月光の勇者


二つ名:月光の勇者


名前:


とある魔王との戦いで己の力と魔王の力が衝突暴走し、
魔王と一つになってしまった勇者。
マイナスの感情が高ぶると体を魔王に乗っ取られてしまう。
魔王の時の方が人気があるような気がして複雑な気分。


彼の正義は潔癖症のようなものだ。
彼の定義による悪とは、”魔王とそれに属するもの”の事だ。
物心ついた頃から、反吐が出るほどにそれらが憎くて仕方なかった。
理由もわからない、たまたま見かけたゴキブリを容赦なく殺すが如く、それを排除することに躊躇は無かった。
たまたま彼の住む世界では、その行為が正義と呼ばれていたに過ぎない。

故に彼の心には誰かを助けようだとか、自己犠牲の精神なんて類のものは、微塵も存在していない。
ただただ”悪と自分が定義しているもの”をこの世から根絶したいのだ。
そんな屈折しながらも絶対的な信念を持った彼が勇者になることは、必然であった。

長い年月、彼は魔界を歩き続けた。
彼を見つけるのは簡単だ。魔族の死体を見つけるか、血の匂いを辿ればいい。
最初こそ彼は魔族を殺す日々に、清涼感と充実感を感じていたが、
今ではただ、吐き気と焦燥感のみが溜まっていくばかりだ。
魔王を殺し、奴が鮮血を撒き散らしながら、堕ちた羽虫のように悶え苦しむ様を見下さなけれは、この吐き気は収まらない。

更に長い年月を経て、ようやく彼は魔王と対峙した。
その瞬間、互いが殺気を放つと同時に、腹の底から湧き上がってくる快感の予兆に思わず彼の頬は緩んだ。
互いの殺気がぶつかり、刹那の攻防が始まった。
長い年月磨かれた彼の修羅の剣技は、魔王に一切の遅れを取らなかった。
両者に疲労と傷が徐々に蓄積していく。
剣を振る腕は熱を帯び、視界が徐々にぼやけていく。
そして気づけば一歩、また一歩と、徐々に魔王の攻撃に後退を強いられていた。
膝が震え出し、腕が鉛のように重い。
徐々に情景が遅く、スローモーションになっていく。

あぁ、これは、しんだ。

その時、彼の視界の隅に、物陰に隠れる悍ましい造形の醜い魔族が映った。
おそらく魔王の優勢振りを見て、油断して物陰から覗いてしまったのだろう。

彼は文字通り最後の力を振り絞って、その魔族に飛びかかった。
ボキリという音と共に、限界を超えていた自分の足がへし折れたが、そんなことは構いやしない。
彼は死ぬ最後の一瞬まで、悪を殺したかったのだ。

剣が肉を深く貫き、鮮血が宙を舞う。
彼は自身の掠れた視界を疑った。
自分の剣が貫いたのは、あの醜い魔族ではなかった。
魔王が、あの物陰の魔族をかばい、自分の剣の串刺しになっているのだ。

その瞬間、彼の心の底から溜まりに溜まった快感が湧き上がり、脳天を突き抜ける。
視界は光に包まれ、彼は絶頂に達した。

もう動けない彼の腹を、瀕死の魔王の拳が貫いた。
しかし彼にもう痛みはない、あるのは満足感と絶頂感だけだ。
彼は徐々に消え行く命の灯火の中で、このために不死になったのだと実感した。

醜い魔族が、魔王に汚い声で喚き散らす。
彼は魔族の言葉なんて理解出来ないし、するつもりもない。
普段は魔族がなんと言おうが、それが彼の耳に届くことは無い。
喚き散らす魔族に向かって、魔王が何か呟いている。
何を言っているかなんて当然わからない、はずだった。
しかし彼は確かに、確かに聞いた。

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、パパ……」

「ブジデヨカッタ……」

その瞬間、絶頂感は吹き飛んだ。
そして一気に湧いて出た多くの疑問に答えを探すよりも前に、彼は意識を失った。
そしてそれと同時に、魔王もまた息を引き取った。

魔王と勇者、互いの体を剣と拳が貫き合い、死してなお残った互いの信念と執念は、一つのリングを紡ぎ出す。
そのリングを駆け巡る二つの清い魂と邪な魂は、どろりと混ざった。




勇者が意識を取り戻した時、彼は大扉の前にいた。
人生初の転生を経験した彼は、理由のわからない猛烈な嫌悪感に襲われていた。
心の中に、どうしても取れない汚れがあるような、ギリギリ手の届かない位置にある死ぬほど欲しい物のような。
一度意識してしまえば発狂してしまいそうな程の嫌悪感。

『あなたの魂の中には、魔王の魂が混ざっています。』

不意に女神の言葉が彼の頭に響く。
彼の反応を見ないうちに、女神は一方的に言葉を続ける。

『あなたの信念が揺らぐ時、魂は入れ替わるでしょう。気をつけなさい。』

聞いただけで気を失いそうな絶望感を勇者は感じていた。
絶対的嫌悪の対象が自分の中にいるなどと、到底許容出来る事ではない。

「僕の信念が揺らぐことなど在り得ません!穢らわしい魂を切り離す方法を教えて下さい!」

『魔王は様々な力を持ちます。それを討ち滅ぼす事で、あなたの望む力を得る事も出来るでしょう。』

それを聞くなり、勇者はゲートを潜り、新たな魔界へと旅立った。
勇者には確固たる自信があった。
自分の信念が揺らぐ事など今まで一度も無かったからだ。

新たな魔界でも、魔族を見つけるや一瞬の躊躇もなく剣を抜き、斬りかかる。

「タスケテ!ボクナニモワルイコトシテナイノニ!」

勇者は思わず、剣を地面に落とした。
いつもはただ動物のように喚いているだけの魔族の言葉が、まるで聖界に住む人間の言葉のように聞こえたのだ。

その瞬間、彼の視界がぐるりと回転し、彼の銀髪が徐々に黒髪へと染まっていく。
彼は怯えて腰を抜かしている魔族に歩み寄って、膝をつく。

「怖い思いをさせてすまない。今のうちにもう行きなさい。」

魔族が遠くまで逃げるのを確認すると、視界がまた回転し、黒髪が銀髪へと戻っていく。
彼は絶望に膝をつき、その耐え難い屈辱に涙を流した。
見ている風景は同じでも、入れ替わっている間は行動に一切干渉できない。
自分ではないとはいえ、自分の声で自分の体で魔族を逃した事が許せなかった。


「必ず、戻ってみせる……悪を滅ぼす……容赦なく、必ず……!!」


決意を言葉に発し、それを支えに立ち上がる。
悪とは、正義とは。
その言葉の矛盾に、彼が気づくのはいつになるのだろうか。

彼の旅は長く険しい。
 


武器:「拒絶の剣」
  月光の勇者の意志が、長い年月を掛けて剣に溶け込み、聖剣となった。
  勇者が悪とみなしたものは、物質であろうとなかろうと両断する。

防具:「耳の上についてるカッコイイやつ」
   女神から授かったので一応つけてはいるが、いまだ効果は不明。
   それなんですか?と聞くと、睨まれるので注意。

技:具体的な技と呼べるものはない。
  常に戦いに身を置き、死線を越え続けた精神力と判断力、容赦のない攻撃性を用いて戦う。


弱点:「魔王状態」
   自身の信念が揺らぐと、勇者と魔王の魂が入れ替わり、魔王状態になる。
   信念が揺らいだ原因が解決、または目の前からなくなる事で、再び魂は入れ替わる。


中の人:魔王
    月光の勇者が魔族を殺すことしか興味がなかったため、名前すらわからない。
    無駄な殺生を嫌って平和な国を築いていたが、月光の勇者が現れた事により、世界は一変。
    国民を守るために、命を賭けて勇者と戦うが、娘をかばって勇者の凶刃に倒れた。
    魂になってからも、無駄な殺生は行わず、平和な解決を第一に考える。
    しかし、そんな魔王を怒らせた者は、月光の勇者をも死に追いやった力を、思い知ることになるだろう。

 


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最終更新:2024年01月04日 18:44