多難はあれどダイアンサスの樹を見つけ、共に調査をした仲間と別れた後のこと。
ぼろぼろになったコートをそのままに、街の集会所へ足を向けている。
「やぁ、アルトくん。意外と早く帰ってきたね」
そんなボクを呼び止めたのは、赤いジャケットに身を包んだ黒髪の女性、フィアだ。ボクがいない間、警護を代わってくれた張本人でもある。
「フィアさんでしたか。ええ、何とか責務を果たしてきましたよ」
「キミの顔つきで何となく分かったよ。それよりも、随分とボロボロになってるじゃないか」
「......ちょっと大変なこともあったからね」
昨日の夕方、ダイアンサスの樹を見つけるまでは良かった。けれど......
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za nna fottii! zi anlidii sz!
urt nna anlidi llo... nogl yaa!
urt cruaddo wsyera, nogl llo!
(近寄らないで! すぐ帰って!)
(立ち去らないのなら……排除する!)
(森を荒らす者は排除する!)
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ボク達を侵入者とみなして、森は荊を以って排除しようとしたのだ。
けれど、荒らす目的ではなく、保護する目的で訪れていたボク達には交戦の意思はなかった。できる限り荊を攻撃することなく、森へ説得を、対話を試みた。
あの場から逃げるって手もあった。けど、少なくともあの時のボクには......いや、今でも絶対に取らないだろう。
おっと、いけないいけない。今考えるのはそんなことじゃないね。
「ところで、アカネさんはどこに?」
「アカネ将軍なら、ちょうど新しく開拓する場所の視察から帰ってきたところだよ。今なら集会所でいろいろまとめているんじゃないかな?」
「ちょうど行こうと思っていたところだけど、やめたほうがよさそうだね」
こればかりは仕方ない。相手は組織の最高位なのだから。
「時間が合えば、僕の方から伝えておくよ。アルトくんは、ゆっくり休むといい」
「かたじけないな」
「何かあれば、アカネ将軍の方からキミを訪ねるんじゃない? その時にちゃんと話せばいいと思う。それに、正式な報告はキミの役目じゃないでしょ?」
「それは......うん」
調査の報告は、まとめ役のケンザからテル族の長、フラウトへとなされた後、会合の上で行われるそうだ。
「さぁさ、休んだ休んだ。まったく、誰も彼も働き者なんだから」
......そう言うフィアさんこそ、働き者なんじゃないかな......?
これは後で聞いたことだが、自分が離れている期間の穴埋めについて、真っ先に手を挙げたのがフィアだった。交代時間に顔を合わせてることもあって、同じ班の、他の2人とも問題なくやれるのは疑っていなかったけど、不思議な感じだ。
「それじゃ、ボクはこれで」
そう言い残して、宿へと向かった。
陽が頂を過ぎて間もない。普段であれば街の見回りと、外の見張りをしている時間。そんな時間に自分が泊まる場所にいられるのは、ここに来てからはほんの少しだけだ。
「前回よりはマシ……かなぁ。密度は今回の方があったけど、やっぱり期間が短かったし」
前回の調査では、1ヶ月もかかったのだ。それも証拠となるものは見つけられなかったのだから、徒労感も激しい。その時に比べれば、この疲労感はむしろ心地よいものと言える。ただ、気になることと言えば
「このコート、どうしようかな……」
調査中にボロボロになったコート。所々切れていたり、つぎはぎがあったりして、これを着て仕事をするのは無理がある。しかし、尻尾を隠すのにコートは必要不可欠だった。1着予備はあるのだが、捨てるわけにもいかない。
裁縫の技術は持ち合わせていないので、どこかで繕ってもらわなければならない。
「これを機に、始めるのも悪くは......いやいや、さすがに無理だよ」
誰もいない......正確には護のライラがいるが......空間でうんうんと唸る。
幸いなことに、これから先こんな目にあうような予定はない。じっくり人が来るのを待つのも、アルトにとっては容易なことだ。
「いつまでも葉や枝がついていても仕方ない。少し取っ払って置いておこう」
宿の入口でコートを少し払うと、自分が泊まる部屋に上がった。
集会所。
「——なるほど。アルト殿が帰ってきていましたか。結果は聞いていますか?」
「もちろん。彼ら、発見したみたいだね」
「それはよかった。とあれば、準備をしなければなりませんね。近いうちにフラウト殿から会談の申し込みがあるでしょうから」
以前持ちかけた『テル族の聖地の具体的な場所』が分かったとあれば、テル族は黙っているはずがない。もちろん、持ちかけた条件が満たされた以上、その場所への開発をやめることに異論はなかった。
「また、メタファリカですね? アカネ将軍」
(……ここは……どこだ?)
目を開けると、そこは緑に覆われていた。
いつも一緒にいるはずのライラの姿はない。
(ボクは家で眠っていたはず。だとすれば、これは夢か)
夢だというならば、ここまで意識がはっきりしているのはどういうことだろうか。
そう思った時、どこともなく語りかける声が聞こえた。
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(teru, tisslla berr.)
(テル、私が赦した星の子よ)
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それは、不思議な声だった。
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(lla……tharn wsyer zii?)
(あなたは……あの森の主?)
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言っていることは、感覚で理解している。
そして、こちらの問いかけに、向こうは答えてくれた。
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(na ffen. ffasul ar lla.)
(いない。そなただけに伝えたいことがあるのだ)
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(yaa.)
(lle saa cccaahal wsiiynr)
(en ffabu zeill sss utaab)
(bii )
(そう)
(そなたは、そなたらの中で、特に同胞を愛する者)
(故に、今の私をそなたにはもう一度見て欲しかった)
(私はーー)
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再び目を覚ます。
視界に映ったのは、無機質な天井。
ただ、夢で見聞きした内容ははっきりと覚えていた。森の主が伝えたかったことも、しっかり理解できた。けれど……
(今回のこと、皆に話しておくべきなんだろうか……)
ボクだけに接触してきたこと、その真意は分からなかった。
どちらにせよ、今ソル・クラスタに、こういった事象に詳しいだろうミネさんはいない。本を書くと言っていたし、当分ここに来ることもないはずだ。
同じようなことがあったか、アツタネさんやケンザさんに聞いてみる手はある。近いうちに会う機会があるなら、考えておこう。
(今は、今ボクができることをやればいいからね)
自分の仕事は3日後からまた始まる。それまで、しっかりと体を休めるとしよう。
あ......沙紗さんへの土産話、どうしようかな......