Immature Genius
「つまり、標的を目視で捉えるより先に、頭の中では次の標的への照準が終わっているということです」
技術士官の困惑交じりな報告に、逞しい体躯の壮年――ゼルゲイ・フォート――は満足げに頷いた。
「反射神経というよりは未来予知としか思えない動きが目立ちます。正直、あれに関しては私のような技術屋より生物学者でも呼んだほうがよろしいかと…」
尚も困惑気味に、あるいは少し気味悪がるように。技術士官はモニターへ視線を移す。五角形のモニターの中では総軍の粋を結集して作り上げた最新機動兵器「RB」の演習映像が流れている。釣られてゼルゲイも視線を移しモニターを眺めたあと、口元を歪めて堪えるように笑った。
「その言い方ではまるで、俺がエイリアンか新種の生物を連れてきたようではないか」
「突然変異と言った方が正しいかもしれません」
しかつめらしく言葉を継ぎ足す技術士官にゼルゲイは遂に笑いを堪えきれなくなった。元来、感情を内に留めるのが苦手な性分である。
「結構だ。突然変異、大いに結構。やはり俺の目に狂いはなかったってことだ」
ひとしきり笑い、喉に哄笑の残りかすを湛えつつ彼は思う。
――やっぱお前は面白ぇよ。これからどう化けてくれるんだ?
ゼルゲイは暫くモニターの中の顛末を覗き、鼻歌交じりに部屋から出て行った。
特務中隊ディスペアにあてがわれた基地は地球総軍本部が置かれる月面基地のほぼ裏側に存在する。この新設されたばかりの部隊は、総軍の次期主力戦力であるRBの最終調整と実戦投入を同時に果たすことが目的である。その為、所属兵の人数配分・階級分布などは他隊と比べ明らかに異色の構成となっていた。総軍内部にはRBの制式採用に反発する保守派が将校から兵卒まで少なからず存在し、それ故に発足の段階から強い反発にあっているがそれは今回とはまた別の話しである。
ともあれミハマはこの風変わりな隊に下士官学校を繰り上げ卒業させられたうえに准尉として配属された。通常、下士官学校を卒業すれば一等兵から軍属生活を始める。幹部候補生を輩出する士官学校の卒業生でもスタートは曹長だが、総軍の慣習として飛行隊員には少尉以上の階級が与えられる為このような措置がとられた。それらの事情を加味し、ミハマは士官教育を受けていない事からその準備という意味合いと年齢的な理由で准尉からのスタートとなったのである。もっともこの隊にとって階級はおぼろげにしか意味を持たず、実際に上下関係が成立しているのは役職の差異ぐらいのものである。
時は流れ二年後。
基地内の娯楽室にはビリヤード台とチェスやカードを楽しむためのテーブルが用意されている。その日も明度を暗めに調節された照明の下で、一時の休息を許された十名ほどの隊員が思い思いに遊戯に耽っていた。
「そろそろ勘弁してくださいよ、少尉。俺が早朝訓練続きなの知ってるでしょう?」
ミハマの目の前にはチェス盤と、それを隔ててソファーに腰掛ける優男が一人。
「ゼルゲイ隊長直々のご指導だっけ? 相変わらず愛されてるね」
この男はエイジア・ライトと言い、ミハマの先任――要は隊内の先輩にあたる。実際の着任時期には大差が無く一般的に見れば同期なのだが、右往左往する当初のミハマに対し色々と世話を焼いてくれたのがこの男である。今では確固たる腐れ縁を築きつつあった。
「笑えません」
「うん。笑ったらどうしようかと思ってた」
会話を交わしつつ両者の腕がテンポ良くチェス盤を行き来する。彼らには持ち時間というルールはあまり必要ない。
「最初の頃は三日で逃げ出すと踏んでたけどね」
「ええ、二日目の夜には除隊を決意してました」
「今じゃ隊内でも五本の指に入る一流のパイロットだ」
「飛行隊員は七人しか居ませんけどね」
ぴたりとミハマの腕が止まる。
「降参です」
二秒、盤面を眺めてから不愉快そうに白旗を揚げた。
「はは。違うよ。スティールメイト(引き分け)…だろ?」
「……わざとなくせに」
斜め下の床に向けて小さく毒づくミハマ。
「律儀だよね。使えばいいのに、同調能力」
敢えて聞こえなかった風を装うライトの顔面には爽やかな微笑が張り付いている。
「今日はもう失礼します」
ミハマが席を立ち娯楽室の出入り口へ歩を進める。
「もう寝るのかい?」
「いえ、隊長からお呼びがかかっているもので」
「愛されてるね」
歩を止め、顔だけがライトの方を向く。
「笑えませんよ、ライト“大尉”」
一言だけ残し、今度こそミハマは退室した。後ろで観戦していた色黒の整備兵が愉快そうにライトへ近づく。
「お前さん、中尉をすっ飛ばして大尉になっちまったな」
「あれで遠回しにしたつもりなんだから可愛いものだよ」
楽しそうに、なおかつ爽やかに笑うライト。それに釣られて整備兵も豪快に笑い出す。残念ながらミハマの周りには今も昔もろくな人間が集まらないのである。
最終更新:2011年08月24日 23:25