第七話 ギーシュ、大地の向こうに

かつては名城と謳われたニューカッスルの城も、今では惨状を呈していた。生き残ったものに絶望を感じさせ、死者に鞭打つ惨状である。城壁は度重なる砲撃と魔法攻撃で、瓦礫の山となり、無残に焼け焦げた死体だけが転がっていた。
本城のみが、かろうじてその姿を残している。しかし、戦火の激しさを物語る傷跡はいたるところに刻まれていた。
攻撃に要した時間はわずかだったが、反乱軍の損害は創造の範囲を超えていた。三百の王軍に対して、損害は二千。負傷者を合わせれば、四千。
戦傷者の数だけみれば、どちらが勝ったのか分からないほどであった。
浮遊大陸の岬の突端に位置した城は、一方向からしか攻めることができない。密集して押し寄せたレコン・キスタの先陣は、度重なる魔法と砲撃の斉射をくらい、大損害を受けたのである。
しかし、所詮は多勢に無勢。
一旦、城の内部へと侵入された堅城は、もろかった。
王軍は、そのほとんどがメイジで護衛の兵を持たなかった。王軍のメイジ達は、群がるアリのような名もなきレコン・キスタの兵士達に一人、また一人と討ち取られ、散っていった。
敵に与えた損害は大きかったが、その代償として、王軍は全滅した。文字通りの全滅であった。最後の一兵に至るまで王軍は戦い、斃れた。
つまり、アルビオンの革命戦争の最終決戦、ニューカッスル攻防戦は百倍以上の敵軍に対して、自軍の十倍にも上る損害を与えた戦い……、伝説となったのであった。

ルイズという人質を盾にされ、成すすべをなくしたキュルケとタバサは、攻城戦の戦端が開かれる前に、杖を捨て、ワルドに投降した。
彼女達は拘束された後、グリフォンによって反乱軍の陣幕まで連行された。しかし、腐肉にも、それが彼女達の生命を救う結果となった。
逃げ場のない戦場と化したニューカッスルの城に残っていたならば、最悪の結末を迎えていたであろう。
戦が終わってから二日後、彼女達は、シンジと共にニューカッスル城の地下牢に幽閉されている。
レコン・キスタ上層部の中にはルイズを含む彼女達の処分を主張する声も上がったが、ゲルマニアとトリステイン、二国の貴族を人質にとることの優位性を説き、ワルドがそれを制した。
ワルドとルイズが婚約関係にあることを知っていたレコン・キスタの指揮官に、私情ではないかと、問い詰められる一場面もあったが、彼は表情を変えずにきっぱりとそれを否定した。
ワルドの真意は未だに謎のままである。
日が暮れ、戦跡の検分を区切りの良いところで中断したワルドは、自室として割り当てられた本城の一室に向かった。先日まで、ウェールズの居室だったものだ。

「バイトも楽じゃないな」

疲れきった様子で呟き、扉を開けた。ライトの魔法を詠唱すると、部屋に明かりが燈る。
部屋を見回し、居るはずの人物が居ないことに気付いたワルドが眉をひそめた。
そこにきて、ルイズの見張りを命じた二人の兵士が廊下にいなかったことには気付く。小さく舌打ちをし、チェストの物陰から現れた金髪の青年を睨み付けた。

「お待ちしていましたよ、ワルド子爵」

「ギーシュか。ルイズをどこにやった…?」

「そろそろ、スカボローに着く頃でしょう。ミス・ロングビルの手引きによってね」

「あのメイドか……。未だにアルビオンにいたとはな。しかし、妙だ。なぜきみがここにいる?」

ギーシュはきざったらしく前髪を掻き分ると、彼の杖であるバラの造花をワルドに向かって突き向けた。

「手紙を頂戴に上がりました。ルイズが言うには、貴方が後生大事に持っていらっしゃるそうですね。いやはや、総司令官からの信頼も随分と御厚いようでなによりです」

「奪還の為に現れたということか。はたして、きみにそれができるのか?あの女も人選を誤ったものだ」

「いいえ、ぼくが志願しました」

ワルドが薄く笑った。

「未熟者が効を急いても、怪我をするだけだぞ」

ギーシュの顔がふっと暗くなり、その顔から微笑が消えた。

「正直、手柄などには興味ありません。手紙のことも、本当はどうでもいいんです」

「なに?」

「ただ、あなたを許すことはできない。ぼくの信念がそう告げているんだ」

紅蓮のような怒りを含んだ瞳で、ギーシュはワルドを睨み付ける。唇をかみ締めると、鮮血が薄く洩れた。淡い色をした唇に憤怒の混じった赤い雫が静かに流れ落ちる。

「あなたはルイズを泣かせた。つまり、薔薇の花を傷つけたんだ。薔薇の園を踏みにじるものは、誰であろうとその報いを受けなければならない。例え、その薔薇がゼロのルイズであろうともね」

ワルドは肩をすくめた。

「ここまで馬鹿だとは思わなかったよ。どんな覚悟を心に燃やそうが、きみではぼくに勝つことはできない。ネズミが猫に敵わないのと同様さ」

ギーシュは決意と誇りと信念を込め、杖を振った。バラの花が今は亡き主人を憂う部屋を舞台に、美しく優雅に舞う。

「土と言えば、グラモン。グラモンと言えば、土。土の大家がグラモンの血筋を侮るな!!」

ギーシュは左拳を握った。

「父上、見ていて下さい!ぼくは男になります!!!」

部屋に舞う大量のバラの花びらのうち、七枚だけがワルキューレへと練成された。
ワルドは自分を取り囲むワルキューレ達を見据えつつ、右手で握る杖に意識を集中させた。
レコン・キスタの中でも、錬金を得意とするメイジ達に命じて作らせた新品のものだ。その為、馴染みが薄く、未だに魔力の通りが著しく悪い。
見掛けこそ以前の杖と全く大差ないが、自身の色に染め上げるには長い時間がかかりそうだった。
しかし、今、対峙する青年を倒すには、これで十分であるとワルドは確信していた。
自身は四つの系統を重ねあわすことが可能なスクエアメイジであるのに対して、この青年は土系統しか扱えないドットクラスのメイジである。

「さあ、かかって来い」

ワルドの挑発を受け、得物を持ったワルキューレが一斉に襲い掛かった。
しかし、ワルドは全ての攻撃をことごとく受け流すと、短く詠唱した。一体のワルキューレに向かって、風が牙を剥き、一瞬の間に胴体が両断される。
風魔法のエアー・カッターだった。
あまりの素早さにギーシュが驚嘆した時には、もう、目の前にワルドが迫っていた。ワルドの体がコマの様に回転し、それが後ろ回し蹴りの事前動作だと気付いた瞬間、ギーシュの胸部にワルドの踵がめり込んだ。
吹き飛んだギーシュの体がベッドのサイドレールと脚を破壊し、支えを失ったマットが床に滑落した。
ワルドに蹴られた肋骨が軋み、ベッドに叩きつけられた背中に重い痛みが走る。
追撃を狙うワルドを、二体のワルキューレが間に入り込み、それを阻んだ。その隙に立ち上がったギーシュは折れたベッドの脚を戦槌代わりにと手に取った。
健闘していた二体のワルキューレ達も、ワルドの唱えたエア・ニードルによって、揃って串刺しにされた。

「あと、四体」

ワルドが氷の様な声で呟き、ギーシュに襲い掛かる。
ワルドの得物が突くことに特化したレイピアの様な杖だったので、ギーシュは前方のみに意識を集中させ、ベッドの足で滑らせるようにしのぎ続けた。
四体のワルキューレの攻撃を受け止めながらも、ギーシュに対して猛攻を続けるワルドに、青年は圧倒されるしかない。
しかし、ギーシュもやられるばかりではなかった。
烈風のような突きを半身だけ退けて無駄なくかわし、その腕を掴む。ワルドの体の内側に滑り込むと、前方に向かって投げ飛ばした。
地面に叩きつけられたワルドに向かい、ワルキューレの長槍が襲う。しかし、ワルドは瞬時にフライを唱え、天井にぶら下がるシャンデリアに飛び乗った。ワルドの体があった場所を一瞬の差で、長槍がつく。
ワルキューレの攻撃が届かないことを見切ったワルドが、シャンデリアの上で悠然と詠唱を始めた。
詠唱が長い。
高位魔法がくることを察したギーシュは、残りのワルキューレを自身の前方に配置した。

「そんなものは無駄さ」

「……なに?」

辺りの空気の流れが目まぐるしく変わり、ワルドの杖から雷がほとばしると、閃光が部屋を覆った。ワルキューレは青銅製だ。その為、強烈な雷光はワルキューレの体を一瞬にして突き抜ける。
ギーシュは危ういところで横に転がり、閃光を避けた。
しかし、全てのワルキューレは完全に焦げついてしまい、白い煙をもうもうと上げていた。

「身を守る盾はなくなったぞ」

「まだ、終わってない!」

ギーシュはベッドの脚を振りかざし、ワルドに突進した。
ワルドは呆れたようにため息をつくと、頭部に向かって振り下ろされたベッドの脚を左手で受け止め、右拳をギーシュの鳩尾に叩き込んだ。
強烈な一撃を食らったギーシュは、息を詰め、耐え難い激痛に両膝をついた。
ワルドはギーシュの胸倉を掴み、乱暴に立ち上がらせる。
ギーシュは腹部を押さえながら、乱れた呼吸のまま、口を開いた。

「ワルド子爵…。すまなかった。許してくれ」

ワルドは見下すようにギーシュを見つめた。

「今更、命請いか。グラモンの名も随分と安いものだ」

ギーシュは小さく笑った。

「違うさ。ぼくの主演するお遊戯に無理やり貴方を巻き込んでしまった事に対する謝罪だよ」

ワルドは眉をひそめた。

「何だ、何を言っている?」

「この勝負、はなっからぼくの勝ちは決まっていたんだ。つまり、これまでのことは全て茶番なんだよ」

ギーシュはそう言って、全身の力を振り絞り腰を浮かすと、ワルドの胸部に蹴りを浴びせた。
不意をつかれたワルドの右手が離される。
拘束を解かれたギーシュはワルドの肩を踏み台にし、華麗な後方宙返りをした。そして、マントを翻し、床へと優雅に着地する。
ワルドが咳き込んでいる隙に杖を振り、部屋中に舞い散った花びらに向かって錬金魔法を唱えた。
全ての花びらが粘土の高い液体へと変化し、ギーシュの狙いに気付いたワルドの顔が歪む。
ギーシュは花びらを燃焼性の高い油に練成したのだ。

「火攻めというわけか。しかし、火種はあるのかい?」

「もちろん」

ワルドが流れるような動作で杖を構える。

「それを取り出すよりも早く君の胸を突く。ぼくにはそれができるぞ」

「ワルド子爵、いくら貴方でもそれは無理です。なにせ、この部屋全体が火種なんですから」

「……どういう意味だ?」

「貴方が訪れる前に、この部屋の床、天井、壁に至るまで、全て、希土類金属に作り変えました、ぼくの錬金でね」

ギーシュの言葉を理解し、ワルドは呆然となった。

「その様子だと、ご存知のようですね。希土類金属は非常に酸化しやすい性質を持ち、平民達の間でも重宝されています」

ギーシュは口元で小さく杖を振ると、言葉を続けた。

「そう、火打石としてね」

格下の相手に出し抜かれた事実に、ワルドは苦笑した。

「さあ、今すぐに手紙をよこせ。貴方だって、男二人で身を焦がすような思いはしたくないでしょう」

ワルドは逡巡したのち、胸元から手紙を取り出すと、それをギーシュに向かって投げた。

「ま、今回は折れておこう」

ギーシュは手紙を掴み取り、ポケットに突っ込んだ。

「良い心がけです」

「中身を確認しないのか?」

「他人の色恋に首を突っ込むほど、野暮じゃありません。それに、土壇場でくだらない駆け引きを行おうとする輩は出世できませんよ。ですよね、元魔法衛士隊長殿?」

ワルドは戦いによって乱れた衣服を正しながら笑った。

「なるほど、きみが父上の身分に追いつくのもそう遠い話ではないかもしれないな」

ギーシュは妖艶に微笑むと、ワルドの様子を警戒しながら、チェストの物陰へと向かった。

「ぼくを誰だと思っているんですか?グラモンの名は飾りではありませんよ」

そう言って、ギーシュの姿が物陰へと消えた。
ワルドが確認すると、そこには下方に向かう大穴が一つ開いている。

「あのモグラの仕業か……。なるほど。三日間、地下に潜って、こちらの様子をひたすら覗っていたというわけだな、やるじゃないか」

ワルドは子の成長を喜ぶ親のように無邪気に笑った。それは、つい先日、一人の青年の命を奪った男とは、とても思えない爽やかな笑顔だった。





直上で激しい決闘が行われていることも知らずに、囚われの三人は成す術もなく、今の状況をただ茫然と享受していた。
薄暗い地下牢の中で、キュルケはベッドに寝転びながら、ぼんやりと天井を見上げる。
ただでさえ狭い監獄に粗末な二段ベッドが二つも設置されているので、そこにいるだけで非常に息苦しい。
まあ、囚人の扱いなど、この程度が妥当であろうが。

「まったく、レコン・キスタの連中は貴族に対する敬いってものを知らないのかしら」

苦々しげに呟いた。
それからキュルケは桃色髪の友人のことを思い出した。

「ルイズ、無事かしら……」

キュルケの言葉に、ベッドの上で膝を抱えうずくまる少年の肩が震えた。
それに気付いたタバサは、少年の髪をそっと撫でる。監獄に放り込まれてからというもの、シンジの精神は度を越した鬱状態にあり、タバサが寄り添う形で少年を慰め続けた。
しかし、シンジの様子に変化はない。日に二回、与えられる食事にも手を出さず、ひたすらうずくまるだけであった。
タバサが心配そうに口を開く。

「きっと、大丈夫だから……」

相変わらず短い言葉であったが、それでも彼女をよく知るキュルケからすれば、今のタバサは考えられない程に饒舌だった。親友である自身の言葉にも、ほとんど首を振るわすことでしか応えないタバサ。
しかし、この少年に対してだけは何かと口を開く。それが以外であり、少しだけ悔しくもあった。
もちろん、色恋を人生の第一とするキュルケからすれば、その理由は容易に理解できてしまうものではあるのだが。

「……まさか、タバサが年下とはね」

誰にも聞こえぬ様、キュルケが小さく呟くと、階上から誰かが下りてくる足音が聞こえた。キュルケはさっと身を起し、鉄格子の向こうを窺う。
その場所にメイドの恰好をした女が現れた。

「あなたは確かオールド・オスマンの……?」

キュルケが問うと、女は微笑みを浮かべた。
その背中から、よく見知った桃色髪の少女が現れれ、一瞬にして事態を把握したキュルケは小さく呟いた。

「なによ、遅かったじゃない」

メイドが杖を振ると、光の胞子が宙に拡散した。それが鉄格子を包み込んだかと思うと、土くれに姿を変えて床に積もった。

「ミスタ・グラモンが時間を稼いでくれています。さあ、今のうちに」

女の言葉にキュルケが眉をひそめる。

「グラモン?あいつがいたことを忘れてたけど、ギーシュのこと?」

女は小さく微笑んだ。

「ミスタ・グラモンは立派なメイジですよ。さあ、早く」

つまり、ギーシュがワルドに向かって吐いた言葉は虚言だったのだ。
あの時点で、ルイズとロングビルは、今だニューッカスル城内にいた。
実のところ、彼に課せられた義務は手紙の奪還などではなく、ルイズを含む彼女達がニューッカスルを脱出する為の時間稼ぎに過ぎなかった。
キュルケ達の救出は、かつて土くれのフーケとして名を馳せ錬金を得意とするロングビルからすれば、たやすいことであった。
なにしろ、そういう類のメイジは杖さえあれば、目の前を阻む鉄格子であろうが、周りを覆う石の壁だろうが、思うままの物質に変えることが可能なのだから。
しかし、先にそれを行ってしまえば、ルイズの監視が強固になるのは間違いない。
逆もまたしかりである。
文字通り地下に潜んでいたギーシュと、偶然、接触できたロングビルが、二方面救出作戦をたてたのは、その為だった。
そして、金髪の青年は見事に義務を果たした。彼は見事にワルドを欺いたのである。
手紙の奪還が目的であることを疑わなかったワルドはキュルケ達のことまで、気をまわせなかったのだ。





見渡す限りに深遠の闇が続き、この空間の果ては誰にも捉えられない。
魔法によって作り出された赤き焔の中、床に浮かび上がるセフィロトの木の紋様がその場の一種異様な空気を演出していた。
セフィロトの木を取り囲むように3メイルはあろうかという巨大な七枚の石版が聳え立っている。それら石版の正面上方には、1から7までの数字が重なることなく刻まれていた。
全ての石版には純度の高い風石が埋め込まれ、高度な風魔法が施されている。その風石を媒介することによって、遠方の人物との会話を可能にしていた。
秘密結社【教会】の最高幹部である彼ら七人はお互いの素性も知らなければ、顔すらも知らない。なぜならば、今日に至るまで例外なくこの石版を介し、彼らは組織の行く末を決めてきたのだ。
それなりに高い地位にあるだろうと、長い付き合いの中で、お互いに確信しているものの、それ以上を知ろうとは誰も考えない。
彼らの信頼関係に、そんな知識は必要ないのだ。彼らが掲げる理想こそが、彼らを強く結び付けている事実を、彼らは良く知っているのだから。
深く沈む闇の中、弱々しく輝く焔がかすかに揺れ、【02】と刻まれた石版から抑揚のない言葉がこだました。

「つまり、アルビオンに突如現れたその巨人はアダム族に間違いないというのだな」

【03】から深い呼吸の音が洩れると、声が響き渡る。

「諜報員の報告では『肉眼で心の壁を確認した』とのことだ。間違いかろう」

【07】から忌々しげな声がこぼれた。

「我々のシナリオにはない事態だ」

「なに。何事にもイレギュラーはつきものだ。修正可能な範囲だよ」

「そのアダム族が魂を有しない亡骸だとしても、同様のことが言えるかな」

【03】の言葉に、【04】がいぶかしげに応える。

「魂のないヒトに活動することなどできん。何を根拠にそんなことを」

「アダム族に同化するものがいた。しかも、その同化せしめし存在は……」

【03】は息をのみ、躊躇い気味に言葉を続けた。

「かのガンダールヴだ」

一瞬の沈黙のあと、【06】が興奮気味に言った。

「ガンダルーヴだと……!ここにきて、何の為に現れたのだ」

「待て。その前に聞きたいことがある。ガンダールヴが現れたということは、それを使役する者もいるはずだが、それが誰だか分かっているのか?」

「トリステインの有力貴族、ラヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズに間違いないそうだ。今はトリステイン王国立トリステイン魔法学院に在籍しておる」

【06】から、拳で力任せに机の天板を叩く音が鳴り響いた。石版越しからでも、その激昂具合が良く見てとれそうである。

「オスマンの狸爺……!この事実を知っていながら、今まで隠匿しておったな。教皇!オスマンの独断は、もはや看過できる状態ではなかろう。このまま、リリスの肉体をやつに預けるのは危険だ」

「落ち着け。オスマンが何を企もうと、我々の計画を阻むことはできんよ。今回の件に関してだけ言えば、確かに、我々は一歩出遅れてしまったようだ。
だからといって、時計の針を戻すことは出来ん。しかし、我々の手で進めることはできる。そして、その為の駒も我々にはたくさんある」

教皇と呼ばれた【01】は実に落ち着いた口調で言った。

「教皇の言うとおりだ。しかし、一度は接収したアダム族とガンダールヴ、そしてその主、これを取り逃してしまったのは痛いな。ワルドは一体何をやっているのだ。今回の件に関してもろくに報告がないようだが」

「鳴らない警笛に意味はないが、あえて消す必要もなかろう。今しばらくはこのまま泳がせておけばいい。しかし、オスマンはこのまま放置しておくわけにもいかんな。教皇、どうする?」

「レコン・キスタを使って、トリステインを突いてみれば良い。それで、奴の出方も見えてくるだろう。それと、仮初のアダムの魂、そして、タブリスを解放しよう」

「……仮初の魂はともかく、タブリスの解放は時期尚早ではないか?」

【07】は平静を装っていたが、その声はかすかに震えていた。

「オスマンの裏をかいてみるのも一興だ。それにタブリスがガンダールヴとの物理的接触を望んでいる。ならば、拒否する必要もなかろう。彼が我々を裏切ることなどあり得んからな。うまく事を運んでくれるだろう。安心したまえ。全ては我々の理想に向かって進んでいる」

「佐用。全ては【楽園創生計画】の為に……」






シンジ達の救出に成功したルイズの役割は自分の胸の中で泣き咽ぶ少年を慰めることだった。そのまま、ギーシュと合流し、来たときと同じように、初号機を疾走させスカボローの町に向かった。
初号機を駆使し一隻の軍船を拿捕した一行は魔法学院を目指して飛行した。
シンジはルイズの横で、アルビオン大陸を見上げた。雲と空の透き通る青さの中に、アルビオン大陸が溶けてゆく。短い滞在だったが、色んなものをシンジの胸に残した白の国が遠ざかる。
シンジはルイズを見つめた。白い頬は、血と土で汚れていたが、高貴さと清楚さは、そのままだった。目から頬に涙の筋が伝っている。
シンジがルイズの頬を袖で拭うと、ルイズは呆れたように微笑んだ。

「あんたの顔のほうが酷いわよ」

タバサは二人のやり取りをつまらなそうに見つめた後、ポケットから取り出した小説に目を落とし始めた。
ギーシュは空を見つめながら、此度の活躍を恋人のモンモランシーに向かって、どのように伝えようか考えあぐねている。
ルイズはぼんやりと思い出の糸を手繰ってみた。
故郷のラ・ヴァリエールの領地。
忘れ去られた中庭の池…。
そこに浮かぶ小船の上……、ルイズは寝転んでいた。
つらいことがあると、ルイズはいつもそこで隠れて寝ていたのであった。自分の世界。誰にも邪魔されない、秘密の場所……。
ちくりと、ルイズの心が痛む。
もう、ワルドはここへはやってこない。優しい子爵。憧れの貴族。幼い頃、父同士が交わした結婚の約束……。
幼いルイズをそっと抱え上げ、この秘密の場所から連れ出してくれたワルドはもういない。いるのは、薄汚い裏切り者。勇気溢れる皇太子を殺害した残忍な殺人者。
だけど、皇太子を手にかけた時、彼が瞳に浮かべたあの寂しさを感じさせる沈んだ色はなんだったのだろう……。
ルイズは首を振った。
ふと少年の顔が目に入る。
少年は言ってくれた。この世で、私よりも大切なものはないと。自分の命より大事だと。
どこまで本当だかは、分からない。
だけど、今はその言葉を信じてみたかった。
優しい風が頬をなぶる。
心地よい風だ。
温かい何かが心に満ち、悲しい出来事の連続によって傷ついた自分の心が癒されていく。
せめてこの風が……。
異世界から吹く、この心地よい風が……。
頬をなぶる間は、信じてみようと心に誓った。

「あの、ルイズさん……」

「ん、なに?」

前を見据えたまま口を開いた少年に、ルイズは顔に絡まる桃色髪を払いながら応えた。

「あの、どう言えば伝わるかわからないんですけど……。胸がざわざわするんです。
……考えると怖くなるんです」

「はぁ?」

「だから、お願いです、ぼくを一人にしないで下さい……」

ひんやりと胸を指す感情をこの少年が、自身と同様に抱えていることに改めて気付きルイズははっとした。
彼女は不意に訪れる孤独感のつらさを他の誰よりも良く知っているつもりだ。
一人で逃げ込んだ小船。湖にぽつんと浮かでいたそれは、まるで、自分の小さな世界を象徴しているようだった。
それが寂しかったし、なによりも辛かった。
だけど、逃げ場所はそこしかなかったのだ。
ワルドはそんな私をいつも救ってくれた。差し伸べてくれたあの暖かい手をよく覚えている。
殺人者と同じ事をするのは癪だったが、ルイズは少年の手をそっと握った。そして、出来る限りの笑顔を少年に送った。
あの時のどこまでも優しかった子爵の様に……。

「なによもう、あったりまえじゃない……」




ギーシュ、大地の
       向
第七話    こ
       う
       に 


終わり




【新世紀エヴァンゲリオン×ゼロの使い魔】

~想いは、時を越えて~


第弐部 完
最終更新:2007年11月16日 01:23
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