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The pride which falls




 夜空に戦闘機が駆ける。暗褐色のボディカラーは真っ黒な背景に溶け込み、無遠慮に空気を切り裂いていた。久しぶりに脚の無い機械に乗り込んだが不思議と普段より気分は軽い。
 ミハマは現在、総軍の仇敵である革新連盟の地上拠点の一つ、ブレーメン支部に対する侵攻作戦の前哨として哨戒任務に就いていた。出撃の前に部隊長であるゼルゲイに投げかけられた言葉を反芻する。
 ――ただの見回りに俺達を使うとは思えねぇ。十中八九、裏がある。上手くやれ。
 これまで任務に裏がなかった事なんて数える程しかなかった。ミハマでなくてもディスペアのパイロットであればその老婆心を鼻で笑っただろう。彼らには総軍内でも有数の実戦経験と、特異な任務をこなしてきたという実績がそのまま自尊心として確立していた。
「目標ポイントまでファイブセコンド。到達と同時に帰投する」
 記録用レコーダーに所定の報告を告げ、操縦桿を手前に引き絞る。戦闘機の機首が上がりそのまま背面に移る。天と地が逆転する。普通の偵察ならここらで一息つくところだが、ミハマは決して気を緩めはしなかった。
 ――来る
 頭の中に鋭く突き刺さる敵意に表情が強張り、次の瞬間には機翼を立て回避機動に移る。背面のまま地上を確認すると僅かな発光。同時に弾丸が飛来する。おそらくミハマに同調能力などという非常識な要素が無ければ間違いなく被弾していただろう。
 地上からの砲撃。対空システムが築かれている? なぜ見落とした。敵規模は。ミハマは次々と噴出する疑問を押さえ込み、右手パネル下から酸素チューブを引っ張り出しフルフェイスの保護ヘルメットの口あたりに突っ込んだ。対G機構がほぼ完成されたRBと違い、自分に対して色々と世話を焼いてやらなければ戦闘機は自由に動けない。
 酸素供給が確保されたのを確認。全速旋回から速度を殺さないよう慎重に機体を起こし、機首を上げ一気に高度を稼ぐ。雲を突き抜けコクピットが細かく震えた。これで一般的な対空兵器の射程からは外れたはずである。そこでようやく無線封鎖を解く。
「こちらD5、哨戒中に敵性攻撃を確認。指示を乞う」
『即時帰投せよ』
 まるで予め定められていたかの如く返ってきた答えと同時に、弾丸が右翼のラダーを掠めた。
 ――近づいてる?
 自身の直感に眉間を顰めるミハマ。「空飛ぶ対空砲」など存在自体が矛盾している。だが他に敵が居たという線も薄い。超長距離からの狙撃などなら話しは別だが戦闘態勢に入ったミハマが別個の敵を感知しないはずはない。
 とはいえまごついてる暇など一瞬も無かった。本来、哨戒・偵察用航空機であるミハマの乗機には最低限の武装しか搭載していないが、運用目的から機動力だけは確保されている。幸い右翼のラダーは損壊こそしたもののまだ死んでいない。ここは逃げの一手と言わんばかりに一気に推力を増す。やがて音速の領域に近づいた頃に、後方から雲を突き抜け月光を背に白い『巨人』が姿を現した。
「RB…」
 キャノピィ越しに背後を伺い、思わず呟いた瞬間に考えを打ち消す。背面の推進機構で機体を制御するという機構こそ同じだが角々しい外観には大幅なギャップが見られる。RBを流線型の卵型のフォルムとするなら背後の巨人は鋭角的な、いかにも機械然とした構えだ。より実戦的と言えるのかもしれない。
 ミハマの逡巡を見透かしたかのように再び射撃に移る巨人。機体を傾け寸でのところで回避。コクピットの足元にノズルからの噴射音とは異質な轟音が過ぎ去っていく。弾速と精度は戦闘機の機銃のそれを遥かに凌いでいる。
 堪らず高度を落としつつ機翼を傾け旋回。
 容赦ないGに血液が半身に偏る。
 無頓着に加速。頭の中で耳鳴りが暴れまわる。
 敵の射撃。左翼がかすった。
 更に加速。
 視界が暗くなる。
 堪らず減速。
 一際、鋭い敵意が弾丸と共に飛来する。
 ――間に合わない
 着弾点を胴体から左翼に移すのが限界だった。片翼を失ったミハマ機は途端に姿勢を崩し、まるで見えない壁に叩きつけられているかのようにきりもみしながら高速落下を始める。RBならざる巨人は既に空域を脱していた。



「くそ…」
 ミハマはブラックアウトで朦朧とするまま座席ごと空中に射出され、不時着していた。降下した辺りは針葉樹林帯だったらしくパラシュートは頭上で枝に垂れ下がっている。
 左脇腹に手を当てると鈍い痛みが胴体に浸透する。右肘も思うように動かない。何とか自由の利く左腕を動かし、襟元に着いているバッチ型緊急無線を口元へ引っ張る。
「こちらD5。敵の不明兵器……人型機動兵器と思われる。本機は交戦中に…」
 そこまで言ってミハマは言いよどむ。時間にして二秒、臍を噛む思いで続く言葉を捻り出す。
「撃墜。救援を求める」
 そこで無線が機能していない事に気付く。煙を上げるバッチ無線に舌打ちするミハマ。
 そもそも現在地も確認せず無線で連絡を取ろうとしていた自分を引っ叩いてやりたい気分だった。もしここが敵の支配地域であったならたちまちこちらの現在位置を割り出し追跡部隊がやってくるはずだ。
 ――頭に血が上ってる
 自覚したところで苛立ちが収まるわけもなく、乱暴にバッジをかなぐり捨てる。

 左腕で脇腹を庇いつつ、重い足取りのままミハマは夜の森へ歩みだす。
最終更新:2011年08月29日 23:12