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12月15日
第二回定例勉強会議事録
発表者 松本
司会 桑原
記録係 市来
①勉強会概要
原子力発電に関する概要
・発電方法
・核分裂の基本
(ウラン235の分裂、プルトニウム239の生成)
・発電施設の種類
・核燃料サイクルの仕組み
・放射性廃棄物の処理方法
・高速増殖炉について
・さまざまな発電方式
②議論概要
・PWRとBWRではどちらが良いのか?
PWRは、BWRと比べて、構造が1次系と2次系を持つので、構造が複雑になり、故障率が高い、効率が低いといった欠点があるが、BWRよりも、放射能の影響を管理する必要のある機材が減るなどの利点もあり一概にはどちらよいという話にはならない。
ちなみに、PWRは、ウェスティングハウスを買収した東芝とその技術を伝承していた三菱重工が、BWRはゼネラルエレクトリック社の技術を導入した日立製作所と東芝がその製作技術を持っており、これからの原子力のビジネスにおいて中心的な役割を担うことになりそうだ。
・どの程度の放射能は人体に有害か、またどのように危険か?
基本的に10シーベルト以上の放射線は危険とされる。
白血病、癌などを発生させることが、確認させており、遺伝的な影響を残す可能性もある。体内における放射能被害は、空気中のホウ素が放射線を受け、その放射性物質を吸気することで、汚染される。
発電施設の近辺では、イソジンうがい薬などのホウ素が備蓄されているらしい。(?)
しかしながら、放射線による人体への影響というものは、いかほどのものであるのかは、厳密には測りかねる。
なぜなら、我々は、通常の生活において、宇宙線から放出される放射線や、放射性物質を多く含む温泉に慣れ親しんでいるが、そのことによって、健康被害が確認されるケースはほぼ確認されないからだ。
・高レベル放射性物質の最終処分は国内における地層処分は最適なのか?
他国に、委託するとなると、コスト高や、国の安全保障の問題にも発展する恐れがあるので、国内処分が最も好ましい。
地層処分においては、日本は地震国なので、安全対策には、最大限の努力が必要である。そのための、バリアーとして、ガラス、ステンレス、鉄、緩衝材を用いるのは、最善だと考えられる。
だが、何千年という期間高レベル放射性廃棄物を防護しなくてはならないは、非常に困難でなおかつ安全を追求しすぎては、コストが上昇してしまう。最も合理的な安全設計を心がけなくてはならない。
・廃炉時代は2010年から始まるのか、またコストは?
原子炉の使用寿命が今年見直され、40年から60年に引き伸ばされた。したがって、来年から廃炉時代に突入するということはなさそうだ。
コストに関しては、ウィキペディアに掲載されているように、極めて高いコストになることが懸念されているが、技術的に解体方法が確立されていないことが最大の理由であるので、上記の引き延ばしによっていくらか改善されることも予想され一概には何とも言えない。
現在、すでに解体済みの原子炉もあるが、低レベル放射性物質の低レベルなものについては、処理済みであるが、炉心などのきわめて高い放射能の影響を受けている施設についてはその国内処理の方法が決まっておらず、そのコストも算出することができない。
・原子力発電の余剰電力を使って、シリコンを作っては?
夜間電力などの、安価な電力を使用しシリコン製造するのは非常に魅力的だが、それは企業の合理的な行動の上で成り立つべきだ。
日本国内よりも安価な電力の販売を行っている場所は多く存在し、そういった場所で生産される安価なシリコンを使用するのが最適だからだ。
・EPRや、GNHといった指数の正当性
EPRは非常にすぐれた指数であるが、経済的な要因から非常に強く影響を受ける現代社会においてどの程度汎用性があるのかは疑問が残る。例えば、娯楽などの生産性の極めて低い行動に対しては、非常に評価が低くなってしまう可能性がある。つまり、倫理的な、個人の価値観道徳観などに深く影響されるような物質や、行為に対してはその指数の応用は難しい。
あくまで、エネルギーという価値において絶対的な指数評価であるので、そのエネルギー分野においては活用を大いに推奨すべきである。
その観点から、倫理的な道徳的な評価のための指数が考えられ、その例として、ブータン王国の「GNH(国民総幸福度)」などがあげられる。
しかし、その調査方法などがあいまいな点や、その数値を上げるための行動が、国民生活を充実することではなく、国民の価値観を強制するような独裁制のような形を生む可能性があり、絶対的な指数などないことをしっかりと自覚しつつその運用を行うことが重要なのではないかという意見が出た。
EPRにしろ、GNHにしろその数値を絶対のものとして物事を評価するのは難しく、あくまで、価値判断のための一つのツールとして利用することが必要なのではないかというのが、とりあえずまとまったところだが、まだまだ議論をする必要がありそうだ。
12月15日
第二回定例勉強会[[議事録]]
発表者 松本
司会 桑原
記録係 市来
①勉強会概要
[[原子力発電]]に関する概要
・発電方法
・核分裂の基本
(ウラン235の分裂、プルトニウム239の生成)
・発電施設の種類
・核燃料サイクルの仕組み
・放射性廃棄物の処理方法
・高速増殖炉について
・さまざまな発電方式
②議論概要
・PWRとBWRではどちらが良いのか?
PWRは、BWRと比べて、構造が1次系と2次系を持つので、構造が複雑になり、故障率が高い、効率が低いといった欠点があるが、BWRよりも、放射能の影響を管理する必要のある機材が減るなどの利点もあり一概にはどちらよいという話にはならない。
ちなみに、PWRは、ウェスティングハウスを買収した東芝とその技術を伝承していた三菱重工が、BWRはゼネラルエレクトリック社の技術を導入した日立製作所と東芝がその製作技術を持っており、これからの[[原子力]]のビジネスにおいて中心的な役割を担うことになりそうだ。
・どの程度の放射能は人体に有害か、またどのように危険か?
基本的に10シーベルト以上の放射線は危険とされる。
白血病、癌などを発生させることが、確認させており、遺伝的な影響を残す可能性もある。体内における放射能被害は、空気中のホウ素が放射線を受け、その放射性物質を吸気することで、汚染される。
発電施設の近辺では、イソジンうがい薬などのホウ素が備蓄されているらしい。(?)
しかしながら、放射線による人体への影響というものは、いかほどのものであるのかは、厳密には測りかねる。
なぜなら、我々は、通常の生活において、宇宙線から放出される放射線や、放射性物質を多く含む温泉に慣れ親しんでいるが、そのことによって、健康被害が確認されるケースはほぼ確認されないからだ。
・高レベル放射性物質の最終処分は国内における地層処分は最適なのか?
他国に、委託するとなると、コスト高や、国の安全保障の問題にも発展する恐れがあるので、国内処分が最も好ましい。
地層処分においては、日本は地震国なので、安全対策には、最大限の努力が必要である。そのための、バリアーとして、ガラス、ステンレス、鉄、緩衝材を用いるのは、最善だと考えられる。
だが、何千年という期間高レベル放射性廃棄物を防護しなくてはならないは、非常に困難でなおかつ安全を追求しすぎては、コストが上昇してしまう。最も合理的な安全設計を心がけなくてはならない。
・廃炉時代は2010年から始まるのか、またコストは?
原子炉の使用寿命が今年見直され、40年から60年に引き伸ばされた。したがって、来年から廃炉時代に突入するということはなさそうだ。
コストに関しては、ウィキペディアに掲載されているように、極めて高いコストになることが懸念されているが、技術的に解体方法が確立されていないことが最大の理由であるので、上記の引き延ばしによっていくらか改善されることも予想され一概には何とも言えない。
現在、すでに解体済みの原子炉もあるが、低レベル放射性物質の低レベルなものについては、処理済みであるが、炉心などのきわめて高い放射能の影響を受けている施設についてはその国内処理の方法が決まっておらず、そのコストも算出することができない。
・原子力発電の余剰電力を使って、シリコンを作っては?
夜間電力などの、安価な電力を使用しシリコン製造するのは非常に魅力的だが、それは企業の合理的な行動の上で成り立つべきだ。
日本国内よりも安価な電力の販売を行っている場所は多く存在し、そういった場所で生産される安価なシリコンを使用するのが最適だからだ。
・EPRや、GNHといった指数の正当性
[[EPR]]は非常にすぐれた指数であるが、経済的な要因から非常に強く影響を受ける現代社会においてどの程度汎用性があるのかは疑問が残る。例えば、娯楽などの生産性の極めて低い行動に対しては、非常に評価が低くなってしまう可能性がある。つまり、倫理的な、個人の価値観道徳観などに深く影響されるような物質や、行為に対してはその指数の応用は難しい。
あくまで、エネルギーという価値において絶対的な指数評価であるので、そのエネルギー分野においては活用を大いに推奨すべきである。
その観点から、倫理的な道徳的な評価のための指数が考えられ、その例として、ブータン王国の「GNH(国民総幸福度)」などがあげられる。
しかし、その調査方法などがあいまいな点や、その数値を上げるための行動が、国民生活を充実することではなく、国民の価値観を強制するような独裁制のような形を生む可能性があり、絶対的な指数などないことをしっかりと自覚しつつその運用を行うことが重要なのではないかという意見が出た。
EPRにしろ、GNHにしろその数値を絶対のものとして物事を評価するのは難しく、あくまで、価値判断のための一つのツールとして利用することが必要なのではないかというのが、とりあえずまとまったところだが、まだまだ議論をする必要がありそうだ。
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