Z END
暗黒に閉ざされた空間に、時折パァッと閃光の花が咲く。
右も左も、天と地も存在しないこの宇宙で、自分達の存在を確かめるかのように瞬く其れは、兵士達の命の輝きに他ならない。
生き残ろうとする者、息の根を止めようとする者、何かを守ろうとする者、何かを破壊しようとする者…それらの強固な意志が、この永遠の夜の中で一際に強く眩く輝く。
同時に、命を灯した閃光の花は、弾ける度に兵士達の命と意思を虚無の向こう側へと飲み込んでいくのだ。
地球を彼方に望むこの名も無き宙域に、束の間「戦場」という名が与えられる代償が、それら膨大な命と意思の渦であった。
戦火の炎がこの宇宙を焦がし始めてから、果たしてどれほどの時間が経っただろうか。
ほんの数ヶ月前に、一体どれほどの人間がこのような大規模な紛争の勃発を予想しえただろうか。しかもそれは、地球の片隅、揺り籠の中の僅かな広大無辺、サハラの辺境基地から始まった。
当事者ならざる者達の目には、それはさながらガソリンの引火反応のように、前触れなしのこの上なく激しい爆発に映ったことだろう。
だが、確かに予兆はあったのだ。
「最初に奈落に叩き落されたのは俺、俺達なんだからな…この戦争の、落とし前だって俺達がつける!」
襲い来るネオジオンのギラ・ドーガをまた一機、スマートガンで射抜きながらジェシーは吠えた。
爆散するMSの横を、凄まじいスピードで駆け抜ける。
彼のZPlusを追う荷電粒子の閃光の雨は決してその軌跡と交わることはなく、やがて標的を見失い消失する。
この真空の空間にあってなお、自在に気流に乗り上昇と降下を繰り返す猛禽のように、時に優雅に、時に獰猛に舞った。閃光と炎に照らされてなお漆黒と琥珀を宿す荒鷲、その姿は敵対するネオジオンの兵にとって正しく恐怖という言葉の持つ形として記憶されたことだろう。
「ダメだ!アイツは速すぎる!とてもついていけん!」
「あんな軌道で、なぜジェネレータが根をあげない!?Zがここまでの動きをするなぞ…!」
「うわぁっ…き、来ます!8時っ…隊長ぅぉーーーっ!?」
「デレェェクッ!?…く、くそ!」
部下の戦死を目の当たりにして、ほとんどデタラメに乱射を始めた隊長機のビームマシンガンも、全ては空しく虚空に消えた。超常的にも思えるジェシーのマニューバは、ただの一発も弾丸が機体をかすめることさえ許さなかった。
「最初にノースクラッチ、って言ったやつはどいつなんだろうな。センスあるよ…」
自らもまた敵機を沈めながら、ハーディはジェシーのマニューバに舌を巻いた。
作戦当初はいかんともしがたく思われた物量差だが、徐々に戦線は切り開かれつつある。
勿論それはジェシーの手によるものだけではないが、この戦域における彼の働きは間違いなく大きい。
「アルク!出過ぎるな、今はジェシーの開いた活路を活かしてこの包囲を突破するんだ。俺達の敵は、ネオジオンだけじゃあないんだぜ。」
「解っている!カルサに会うまでは…俺は死ぬわけにはいかん。エイヴァールは、近くに間違いなく居る!」
「…解るんだな?」
アルクの予感めいた言動は、ニュータイプという異質な感性からくるものだ。それは信じられるという感覚はないが、だが今回の紛争で経験した数々の不思議な出来事から、ハーディはアルクを信じることを選んだ。
「トニー、サニア。もっと左翼に展開してくれ。9時方向から、味方艦隊の増援が来てる。
2時方向のJDが風穴を開ければ、奴等だって包囲陣だなんていってられなくなるぞ。」
「OK、任せろ。お前らもしくじるなよ!」
「了解。」
ネオジオンとて無限の兵力があるわけではなく、拡大化した戦線に対応しなければならない状況は差し迫っている。自分達を囲むこの大兵力は、見た目以上に大きな亀裂が走っているはずなのだ。
それよりもハーディーが気になるのは、自分達にこれだけの兵力をぶつけてきた理由である。いや、いまさらその目的が聖櫃であることは疑いの余地はないが…
「ハーディー、変だ。気づいてる?」
「何がだ、クロード?さっきからヤッコさんがたの相手をするのが忙しくてそれどころじゃ…」
「いや、クロードの言うとおりだ。奴等、兵を一度引き始めているぞ。いやに唐突だ…」
「こちらの増援に気づいて俺らを諦めた?…にしては早いな。ティターンズの展開が予想以上に早いのか…?」
スラスターを開け、目の前のギラ・ドーガに急接近しながら切り結び、蹴りを見舞う。
虚をつかれた攻撃に、キリモミしながら吹き飛ぶ敵MSは、確かに動きが先ほどまでと違うようだ。作戦というよりは、それは怯えているようにも見えた。
敵わないとみたのか、眼前のギラ・ドーガはそのままハーディのジェガンランサーから遠ざかり、踵を返す。
艦から離れすぎるわけにもいかない…追わず、見逃そうとするハーディーの前で、彼の追跡を逃れたギラ・ドーガは突如巨大な閃光の花を咲かせ、暗黒の宇宙にその姿を散らした。
「なんだ!?誰がやった?…いまのはJD、お前か!?」
「いや、奴等を撃ったのは奴等だ…敵の動きの理由はこれだな。」
ビシュゥン!
「うわあっ!?」
数瞬の呼吸の後、幾重にも連なる光の雨がAiCのMS達に、そして前線から引こうとするネオジオンのMS達に降り注いだ。逃げ遅れた機体が、そこかしこで閃光を散らし果てる。
後方のクロードもまた、直撃こそ避けたものの肩部のパーツを破損し火花を散らせていた。
味方をも巻き込む、信じがたい攻撃。それを放ったのは…
「臆病者は嫌いだよっ!アタシが来たんだからさぁっ…かしづいて迎えるべきなのさ!アンタ達は!!」
金と銀の光を称える2機1対のMS。夜の闇に溶ける蝙蝠のような不気味で生物的なフォルムの頭部に、ギョロリとしたモノアイの虹彩が踊った。
「ヤクト・ドーガ…ファンネル攻撃かっ!」
「サンドリヨンってやつ、それとヴィルヘルムだったか。前に一度戦った奴等だぜ…確かに、とんでもねえイカレ野郎どもだ。」
側方に展開したトニーの言葉には、明らかな苛立ちが浮かんでいる。
つまり、ネオジオンの連中が兵を引いたのは、この二人のとばっちりを受けることを恐れたのだ。
裏を返せば、この二機はそれだけの破壊力を秘めた彼らの切り札でもあるということである。重要事項とされる、聖櫃の奪取任務はネオジオンの大兵力ではなく、目の前に現れた二機の実験機に委ねられた、ということか。
そして、トニーの怒りの理由は、その二人の行いなのか、ネオジオンなのか…おそらく表層的な事実のみではない複雑な感情が、彼の中にはある。
「…ともあれ、これはチャンスだ。ハーディー、アルク、奴らが完全に包囲を解いたわけじゃあないが、時間は稼げる。」
「JD?…お前何をするつもりだ、敵はニュータイプだぞ。」
「奴等の狙いは"ハコ"だ。俺にはよく解らんが、それを渡すわけにはいかないんだろう。
任せろ、お前とアルクにはヤツラを捕まえて貰わないとな。」
刹那、オーバースラスター気味にジェシーのZPlusは翔ぶ。黒い虚無に、バーニアの青い焔が線を描いて、ハーディーからみて天球の中心方向へと急上昇した。
それを睨みつけるかのように金色のヤクト・ドーガのモノアイが煌き、歓喜に震えるかのように機体のジョイントが軋んだ。
「アハッ!格好いいじゃないか、アイツ。いいねぇ、欲しくなってきたよ!
さあさあ!たっぷり可愛がってあげるから、アタシに尽くして跪いて…そしてアタシに"ハコ"をおよこしっ!」
「…"ハコ"の守り手を倒す。私達の手で…ネオジオンに勝利の栄光を…」
二機のヤクト・ドーガ、狂ったようにギラつく輝く金色の太陽と、その傍らに控える冷酷で非情な銀色の月。
分かちがたい二つは、まるで遠い過去からそう定められていたかのような息のあった動きで荒鷲を追う。ジェシーにとっても容易ならざる相手であることは、誰の目にも疑い得ない事実であった。
「俺もやるぜ、コイツらだけは…許しとくわけにはいかねぇんでな。おい、クロード!被弾したテメェは一度艦に戻れ。ハーディー達が展開して、ネオジオンの雑魚どもの相手をする。なぁに、じきに増援が来るさ。」
「なっ!?トニー、アンタまで熱くなるな!俺もやる、俺のアーク・オブ・ノアにだってファンネルはある、奴らと対等に戦える!」
「大丈夫だ、ヘヴィアームにゃあ、お前らには解らねぇヘヴィアームの戦い方があるんだよ。それに一度やりあって生きて帰ってるんだぜ、アテにしろよ。1年戦争からの古強者の腕前をよぉ!」
「俺達は俺達のミッションをこなす。だから、お前もお前のミッションをこなせ。それからな、トニーのやつは一度と言ったが…」
驚異的な速度で2段階のターンを決めながら、ジェシーのZPlusが金色のヤクト・ドーガに相対した。
ジェシーの、そしてZPlusの胸に刻まれたZのエンブレムは燃えるように熱い。
「俺は、二度、こいつらとやりあっている。」
雄々しく、気高い、ZDriverは今、誇りをかけて倒すべき敵を見出したのだ。
最初に、砲火を交えたのはトニーのサイサリアスとヴィルヘルムの
ズィルバー・エッケであった。サイサリアスのバルカン・ファランクスが銀色に輝くMSを追い、その砲線を苦もなく避けたヤクト・ドーガが反撃のライフルを振舞う。
だが、牽制程度に放ったそれは、あっけないほどに容易くサイサリアスを捉えた。
「…なんだ、その程度で私とやり合おうというのか…?」
腕部を爆発に飲まれながら、サイサリアスはなおズィルバー・エッケに追いすがった。
両手のビームピストルを二射、三射と放ちながら、決して速いとはいえない速度で、右側方へ回り込む。
「ダメージはほとんど与えていないか…重装甲とはいえ、運の良いヤツ!」
ならば、と距離を詰めようとするスラスター開度を開けるヴィルヘルムだが、次の瞬間スラスターペダルを大きく戻さざるを得ない。
遥か彼方から、ZPlusのビームガンが、自分が駆け抜けようとした空間に走ったのだ。
そして、ビームガンを回避したヤクト・ドーガに衝撃が走る。加速のもたつきをサイサリアスに狙われたのだ。いつの間にか、ピストルを捨てショットガンを持ち出した敵が、自分の下方から睨みを効かせていた。
「味方の支援をアテにできる方向に回り込んだか…ヘボはヘボなりに考えるんだな!
でも、そんな距離からじゃあ散弾なんてダメージでもないぞ!」
自分達の目的は、あくまであのファンネル搭載ガンダムが持つとされる"ハコ"だ。
それが何なのか解らないが、我がネオジオンにとって非情に大きな意味を持つ軍事テクノロジーであるらしい。
無駄な時間はかけていられなかった。
「お前と遊ぶのは後だ、まずはサンディの敵から落としてやる!」
「おっと…へっへへ、いいのかい…負け戦には慣れてるからな、俺は結構しつこいぜ。」
ゴルト・エッケの支援に向かうズィルバー・エッケを、サイサリアスはノロノロと追いかけていく。
サンドリヨンにとって、第一撃がこれほどまでに遠い相手は今までに存在しなかった。
敵の機体の動きはほぼ見えている。だが、一瞬のタイミングを掴むことができない。仕掛ける攻撃が、寸でのところで振り切られる。
敵はまるで、暗雲の中を疾る紫電のように早く、サンドリヨンが視えたビジョンの通りに動く一瞬先を行く。
「アタシが追いかけさせられている?…いや、追いついていないのは、この子なのか?」
俄には信じがたい話だが、1世代前のTMSの反応速度がNT用MSのヤクト・ドーガの其れを上回っているというのか。
「気に入らないんだよっ!」
あのZPlusという機体と同型のMSは、幾度となく撃墜してきた。確かに小五月蝿く飛び回る姿を捉えるのに最初は苦労したが、ここまでてこずる相手ではなかった。
連邦軍もこちらのサイコミュ兵器に対抗するべく機体を改修してきたか、さもなくば、あのパイロット専用のカスタム機体ということか…
「そういうことか、ウフフ…自分を持ってるオトコって、素敵。だ!か!ら!…絶対落とす!」
すぐさまゴルト・エッケの肩からファンネルが展開される。
直接の攻撃を当てられなくとも、自分の意思のままに動くこのファンネルで2重にも3重にも攻撃網を敷けば、すぐに網に捉えられる自身がサンドリヨンにはあった。
「ヴィルヘルム、合わせなさいよ!生意気に飛び回る鳥を、籠に閉じ込めてあげるわ!」
「…解った。敵の位置は掴んでいる。」
「ウッフフ、良い子よ…そこぉっ!」
ゴルト・エッケの放ったビームライフルがZPlusの軌道を捉えようとする数瞬前、ZPlusは鮮やかなバレルで軌道を直線的にずらす。
「そうよね、そこに避けると思ったわ!」
二撃目、ZPlusが到達せんとした空間にX状のビームの交差が瞬くが、これもZPlusは変形を駆使して急減速し、着弾点の直前で踏みとどまる。
だがそこを、背後から別の、ヴィルヘルムのズィルバー・エッケが放ったファンネルが襲った。
運動エネルギーを大きく損失したZPlusはそれを避けきることができない。裏の、裏におかれるトドメの一撃。これが、サンドリヨンとヴィルヘルムのもっとも得意とする攻撃であった。
テレパシーのような緊密な精神交感が可能にする驚異的なコンビネーションがあればこそのまさに回避不能な攻撃、のはずであった。
「「なっ!」」
しかし、その攻撃が空を切った。
荷電粒子の矢に貫かれているはずのZPlusはウェイブライダーの翼を広げ、今や攻撃の行われた遥か先の空間を平然と飛んでいる。
「何が起きた!?サンディ、敵の動きを止めそこ…うあっ!?」
驚愕に注意をとられたズィルバー・エッケに再びのショットガン攻撃。
距離は遠い、ダメージは軽微だがヴィルヘルムの苛立ちは、サンドリヨンにも確かに伝わっていた。
「落ち着きな、ヴィルヘルム!あのZPlus…変形して速度を失ったんじゃない。
変形動作で別機動に乗ったんだ。」
「どういうことだ?」
「トランスフォームを途中で戻して、ほぼ直角に曲がったのさ…無重力下だからか、あんな機動ができるのは!」
ジェシーの対NT戦用高速戦闘マニュアルには、ヴァーティカル・トランス・ターンとしてこのマニューバが記載されていた。
重力下に比較して、無重力下における変形時の運動エネルギーの損失が少ない宇宙空間で変形動作にマニュアル操作で介入することにより滑らかにそのエネルギーのベクトルを転換し、高速度を保ったまま直角度に離脱する。
変形動作へのマニュアル介入という機体制御の尋常ならざるリスク、変形を途中でキャンセルするというメカニックへのダメージを内包する大技である。無論、その負担はGという形で容赦なくパイロットにも襲い掛かる。
「うぐっ!…だが、まだこれからだぜ。
エリートの誇りは、兵士の業を持たないまま戦場へやってくるお前達"ヒヨッコ"と、そして何よりお前達に俺自身が負けることを許さん…!」
「ドン亀が、いきがってっ!」
ショットガンの一撃にカッと逆上したヴィルヘルムだが、すぐさまサイサリアスを追うことができない。
ZPlusが持ち前の高機動を発揮して戦場を決定し、それをサンドリヨンが追うためにズィルバー・エッケとサイサリアスから距離が大きく離れ始めているのだ。
2機1対として動き続け、常にサンドリヨンの支援を果たしてきたヴィルヘルムだけに、二機の孤立を最も嫌がった。
「俺は相手にしてもらえんらしいが、こっちは遠慮しねぇぜ。まずはこれだ。」
サイサリアスのミサイルポッドが開き、ミサイルが1機ズィルバー・エッケに放たれる。
射出煙をあげて、巨大なミサイルがズィルバー・エッケを追い回す。
「ミサイル一基に当たると思うなよ!」
自分に迫るミサイルを、斜め前方に交差することでやり過ごし、そのまま振り向きざまに撃墜する。さして弾速が速くもない実体弾を一発落とすことなど、強化人間であるヴィルヘルムには造作もないことであった。
6基のミサイルランチャーが全部開いたとしても、ファンネルを用いれば全段落とすことだってできる自信がある。
サイサリアスは、この戦闘についてくるには決定的に速度が足りない。
それがヴィルヘルムの下した判断であった。
「サンディ、もう一度だ。直角に曲がる変形機動なんて、そんな動きはそう何度もできるもんじゃあない。次は必ず捉える。」
「言ったね、オトコはできない約束を女にするんじゃあないよ。」
再び舞う二機のヤクト・ドーガのファンネルがZPlusを追う。
二人のイメージは、流れ星のように宇宙を駆けるZPlusを正確に捉えていた。
「オトコはね…綺麗な花でオンナを飾り立ててやるものさぁっ!咲かせなよ!綺麗な真っ赤な花をさっ!」
今度は、猛然とサンドリヨンのゴルト・エッケに距離を詰めてくるZPlusに対して。
ゴルト・エッケの放ったライフルをZPlusは大きくローリングして交わし、その裏を撃つファンネルがZPlusの回避軌道上を薙いだ。
ヴァーティカル・トランス・ターンを繰り出し、それを避けようとするZPlus。
「もう解っているんだよ、そこだ!」
ズィルバー・エッケのビームライフルは、正確に脱出速度に乗るZPlusを射抜こうとする…が、またしても。
「!?…サンディ!」
ZPlusは脱出機動を、ズィルバー・エッケとゴルト・エッケの間に乗せたのである。
ヴィルヘルムの射線上には、ゴルト・エッケが大きく立ちはだかることとなった。
「く、くそ!こいつら…バカにしてぇっ!」
ヴィルヘルムの、繊細な神経は瞬間的に湧き上がる怒りの念に焼かれる。
衝動的に、ゴルト・エッケごとZPlusを射抜こうとしてトリガーを引き絞ろうとするそのギリギリ直前で、限界の理性が自分の半身を撃つことを思いとどまる。
それは、今まで敵も味方も区別ナシに躊躇なく撃ってきた彼等にとって屈辱であり、そして、一糸乱れぬ阿吽の呼吸に綻びが生じた初めての瞬間でもあった。
「大分焦れてきたじゃねぇか、じゃあ、そろそろ派手におっぱじめるか!」
これまで、緩慢な動作でヤクト・ドーガを追っていたサイサリアスが、巨大なミサイルランチャーの射出口をズィルバー・エッケに向けた。
6門のミサイルが一斉に飛び出し、サイサリアスを真っ白な爆炎で包みながら銀色のMSに襲いかかる。
逆上しながらも、その敵意の感覚をクリアに捉えながら、ヴィルヘルムはそのミサイルを撃ち落とすべく、展開したファンネルを自分の周囲に集結させる。
瞬間、パァッ!っと、ズィルバー・エッケの周囲が眩い閃光で包まれた。
「近接信管!?照明弾…だとぉっ!?」
回避することなく、6門のミサイルに正対していたズィルバー・エッケのモニターは目もくらむような眩い光に包まれ、目を閉じたヴィルヘルムの瞼の裏にも真っ白なフラッシュを焼き付けた。
たまらず、ヴィルヘルムは体をよじってもがく。
「うあああーっ!サンディ、援護を!何も見えない!奴らが!奴らがくる!!助けて!」
「ヴィルヘルム!情けない声を…!助けてやるから静かに…!?」
初めて意識を向けたサイサリアスへ、一斉射撃をかけようとするゴルト・エッケだったが、その鋭敏な感覚は自分を狙い打とうとするもう一機のMS…すなわちジェシーのZPlusを見つけていた。
「そう、お前は俺を狙うだろうと…思っていたよ!
俺は、2度もお前達の傲慢なやり方を見たんだからな!!」
一瞬の逡巡、そして、今まで捉えられなかったZPlusへ向いた殺意。それを敏感に感じ取ったゴルト・エッケのファンネルはZPlusへの攻撃を開始する。だがしかしその向こう側に居るのは…
「!!ヴィルヘルム!?」
ジェシーの乗るZPlusへの攻撃は、とりもなおさずその射線の先にいるズィルバー・エッケをも巻き込んでしまう。
それは、数瞬前にヴィルヘルムがギリギリに思いとどまったタブーであったのだ。
攻撃を予期していたZPlusが懸命に回避行動を取ることで致命的なダメージを受けることを免れたのに対して、至近距離の照明弾で動きを封じられたズィルバー・エッケは、機体に重大なダメージを受ける。そして、ヴィルヘルムもまた、そのニュータイプの感性でサンドリヨンの放った敵意を敏感に受け止めてしまっていた。
「サンディ…僕を撃ったのか!?何故…何故だっ!?」
「ヴィルヘルム!違うっ!アタシはアンタを…!!」
完全に錯乱し、逆上したズィルバー・エッケが周囲へ無差別の攻撃を開始した。
もはや、ヴィルヘルムには敵も味方もなかった。
感じうる全ての意思に敵意を向け、動くもの全てへ攻撃を仕掛けた。
それは、羽をもがれて地に落ちた蝙蝠がジタバタともがくように…もはや死が約束された動物の最後のあがきであるかのように、断末魔の響きとなって暗い宇宙へとこだました。
「…俺が終わらせてやるぜ。…未熟で憐れなお前らでも、俺達ジオン軍人の弟分だ。苦しまずに終わらせてやる。…うぉらあああぁぁぁぁ!全弾発射だぁああ!」
もう一度、サイサリアスのミサイル射出口が大きく開き…今度は、本物の爆薬を満載したミサイルがズィルバー・エッケを包み込んでいく。
爆炎が去った時、銀色のヤクト・ドーガは宇宙の深淵の色と混ざり合い、溶け合って…その姿は、もはやどこにも残っていなかった。
「貴様らぁぁぁっ!よくも!よくもヴィルヘルムを!」
サンドリヨンの怒りは、ヴィルヘルムを失ったことへのものではない。所詮、彼女(彼)にとって、ヴィルヘルムは自分を支えるためにのみ存在する人間に過ぎなかったし、彼女が自分以外の誰かを、自分と同等に愛したことなどありはしなかったから。
ただ、ヴィルヘルムを死なせたという事実が、彼女に否応ない敗北を突きつけ、それが彼女の自尊心に大きな傷をつけたというそれだけが、彼女の怒りの本質であった。
そして、その感情はジェシーとトニーという生粋の軍人である彼らからすれば、余りにも幼い。
ジェシーとトニーにとって、そんな覚悟もない者が得意顔で戦場にのさばることを許してしまう自分達こそ、怒りの向く先だったのだ。
連邦のエースとして、彼らと初めて相対し、なす術もなく敗れたジェシー。
戦争に敗れ、砂をかむ思いで生き抜いた果てにジオンの後継者たる存在として彼等に出会ったトニー。
戦場で生きる、生き抜いた男たちに比べて今のサンドリヨンは余りにひ弱で矮小な存在であった。
「トニー、俺がやる。援護を頼む。」
「やれるんだろうな、一機やったとはいえ、奴がサイコミュ兵器を積んだNTだってことに変わりはないんだぜ。」
「…俺はZDriverだ。エースが負けるわけにはいかない。」
ZPlusが翔び、身勝手な怒りに燃えるゴルト・エッケがその姿に激しい憎悪をたたき付ける。
「落としてやる!落としてやる!絶対に!絶対に!」
全てのファンネルを展開し、ZPlusを猛烈に追いたてていく。
その苛烈な攻撃は、ジェシーの技量を持ってしても避けきれるものではなく、ZPlusの装甲は縦横に切り刻まれていく。
致命的なダメージになる直撃だけは紙一重で回避しているものの、やはりサンドリヨンとジェシーの間には明確で深い、人として「感じる力」の差が横たわっているのだろう…
機体と自分の体への明確なダメージを感じながら、ヴァーティカル・トランス・ターンで急激な方向転換を図るZPlus、その姿を執拗に追いかけるゴルト・エッケのファンネル。
たとえ、ゴルト・エッケへむけてサイサリアスの支援射撃が続けられていようと、サンドリヨンの意思のままに動く、あの小さなじょうご達がZPlusへの攻撃を緩めることは、決してない。
流れ星に撃たれながら広大な空を翔ぶ荒鷲は、徐々にその雄々しい体を傷だらけにしながら、金色の蝙蝠に迫っていく。
「そこだ、もう逃がしやしない!」
機体へのダメージが累積し、動きの鈍ったZPlusを、遂にファンネルの閃光が捉える。
変形中の腕を捉えた荷電粒子の矢が、ZPlusの片翼を貫いた。
「くっ!だが、ここまで接近できれば…ファンネルではこれ以上攻撃できまい!」
「もう変形は無理だな!ZPlus!さあ、今度こそ真っ赤な花になって死ねぇぇっ!」
ビームスマートガンを投げ捨て、MS形態のままZPlusはゴルト・エッケへと距離を詰める。
対応したゴルト・エッケが、迫り来るZPlusへ向けてビームサーベルを抜き放ち、大上段から振り下ろす。
二機の機影が激しく交錯し、肩口に深々とサーベルを食い込ませた琥珀色のZPlusと、振り下ろした腕をガッチリと掴まれた金色のヤクト・ドーガが睨みあった。
「くっ、放せ!放すんだよ!この、クズがっ!」
「…終わりだ。皆、仇は討ったぞ。誇ってくれていい、俺達のことを。ZDriverはエースの称号だ。そしてエースは、たとえ相手がNTだろうと、捉えた敵にTHE ENDを…"Z"をくれてやる!」
サンドリヨンが最後に見た光景は、火花を散らしながらこちらを睨みつけるZPlusの背後から放たれた青い閃光だった。
それは、一瞬前にZPlusが投げ捨てたビームスマートガン…いや、投げ捨てたのではなかったのだ。
「オートトリガー!?そんな、まさか…!!」
「お前達を倒すために至った結論は2つ…一つは今までの常識をひっくり返す、Zの限界ギリギリのマニューバ、ヴァーティカル・トランス。そして、もう一つが…お前たちNTの意識の外側からの、完全な不意打ちによる一撃必殺の攻撃だ。まさか、あの時"置いた"スマートガンが、トラップだとは思わなかっただろう。
…お前達は、戦場に出るには幼すぎた。例えどれほど上手くMSを扱えようと…ニュータイプとかいう奴等だったってな、自分や仲間の命を、想いを背負えないような子供は…戦場に出てくるべきじゃあなかったんだよ。」
「そんな、戯言だっ!アタシは認めない!お前ら虫けらのようなオールドタイプの言う事なんて、認めてやるものかぁっ…!!!」
ZPlusの肩口ごと、金色のヤクト・ドーガの胴体が消し飛んでいく。
真っ二つに分断された、その機体の主は、膨大な荷電粒子の熱量によって一瞬にして蒸発してしまった。
ノースクラッチと呼ばれた男の、傷だらけの勝利だった。
「どうやら、ハーディやアルクのヤツラも上手くやったようだぜ。増援が合流して、一度戦列の後方に下がれたようだ。
俺たちも一度艦に戻れるわけか…だがJD、アンタこの分じゃもう今回の出番はナシだな…」
「フン、ジェガンでも、ネモでもやってみせるさ…面白くはないがな。」
ボロボロになって、もはやほとんど動かないジェシーのZPlusを回収しようと、アルカオルクスと共に、アルクのアーク・オブ・ノアが近づいてくる。
まだミノフスキー粒子の濃度は濃いが、そろそろアルクとの通信は可能になってきたようだ。
「見苦しい姿を晒してるがな…コイツは名誉の負傷だ。笑うなよ。」
「解っている。…奴等に勝ったのか。」
「あぁ、おかげで仲間の仇を討てた。…お前にも礼を言う。」
「凄いな、アンタは。」
「?」
「いや、なんでもない。エースに敬意を払ったまでだ、JD」
「…フッ、今になってようやくJDって呼びやがったな。なあ、アルク。」
「なんだ?」
「俺は、ここまでの人間だ。あんなガキみたいな連中にさえ、俺たちのような古い人間は翻弄されてしまう。もし、もし、本当にお前たちがニュータイプとかいう人類の革新なんだとしたら…
これからは、お前たちの時代だ。お前を、そういう人間だと俺も初めて認めてやる。」
「JD…俺はまだ、そんな…俺はただ、カルサにもう一度会いたいだけだ。」
「もう、俺はお前に何も言えない。…お前の目で答を確かめ…」
今まさにアルクのアーク・オブ・ノアがZPlusに取り付こうとした刹那、その眼前を、ZPlusが横たわるその空間を、巨大な荷電粒子の束が走り抜けて行く…
流れ弾などではない、誰かが、何者かがZPlusを撃墜したのだ。
「JDィィィィィィイイ!JD!応答しろ!JD、JD!」
応える声はない。
胸部を貫かれたZPlusの機体が、爆発四散しながら虚空の闇へと消えていく。
何故だ、つい今、JDは目の前に居たのだ。
不遜なエース、生粋のエリートパイロット、ノースクラッチのJD。
その存在感の大きさに似合わないあっけなさで、彼は消えてしまった。
彼を消し去った一撃、それが放たれた先の方角には…
「カルサ…お前なのか、今の一撃は…」
暗闇の先には何も見えなかったが、アルクは確信めいた予感でもって、迫り来る自分の片割れの存在を感じていた。
最終更新:2008年11月04日 01:56