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訪問初日 弟編



→「やだ! 開けないで」

私は慌てて、ドアに向かって叫んだ。
このドアの向こうにはお母さんだけじゃなく、説得に来たクラスメイトが居るのだ。

(会いたくない……)

会ってみたところで、一体何になるんだろう。
どうせ相手を不愉快にさせるだけだ。
そんな少し先の未来が容易に想像できるからこそ、絶対に会いたくなかった。

お母さんは「喪女ちゃん、開けてちょうだい」と何度か私に呼びかけていた。
だけど私はそれを無視して、息を詰める。

(は、早く帰って……!)

祈るような気持ちで、この時間が去るのを待つ。
目を硬く閉じ、部屋の隅で膝を抱える。
しばらくしてお母さんもクラスメイトも諦めたのか、物音がしなくなった。

「も、もう行ったのかな……」

私は独り言を呟きながら、そっとドアを開ける。

「おい……」
「ひっ!!」

頭の上から声が落ちてきて、私は思わず尻餅をついた。

「ブスが悲鳴上げてんじゃねーよ」

声の方に顔を向けると、冷ややかな目の弟が私を見下ろしていた。
制服姿という事は、学校から帰ってきたのだろう。
ネクタイを緩め、制服をほどほどに着崩しているけれど、それが憎たらしいほど似合っていた。

「な、なんだ……亮か」
「邪魔」
「??」
「ドア、それだと通れない」

亮の視線の先、私は開けたままのドアに目を向ける。
大きく開いたドアが、廊下を見事に塞いでいた。

「あっ、今帰ってきたんだね。おかえり」
「…………」

小学校の頃は「おかえり」と言ったら必ず「ただいま!」と元気に返してくれた。
でも中学校に入ってからは無視されるか、適当にあしらわれるかのどちらかだった。

(どうしてこんなになっちゃったんだろう)

昔は仲良しだったのに、今は私をゴミのように扱う。
男の子が成長してしまうと、こんなに変わってしまうものなのだろうか。

「で、アイツ誰?」

亮の問いかけて私は我に返る。

「ご、ごめん、聞いてなかった」
「さっき家の前で、制服の奴とすれ違った」
「うん」
「アイツは何者だ?」

亮が普通に会話してくれるなんて、珍しい。
いつも家の中で会っても、無視されか舌打ちされるかだ。

(家の前ですれ違った制服を着た人……)

亮がすれ違ったのは、きっと来てくれたクラスメイトに違いない。
亮にとって自分の友達でも無い人の訪問を、不思議に思ったのかもしれない。

「そ、その人は多分私のクラスメイトだよ」
「多分?」
「せっかく来てくれたのに、私、会わなかったから……」

私の言葉に、亮は顔を歪める。
まるで『お前何言ってんの?』という顔。
恐らく、なぜクラスメイトが来ていたのか説明しろという意思表示だろう。

「た、担任の先生に頼まれて、クラスメイトが家まで来てくれたんだ
少しでも私が学校に来れるように説得してくれるはずだったんだけど……」
「ふぅん……」
「どうせ私なんかと会っても相手もつまらないだろうし、私も怖くなって……」
「で?」
「だから、会わなかった。きっと、お母さん悲しかっただろうな」
「……ふん」
「クラメイトの人も、私のために忙しい時間を割いてくれてたのにね」
「………ふぅん」

終始関心が薄そうに、亮はうなずく。
こんなんだけど、話し相手になってくれるだけ機嫌が良いのだろう。

「あの時は本当に怖くなってこのドアを開けられなかったけど……。
よく考えたら、私すごく最低だよね」
「馬鹿なりに、よくわかってんじゃないか」
「やっぱり、亮もそう思うよね……」

(私に勇気があれば、ドアを開けられたのに……)

落ち込む私を、亮はチラッと横目で見た。
そして呆れたように、口を開く。

「最低なんて今更だろ。何せ生まれた時からブスで根暗なんだから」
「うっ……」
「挙句の果てに引きこもりだ。最低なんてとっくに通り越してるじゃないか」
「そ、そうかも……」
「まぁ会わなかったのは、賢明な判断だったかもな」
「そ、そうかな?」

責められると覚悟していたのに肯定され、つい嬉しくなる。
亮にも、姉を慰めてくれる良心が欠片ほど残っていたのかもしれない。

「俺も、こんなキモいのが姉だって思われなくても済む」
「えっ……」
「下手に学校で広まると、俺のイメージダウンだ」
「そ、そういう意味で会うなって事ね……」
「それに、説得に来る奴なんて善人の振りした偽善者だろ。
どうせ推薦枠で大学狙ってるような内申目当ての奴に決まってる」
「…………」
「そんなクズ、わざわざ相手にする必要ねぇよ」

亮への期待が音を立てて崩れていく。
やっぱり亮は亮だった。

「とにかく、馬鹿でブスで根暗だって理解できてるなら、部屋の中に引っ込んでろよ」
「ひ、酷い……」
「酷いのはその平べったい顔だろ」
「うぅ……」
「その醜い顔が治せないなら、せめて一生隠れて過ごすんだな」

ボロクソに言われるのは今日に限ったことじゃない。
言われ慣れているけれど、やっぱりヘコむ。

「で……。それ……」

亮はため息を吐くように、一言呟く。
なんだか今まで以上に、怒った顔をしていた。

「な、なに?」
「それ、いつまでそうしてるつもりだよ」
「何を?」
「トオセンボだよ」
「えっ……?」

(トオセンボ?)

「だから……いつまでトオセンボしてんのかって言ってんだ」

聞き慣れない言葉に、私は一瞬戸惑う。
それが小学生ぶりに聞く懐かしい日本語だと理解して、ハッと気づく。
今もドアが廊下を塞いでいるままだった。

(私、ずっとドアで通せん坊……してたんだ)

廊下へ出て、急いでドアを閉めた。

「ご、ごめん。邪魔だったよね」
「……………」

すれ違いざま、亮から粗大ゴミでも見るような視線を向けられる。
そして乱暴に歩きながら、私の隣にある自分の部屋へと消えていった。

(はぁ……疲れた)

結局、今日も駄目人間な私だった。



以上終わりです。
無口って難しい……

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最終更新:2009年09月08日 12:31