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訪問初日 部活男子編


186 :努力しない人間が嫌いな部活男子:2009/08/28(金) 18:20:12 ID:Vjjo805j
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→「うん。いいよ」



言ってしまってから、両手で口元を塞ぐ。



(やだ! 断るつもりだったのに思わず正反対の事を……!)



私の気持ちとは裏腹に、無常にも部屋の扉がゆっくりと開いていく。
易々と他人を入れるつもりなんてなかったのに、口走ってしまった自分が憎い。


「よかったわ。さ、お友達もどうぞ」



立っていたのは、髪の短い、大きな体格をした男の子だった。
夏の制服から日焼けした腕が覗いていて、健康だと一目でわかる。
外に出ることも出来ず、青白いままの私とは正反対だ。
男の子は黙ってお母さんに会釈をし、部屋の中に入ってくる。



(確かこの男の子……)



まだ学校にきちんと登校していた頃。
野球部のグラウンドで練習している姿を見かけた気がする。



「…………」



私は無言でその男子を迎える。
こういう時、どんな顔をしていいのかわからない。



「お母さんはお茶の用意をしてくるわね。どうぞ、ごゆっくり」



そう言い残して、お母さんはいそいそと部屋を出て行く。
残されたのは当然私達二人だけだ。



「……おい、担任から聞いてるのか?」



突然、男子がぶっきらぼうな口調で話しかけてきた。



「えっ、何を?」
「俺が今ここに来ている理由だ」



昨日、電話で担任に言われた。
この人は先生から頼まれて、私を説得に来たクラスメイトのはず。



「うん、一応……」
「一応? ちゃんと説明は聞いていないのか?」
「聞いたけど……」
「聞いたけど、何だ?」
「わ、私を説得……」
「もっと大きな声で話せ。お前の声は聞き取りにくい」



体育会系特有の威圧感に、思わず萎縮してしまう。



「わ、私を説得に来たんだよね……」
「言えるなら最初からはっきり言え、紛らわしい奴だな」



(こ、怖いよ……)



どうしてこんな人を説得に寄越したんだろう。
担任の先生はもっと私を追い詰めたいんだろうか。



「俺は回りくどい言い方が嫌いだから、単刀直入に聞く」
「う、うん」



頷いたのはいいけれど怖くて、もう相手の顔を見ることさえ出来ない。



「どうして学校へ来ない」
「……………」
「学校が面倒になったのか?」
「め、面倒ってつもりは……」
「じゃあ、どうしてだ。学生が学校へ行くのは当たり前の事だろう」



(当たり前……)



私は当たり前の事が出来なくて、今も引きこもっている。
そう思うと、余計に悲しくなってくる。



「教えてくれ。俺は不登校になる奴らの気持ちが分らない」
「……………」
「なぜ当たり前の事が出来ない? 学校に行き授業を受け部活をする。それが普通だろう」
「わ、私も行けるなら行きたいけど……」
「行きたいけど何だ? ちゃんとした理由があるのか?」
「……………」
「また、だんまりか……」



男子はイラついたように頭をかく。
彼は私の答えを待っている。
だけど私は問いかけに答えることも出来ず、うな垂れるようにうつむく。



何も言えずにいる所に、お母さんがお茶を持って部屋に現れた。
男子はお母さんに礼を言い、お母さんは「ごゆっくり」と言って部屋を出て行く。
その後お互い無言のまま、受け取ったお茶を飲んでいた。
すると、また男子が顔を上げ私に話しかけてきた。



「学生が学校へ行かない事。それが異常だとは分るな」
「………う、うん」
「そしてお前を取り巻く大勢の人に迷惑を掛けている。それも理解しているな」
「そうだね……」
「結局それは、お前の甘えじゃないのか?」
「あ、甘え……?」
「そうだ。学校は楽しいばかりじゃない。だから逃げているんじゃないのか?」
「逃げてる……」
「ああ。自分だけに甘く、嫌な事から逃げる。それがお前達みたいな不登校の奴らのやり方なんだろう」
「……………」
「努力もしないで被害者づらしていれば、そりゃ楽だろうさ」
「……………」
「だが、逃げてばかりいたって何の解決にもならないぞ」



もう私は何も言えなくなってしまった。
喉の奥が鉛を呑んだように痛い。



「はっきり言うが、俺はそういう自分だけに甘い奴らが一番嫌いなんだ」
「………」
「そういう奴らは自分の事しか考えていない」
「………」
「違うと思うなら、反論してくれ」
「…………」
「俺の考えが正しいのか、違うのか。それをはっきりさせたいだけなんだ」
「……………」
「早く、何とか言ってみろ」
「…………………」



「お前にも腹に抱えた言い分があるはずだろう」
「…………………」
「答てくれ。これじゃ、まるで俺がお前を虐めているみたいじゃないか」



(この人に私の気持ちなんて分りっこない)



学校に行こうとすると決まって気持ち悪くなる。
お医者さんはストレスだって言っていた。



泣きたくないと我慢していたけど、目の前が滲んでいく。
手の甲に生暖かい雫が落ちていった。



「……お前、もしかして泣いているのか?」



私は大きく首を振る。
だけど、涙が勝手に溢れてきて止まらない。



「い、言い過ぎたな。悪い……」



男子はすぐに謝ってくれたけど、涙は次々と出てくる。
その内、息も出来ないほどの嗚咽に変わってしまった。



日が沈みかける頃、私はなんとか泣き止むことが出来た。
ティッシュを握ったまま、くしゃくしゃになった顔を少しだけ上げる。
その姿を見て、男子もホッとしたような顔を向けてくる。



「ホント、悪かったな」
「うん……」
「担任から聞いてると思うけど、俺は同じクラスの野崎球児だ」
「知ってる」
「名前どおりの野球部だ。親も生粋の野球好きでな、だからこんな名前だ」
「そ、そう……」
「分りやすい名前だろう」
「そ、そんな事無いよ……」
「気を使わなくてもいいさ。で、めざすは甲子園だな。じゃないと名前負けになっちまう」



そう言って、野崎君は笑う。
そしてぎこちない仕草で一口お茶を飲み、顔を上げる。



「もし迷惑じゃなかったら、また、ここに来てもいいか?」
「……えっ」
「嫌なら諦める。だけどこのままじゃ駄目な気がするんだ」
「……………」
「泣くなんてよっぽどだしな。俺にも協力できる事があるかもしれない」
「……………」
「やっぱり、嫌か?」
「……………」
「そ、そうだよな。泣かせたような奴と同じく空気なんて吸いたくないよな」



(もしかして、心配してくれているのかな)



さっきまでは野崎君に私の気持ちなんて分りっこないと思っていた。
だけど、今はこうやって泣いていた私に協力したいと名乗り出てくれている。



「……あの」
「ど、どうした」
「……嫌じゃないよ」
「それはまた来てもいいって事だよな?」



私は精一杯の勇気で顔を上げ、野崎君に向かって頷く。



「……うん」
「そ、そうか。もう遅いし、俺、行くから」
「うん……」
「ホント、邪魔したな」



野崎君はそういい残して、階段を下りていく。
せめて送った方がいいのかもしれないと思っていると、「おじゃましました」と野崎君の声が聞こえた。
その後、お母さんと少し言葉を交わして玄関の扉が閉まる音がする。



(はぁ……疲れた)



結局、今日もこの部屋から動くことが出来なった。




以上です。

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最終更新:2009年09月08日 01:12