◆ power ballad
頭部が吹き飛び、制御を失ったジムの機体が地面へと崩れ落ちる。
「て、敵襲です。5時の方角から攻撃っ!距離、数は不明っ!」
訓練の為に打ち捨てられ廃墟と化した砂漠の街に布陣していたMS中隊に衝撃が走る。
間を置かずして射撃のあった方向からは黒い2つの機影が並走しながら高速で接近してくる、
メインカメラの望遠倍率を最大まで伸ばし照準を合わせると
黒く見えた機影は正確には濃紺と黒でカラーリングされたガンダムタイプのMS二機を映し出した。
その色彩で中隊指揮官はすぐに敵の所属を理解すると同時に言いようの無い戦慄を覚える。
「ティターンズめ、なぜこんな所にっ!?」
それとは対象的に後方から遠距離狙撃による援護を受けて廃墟へと向かうガンダムのコクピットにはあくびをする男の姿があった。
「ふぁぁ・・・退屈な任務だな。あんな旧式幾ら倒した所で新型の試験にもなりはしない。」
一〇小隊4号機、アドバンスド・ヘイズルを駆る
エイヴァール・オラクスが並走する味方機へ向けて通信を開く。
「試験と言っても実戦です、油断が過ぎます中尉」
話しかけられた2号機、試験型ガンダムMK-Ⅱの
カルサ・ウィリアムズはやや緊張しているのか肩に力が入っている。
これが後輩の緊張を解そうという気遣いであるなら悪い気はしないのだが、
この先輩は他人への気遣いといった類のものを全く知らない男なのだというのをカルサは既に理解していた。
「そう言うなカルサ、退屈しのぎにどっちが撃破数を稼ぐか賭けないか?」
事有る毎にこうしてちょっかいを出されるのは正直気が散って迷惑なだけでしかない。
「賭けって、一体何を・・・」
「俺が買ったら今晩デートに付き合え。いいな、散開するぞっ・・・お前は左から回り込め」
「な、私はまだ何も・・・・っ!」
ふいに敵の放ったビームライフルの閃光に二人は通信を中断させ並走していた距離を空けると戦闘態勢へ移行する。
低空飛行していた黒いMK-Ⅱカルサ機は飛行する為のバーニアの出力をカットし地上へと着地し、間髪を入れずに左前方へ向かって跳躍した。
着地の際の隙はどんなMSにでも生まれるが、この距離とこの機体の反応速度では隙と呼べる程の間は生まれ得ない。
「なるべく抵抗しないで下さい…コックピットには当てませんから…」
空中から大型ビームバルカンによる勢射で相手の前衛をけん制、相手の弾幕の勢いが削がれる。
その間に両腕に装備されたシールドバーニアを前に弾を避けながらもう一機のガンダム、エイヴァールのヘイズルが敵陣へと飛び込む。
シールドに内蔵された大型ジェネレーターが生み出す推進力は重力下においてもMSの長時間高速飛行を可能にし、
低空飛行の加速度を維持したままビームサーベルで廃墟の陰にいたジムを遮蔽となる建物ごと両断した。
「ふん、まるで話にならないな。」
護衛の為に配置しておいた味方の惨状を見た指揮官機が錯乱気味にビームライフルを乱射しながらヘイズルとの距離を開けようと後ずさりする、
だが建物の遮蔽から出てしまったこの機体を待っていたのはカメラで捕らえられない程の遠距離からの一撃であった。
高出力のビームによって頭部を正確に打ちぬかれた指揮官機が仰向けに倒れる。
高精度の狙撃という恐怖により機動の自由を奪っておいて高機動の機体で接近する、
それに炙りだされ接近されまいと動いた機体は狙撃により撃破される・・・単純だが効率の高い戦術と言える。
そこへ加えて援護に勤めていたカルサ機が廃墟の街へと飛び込んでくると布陣していた中隊の指揮系統はいよいよ崩壊し乱戦となっていった。
悪夢の様な光景だった、中隊規模の部隊がたった三機一小隊に成す術も無く押されている。
ふいを突かれたとは言え両者の機体の性能差はそれほどまでに圧倒的なものだった。
今や戦いの趨勢は決し時を置かずして中隊が全滅しようとしていたその時、カルサの高性能レーダーに反応があった。
「三時の方角からMS反応っ、急速接近中!」
「フン、敵の増援か。数は?」
「一機です、識別コード不明・・・来ますっ!」
砂漠特有の熱気を帯びた強い風が砂を巻き上げ砂嵐となり廃墟の街を包み込む。
それと共に戦場に単独で飛び込んできた機体、
砂嵐が晴れメインカメラが捉えたそのシルエットに一〇小隊の二人は愕然となった。
「・・・ガンダムタイプ、それも私のMK-Ⅱと同型っ!?」
「放熱板まで一緒か。友軍、いや、まさかな・・・」
そこに居たのはカルサの2号機と同じMK-Ⅱ、開発中の新装備と聞かされている背部の放熱板らしきモノの形状までそっくり同じ、
大きな違いと言えば目の前の機体は白く塗装され正に往年の名機RX-78ガンダムを彷彿とさせる威容を放っている事位であった。
3機のガンダムが距離を保ったまま相対する、お互いに状況を把握しきれないまま動くに動けず戦況は膠着状態に陥る。
「おい、そこの白いMK-Ⅱのパイロット。聞こえていたら所属と階級を言え、言わない場合は敵とみなし攻撃する。」
通信チャンネルの帯域を拡大しエイヴァールが呼びかけると若い男の声が帰ってきた。
「・・・答える義理は無い!そっちこそこんな所で何をやっている、ティターンズ!」
「なるほど友軍ではなさそうだ、後は捕縛して聞きだすとするか。
全機援護しろ、アレは俺がやる。周囲の残った雑魚どもへの警戒も怠るな。」
エイヴァールが膠着状態を打破すべくサーベルを手に突撃し、その気配を察知した相手も遅れずにシールドを前に機動を開始する。
だが、その二機が至近距離まで近づくより早く遥か後方から飛来した荷電粒子砲が遮蔽を捨てた白い機体を正確に捉えた。
「なにーっ!一体どこからっ!?」
白いMK-Ⅱのシールドと左腕が吹き飛ぶ。
ガードしていなければ、シールドの強度が足りなければ、今のでコクピットを撃ち抜かれていただろう。
機体バランスを失った白いガンダムはビルに激突しながら残った右手のビームサーベルを振り上げ
迫りくる4号機の攻撃を防ごうとなおも抵抗する姿勢を見せる。
「まだだ、まだやれるっ!」
「フン、馬鹿め。たった一機で何をやれると言うんだ?」
だが4号機が白兵距離に入ろうとした時、通信が入り一〇小隊全員のコクピットに厳格な顔つきをした男の映像が表示される。
一〇小隊を預かる指揮官
グレン・ローランである。
『任務は中断だ、全機すぐに撤収しろ』
「隊長っ!これは一体・・・」
「予定外が一機位増えたところで何も支障は無い、このまま制圧してみせる。」
『後方から識別コード不明の部隊が接近中だ。十分にデータは取れた、これ以上の戦闘は無意味だ』
グレンは熱くなり命令に異を唱えようとするエイヴァールを冷静な口調で有無を言わさず従わせる。
「・・・了解した。ふん、命拾いしたな・・・白いガンダム」
エイヴァールは舌打ちをすると頭部の横に搭載されたグレネードの全砲塔を開く、
発射された弾が空中で炸裂し辺り一帯が白い煙幕に包まれると同時に
ミノフスキー濃度が急速に上昇しその場に居た全てのMSのレーダーを沈黙させてしまった。
煙幕が晴れた時黒いガンダムの姿は戦場に無かった、
二機は既に作戦領域を離脱しレーダーにかからないよう地面スレスレの低空を飛行している。
彼方の地平に沈み行く夕日を見ながらカルサ・ウィリアムズは不思議な感覚に囚われていた。
どこか懐かしい、暖かい気持ち、記憶を無くした自分がこんな感覚を覚える事が不思議でならなかった。
「・・・4機だ。おい、カルサ聞いてるのか?」
「え?あ……に、2機です。」
エイヴァールの不機嫌そうな声に我に返り、うっかりと馬鹿正直に答えてしまった。
突入前にエイヴァールが言っていた事などすっかり忘れていたカルサは言ってから断る理由を必死で探してみた。
そもそも一方的に吹っかけてきた賭けになど応じる義務も無いのだが、この男はそういったモノでさえ強引に押し通そうとする。
「五機。」
答えに詰まるカルサのメインカメラに大型のスナイパーライフルを抱えた黒いヘイズルが映し出された。
エイヴァール機と同型だが運用方が異なる為換装されている装備も大幅に異なる、
特徴的な背部のトライブースターユニットを装備した一〇小隊5号機が遅れて合流してきたのだ。
「聞いてたのか、ホクト。OK、俺の負けだ、今夜はお前に付き合うぜ?」
「拒否。」
「お前な・・・くそっ、どいつもコイツも・・・面白くねぇ!」
エイヴァールは不機嫌な子供のように悪態をつくと通信を切りそれっきり何も言わなくなった。
安堵の息をついたカルサは機体をホクト機へ近づけると指部マニュピュレーターを通して接触通信回線を開く、
高い機密性が必要な際に使用される通信方法だが、この場合の用法は機密通信と言うより内緒話である。
「あの、ありがとうございます。ホクトさん」
「些事。」
ホクトはいつものように手短に答えて通信を切ろうとしたが、敵のMK-Ⅱへと狙いを定めた際の事を思い出して手を止めた。
あの瞬間、照準を合わせ引き金を引くほんの一瞬、5号機のシステムに狙撃管制を干渉されたような感覚を覚えた。
これを報告書へ記載するべきかどうか、もし本当にこの機体だけに搭載された特殊なシステムが反応したのだとすれば相手は・・・
「え、何の話ですか?」
ニュータイプ同士にはお互いを認識する感応能力と呼ばれる特殊な力が備わっていると言われている。
この2号機のパイロット、カルサ・ウィリアムズもその資質があると聞かされていたので参考までに聞いてみたのだが反応は以上の通りだった。
ホクト自身ニュータイプという存在そのものを都市伝説、いや戦場伝説とでも言うべき類のものの一種だと考えてる。
そんな便利な人間が居るとは思えない、もし居るのだとしてもそうそう出くわすものでもないのだろう。
現にカルサはあの扱いづらい2号機を駆ってよくやっているとは思うが部隊の中での成績は芳しくないし、
特殊な能力や反応を見せるという事もここまではない。
「・・・否。」
だが白いガンダムと接触したこの日を境に一〇小隊の運命が大きな転機を迎え
ニュータイプの力を信じざるを得ない事態に巻き込まれていく事を、この時3人ははまだ知る由も無かった。
最終更新:2007年08月20日 22:43