プロローグ 奇跡の価値は

新たに襲来した使途の展開する虚数空間、通称【ディラックの海】。
慢心と油断が災いし、初号機と共にシンジがそれに囚われてから、すでに15時間が過ぎようとしていた。
初号機の内蔵電源が有する電力をパイロットの生命維持装置のみに回し、エネルギー消費量を極限まで抑えてはいたが、枯渇はもうすんでのとこまで迫っている。
今や、LCL浄化機能すら、そのスペックを完全に発揮出来ない状況だった。その為、LCLの汚染が始まり、本来の透明度は失われていった。
腐敗したLCLがヒトの血液に酷似した悪臭を放ち始める。碇シンジの弱りきった心を刺激するには、それで十分だった。

「これは、血の匂い…!?」

とっさに、両手で口と鼻を塞ぐが、鼻腔にまとわり付いた悪臭に変化はない。
完全に恐慌をきたした碇シンジは、エントリープラグ開閉ハンドルを強引に廻そうとするが、初号機側から完全にロックされた状況である。
そのことが、ますます彼のパニックを増長させた。拳の痛みを気にすることなく、ひたすら、エントリープラグの内壁に両腕を叩き続け、そして、絶叫し続けた。

「いやだ!いやだ!ここはいやだ!誰か、助けて!綾波!アスカ!ミサトさん!リツコさん!誰か!誰か助けてよ…!」

初号機の内蔵電源及び碇シンジの精神は限界に達しようとしている。
もはや、彼と【彼女】の魂は嵐を前にした燭に過ぎない。
彼等を救い得るのは【彼女】に用意された奇跡だけだった。いや、それは必然と呼んだ方が相応しいのかも知れない。
しかし、その危機的状況から彼等を救ったのは、それとは別の奇跡だったのだ。
ディラックの海よりも白くまばゆい閃光が初号機を包み込むと、緩やかにその姿を掻き消していった。
それはゼーレの所有する裏死海文書にも、碇ゲンドウが描くシナリオにも記載されていないもう一つの奇跡。
その奇跡の名は、

--サモン・サーヴァント。

見  第壱話


ぬ天井

へ続く
最終更新:2007年09月28日 21:50
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