訪問初日 ヤンデレ編
175 :メンヘラヤンデレ:2009/08/26(水) 16:01:39 ID:Bd6Qp5Yk
気弱なだけでメンヘラにもヤンデレにもならなかったのでゴメン
→「うん。いいよ」
言ってしまってから、両手で口元を塞ぐ。
(やだ! 断るつもりだったのに思わず正反対の事を……!)
私の気持ちとは裏腹に、無常にも部屋の扉がゆっくりと開いていく。
易々と他人を入れるつもりなんてなかったのに、口走ってしまった自分が憎い。
「よかったわ。さ、お友達もどうぞ」
おずおずと入ってきたのは、目元まで髪の毛を垂らした男の子だった。
髪の間からわずかに覗く目は、怯えるようにせわしなく左右に動いている。
(確かこの男の子……)
まだ学校にきちんと登校していた四月。
私と同じように教室の隅で目立たないように息を殺していた人だ。
「お、おじゃまします」
「…………」
私は無言でその男子を迎える。
こういう時、どんな顔をしていいのかわからない。
「お母さんはお茶の用意をしてくるわね。どうぞ、ごゆっくり」
そう言い残して、お母さんはいそいそと部屋を出て行く。
残されたのは当然私達二人だけだ。
向かい合わせで座っているけれど、お互いの顔を見合わせることが出来ない。
「あの。これ……プリント」
「う、うん……」
手渡された溜まったプリントを黙って受け取る。
こんな時すぐに「ありがとう」が言えたら、引きこもらずに済んだのかも。
そう思いながら男の子を見ると、私よりも大きな体を丸めながらもじもじしていた。
「め、迷惑なのは分っているんです。だけど先生に様子を見てくるように言われて」
「………うん」
「や、やっぱり迷惑でしたよね。済みません、すぐ帰ります」
「ち、違うよ! ただ私……」
語尾を濁して、下を向く。
髪もぼさぼさしてるし、卑屈だし、不細工だし。
だから誰にも会いたくなくて壁を作ってしまう。
そんな私を見ていた男子は困ったように眉をへの字にする。
「僕は同じクラスの黒田忍です」
「うん」
「喪女さんとは一度も話した事ないし、覚えてないですよね」
「……覚えてるよ。一番後ろの席だったよね」
緊張していた黒田君の肩が少しだけ緩む。
「よかったです。あなただれ?って言われたらどうしようかと思っていたので」
「そ、そんな事、私言わないよ」
「そうですよね。僕は何を言っているんでしょう、ははは……」
「あはは……」
「はは……」
「…………」
「…………」
お互い、張り付いたような愛想笑いを浮かべる。
そして鉛よりも重い沈黙が部屋中に落ちてしまった。
会話を弾ませるスキルも勇気も無い自分が、今はすごく恨めしい。
しばらくして、お母さんがお茶を持って部屋に現れた。
相変わらず無言のまま、受け取ったお茶を飲む。
お母さんが部屋から出て行ったのを確認し、私は意を決して話しかけた。
「私は黒田君の事知ってたけど、黒田君は?」
「えっ、僕が何ですか?」
「さっきの話の続きだよ。私、教室で空気だったし覚えてるかなって思って」
「はい。学校に来ていた時の喪女さんはよく覚えています」
「そ、そうなの?」
「喪女さん、休み時間にいつも本読んでいましたよね……」
騒がしいクラスの雰囲気が息苦しくて、黙々と本を読んでいた。
元々好きだし、なにより逃げ道という免罪符として本は最適の道具だった。
「や、やだ……見られてたんだ」
「ご、ごめんなさい。見ていたというか……や、やっぱり僕は見ていたんだよな……」
より一層背中を丸める黒田君。
下を向いて、なにかブツブツと呟いている。
「……?」
「喪女さんの事が気になって……つい目で追ってしまうんです……」
(……!!)
まるで少女小説で出てくる告白のような言葉。
一気に心臓がドキドキと高鳴る。
「その、僕も本が好で。だから何を読んでいるのか、すごく気になっていたんです」
「そ、そういうこと……」
一瞬でも自惚れてしまった自分に自己嫌悪する。
ブサな私を気に掛けてくれた人が居ただけでも、奇跡的なのだ。
「でも喪女さんいつも一生懸命読んでいたから、どうしても話し掛けられなくて」
「私、そんなに真剣だった?」
「オーラって言うんでしょうか。とにかく鬼気迫っていました」
(わ、私ってそんなに怖かったんだ……)
「そういえば、喪女さんはいつもブックカバーをしていましたよね」
「うん。題名とか知られるのって、ちょっと恥ずかしから」
「そ、そうなんですか。もしよければ読んでいた本のジャンルだけでも教えてもらえませんか?」
「読んでいたのは色々だよ。私、雑食だから」
「僕も雑食なんです」
「黒田君はどんなジャンルを読んでいるの?」
「推理、歴史、SF、ミステリー、時代、青春、自己啓発……とにかく色々です」
「へぇ……」
「本っていつも手元に置いてますけど、やっぱり眠れない時が一番ありがたいですよね」
「それわかるよ。眠れない夜ってすごく暇だから」
黒田君は今の会話で何かを思い出したのか、一瞬だけ黙り込む。
そして小さな声で静かに呟く。
「死んだように静かな夜って、どうして長く感じるんでしょうか……」
「黒田君。今は夏だから夜は一年で一番短いよ」
「そ、そうでした」
困ったように笑う黒田君を見て、思わず笑みが漏れる。
(私達、似たもの同士かも)
上手く話せる自信は無いけど、もっと本の話をすれば話も弾むかもしれない。
私は勇気を振り絞って、黒田くんを見る。
だけど黒田君の方は腕時計の時間を確認している所だった。
「あの、長居も悪いので、僕帰ります」
「そ、そう……」
共通の趣味が分ったのに、少しがっかりしてしまう。
そんな私の姿を見て、立ち上がった黒田君が口を開いた。
「も、もし、また先生にプリント頼まれたら……今度は本の話を」
「えっ?」
小さくなっていく語尾だけ聞き取れなかった。
聞き返した私に対して、黒田君は誤魔化すみたいに首を振る。
「な、なんでも無いです。さ、さよなら、喪女さん」
黒田君は会釈をするように扉を閉めて、階段を下りていく。
せめて送った方がいいのかもしれないと思っていると、「おじゃましました」と黒田くんの声が聞こえた。
その後、お母さんと少し言葉を交わして玄関の扉が閉まる音がする。
(はぁ……疲れた)
結局、今日もこの部屋から動くことが出来なった。
最終更新:2009年09月08日 02:39