七月三日~十二日
七月三日
宣言どおり、野崎君は毎日私の部屋に来てくれるようになった。
それはこの前、私が子供みたいに泣いてしまったからだと思う。
あの時の事を考えると、今でもすごく恥ずかしい。
私が口下手なせいもあって、せっかく会いに来てくれてもギクシャクしてしまう。
「あのさ……」
「な、何かな野崎君」
「お前、引きこもりなんだよな」
「うん……」
「具体的に引きこもりって何だ。部屋の中に丸一日居る奴なのか?」
(えっと……野崎君は引きこもりについて知りたいのかな)
【選択肢】
「引きこもりって言っても、色んな形があると思うよ」
「言いたくないよ」
→「引きこもりって言っても、色んな形があると思うよ」
「色んな形? どういう意味だ?」
「まったく部屋から出ない人も居れば、私みたいに家の中なら平気とか……」
「他にもあるのか?」
「精神の病気でやむを得ずの人も居るだろうし……」
「そうだな」
「とにかく長期間、自分の生活圏から出られなくて、社会にうまく適応できない人達の事みたい」
「なるほどな……」
「なんだか他人事みたいに言っちゃったね。自分の事なのに」
この前読んだ本の受け売りで言ったけど、野崎君は納得したように頷いた。
「いや、お前の説明は分り易かった。要するに引きこもりは引きこもってる奴の事だな」
「そ、そうだね……」
分っているのか分っていないのか、結局謎のままだった。
→「言いたくないよ」
「そうか、そうだよな……」
「ごめん」
「いや、俺も配慮が足らなかった」
その日はずっと気まずい雰囲気のままだった。
七月六日
野崎君は相変わらず私の様子を毎日見に来てくれる。
そのお陰で、だいぶ自然に話せるようになっていた。
だけど最近、野崎君の野球部が段々忙しくなってきているようだ。
「悪い。また来るのが遅くなった」
「いつもごめん……。忙しいのに」
「いや、俺が勝手に来ているだけだ」
「でも……」
「今度の日曜に試合があるんだ。とはいっても練習試合なんだけどな」
「練習試合? どこと?」
野崎君は私立の名門高校の名前を口にした。
「す、すごい。そこって県内でも甲子園の常連じゃないの?」
「へぇ、お前結構くわしいのか?」
「えっ、ち、違うよ。だってすごく有名な高校だから……」
「たしかにあの高校は今年のセンバツにも選ばれていたな」
「センバツ?」
「毎年春に甲子園でやっているじゃないか。そんな事も知らないのか?」
「うん……」
「センバツってのは前の秋季大会で良い成績した学校なんかが選考で決められて、
出られる大会だ。 スポーツニュースでもやってるだろう」
「そんな詳しく知らないよ……」
「お前。野球の事、何にも知らないんだな」
野崎君に少しばかり呆れられてしまった。
七月九日
「この前の試合、どうだった?」
私は部屋にやってきた野崎君に開口一番で尋ねる。
「……負けた」
「えっ、……そ、そうなんだ」
「ボールが低めに集まらなかった。抜け玉に的を絞られて、あっさり終了だ」
「………………」
「お前、訳分らないって顔してるな」
「ご、ごめん」
「要するに、俺のボールコントロールが乱れてたって事だよ」
「ボ、ボールコ? ごめん日本語で言って」
「……もっと分り易く言うと、敵にわざわざ打ちやすい球を投げちまったって事だ」
私でも野球が打つ人達と投げたり守ったりする人達が居ることは知っている。
そして、交代に攻めと守りを入れ替える事も。
「あの、一つ質問して良い?」
「ん? 何だよ」
「あのね。もしかして、野崎君はバット持ってる人に直接ボール投げる人なんだよね」
「………ピッチャーって事か? ああ、そうだけど」
(わっ……!)
「一番目立つ人だよね。すごいね、野崎君」
「……何だよ、ピッチャーがそんなに珍しいのか」
「だってすごいよ。テレビでも一番よく映ってるもん」
「……べ、別に凄くない」
「ううん、やっぱりすごいと思う」
「凄くなんかあるもんか。実際、負けちまったんだからな」
複雑な表情を浮かべ、野崎君は一気にお茶を飲んでいた。
七月十二日
野崎君は座ると、持っていた本を一つ私に差し出してきた。
「これは……?」
本の表紙には、笑顔でバットを振っている少年の絵が描かれている。
「野球の入門書。ルールとかが分りやすく書かれてる」
「これを私に……?」
「ああ。簡単だからすぐ読めるはずだ」
私は本をペラペラとめくっていく。
漢字にすべて振り仮名がしてある。
ジュニアの入門書と書いてあるし、どうやら小学生向けの本のようだ。
【選択肢】
「借りていいの?」
「悪いから、いいよ」
→「借りていいの?」
「興味があったら読んでみるといい。まぁ、迷惑だったらまた今度返してくれ」
「こういうの読んでみたかったんだ。でも何を選んだらいいか分らなくて」
「そうか……」
野崎君と話していても、いつも野球の話は噛みあわなかった。
ルールさえ分れば、野球中継なんかも見れるようになるかもしれない。
「俺が野球を始めたばかりの頃、親に買ってもらったものだ。
まぁ、本当に初心者用だけどな」
「へぇ……」
本の一番後ろまでページをめくっていく。
すると、大きな曲がった字で『のざききゅうじ』と書かれていた。
「これ、野崎君の小さい頃の字? かわいいね」
私はそのページを野崎君に見せる。
「なっ……! み、見るな!」
「でも……」
「その本、やっぱり貸すの止める。早く返せ」
「い、嫌だよ。さっき貸してくれるっていったばっかりじゃない」
「だ、駄目だ」
「絶対に嫌だよ。もう借りちゃったんだから」
「前言撤回だ。意地でも返してもらうからな」
結局は野崎君の根負けで、私は無事に本を借りる事ができた。
→「悪いから、いいよ」
「別に今使っている訳じゃない。ずっと本棚に仕舞ってあった物だ」
「でも……」
「いいから受け取っておけ。読む読まないはお前の自由だ」
結局、野崎君からその入門書を押し付けられてしまった。
最終更新:2009年09月08日 13:04