本編




 ハーヴェスターシャ様の元を離れてから、どれだけの年月が経っただろう。自分が作られてからというもの、クラスタニアの体制は大きく二度変化した。
 1回目はレーヴァテリア・クルセイダーにより、クラスタニアがアルキアの支配下から抜けた時。あの頃は思い出したくもない日々の連続だ。作られた当時から研究所に拘束され、自由のない生活。研究、実験と称して弄られた時の傷跡は心身共に深く刻まれている。レーヴァテリア・クルセイダーがいなければ、あの日々がもっと長く続いていたかと思うとゾッとするものがある。作られた体というものを呪ったことも、数えられないほどあることだろう。
 そして、2回目はたった今。クラスタニアの最高指導者となったアカネがレーヴァテイルと人間との宥和政策を発表したのだ。今まで人間は嫌悪し排除する対象として、クラスタニアの全てのレーヴァテイルに認識させてきたものが、これを機に変わることになる。
 だが、事情を知らないレーヴァテイル達は当然困惑している。元々クラスタニアのトップはハーヴェスターシャであり、彼女が目指していたものは人間を排除したレーヴァテイルだけの世界だからだ。だが、それも過去の話。今のハーヴェスターシャは、かつて見ていた傲慢さの欠片もなく、人間に対しての反応も全く違っている。その様子を見てしまえば、納得はできなくとも理解できてしまう。
 ハーヴェスターシャの変貌についてはアカネなら何か知っていると思うが、残念ながらまだそれを聞く機会は来ていない。彼女も自分と同じように人間でない何かだということはたしかだが、その正体を知る者はクラスタニアの将軍か、あるいはその直属の者くらい。作られた時から職が決まっているクラスタニアのレーヴァテイル達は、その差は当たり前のものとして受容しているが、こういう時はもどかしい気持ちになる。

「……ということですので、すぐに変えるのは難しいことだということは百も承知ではありますが、少しずつ慣れていくようにしてください。みなさんよろしくお願いします」
「はぁーい」
「アカネ将軍がそう言うなら」
「……」

 レーヴァテイル達の反応は実にそれぞれだ。納得している者、納得していない者、まだ理解が追いついていない者……。自分は概ね納得できているので、この件について特に言及するようなことは何もない。
 それ以外で気になっているのは、こういった時には姿を見せているクレハの姿がないことだった。ハーヴェスーシャやアカネがクラスタニア全体に対して何かをする時には必ずいた記憶がある。赴任しているトコシヱ隧道でも姿を見なくなったので、何かしら事情があるのだろう。
 そのことを、レーヴァテイル達がまばらになってから聞いてみた。

「フィア、どうしましたか?」
「いえ、クレハの姿が見えないなと。それに、最近トコシヱ隧道でも見てないので。アカネ将軍は何か知ってます?」
「ああ、彼のことですか」

 その名前を出した途端、ほんの少しだけ表情が険しくなった気がした。以前から感情を表に出さない彼女だったが、どうも今回は訳ありのようだ。

「……内容が内容ですので、場所を変えましょうか。少し待っていてください」





 行政区にあるやや手狭な一室、そこでアカネが話した内容は衝撃的なことだった。クレハのことだけでなく、ハーヴェスターシャのこと、惑星再生に尽力した人間やレーヴァテイル達のこと……中には知っている名前が出てきて驚きもしたが、ここ数年で起きていたことの経緯は大まかに理解することができた。
 クレハはソル・クラスタでは忘れられた存在、妖家だったのだという。この惑星再生の騒動の中で、アカネと共に行動していた人間達と対立して果てたらしい。当時のハーヴェスターシャを裏切った経緯についても彼が関わっていたということで、特にアカネの同期かつ友人であるフィンネルの扱いについても相当困惑していたようだ。

「なんかとんでもない話だね。あのフィンネルがそんなことに巻き込まれていたなんて」
「私個人としても大切な友人ですので心配ではありましたが、元気に戻ってこれたのでほっとしています」
「ですねぇ。彼女は今どうしているんでしたっけ? 以前はトコシヱ隧道の食堂で働いているのを見ていますけど、こっちもやっぱり最近は見てないので」
「今は私の補佐として動いてもらっています。本当はもう少し休ませてあげたいところではありますが、私一人でできることも限られていますので」

 今までとは違い、大牙やアルキアとの交流が積極的に行われることになる。また、死の雲海が消えたことにより、地表の開拓・発展も今後計画されることだろう。
 さらには『クレンジング』の人間に対する処置も重大な問題である。ここで言うクレンジングとは先の堕天峰襲撃のようなことではなく、捕虜となった人間の精神操作ーークラスタニアに対して従順になるようなーーのことを指す。年齢は様々だが、この処置を施された人間はスレイヴから解放されたとて通常通りに社会復帰することは困難を極めるに違いない。
 いずれにおいても、アルキア、大牙との連携は欠かすことはできない。今回の件で広く顔を知られているフィンネルはまさしくアカネの補佐として相応しいと言える。

「今回の発表、かなり衝撃は大きいですからね。他にも問題は山積みなところもあるでしょうし、適任だとは思いますよ」
「はい。ただ、フィアにも大牙との橋渡しとして一役買っていただくつもりですので、その時はお願いします」
「もちろん」

 大牙の情勢については、クラスタニアのレーヴァテイルの中では最も精通しているのが自分だった。アルキアから逃れた後、数年を経て諜報員として赴任してから今までずっと大牙にいることもある。人間でいえばほぼ人生丸々含まれる期間ずっと赴任しているということは、人間社会の世代交代も当然目にしている。コミュニティの重役とも顔が利くこともあり、対クラスタニアの交渉ごとについては自分を介したうえで最終的にアカネに通す手はずになっている。

「では、そろそろお開きにしましょう。フィアには大牙へ戻る時間もあるでしょうから、せめてここにいる間くらいはゆっくり休むように」
「りょーかい。アカネ将軍もあまり根を詰めすぎないようにね」
「はい」
 ーーとは言ったものの、定期的な診断の際に来る時を除いてずっとトコシヱ隧道にいたものだから、クラスタニアの自分の家には何一つものがない。最低限の衣食住ができる程度のものはあるが、それだけだ。

「どうしようかなぁ......」

 プロムナードを歩きながら思考に耽る。自分の家があるところまではもう少し歩く必要がある。
 実際のところ、クラスタニアの町に居場所はないも同然なのだ。クラスタニアのレーヴァテイルでありながら、人間社会に既に溶け込んでいる異端者であると、大半のレーヴァテイルはそういう認識だった。
 人間を嫌う者としては、大っぴらに態度に出しているところを見ているわけではないが、シュクレが良い例だろう。彼女はアカネやその他のレーヴァテイルに比べても、元に戻る前のハーヴェスターシャに近い思想の持ち主。今でこそアカネの元で大人しくしているが、反乱因子になるのは確信に近いものがある。
 それにしても......

「こうやって外を歩いていると、やっぱり眩しい。トコシヱで生活していると、この感覚が分からなくなりそうだ」

 自分が赴任しているトコシヱ隧道は山に洞窟を掘って作られた集落のため、灯りは全て人工のもの。蒼谷の郷や上帝門など、他の集落への道に出なければ陽の光を浴びることはない、そんな場所なのだ。そこで生まれた人間は一度も陽の光を見ることなく生涯を終えることもあるらしい。仕事の都合上、上帝門や堕天峰に行くこともあるため、人間の一生涯分の赴任期間の中で陽の光を浴びないということはないものの、その頻度は少ない。
 そんなことを考えているうちに家に着いてしまったらしい。4、50年放置されているだけあって、他の家にあるような華美な装飾は何もなく、逆に目立っている気がしないでもない。今回の招集で来た時に一度家の中の整理はしているため、埃を被っているなどということはないものの、この束の間の休息を過ごすためのものはない。一旦荷物を置いて買い物に出かける必要がありそうだ。
 ところで、β純血種は食事は不要なのだが、実際には精神的な問題でほとんどのレーヴァテイルがある程度決められた時間に摂っている。フィアの場合、トコシヱ隧道にいる時には自炊をすることもあれば、食堂などで食べることもある。当然ながら任務中などは摂れないので、一種の楽しみとしているのである。とは言うものの、フィア自身そこまで料理が上手いというわけではない。レシピを見て真似するくらいはできるが、その程度である。
 部屋の中で少しだけ逡巡して、買うものを決める。ここに戻ってくることは滅多にないことを考えると、余暇のためのものは持ち帰る荷物になってしまうので基本的に買わないようにしている。しかし、大牙にはないものもあるため、非常に悩ましい。交流が盛んになれば大牙の市場にもクラスタニアのものが並ぶ可能性もあるだろうが、クラスタニアの嗜好が大牙のそれとマッチするかどうかと考えると、それもまた頭を悩ませる。
 やはりここは最低限今夜と明朝の食事に必要な分だけに済ませたほうが良さそうだという結論に至った。まだ日没には時間があるので、ゆっくり買い物をしよう......そう思ったものの、とあることに気づいた。
 そう、移動手段が足だけしかないことだ。主要な商業施設は、自宅からだとそこそこの距離があり、荷物を持って移動するとなるとなかなかに苦労する。行政区からの道すがら、スクーターのようなもので移動しているレーヴァテイルがちらほらいたことを考えると、別の移動手段を持っておくのもありかもしれないと思う。それにも、やはり使う機会がほとんどない問題がつきまとうので、チャンスがあれば誰かに乗せてもらうのを選択肢に入れることにした。行きはなくてもどうにかなるだろうという判断だ。最悪、帰りも歩きになったところでたいした問題にはならないだろう。
 アカネ将軍にいつ呼ばれても問題ないよう、服装だけは整えておくことにしよう。





外に出たところで、懐かしい姿を見つけた。

「あれっ、エクレシアじゃーー」
「フィア〜〜〜! ひさしぶりぃ〜!」

 言い終わる前にあわや激突寸前まで迫ってきた人影をひょいと避ける。すると、突っ込んできたソレは慣性を止められずに、直前に閉まったドアに衝突してしまう。

「うぅ......フィアってば酷い」
「ドアを開けて出てきた瞬間に突っ込んでくるキミに言われたくないね。家を壊したら承知しないよ」

 ぶつけたところをさすりながら立ち上がる水色の髪の少女ーーエクレシアに対してそっけなく返す。
 彼女はフィアと同時期に作られたーーつまるところ、アルキアの支配下にあった時の同期である。フィアと同じ研究室で同じような扱いを受けており、支配下から逃れた時も一緒だった、全く同じ過去を持つ者同士だ。
 フィアと異なる点と言えば、先ほどから垣間見えるアグレッシブさであり、クラスタニアにおける職も全く違うところにいる。フィアが大牙における諜報の役割を持っていたように、エクレシアは抗争の中で行われる戦闘の最前線......つまるところクラスタニア軍の兵士として動いていた。
 カスタマイズが汎用型故に、アルキアの支配から解放された後に作られたレーヴァテイルに比べると戦闘要員としての特色は薄いとはいえ、この数十年危険な立ち位置でよく生きてこれたものだと素直に感心する。

「それにしても、まぁ久しぶり。いつぶりだったっけ?」
「ん〜最後に会ったのって、フィアが大牙の方に赴任する直前じゃない? 私の方はほとんどクラスタニアだったし、大牙はほとんど行ってないからね〜」
「そんなに前だったか」
「そうだよ〜」

 赴任地が違えば必然だろうと、そう納得することにした。

「今はあまり軍として動くことって少なくなりそうだけど、その辺は何か聞いていたりする?」
「ん〜、そういうのはまだかなぁ。たしかに、何も指令がなければ待機する時間も多くなるかもしれないね。でもでも、体制が大きく変わるわけだから何もないってことはないと思うなぁ」
「そうだね。人海戦術で用が出てくることもありそうだし、その時はまた忙しくなるのかな」
「そうかも〜」

 その後も今までそれぞれの身の回りで起きた奇怪な出来事や辛かったことなどの共有をしていた。数十年という長い時の中、それぞれに笑うことも怒ることも、悲しむこともあった。話は弾み、いつしか陽は傾き始めている。

「そういえばさ、今日の発表のこと、エクレシアはどう思った?」
「人間との宥和政策のこと〜? 争う理由がなくなったなら、別にいいんじゃないかなぁ。私たちは上の指令で前線に出ていただけだし、それが変わればそれに従うだけでしょ?」
「特に嫌っていう感じじゃなさそうだね」
「嫌っていうか、明確な拒否がないって感じ? 人間のことが好きってわけじゃないけど嫌いでもないし。話が通じる人間もいるからね。ずっと大牙にいたフィアのほうがよく分かっているでしょ?」
「たしかに、人間と一緒に過ごしてきた期間はボクの方がずっと長いけど」
「……こういうのって結局他人がどう考えてるかとか、そういうのってあまり関係ないんじゃない? そりゃ、組織としてある以上は一番上に立つ人の命令に従うのが正しいっていうのはあるかもしれないけど、その命令が本当に正しいかどうかとか、その命令に従うことが本当に正しいのかどうかなんて、その時の良し悪しの判断じゃなくて、結果的にどうなったかで考えるじゃない?」
「......」

 それはつまり、再びそのような指令が出た場合には、人間に対して武器を向けることを厭わないということ。エクレシアにはそれでもいいという覚悟ができているというのだろうか。

「ボクにはできないかもね」
「それでいいじゃん。軍人としてはたしかに良くないかもしれないけどさ、そういう風に思えるのって、ちゃんと自分の意思があるってことだし」
「でも......」
「でももだってもないでしょ。そんなうじうじ悩んでいたら百五十年なんてあっという間だよ。そんな暇あったら少しでも自分の意思に従って動いた方が有意義じゃない?」

 もう離れ離れに過ごしていた年月の方が圧倒的に長いというのに、それでもこうして檄を入れてくれるなんて思ってもみなかった。堪えているものが溢れそうになる。

「……そう……そうかもね。ボクがやりたいことか……」

 反芻して、深呼吸して、感情を整える。情けない顔は見せたくないから。

「ありがと、エクレシア」
「いいのいいの〜。悩み事はお互い様……ってちょっと違うか」

 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、のほほんとした表情に戻っている同胞。切り替えが早いのはなんとなく羨ましく思う。

「それよりさ〜、私が引き留めておいてなんだけど、なんかやることあったんじゃないの?」
「あっ」

 言葉とは裏腹に微塵も謝意が感じられないが、本来の用事を思い出させてくれたので総じてトントンとするか一瞬考えたものだ。

「そうだった。エクレシア、また今度ね」
「はいは〜い。まったね〜」

 早足で商業施設に向かう。旧友は自分の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「アレとコレと......うん、こんなもんか」

 商業施設を一通り回って必要なものを買い終えたところで、ちらりと窓の外を見る。陽は沈みかけているものの、まだ明るさは残っている。この分であれば完全に陽が沈むより前に帰宅できそうだ。
 彩音回廊が機能しているからというのもあるが、ここ数日は天候に恵まれている。このまま夜になったならば、星もよく見えることだろう。トコシヱ隧道にいる間はほとんど星を見ることはないので、この機会に十分に堪能するのも手かもしれない。きちんと教育されたレーヴァテイルしかいないために、トコシヱと比べると夜中に外出する時に警戒する必要がないという点や、害獣が出る洞窟の外まで歩かないといけないという点でも、クラスタニアでは星見を楽しみやすいという点もある。
 一部では星巡りというものが流行っているようだが、残念ながら自分にはその知識はない。とはいえ、星を見るなら何も考えずにその凛とした輝きを何も考えずに眺める方が良い。それがフィアの信条だ。そうしている間は何も考えずに済む。
 誰かと一緒に見ても良いかとテレモに登録されている連絡先を見ようとしたところで首を横に振って、操作していたテレモをしまった。今宵は一人で眺めることにして、もし誰かが来た時には一緒にその時間を楽しむようにすればいいと、そう考えたのだった。
 スクーターのようなものが横を通り過ぎるのを見届けながら帰り道を歩く。荷物がある分、行きよりもその速度は若干遅い。トコシヱ隧道では洞窟内の各所を繋ぐトロッコだったり、地底湖の岸同士を結ぶ船が主な移動手段となるため、今回のような長時間歩くようなことは多くない。歩いて街を見渡すという経験自体が少ないフィアにとっては、既に50年以上稼働している現在でも新鮮みを与えてくれるものだった。それに……

「やっぱり40年も経てば変わるよねぇ」

 クラスタニアには定期的に来ていたと言っても、基本的には行政区以外の場所は行っていない為、それ以外の場所はトコシヱ隧道に赴任する直前までの景色が記憶として残っている。そこから様変わりしている街の光景に物珍しそうになるのも仕方ないところだろう。
 根幹は変わらなくても、建物や道路の装飾などは大きく異なる部分がある。寿命が長いとは言え、クラスタニアを構成するレーヴァテイルも年月と共に変わっていく。それに併せて様子も変わるというわけだ。

「地図、買っておいたほうがいいかも? でもあまり来ないしなぁ……」

 クラスタニアより複雑な地形をしているトコシヱ隧道でさえ、もうすでに地図を使わないほどに地理を把握しているフィアにとって、地図を持って移動するという感覚がない。
 だが、クラスタニアではレーヴァテイル1人につき1つの住居が与えられており、当然街の中にはそれが並びに並んでいるため、居住区は迷路のようになっている箇所も存在する。何せ、およそ3万ものレーヴァテイルがクラスタニアにはいるのだ。そして、居住区は寿命であったり殉職などでいなくなるレーヴァテイルの発生により、定期的に入れ替えが発生する。
 その度に居住区の地図は更新されるということを考えると、地図を購入したところで次来る時には変わっている可能性が高いフィアにとっては、やはり不要だと思いたくもなる。

「うん、やっぱりいいや」

 と、来るたびに考えては買わないというループを繰り返していた。



 簡単に夕飯を済ませ、明日の身支度を整える。久しぶりの星見に心を躍らせ、てきぱきと作業を終わらせると、防寒用のコートを羽織って外に向かう。
 居住区には至るところが街灯で照らされているため、星見には向いていない。クラスタニアの端であったり、あるいは塔の上……つまるところ「クウ」まで行けば星見には良いのだが、後者はとても行けるような場所ではないため、前者を目指して歩いていく。そもそも、そういう場所があることだけ知っているだけで、どうやって行くのかは全く知らないのだった。
 そもそも居住実態がほとんどないためか、フィアの家は居住区の中では外周に近く、端まで行くのにそう時間はかからなかった。特に座れる場所があるわけではないので、服が汚れないようシートを用意してそこに寝そべった。
 特に天候も崩れることなく、澄んだ空が広がり、数えきれない星々がその輝きを放っている。今の心象とは全く異なるその光景にため息を吐きそうになる。そんなことを考えないために来ているのだから、今は煌々と輝く星々を見て陶酔しておくのが良いに決まっている。
 遅い時間だからか、スクーターを走らせるレーヴァテイルはおろか、その辺りを歩くレーヴァテイルもいない。ところどころ点在している住居から多少光が漏れているが、それだけだ。星見へはそんなに影響はないだろう。

「うーん、やっぱりここで見る星空はいいねぇ。なんなら毎日ここに来たいものだよ」

 寝そべりながら、たまには視界に映る星を数えてみたり、たまには星を繋いで線を書いてみたりーーそうしていくうちに時間は過ぎ、ふと時計を見ると日付が変わろうとする時刻になっていた。
 寝そべった状態からすくっと立ち上がり、広げていたシートを折り畳む。服に土などの汚れがついていないか確認して、帰路に着く。流石にもう灯がある住居もほとんどない。街灯に照らされた舗道は居住区のはずれだからか、整備しきれていない箇所が点々としている。
 道中、明日はどうしようかと考えたが”何もしない"ことを選択した。適当に流行りの音楽を流しながらぼんやりと過ごすのも、少ない休みの過ごし方だろう(それ以外にできることがないと言えばその通りではあるのだが)。
 何もしない、何も考えない、そうすることでどの程度疲労感が回復するのかは、今はもう考えないことにした。




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最終更新:2022年08月20日 15:42