Awaken "Side A"




 戦場に辿り着いて、すぐ。
 アルク=E=ガッハークはまっしぐらに敵機のうち一つへと駆けていた。
 ……先日の戦闘で、奇妙なフラッシュバックをアルクの身に引き起こした、箱舟と同タイプの黒いMk-Ⅱ。
 それが何故かは解らない。……しかし、どうしても、自分が行かなければいけない気がして。
 アルクは、箱舟こと03のスロットルを倒す。
 相手の方も、03の動きに気がついたのだろう。102、右肩にそうナンバーをペイントされた機体が03へと向き直る。
 反射的な動作。振り向き様に102は、ビームライフルを構え。……戸惑ったように、その動きが一瞬鈍った。
『やはり』。
 ……相手も、同じものを感じているのだ。その感覚の理由を自分でも理解せぬまま、アルクは奇妙な確信を得る。
 その感覚に導かれるまま、機体同士の距離があと本の数十メートルに狭まった時。
「見つけたぞっ! 白いのっ!!」
「……っぅお?!」
「……っ……ぁ……」
 ……背部に巨大なスラスターを背負ったガンダムタイプが、砂丘の向こう側から飛び出した。
 肩にペイントされたナンバーは104。――若干装備は異なっていたものの、その機体には見覚えがあった。撃墜の記憶。刹那呼び起こされた被弾の恐怖に圧されるように、アルクはスラスターの噴射角度を変えて緊急回避。砂の上を横滑りするように距離を取る。
 ……結果として、その判断は正解だった。飛び出すと同時に射撃を行っていたのだろう、回避機動を取った03の後を追う様にビームが砂面に突き刺さり、その様子にアルクは冷や汗を浮かべる。
 一瞬でも回避行動を取るのが遅ければ、前回同様、03はあっという間に行動不能に陥っていただろう。
「避けた?! ……生意気なっ!」
 自分勝手な言い草だ。……などと、感想を漏らしている余裕は無い。逃げた03の後を追う様に104はスラスターを吹かし、一気に距離を詰めてくる。
「ちぃっ! ……邪魔をするなっ!」
 既にライフルで迎撃出来る距離では無い。舌打ちを一つ零せば、03はサーベルラックからビームサーベルを引き抜き、104を迎え撃つ。
 ……ほぼ、同時。104が、同じく突撃の最中にサーベルを引き抜いた。
 格闘戦の予感。――その直前。
 キィン、と。アルクの脳裏に稲妻じみた直感が走る。
「……うおおおぉぉっ?!」
「!?」
 間に合え。
 何に対してか雄叫び染みた叫びを上げると、即座にアルクは機体を反転。「ソレ」の方向にシールドを向ける。
 ……瞬間。超長距離から飛来したビームが、03の機体を直撃した。
 途端に鳴り響くアラームの山。……コックピットの中でコントロールパネルがけたたましく喚き始め、レッドランプが一気に複数点灯する。
 だが。
 ……間に合った……!
 ――生存。シールドと左腕をまとめて一撃で持って行かれはしたものの、本体に被害は無い。精々、表面のペイントがビームの余熱で焦げた程度だ。
「……何処を見ているっ!」
 しかし。狙撃をやり過ごしたからと言って、状況が何か変わったワケでは無い。
 むしろ、この流れは――初遭遇時の、再現だ。……左腕を失った03に、104の黒い機体が肉薄する。
 違うのは、あの時と違い104の側に制止の声が入らないこと。……そして。
「そっちもなっ!」
 03の仲間が間に合ったことだった。


「……GP-03だとっ!? 何処から持ち出して来た!」
 横合いから打ち込まれたビームマシンガンをシールドで防ぎながら、エイヴァール・オラクスは舌打ちを零す。
 新たに現れた相手の機体は、第10部隊の資料で見たことがあった。……確か、破棄、抹消されたGP計画の試作機のうちの一つ。曰く付きの機体だが、その性能は折り紙つきだ。
「さぁて、何処だろねっ……っと!」
 ふざけた返答と共に、GP03は更にビームを連射連射連射連射。マシンガン特有の集中砲火を受けては、さすがにシールドが持ちそうも無い。そう判断すれば、エイヴァールは104を後退させようとバックステップ。
 其処に、右腕一本のMk-Ⅱが切り込んできた。
「お前の相手は俺だ!」
「っ……?! このぉっ! 鬱陶しい!!」
 ばじり。互いに抜き放っていたビームサーベルが衝突し、火花を散らす。……サーベルの出力はほぼ互角。武器のエネルギー量が同じならば、後は機体のパワーと勢いがものを言う。
 つまりは――鍔迫り合いの初撃は、03に軍配が上がった。
「おぉぉおおぉぉ!!」
 本日二度目の雄叫び。……ぐん、と。03の機体がエイヴァールのヘイズルを押し込む。踏ん張ろうにも、足場が砂ではそれも叶わず――濛々と砂煙を上げながらの後退。慌ててスラスターを吹かして対抗しようとするものの、一度勢いが付いた機体は直には止まらない。
「よしっ、このまま……!」
「いい気になってんじゃねぇっ! 白いの!!」
 だからエイヴァールは、03を押し返そうとすることを諦めた。……同時にスラスターをカットし、機体の腕からも力を抜く。
 がくん。急激に消失した手応えに03の上体が一瞬流れ、サーベルを合わせながら104の機体を押し倒すように倒れこみかかる、が。
 瞬間、エイヴァールは自機のスラスターを右半分側だけ解放。くるり、と。腰を軸に機体を反転させるようにして回し蹴りを放つ。
「なっ……なにー?!」
 がづんっ。胴に横からの衝撃を受けたMk-Ⅱがそのまま機体を横に流し、勢いそのままに104の横を通り過ぎた。……勢いに圧された104自身のビームサーベルが僅かにショルダーアーマーを削るものの、被害は無い。そのまま03は砂山へと突っ込み、機体を半ば埋もれさせる。
 ……柔道、もしくは合気道に連なる動き。MS戦闘でこれをやるには、相当の熟練か――あるいは、天性のモノが必要になる。
「……オイオイ」
 それが解っているのだろう。2機の後を追いかけていたメトロの表情が、些かげんなりしたものへと変わる。
 とはいえ――03を見捨てるワケにも行かない。104が03への追撃を加える前に、02、メトロ・シングは間髪入れず104へと接近。マシンガンで牽制をしながら03との間に割って入る。
「次から次へとっ……! カトンボが!」
「カトンボにも、カトンボなりの意地があるってね!」
 ――普段は目立たないものの。02も、推力には相当のものがある。瞬く間に距離が詰れば、02はマシンガンを投げ捨てサーベルを装備。こちらも格闘戦を挑む。――最も警戒していたのは今の状態の03を狙撃されることだったが、懸念していた砲撃は無い。砂に埋まったのが幸いしたのか、それとも何かの影に入ったのか……どちらにせよ、好都合だ。
 ぶんっ。振るわれたサーベルを、104は軽いバックステップで回避する。……互いにガンダムタイプにしては珍しくバルカン非搭載の為、牽制の射撃は無い。格闘戦に入ればすることは純粋にサーベルの斬り合いだ。
 サーベルを振った隙をシールドでカバーしながら、02は104の機体をカメラで確認。相手が反撃に移る前に一気に切り伏せようと距離を詰める――が。
「うぉっと!?」
 其処で、思い出したように狙撃が来た。センサーが熱源を探知するや否や、02と104の間をビームが薙ぎ、一瞬02の動きが止まる。
 ……足止めか!
「手堅いな!」
 今のタイミングはマズかった。……もし02を直接狙って来ていたら、うっかり撃墜されていたかもしれない。02は安堵から冷や汗を流すが、同時に104への攻撃の機会が奪われたことに気がつく。
 ……だが。予測していた104からの反撃は無かった。
「?」
 ……カメラを見渡せば、視界の端に、ようやく砂から抜け出してサーベルを構える03の姿があった。どうやら、まだ戦うつもりらしい。
 無茶するなぁ、と。メトロ・シングは僅かに苦笑し。
 何故か。……104は、左手に保持していたシールドを投げ捨てた。
「うん?」
「……何の真似だ!」
 その行為の意図がつかめなかったのだろう。メトロとアルク、双方の表情に疑問符が浮かぶ。
 ……――それに対して。返って来た言葉は、信じられない程傲慢なものだった。
「フン、1対1じゃぁゼータの代わりにもならん。……二人纏めて相手にしてやる」
 そう言うと、エイヴァール・オラクスは不敵に笑い。……シールドを投げ捨てた左手が、二本目のビーム・サーベルを引き抜いた。



「そらそらっ! どうしたっ!?」
 ぎぃん。02のシールドがビームサーベルを真正面から受け止め、耐熱処理を施された表面がじわじわ焼き切られる。
 もう、保たない。ならば。……シールドを一個ジャンクにする覚悟で、裏側からシールド越しの突きをメトロが放とうとした瞬間。
「……甘いっ!」
「ぅおっ!?」
 がんっ、と。そのシールドを蹴って、104が後方へと距離を取る。
 ――ウソだろ!?
 メトロの驚愕。まさか、読んだのか? どうやって?
 間髪入れず、目の前に03が飛び込んで来た。どうやら横合いから104へと切り付けようとしていたらしい。……もっとも、先程の行動でその攻撃は見事に外された形になるようだが。
「ちぃっ!」
「……くっそ! 03、同時に仕掛けるぞ!」
「……解った!」
 合図と共に、その104を両側から挟みこむように02と03は展開。……タイミングを合わせ、左右同時にビームサーベルで切り掛かる。
 だが。
「……ヌルいな!」
 104とエイヴァール・オラクスは、まるで最初から「其処に来る」ことが解っていたかのように、両手に構えたサーベルで二機の攻撃を受け止めれば、そのまま反動で更に距離を取る。
 ……異常な回避率。先程から、もう5度目の接触となるというのに、03と02二人がかりで一機を仕留められない。
 在り得ない。……なんだ、このパイロットは。
「……ティターンズのパイロットってのは、化物かよ!」
 メトロの口から悲鳴染みた叫びが漏れる。……せめて、射撃戦ならなんとかなったかもしれない。そうは思うものの、ビームマシンガンは最初に投げ捨ててしまった。フォローの為仕方無かったとはいえ、あっさり相手の土俵に上がってしまったことをメトロは悔いる。
 一方。
「……うおぉぉぉぉ!」
 アルクもまた、104を倒せないことにジリジリとしたものを覚えていた。
 とはいえ、アルクの場合はエイヴァール・オラクスのずば抜けた技量に対して恐れを抱いているというワケでは無かった。
 ……その時、彼の胸中にあったのは、一言で言うならば焦燥だった。
 早く、行かなければならない。
 何処へ?
 102の所へ。
 ……それは解っているのだ。理由を説明しろと言われればなんとなく、としか答えようが無いものの。アルクにとって、それはこれ以上無い程に明確なことだった。
 だというのに。……自分は、これだけの時間をかけてまだ、その場所に到達出来ていない。そのことに、アルクは焦燥を覚える。
 ――そう。はっきり言ってしまえば、アルク=E=ガッハークは、目の前の敵を見てすら居なかった。104を未だに撃墜出来ない理由も、相手では無く自分に求めていた。……更に言えば、胸の内にあった焦燥は死の恐怖すら消し去っていたのかもしれない。
「……気に入らんな」
 それが伝わったのだろう。コックピットの中で、エイヴァール・オラクスはぽつりと呟く。
 今、圧倒的に優勢なのはエイヴァールの側だ。2対1の状況など問題にもならない。……だというのに。その片割れ、これで三度目の遭遇となるMk-Ⅱの視点は自分に向いていない。
 己より、圧倒的に弱い存在だというのに。……強者である己を無視している。
 エイヴァールのエゴは、それを許さない。端的に言って――……不愉快だった。
 だから。
「仕留めてやる。……ホクト! 援護を寄越せ!!」
 不愉快なものは、消去する。
 6度目の接触。突撃しようとした02の下へと、再び狙撃のビームが飛来する。
「……っ……! アルクッ!」
 その足止めを強引に突破することは、メトロ・シングには出来ない。稼がれた数瞬の時間。その合間に、104は突進する03へとこちらもスラスターを吹かして急接近。
「うおおぉぉぉっ!」
「叫ぶだけかっ! 聞き飽きたんだよっ!!」
 クロスカウンター。……サーベルを振り下ろす為に翳された03の右腕が、肘の関節部から切断される。
 そして、104が構えるのは二本目のビーム・サーベル。狙いは――……。
「コックピットだ! 死ね、Mk-Ⅱのパイロット……!」


 ――刹那。
《あぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!》

 叫び。……そうとしか捉えられぬ『声』が、戦場に広がった。

「何っ?!」
「……な、何だっ!?」
「ぉ……?」
「えっ……?!」

 声とは言っても。……その声は、実際の音では無かった。振動が空気を震わせ鼓膜に伝わり脳が情報として認識する、そんな通常の手順で伝えられるような声では無く――……敢えて言うならば、人の意思、思念のようなもの。
 この戦場に立つほとんどの人間は、その声を聞くことは出来なかったものの。……ほんの一握りの人間だけは、程度の差こそあれ、それを声として認識していた。
 ニュータイプ。……そう呼ばれる素質を持つ人間達だけは。

 そして、その中で最も顕著な反応を見せたのが、エイヴァール・オラクスと――アルク・E・ガッハークの二人だった。
 トドメを刺そうとしていた104は突然に動きを止めると、呆然としたように『声』の聞こえた方を振り返る。
「な、なんだ、このプレッシャー? ……まさか、カ」
「どけぇっ!!」
 あるいは。……この時、アルク・E・ガッハークに104の言葉を最後まで聞く余裕があれば、何かが違っていたのかもしれない。
 目に見えない何か。……何処かで繋がっている糸。
 しかし、それはやはり、在り得なかった可能性でしか無く。――この瞬間のアルクの頭の中には、一刻も早く声の主の下へと辿り着く、ということしか無かった。
 だから。
 ――パイロットの脳波にN波を確認。
 ――N波出力、レベルBの規定値達成。P回路接続。『F・ソード』制御システム構築。
 ――C.SYSTEM、起動。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
 もはや何度目か、数えることも忘れた雄叫びと共に。
 03の左腰部から、3つの円筒形が飛び出した。
 それはソレ自体が推力を持ち、104との間に存在するほんの僅かな隙間を埋めるように急加速。
「……っ!? 今更小細工を! しつこいんだよっ!!」
 直前でそれに気がついた104は、慌てて構えたサーベルを、03へと向けて突き出し――……。
 ――3つの円筒形が、その先端から同時にビームの刃を発生させた。
「……――なっ……?!」
 そのうち一本が、03のコックピットを狙った右手のサーベルを上方へと跳ね上げる。ばじり。サーベルの先端が掠り、Mk-Ⅱのアンテナの先端が融解する。
 二本目のサーベルが、104の右方から続けて切りかかった。エイヴァールは超人的な反応で、脇の下を潜らせるようにして左手のサーベルでこれを受け止め――。
 ……三本目のサーベルが、為す術も無く振るわれた。
 ――それでも、最後の瞬間、逆進をかけて被害を最小限に留めたのは流石と言うべきだろう。ヘイズルを腰部から一刀両断にしようとしたサーベルは、寸でのところで腰部アーマーを切断したに留まり、活動にはほとんど問題の無い範囲で収まった。
 が。……それでも、このまま三つの円筒が104へと攻撃を続ければ――どうなるかは、火を見るより明らかだった。
 士官学校に入り、MSに触れて以来。……初めて感じる明確な死の恐怖に、エイヴァールは戦慄した。
 ……だが、次の瞬間。
「……今行くっ……!」
 あろうことか。……03は、エイヴァールなどまるで存在しないかのように背を向けると。スラスターを吹かして、その場から離脱し始めた。
 ――向う先は、恐らく102。03と同タイプのMk-Ⅱの下へ。
 愕然とする。……これならば殺された方が良かったとすら思えるような、屈辱感。
 つまりは。……最初から最後まで。殺されそうになった瞬間も、生殺与奪を握った時も。……あのパイロットの視界には、エイヴァールなど、欠片も入っていなかったのだと理解する。
「――は」
 …………この時。
「……ふざけるな、Mk-Ⅱのパイロットォッ!!!」
 エイヴァール・オラクスは。初めて、顔も知らない03のパイロットに憎悪を抱いた。
 感情の爆発。噴出す黒いプレッシャー。……――両腕を無くしたまま、102の下へと飛び去る03を追いかけようと、スラスターを吹かし始めるエイヴァール。
 そして。
「おっとっ! お前さんの相手はオレが引き受けるよ」
 だだだっ、と。……何時の間に、拾い上げていたのか。恐らくは、先の一幕の間なのだろうけれど、ともあれ。
 その前に、ビーム・マシンガンを装備した02が立ちはだかった。
「なんだか解らねぇけど。……行かせてやれよ。さっきの声、辛そうだったぞ」
「黙れ! 退け、雑魚がっ!!」
「雑魚にも雑魚の……って、これさっき言ったな。……あれ、カトンボだったっけか?」
 心底どっちでもいい。

 ……しかし、結局。エイヴァール・オラクスは02を突破することが出来ず――……。
 アルク=E=ガッハークが、102の下へと辿り着くことも無いまま。……この戦闘は、終局を迎えることになる。

 エイヴァール・オラクスの心に、苦い屈辱を。
 そして、アルク=E=ガッハークの心に、深い無力感を残して。


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最終更新:2007年09月06日 23:01
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