ーー首都インフェリアーレ とある広場ーー
陽は落ちかけており、街灯があたりを照らす時間になっている。今宵は天候も良く、まだまだ人の姿も多い。
座れる場所は空いていないかと見渡してみるものの、残念ながら今はない。どうしたものかと広場の外周をぐるりと回り、結局その辺に伸びている木にもたれかかるようにして気を落ち着かせることにしたようだ。
「……ん?」
そんな中、見知った集団を見つける。
「おっ、こんな時間に珍しいな」
「あれ? レドル?」
同級生のシャルテ、ネリスがレドルへ声をかける。同じく同級生のメルフィールが手を振ってるのを認め、彼らの方へ足を向けた。
「どうしたんだ? みんな揃って?」
「偶然よ偶然。レドルもそうだけど、みんなお家近いでしょ?」
「そ、そうそう」
「まだ帰るのも何だと思って話し込んじまってよ」
メルフィールとシャルテはあっけらかんとしており、ネリスは若干おどおどしている。
レドルがちら、とネリスを見るとびっくりしたような顔を見せるが、すぐに元に戻った。何かを隠しているのは明らかだった。
レドルは分かりやすくため息をついて
「とりあえずオレを省いて何かやってたのは分かったけどよ。哀しいぜ、オレは?」
「ああっ、タンマタンマ。別にそういうわけじゃないって。むしろ逆ーー」慌てるメルフィールと
「あっ、おい」待ったをかけようとして遅かったシャルテ。
「ん? 逆ってどういう」
疑問に思ったレドルが再度ネリスを見る。すると、彼女は諦めたような仕草をしてから話し始めた。
「最近のレドル、上の空なこと、多い。私たち、気にする」
「別に俺たちだけじゃねーぞ? 他のやつらもそうだ。気づかなかったか?」
シャルテが学校がある方角を向きながら同調する。メルフィールもしきりに頷いていた。
「オレ、そんなだったか?」
自覚がないと、やや困惑した様子のレドル。そこに、メルフィールはびしっと指をさす。
「レドルはね、一人で何でもかんでも抱え込みすぎなのよ」
「そりゃ、考えて何かしら答えを出すのはお前の右に出られるのはメルくらいだろうよ。でもよ、抱え込みすぎてそれもできなくなるんじゃ意味ないぜ」
と思いきや、続いたシャルテの反応が予想外だったのか、その矛先はシャルテに変わる。
「シャルテ、そこは右に出る者はいない、でしょうよ。何でアタシだけ例外になってんのよ」
「いや、そりゃだってなぁ」
「メル、それはだめ。そこ、否定しない、でしょ?」
「ネリスまで……」
苦笑混じりのネリスに反論に詰まってしまう。
そこまで聞いて堪えきれなくなったのか、レドルは思わず吹き出してしまった。
「はは……いや、すまん。ほんとその通りだよな。せっかくこうやって仲間組んで色々やってんだから、頼れるものは頼れないとな」
「ちょっとレドル、アンタも否定しなさいよ」
「あ? オレより優秀なのに否定なんてできるかよ」
「〜〜〜〜〜〜相っ変わらずそういうところが嫌いだって言ってんのよ。まるで自分はここまでとでも言うみたいに」
「届かない壁は意識しない方が楽なんだよ」
「そんなの越えればいいのよ。越えた先の景色は絶景よ?」
「おいそれと挑発に乗る人間じゃないからな。誰かさんと違って」
「なんですって〜?」
完全に売り言葉に買い言葉だった。レドルとメルフィールはこうやって何度も、本当に何度も言い合っている。
「ふふ。いつものレドル、だね」
「ほんと、こういうのでいいんだよ。内に溜め込んでるものは発散させないとすぐ潰れちまうからな」
「もしかして、シャルテにも、そういうこと、あった?」
「……昔の話だよ。今はどうってことないし、気にすんな」
「そう……」
そんな会話は当然言い合っている二人には聞こえておらず、それからおよそ5分くらいは経った頃
「ああもう、せっかく成績も優秀なのに勿体ない」
「だからそれを上にいるやつが言うのはどうなんだって……ん? どうした?」
至って和やかな雰囲気になっているシャルテとネリスに気づいて、ようやく二人は口論を止めた。
「いや、いつものお前に戻ったなって」
「そりゃメルといる時は大抵こうだった……あ」
そこまで言ってから、レドルは何かに気づいたようだった。
「とまぁ、そういうわけだ」
「ああ、そりゃみんなも気を遣うよな」
「理解ったなら良いのよ」
「みんなも、先生も、安心」
「先生も?」
ネリスの言葉に疑問を抱いたレドル。それに対して、メルフィールとシャルテはうんうんと頷いていた。
「お前が席を外してた時な、先生が俺らに相談してきたんだよ。怖そうに見えるけど、あの先生結構ちゃんと見てるんだぜ?」
「先生からだと直接言いづらかったんでしょうね」
「マジかよ……」
知らなかったとばかりに両手を左右に上げて首を振った。
「んじゃ、次の登校日には礼を言っておかないとな」
「ねぇ、アタシたちには?」
「まぁ、ちょっとばかり滅入ってたというか、不慣れなことばかり考えたたからな。発破かけてくれてありがとな」
「……あのレドルがこんなにも素直に……明日は雪が降るのか?」
わなわなと震えるシャルテに、レドルは容赦無くその鳩尾に拳を突き入れる。体を折って咽せる彼を横目に、メルフィールは続けて聞いた。
「それで、例の件はどうなの?」
例の件、とは天覇のサービスで不具合があった件のことだ。天覇との会議の前に、彼女には既に話をしている。
「進展はあった。あったはあったが、とんでもないところに足を踏み入れた感じはあるな」
「やっぱりただの不具合じゃなかったのね?」
「結論としてはそういうことになる。が、これ以上は悪いが今は言えない」
「どうしてよ?」
「今回の状況から掴めた情報それ自体が相当なものだからな。天覇の人からも口止めされているから、オレの一存で話すことはできない」
それを聞いた一同が再び不安そうな顔をする。それを見たレドルは否定するように手を振って
「あ、いや、この件に関してはちゃんとアテにできる人がいるからさ。あまりそういう目で見ないでくれよな?」
「大丈夫ならいいんだけど……その、あんまり無茶しないでよね?」依然心配そうなメルフィール。
「ああ、約束する」
「遠く、行くわけじゃ、ないよね?」同様のネリス。
「今のところはな」
「もし行く時はちゃんと言えよな」ようやく回復したシャルテ。
「可能な限りはな」
それぞれに向き合いつつ答えるレドルに、もう3人とも不安はないようだった。
「一旦は大丈夫そうね。それじゃ、お開きにしましょ。だいぶ遅くなっちゃった」
「おう」
「またね」
「じゃあな、レドル」
気づけば夕陽は見えなくなっており、すっかり暗くなっていた。学生だけでもまだ咎められない時間帯とはいえ、家族は気になりだす頃だろう。
ネリス、シャルテとは別れ、メルフィールは方向が同じなため、途中までは一緒に帰ることになった。
「よかったわ、いつものレドルに戻って」
「心配かけたな」
「あ、別に借りに思わなくてもいいわよ? アタシたちの仲だしね」
「まぁどっちでもいいけどさ。そう言うのなら」
先ほどとは打って変わってのほほんと話すメルフィールに頭を悩ませたが、すぐ頭を振って真剣な表情に戻した。
「今回の件は話せる段階になったらちゃんと話すよ。限度はあるかもしれないけどさ」
「それはそうしてくれると助かるわね。やっぱりちゃんと事情は知っておきたいし」
「……まぁ、そうなる日が遠くないとも限らないんだけどな……」
「ん? なんか言った?」
「いや、この重荷が取れる日が恋しいなと」
「そりゃそうね」
小さく伸びをしながら受け答えをしていたのか、レドルの言葉は若干聞こえていないようだった。レドルにとっては、それが好都合だったかもしれないが。
しばらく歩くと、帰路が別れるところに着いた。
「それじゃ、またな」
「ええ、また今度ね」
お互いに手を振ってから、それぞれの帰路に足を向けた。