。俺も男だもん。それに、バイトの時間が迫ってた。部屋に盗られてこまるようなものもなかったしね。
彼女はこくこくと頷いて、ちょっと控えめに笑った。動いた唇がたしかに、ありがとう、と言ったんだ。
バイトから帰ってきたら夕飯ができてて、ついでに溜まってたせんたくものがぜんぶ洗って干してあった。
こたつで舟をこいでたっぽい彼女がぱっと顔を上げる。
「風邪ひくよ。こたつで寝たら」
そういうと、照れたように笑った。
煎餅布団を彼女に貸して、俺はこたつで寝て、翌朝。
俺は彼女の手を引いて、彼女が倒れてた場所まで連れて行った。路地裏。
なんで倒れてたのかは彼女も分からないみたいで、首を横に振るだけ。
「警察いってみる?」
大通りに戻ったら、なんかやたらと消防車やらパトカーやら走っているから
なにかと思ったら、街の警察署がテロにあったらしいって話だった。最近、そういうの多い。
凄い騒ぎになってて、相談とかいけそうにない雰囲気だったから、
仕方なく警察とは反対の方向に向かう。……その、ちゃんとした下着を買いに行くべきだと思ってさ。
彼女は物珍しげに、電器店のウィンドーとか覗き込んでた。なんだか、何を見ても珍しい、みたいな。
笑うなよ?
……天使がいきなり地上に降りてきたら、そのへんにあるもの全部が珍しいと思うんじゃないのかな。そんな感じ。
彼女があんまり美人さんなのも原因だと思うけどね。
ゲームセンターのキラキラした看板もじっと見てるから、
「入ってみる?」
と聞いてみた。
ゲームうまかったね、彼女。3次元シューティングとかさ、結構ゲーム好きな俺と互角かそれ以上。
途中からすっごいマジ顔になっちゃうのが怖かったけどな。たまにいるだろ、ゲームにマジになる女。
彼女の場合は、可愛いからいいけど。
最後にプリクラ撮って、ゲームセンターを出た。
その後は買い物。彼女が下着のお店に入ってる間、俺は外で待ってたんだけど。
帰り道だった。
なんか変なヤツがついてくる。背が高くて結構イケメンなのに変な手袋した……
「走るよ」
彼女に声をかけて、俺たちは走った。
「待て!ティエリア!」
途中から彼女が本気で走りだして、すぐに振り切ることができた。
「……知り合い?」
彼女がぶんぶんと首を横に振る。
「君の、名前かな……ティエリア」
たぶん、と唇が動く。
「そか。……帰ろう、ティエリア」
いい名前だと思った。ひょっとしたら彼女はちゃんと自分のことを覚えているのかも知れない、
そう思ったけれど、追求するのはやめた。
聞けば、この夢みたいな時間が終わってしまうような気がしたんだ。
その夜は手を繋いで寝た。
……なんで何もしなかったんだ、だって!?
まあ……その、なんだ。何て言うか、笑ってる以外の顔を見たくなかったんだよ。
情けないって?知るか。誰だって俺の立場になれば分かるよ。天使が隣にいるんだぜ?
あ、まあ……ええと。キスは、したよ。うん。感想とか聞くな。
俺にだって人に言いたくないことはあるし。
明け方、夢を見た。
ありがとうって、ティエリアが俺に言ってる夢。ちょっと低いけど可愛い声で。
起きたら、ティエリアがいなかった。
『やらなければならないことを思い出したので帰ります。
どうか、元気で。
それと申し訳ない、服を貰っていきます』
俺は学校を卒業して、軍に入った。
なんでかって?
ニュースで毎日言ってるじゃん、あの、ソレスタル何とか。
あの人殺し集団が、どんだけ大勢殺したかだれでも知ってる。
誰かが、あの馬鹿どもを止めなきゃならない。
「俺が」そんなこと出来るとは思ってないよ?
でもさ。
天涯孤独の俺にも、守りたい人がいるんだ。
ティエリア。
もう手遅れかも知れないけど。
この世界のどっかで、俺はちょっとでも長く、彼女に笑っててほしいんだ。
ちょっとカッコいいだろう?こういうの。
認識票のうらっかわに、あのとき撮ったプリクラの最後の一枚が貼ってあるんだ。
俺のとなりに、水色のカーディガンを着て、ふわっと笑ってるティエリアの。
へへ。
戦争が全部終わったら、彼女を捜しに行こうと思う。当てはないけどね。
どっかで幸せに笑っていてくれるのを、確かめにいきたいんだ。
俺たちはあいつらのことを白い悪魔って呼んでる。記録ムービーに残ってるそれはほんとの悪魔だ。
その悪魔の一人が、目の前にいた。
馬鹿でかいバズーカの銃口が光ると、僚機部隊がまるごと消滅した。
『逃げろ!逃げるんだ!』
悲鳴みたいなオペレータの声。
必死にレバーを操って方向転換する。
……いつの間に。
俺の目の前に、あの、光が。
笑ってて。世界のどこかで。
そのために、俺は戦うから。
『ティエリア!?』
「……なんでもない。セカンドフェイズ、終了」
ガンダムマイスター、ティエリア・アーデはオペレータの問いかけにそう答え、そして無意識に、胸の辺りを押さえた。
最終更新:2008年01月03日 04:41