試練Ⅰ
地球のとある都市のその片隅で、今まさに新たなる戦火の火種が起きようとしていた。
無澤重工と呼ばれる兵器開発メーカーがある。かつてはベルハイム・エレクトロニクスと肩を並べる程、軍需産業におけるトップを牽引する兵器メーカーであったが、ベルハイムが地球総軍の軍事発注を一手に引き受けるようになってからはその栄光は見る影も無い。今ではベルハイムの下請けメーカーとしての認識が一般的となるまでに落ちていた。
「ふむ、成る程ね。これがベルハイムさんの新型RB試作機ですか」
無澤重工本社の側にある研究開発施設のドッグで、男は食い入るようにベルハイムの巨人を見ている。
「ほう、また随分と偏った造りをしている。まるで装甲が紙ですね。見つかる前にやる。コンセプトはシノビ?ああ、日本にいるという特殊部隊のことですかね・・」
男は既に自分の世界に入っている。その姿を呆れた顔をしながら一瞥すると、青年は客人に向きなおり笑いかける。
「すみませんね、彼は兵器を見ると見境が無くてね」
「いや、構わんさ。私も技術者の端くれとして分からないでもない」
女はそう言うと笑う。注意深く観察していないと分からない程の笑顔だったため、青年が気付いたかは定かではない。
「我々の依頼は総軍を上回る汎用機動兵器だ。既に開発されている『ネーヒスト』もある程度の戦果を上げているが念には念を入れねばならない」
女の隣にいる男は表情を変えることなく用件だけを簡潔に述べた。両目の義眼が一層彼の印象を冷たいものにさせる。相変わらず何を考えているか分からない男だと青年は思う。
「勿論、その点は安心してくれて構いませんよ。ネーヒストは究極の汎用人型機動兵器ですから。あらゆる任務に対応すべく、その都度アセンブルを繰り返し最適な運用を可能とした夢の兵器です。RBなどはもはや過去の遺物!我々、無澤重工の『ネーヒスト』がこれからのスタンダードとなるのですから!」
兵器のこととなると熱くなってしまうという性分はどうやらこの企業全体に言えることらしい。
「ああ、それはそうと。VOBと夜霧の調子はどうですか、キリノさん?」
青年は我に帰ると、照れ隠しに笑いながらキリノと呼ばれる女性に質問した。
「概ね問題は無い。VOBも限定的なミッションでなら非常に効果がある。まぁ、若干パイロットに無理をさせる形にはなるが。あれのお陰で先の任務では敵を出し抜けたしな」
キリノはそう言うとドッグのRBを見る。
「夜霧に関しても言うことは無い。強いて言うならば、まだアセンで使い分けるパーツが少ないことか。しかしそれもRBのパーツを流用することで何とかなる」
「ええ、そうですね。ネーヒストの売りはそこですから。パーツの製造は急ピッチでやらせています」
「とにかく、そんなに待つ時間はない。早急に頼む」
男はそう言うと立ち上がる。キリノも立ち上がるとその場を辞した。
帰って行く二人を見送ると、青年は息をつく。煙草に火をつけようとしたところに、背後から若、と声がした。
「革新と傭兵は帰られましたかな?」
よれよれの白衣を着た男は先程ドックでRBを熱心に見つめていた男である。
「帰ったよ、ドク。遂に彼らも動くらしい。世界中に我々の技術力を示すチャンスだ。わくわくするな」
「若・・・あまり無茶はしないでくださいよ」
「勿論、しないとも!」
若と呼ばれた青年はそう言うと煙草に火をつけた。
「遂に動く訳か。ここまでお前達の組織を纏め上げるとは。今度のトップは余程の人物なんだな、ローベルシュテイン?」
キリノは義眼の男を覗き込むように見つめる。その視線を鬱陶しそうに避けながらローベルシュテインはキリノの言葉を受ける。
「あまり詮索をするな。貴様達は所詮は傭兵。金で世界中の喧嘩に割り込むのが仕事だろう」
「まぁな。これ以上お得意様の機嫌は損ねんさ。では、またな」
キリノは口笛を吹きながら去って行った。その後ろ姿を暫し眺めると、ローベルシュテインは誰にでもなく呟く。
「あの女をつけろ。怪しい動きをするようなら報告しろ」
「はっ」
どこからともなく現れた黒衣の男はそのまま消え入るように姿を消した。
「この戦いも、所詮は予定通り・・か」
ローベルシュテインはひとりごつ。その眼から何の感情も伺い知れなかった。
最終更新:2011年08月23日 21:40