後日談:災難を乗り越えて......




 —プラティナ 大聖堂—

「……それは災難でしたね……」

 プラティナの文官として勤めている沙羅紗は、数日前に遭遇した事の顛末を報告するため、大聖堂に訪れていた。
 第二期、ミュールの反乱の際に堕とされたホルス右翼で起きた崩落。未だ稼働し続けるガーディアンの存在。死闘の中で聞いた初代星詠リューンの声……。報告すべきものはたくさんあった。
 今この場には、リンケージを纏った第一塔の管理者シュレリアと、プラティナ総帥のレアードがいる。シュレリアの表情は読めない。対してレアードはやや顔を顰めていた。やがて……

「分かりました。第三塔からの避難者達を考えれば地表の開拓は急務ですから、実戦経験のある方をもう少し派遣するようにしましょう。それから……沙羅紗はもう退役した身なのですから、あまり無理はしなくてもいいのですよ?」
「……今回は……偶々です」

 『元星詠』という来歴を慮るシュレリアの言葉にどう返そうか迷った沙羅紗だったが、その間を言及されることはなかった。

「まぁ、なんだ。今回の功績に免じて、減らしていた支給金は少しだけ戻しておく。あまり無駄遣いはするなよ?」
「ん……」
「相変わらず素直じゃないですね、レアード」

 レアードの言葉に、リンケージの下から笑みをこぼす管理者。そのやりとりに懐かしさを感じながら、沙羅紗は暇を告げる。

「それでは……私はこれで」

 死闘を共にした人が、近日ネモでイベントを開くと言っていた。出来ることなら、それに間に合うように準備を進めておきたいところだ。

「あ……」

 大聖堂を後にした沙羅紗は、広場にさしかかった時点で何かを思い出したようだ。

「オボンヌ……せっかくだから皆にも……」





 —カルル村— 

 ホルスの翼の辺境にある、ここカルル村は比較的人口が少ない穏やかな村だ。数年前にオルゴール屋が出来て以来、やや活気を見せている。また、近くには謳う丘を筆頭とする遺跡が点在しており、それらを目的に冒険者が立ち寄ることも多い。

「頼まれた品、これだな?」
「助かったわ。これ、お礼ね」

 依頼を済ませ、報酬を受け取った青年ーーカイはそれを懐へしまうと、宿へ歩き出す。
 かつてメタ・ファルスの大鐘堂に所属していた騎士の一人だが、今はその実践経験を生かして傭兵稼業をしているのだ。

「おかえりなさい。意外と早かったわね」
「そんなに面倒なものは多くなかったからな。そっちはどうだ?」
「こっちも丁度終わったところよ」

 調合器具をしまいながら返事をするレーヴァテイルのノイエ。そもそもソル・シエールに来た理由は彼女が行きたいと言ったからである。パートナーであるカイはそれに頷いた形だ。
 元々メタファリカで薬屋を営む彼女は、メタ・ファルス特有のレーヴァテイル、I.P.D.だ。メタファリカが誕生する前のI.P.D.の扱いは非常に悪く、その時から自分の正体をひた隠しにする習慣が今でも彼女には残っている。詩魔法を滅多に使わないせいか、レーヴァテイルと見られないことも多い。
 最近彼女が謳ったのは、数日前に遭遇した地表での出来事だった。その時の疲労で昏倒したものの、今ではその面影は全く伺えない。

「出発はいつにする?」

 出発、それは空港都市ネモへ発つということだ。

「そうね……そろそろ出ようかしら。日が沈む前にネモの近くまで行きたいし」
「分かった」

 カルル村とネモを繋ぐチェロ森を抜けるには、少なくとも一日は歩かなければならない。
 早速部屋を畳み、カルル村の宿を後にする。そこへ……

「おっ、ノイエさんにカイさんじゃないっすか。こんなところで奇遇っすね」

 二人に声をかけてきたのは、同じくメタ・ファルス出身のマークだ。彼は大鐘堂騎士を志しており、今は様々な経験を積むべく旅をしているという。
 メタファリカが誕生してから、彼らには仕事上の付き合いがあった。薬屋をするノイエに、マークは狩猟生活の中で手に入れた薬草の類を提供しているのだ。それ

「その荷物……宿を引き払ったんすか?」
「そうよ。これからネモに行くところなの」
「ネモ……あぁ、アレか。カンナさんの」

 ネモと聞いて、合点がいくとばかりに手を叩くマーク。

「それなら一緒に行きません? ちょうど俺も行くところだったんで」
「あぁ、一緒に行こう。人は多い方が楽しいからな」
「でも、いいの? 最低でも一回は野宿するよ?」
「ノイエさん、俺を誰だと思ってるんすか?」

 しばらく狩猟生活を送っていたマークにとって、それは朝飯前だった。無論それは彼女も分かっているが、それでも聞かざるを得ない、というのが本心だった。
 カイはそれを笑って聞き流していたが、少しの間話し続けていた二人を宥めると出発を促す。

「話は歩きながらでもできるし、そろそろ出発しようか。





 —チェロ森—

「ところで、マークさんはどうしてカルル村にいたんだ?」

 落ちている枝を踏みながら、隣を歩くマークに問うカイ。後ろには薬にできそうな草花を採取しながらついていくノイエの姿がある。

「カイさんは、『グラスメルク』って聞いたことあるか?」
「あぁ……少しだけな。俺らがやってる調合とは違う技術、ということは知っている」
「それを教えてくれる人が、あの村にいるって話を聞いたんだ。せっかくだしやってみようかと思ったんだがな」
「ん? ダメだったのか?」
「あぁ、もう亡くなっていたみたいなんだ。かなりお年を召していたらしいな」

 カルル村でグラスメルクを教えていたポチョマーは、惑星再生以前から既にかなりの高齢だったようだ。ホルスの翼でも彼ほど長生きする者はほとんどおらず、亡くなった際には彼から学んだと思しき多くのメルクが葬式に出席したらしい。

「そうか、それは残念だったな」
「少し楽しみではあったんだが……こればかりは仕方ねぇ」

 深くため息を漏らすマーク。それも束の間、今度は興味ありげに後ろのノイエの方を向いて

「それにしても、アンタ達は特殊な組み合わせしてるよな」
「「何のこと?」」

 全く同時に疑問を投げる二人。マークは少し腹を抱えて笑うと疑問に答えた。

「いや、すまん。だってよ、二人ともこれだろ?」

 そう言ってマークが見せたのは一丁のハンドガンだった。

「あぁ、それのことね」

 ノイエとカイはパートナー同士でありながら、二人ともハンドガンを得物としている。そのことにマークは目を付けたのだろう。

「ノイエさんはレーヴァテイルなんだし、もう少しそれらしくしてもいいんじゃないか?」
「うーん……マークさんは知らなくても仕方ないかもしれないけど、謳うのも結構疲れるのよ。詩魔法はたしかに強力だけど、そんな頻繁に使えるようなものじゃないわ」
「そうなのか? 沙羅紗さんを見る限りじゃ、そんな風に思えないんだが」
「それは……彼女がβだから、じゃないかな。まぁとにかく、私はあまり謳わなくても戦えるようにしてるわけなのよ。それに、コレなら離れたところでも互いに援護出来るからね」

 いつの間にか取り出したハンドガンを左手で器用に回す。騎士隊に所属していたカイや、狩猟生活をしているマークに比べればやや劣るかもしれないが、その辺のごろつきに比べれば彼女の得物の扱いは大したものである。

「なるほどな。教えたのはカイさんが?」
「あぁ、そうだ。元々その気はなかったんだが、スラムにいた頃コイツが興味を持ってな」
「なるほどな……って、カイさんもスラムにいたんすか……」

 パスタリアのスラムは嘗て、I.P.D.を筆頭とする、真っ当に生きることを否定された者が集う地域だった。元々騎士をやっていたカイがそこで過ごしていたとなれば、それを疑問に思うのも仕方ない。

「……色々と、複雑な事情があるんだよ。ーーまぁ、興味があるならってことで少し教えたら、すぐに扱えるようになってな。持ち前の器用さってのは怖いもんだよ」
「あ〜……たしかにノイエさんは器用っすよね。俺も間近で見たんで、分かります」

 強引な話題転換の意図を汲み取り、敢えてそれに合わせるマーク。内心ほっとするカイを横目に、ノイエが反論した。

「あんなのは器用なんて言わないわよ。それに、マークさんだって人のこと言えないくらい器用じゃない」
「ははは……それはイメージの問題だろうな、ノイエ」
「それって、どういうこと?」
「つまり、だ。マークさんはこれまでの狩猟生活の経験から滲み出る雰囲気があるから、器用な面を見せても意外に思われることはない。だけど、ノイエは端から見れば一般的な女性にしか見えないから、器用な面を見せれば意外に思われるってことさ」
「む〜……釈然としないわ」
「俺は他の人と比べてお前のことを少しは理解してるつもりだし、今までのお前を見れいれば不思議とも思わないがな」
「やっ……そんな恥ずかしいこと言うんじゃないわよっ!」
「痛っ」
「ははは……仲が良いようで何より……」

 パートナー同士でじゃれあう二人を眺めるマークは引きつった笑いを浮かべていた。
 結局、ネモに着いたのはそれから二日後のことだった。





 —空港都市 ネモ—

「つ、疲れたぁ……」

 用意された椅子にどかっと座り、だらしない姿勢になる女性。リハーサルを終えて、少し疲れている様子だ。

「カンナさん、お疲れ様でした……とはいっても、本番は明日ですけどね」
「はは……そうだね〜」
「それにしても、カンナさんの妙技、いつ見ても素敵ね」

 カンナーーそう呼ばれた女性は、ソル・クラスタのレーヴァテイルだ。第三塔が消滅したことによりソル・シエールに避難してきたというのだが、なんでも大道芸人をやっているとのこと。その練習を偶然にも見かけたホールのスタッフが彼女を誘ったのだ。

「ありがとー。スタッフさんも、次は客席で見てみる?」
「……是非そうしたいところですが、カンナさんの本番が終わるまでサポートするのが私達の仕事ですので」
「ふふ、スタッフさんも真面目だねぇ」
「カンナさんを誘ったのは私ですから。……と、そういえば先ほどおっしゃっていた方々は招待なさっているのですか?」

 リハーサルが始まる前、つい口から漏らした一週間ほど前の出来事。そこで共に戦った人達には、明日の本番のことを伝えてある。

「うん。あの人達には少し見せてるんだけど、どうせならちゃんとしたステージで見せたいじゃん?」
「……なるほど」
「あ、そうだ。明日の本番が終わってからなんだけどさーー」






 ネモはソル・シエール全土にとどまらず、メタ・ファルスやソル・クラスタをも結ぶ空港都市というだけあって、人通りはかなりのものだ。もう日は落ちかけているというのに、空港の周辺は旅行客で溢れている。
 プラティナから飛行艇で来た沙羅紗もその一人だった。小さくない荷物を背負って歩いている。

「うぅ……人混み……好まない……早く……休みたい……」

 どうしても慣れない環境に鬱々としながらも、宿を目指して歩いていく。何をするにしても大きな荷物は邪魔になるだけなので、それをどうにかすることが先決だった。
 急ぎ足で歩いて、特に何かを聞こうとする意識はなかったのだが

「ーーふぅ、ようやく着いたわね」
「まったくだ。どこかの誰かさんが採取に精を入れすぎなければ、ここまで時間はかからなかっただろうに……」
「あーっ、ひどーい」

 ふと聞こえてくる、やや幼げの残る声。まだあれからあまり日が経っているわけでもないのに、酷く懐かしく感じられる。一緒にいる、僅かに記憶に残る声は誰だろうか。

「ははは……たしかに、否定はできねぇな。でも、良いモンは手に入ったんだろ?」

 そしてもう一人、別の男性の声だ。これでもう確信した。
 離れないうちに声のした方向へ向かう。体力がないので、息切れしない程度に。

「三人とも……久しぶり」
「あれっ……沙羅紗さんじゃないっすか。もしかして、沙羅紗さんもアレを見に?」

 真っ先に気付いたのは茶髪の青年、マーク。つられるように、ノイエやカイも気付いたようだった。

「私も……ってことは……マークさん達も……?」
「そうよ。久しぶりね、沙羅紗さん」
「ん……元気そうで何より……」

 ふと見ると、三人ともそれぞれに大きな荷物を持っている。またあちこちに土が付いていて、全体として見栄えが良いとは言えなかった。

「三人とも……何してきたの? 土……あちこちに付いてる……」
「うおっ!? マジか?」
「あれだけ動き回ったら、そりゃそうなるよなぁ」

 指摘に驚くマークと、うんうんと納得しているカイ。対照的な反応に思わず笑みが溢れる。

「その荷物を見ると、沙羅紗さんもこれから宿に行くところなのよね? それなら私たちと一緒に行かない?」
「ん……そうする」

 ノイエの提案はごもっともだった。特に断ることもないので、二つ返事で了承する。





 —宿屋 宵の奏月—

 イベントの前日とあって空室はほとんどなかったが、幸運にも二部屋だけ空いていた。そこで、男性陣と女性陣でそれぞれ分かれて泊まることにした。翌日の朝まで自由行動とし、それぞれの夜を過ごしている。
 大鐘堂の騎士を志すマークは、以前そこに所属していたカイの話を聞いていた。当のカイは荷物の整理をしていたが。

「ーーここまで話しておいてなんだが、俺が大鐘堂を辞めたのはもう十年も前だ。それに、かつての戦友とも連絡を絶っているし、今の大鐘堂のことはほとんど分からないんだ。」
「いやいや、それでも参考になりますって」
「それならいいんだが……」

 大鐘堂騎士には一年の見習い期間がある。その期間が終われば晴れて本隊に所属することになるという。ちゃんとやっていけるようになるのは、さらにそこから数年かかるとのことだ。カイは、その数年の間に辞めることを決めたらしい。

「こんなこと言うのは失礼かもしれないっすけど、カイさんは戻らないんすか?」
「メタファリカが出来る前の体制からは変わってるとはいえ、大鐘堂にはあまり良いイメージを持っていなくてなぁ。今のところ戻る予定はないな」
「なるほど……」

 あまり聞いちゃいけないことだったか、とやや後悔した。荷物を整理する手を休めることなく、カイは続けた。

「ま、だからと言ってマークさんがどうするかは俺が決めることじゃない。それだけ固い意志があるんだ。そう簡単には揺らがないだろ?」
「そうっすね。大鐘堂騎士はすごく憧れてますから」

 マークの騎士への想いは並々ならぬものではない。今は亡き彼の父もカイと同じくかつて大鐘堂の一兵卒を勤めていたことも、それに拍車をかけていた。
 そして、もう一つ気になっていたことを問いかける。

「カイさんが大鐘堂で学んだこと、よければ教えてもらえないっすかね?」





 一方の沙羅紗も、スケジュールを確認しながらノイエに質問攻めをしていた。ノイエは、あまりに答えづらいものは極力はぐらかす姿勢を取っていた。彼女曰く、「カンナさんがいる時にまとめて説明したい」とのことだ。
 しかし、それで沙羅紗が止まることもなく、結局一時間に渡ってずっと同じ調子である。やや疲れ気味のノイエは、ネモに来る途中で採取した薬草のチェックをして気を紛らわせていた。

「……メタ・ファルス特有のレーヴァテイル……少し分かった」
「これ、いつまで続くのかしら……?」
「大丈夫……これで終わり」

 それを聞いて大きく息をつくノイエ。沙羅紗としてはそれなりに満足のいく内容を聞けたと思っている。
 そもそもの発端は一週間ほど前のことだ。崩落したホルス右翼で聞いた、沙羅紗の詩魔法とは全く異なる詠唱だ。その時対峙していたガーディアンも彼女を『不明』と分類していた。それは、彼女が普通のレーヴァテイルではないことを如実に表している。
 第二塔ソル・マルタが聳えるメタ・ファルスーーその地においてメタファリカ大陸の誕生に貢献したと聞く大勢のI.P.D.ーー彼女はその一人だという。

「気分は、平気?」
「……え?」
「あの時、倒れたから。まだ、あまり日は経ってない」
「あ、そのことね。それについては全然気にしなくていいわ。あの時は消耗が激しかった上に、余計に疲れることをやったからだから。それを思えば、自業自得ね」

 やや自嘲気味に言うノイエ。その立ち振る舞いは、特に無理を押しているようには見えない。

「貴女達は第三世代……私達とは違う。延命剤、欠かせない」
「そうね。延命剤が必要ないってのは少し……いや、かなり羨ましいわ。入れる度にあんな苦痛味わうなんて……」

 今度は憤慨しながら、それも身振り手振りを付けつつ言っているので、同情を禁じ得ない。
 第三世代にとって延命剤が不可欠なのは紛れもない事実である。少し前のソル・シエールでは、教会か天覇に所属していない場合は高額な金を支払って延命剤を購入する必要があった。今ではその価格も少しずつ抑えられてきたものの、それでも三ヶ月に一度の頻度で買うものとしては高いものである。
 メタ・ファルスでは全てのレーヴァテイルに無償で提供しているため、金銭面の問題はないとのことだった。ソル・シエールに比べると、レーヴァテイルの扱いはかなりマシなのだろう。

「あ、そうだ。私も訊きたいことがあるんだけどーー」





 四人が思い思いの(?)夜を過ごしている中で、カンナは一人イベント会場に近い宿に泊まっている。

「いよいよ明日かー。あの時は吃驚したけど、スタッフさんに会わなかったら今ここにはいなかったかもしれないね」

 特に相手がいるわけでもなく、部屋の中で呟くカンナ。今ここには宿泊用の荷物しかなく、イベント用の荷物は全て控え室の方に預けてあるのだ。
 そのせいもあってか、部屋はやや広く感じられる。ゆっくり休むには十分だった。

「今、あの人達はどうしてるのかな?……もうみんな集まってたりしてね……。そしたら、楽しそうだなぁ」

 明日のイベントに招待した仲間達のことを思い浮かべる。
持参したゲロッゴ枕に頭を乗せて、

「期待しててね、みんな」





『本日はご来場頂きまして、ありがとうございます。開演まで、しばらくお待ちください』
「さすがに人が多いな。はぐれないように注意しないと」
「うぅ……多い人……苦手……」
「沙羅紗さん、大丈夫?」
「あまり無理すんなよ。こんなところでぶっ倒れても困るからな」

 スピーカーから流れるアナウンスを聞きながら、会場内を歩く四人。マークが先頭、ノイエが沙羅紗に寄り添う形で、カイが一番後ろという順番だ。

「慣れてないものは仕方ないな。なるべく合わせて行くか」

 前を行くマークがやや歩速を緩め、自然と全員の距離が詰まる。持っている荷物は最低限のものだが、ノイエと沙羅紗は男性陣に比べてやや多いように見える。

「ん? それなんだ?」

 至極当然として、マークは疑問を口にした。だが

「ダメ、秘密」
「後のお楽しみってことで、諦めなさい、マークさん」

 一蹴されてしまう。やや肩を落とすそぶりを見せて、違う話題を切り出した。

「それより、カンナさんはどんな衣装で出てくるんだろうな」
「あいつのことだし、結構ド派手な格好してくるんじゃないか?」
「……楽しみ」

 やがて受付に着くと、兼ねて言われていた通り名前を出す。すると、やや慌てたようにスタッフがどこかへと走って行った。彼はすぐに戻ってきたが、もう一人別の女性スタッフがいる。

「ようこそお待ちしておりました。カンナさんがお呼びした方々ということでお間違いないでしょうか?」
「そうね。ここにいる四人で全員よ」
「かしこまりました。特等席をご用意させていたいていますので、どうぞこちらへ」





『レディース・アンド・ジェントルメーン!! ようこそ私のステージへ! 今日はいっちょ派手にやっちゃうよー!!』

「うわっ、こりゃすごいな」
「まさか、ここまで派手にしてくるなんてね」
「……はじめて見た……」
「何をどう考えたらあんな衣装になるんだ?」

 ステージ上に出てきたカンナの衣装に対する評価は言葉の違いこそあれ、四人の意見は同じようなものだった。

「しかし、この場所を用意してくれたカンナには感謝だな」
「遮る物……何もないし、見やすい」

 スタッフが連れてきた客席は、他の席と違って予め押さえてあった席とのこと。ステージを見たときに全く邪魔されることがない場所なのだ。

「おい、早速何かやるようだぞ」





「本当にお疲れ様でした、カンナさん」

 今回披露する全ての芸を終え、控え室に戻ったカンナを迎えたスタッフ。そんな彼女に、カンンナは手を伸ばして礼を言った。

「貴女がいなかったら私はここに立てなかったと思う。ホントにありがとう、スタッフさん」
「カンナさんの役に立てたのなら、スタッフとしてこれ以上嬉しいことはありませんよ。これからの活躍も期待しています」

 スタッフもそれに応え、握手を交わす。

「あ、そうだ。あの人達は?」
「もうじきいらっしゃるかと……噂をすれば、ですね」

 複数の足音と、聞き慣れた声。コンコン、とドアをノックする音とともに、男性スタッフが来客を告げる。

「失礼します。カンナさんの知人をお連れしました」
「はーい、空いてるのでどーぞ」

 男性スタッフはもう一度「失礼します」と言ってから扉を開けた。

「よ、カンナ。久しぶり……でもないか」
「お疲れ様、カンナさん」
「……すごかった……」
「わわっ。みんな、来てくれてありがとー!」

 知人の来訪にはにかむカンナ。少し離れたところでそれを見ているカイに気付くと、彼に手を振りながらこちらへ誘う。

「ね、カイさんも混ざろうよ。ノイエさんのパートナーなんだから、遠慮しなくて良いよ」
「す、すまん。こういうのはどうも苦手でな。ま、まぁ招待してくれたことは感謝しているよ」

 ぎこちない笑みを浮かべながら答えるカイ。対象的にカンナは満面の笑みを浮かべながら強引にカイを輪の中へ引っ張り込む。

「では、カンナさん。私たちはここで失礼します。またの機会、楽しみにしていますよ」
「うん。今日までありがとね!!」

 二人のスタッフが暇を乞うとカンナは礼を告げ、再び皆の方に向き直る。

「さて、と。せっかくだし、もう少し広い場所に行かない? ここじゃちょっと狭いからさ」





 五人が向かったのは会議スペースと思しき部屋だった。既にテーブルと人数分の椅子が用意されている他、カップや紙皿などの品まで準備されていた。

「それじゃ、お披露目といこうかしら」
「ん、私も」

 ノイエと沙羅紗は、宿から持参した荷物を広げ始める。それを見守る他の三人はそれぞれ顔を合わせると、互いに困った表情を浮かべた。
 まず沙羅紗の荷物から出てきたのは、大量のオボンヌだった。ソル・シエールの人々が好んで食べるお菓子ということらしい。ソル・シエールに一年近くいるカンナやノイエ、カイにとってはやや馴染みのあるものだが、時間が短いマークは頭にはてなマークを浮かべている。

「それ、なんだ?」
「オボンヌって、お菓子。ソル・シエールの名物。そのままでもよかったけど、焼いてきた」
「へぇ、美味そうだな」

 続いてノイエが出してきたのは、香ばしい匂いがする茶葉だ。そんなものをここで使って大丈夫なのか不安ではあるが、ノイエ本人は気にしていない様子でどんどん出していく。

「湯沸かし器もあるし、ちょうどよかったわ」
「……なかったらどうするつもりだったんだ?」

 こめかみに手を添えながら呆れるカイ。あっけらかんとするノイエはそれらを使ってだし茶を配る。

「おぉ、良い香り。これって、ノイエさんが選別したものなんだよね?」
「そうよ。お店とかに出回ってるかどうかは分からないけど、ちゃんと飲めるものになってるから心配はいらないわ」
「さすがは薬屋をやってるだけあるな。その辺の知識は俺は持ってないし」
「……ノイエの店……興味ある」

 しばらく茶や菓子で過ごしていたが、やがてカンナが話を切り出した。

「ところでさ、皆は今まで何をしていたの?」

 今まで今日の本番に向けて練習と確認を重ねてきたカンナにとって、それは至極当然の疑問だった。それぞれの帰る場所へ帰り、その後何をして過ごしていたかは気になるものだ。

「私は、カルル村の方で過ごしていたわ。あそこは自然も多くて過ごしやすいから」
「俺もノイエと一緒にカルル村にいた。まぁ、いつも通りノイエの手伝いをしたり、他の人の依頼を受けたりしていた」
「私……プラティナで地表でのこと、報告した。それ以外は……いつも通り、文官の仕事」
「俺はせっかく来たんだしいろんな場所を観光してたな。宿を借りることはあまりなかったが、ソル・シエールもなかなかいい場所だって思ったな」
「あれから、みんなあまり変わりないんだね。でも、それが普通か〜」

 カンナは笑いながら話している。ステージで見せていた笑顔とは違うものだが、それに気づいた者はいなかった。

「あ、でも……」

 ノイエが何かを言いかけ、しかし口を閉じる。躊躇する様子にカイはため息をついた。

「……全く、心配性なのはいつまで経っても治らないな」
「ノイエさん……?」
「俺たちは、そろそろメタファリカに帰るつもりなんだ」
「えっ、そうなの?」

 びっくり仰天と言わんばかりにノイエに駆け寄るカンナ。共に過ごした時間は短くても、別れは惜しいのだろう。

「……最後まで楽しいままでいたかったから、言わないまま帰るつもりだったのに……」
「ノイエさん……勘違いしてる?」
「え……?」

 思いがけない指摘に細い体が震える。それに気づかないふりをして沙羅紗は続ける。

「もう会えないって……決めつけてること。それは……間違い」
「そうだよー。みんな忙しかったとしても、会いに行く時間を作ればいいんだから」
「それに、少し前に比べれば交通の便も良くなってるんだ。会いに行こうと思えばいつでも行けるだろ?」

 沙羅紗が、カンナが、マークが頷く。ノイエはやや考えていたが、やがて何かを振り切った様に顔を上げた。

「みんな……うん、そうね。湿っぽくしちゃってごめんなさい」

 その表情はとても晴れやかだった。
 しばらく談笑は続き、やがて時刻は夜を告げる。

「あ、もうこんな時間ね。ごめん、そろそろ帰らないと……」
「え? ノイエさん、まだ宿の刻限は先だろ?」

 席を立ったノイエに驚いたマークが咄嗟に宿の案内を確認する。

「すまない、あいつにはどうしても外せない習慣があるんだ。行かせてやってくれないか?」
「ホントはもう少し話したかったけど、それなら仕方ないね」
「……習慣……邪魔するわけにもいかない」
「ところでノイエ、この残りは俺が持ち帰るのか?」

 そそくさと荷物をまとめ、帰る準備を始めるノイエ。テーブルに残っている持参物を見たカイが確信を持ちながらも確認した。

「えぇ、そうよ。よろしくね」
「はぁ……やっぱりそうなるか」
「あはは。やっぱり二人は仲がいいね」
「あぁ、羨ましいぜ。俺もそんな相手がいたらな」
「……懐かしい感覚……」

 そんな二人のやりとりを見て茶々を入れるカンナとマーク、そして一人回想に耽る沙羅紗。彼女はかつてパートナーがいたが、今は別れて一人ということらしい。

「さて、と。これでよし」
「ノイエ。街中とはいえ、気をつけて帰れよ」
「はいはい。分かってるわよ」

 まとめ終わった荷物を持って、皆の方へ向く。

「カンナさんとは、ここでお別れかな。他の皆は宿が一緒だから、帰るまでは話す機会はまだまだあるけど」
「えー!? みんな一緒だったの!? 私も混ざりたい〜!」

 衝撃の事実と言わんばかりにじたばたするカンナ。やれやれ、と言わんばかりにため息をついたマークは説明を付け加える。

「まぁ無理だろうな。今日のイベントのためだけに借りた宿だし、明日には引きはらっちゃうからよ」
「うー、残念……」
「それじゃ、また会いましょ?」
「うん。機会があったらノイエさんの店にも行くよ」
「ふふ、期待してるわ」
「ノイエさん、また後でな」
「……帰ったら、またお話ししたい」
「う……それはちょっと勘弁したいかな?」

 そう言って、ノイエは部屋を後にした。






「これで、しばらくはノイエさんと会えないのか〜。彼女、メタ・ファルス出身って言ってたっけ?」
「……まさか、次はメタ・ファルスでやるとか言わないよな?」
「そのまさかだよ……と言いたいけど、もう少し安定してからかな」

 大正解、とばかりに両腕で丸を作ったカンナだったが、沙羅紗は続いた言葉に疑問を抱いた。

「安定……何が?」
「あれ、私言ってなかったっけ? ソル・クラスタから避難してきたってこと」
「レーヴァテイルだとは言っていたけど……それは初耳」

 崩落に巻き込まれた時に言っていたことを思い返して、ふるふると首を横に振って否定する。
 この場にはソル・シエール、メタ・ファルス、ソル・クラスタのいずれの地域の出身者もいるということになった。

「こんな偶然もあるんだな。全ての地域の人が集まるなんてよ」
「そういえばそうだねー。言われるまで気がつかなかったよ」
「妙な縁……」

 交流が盛んになってきた今だからこそ出来た出会いを、一同は笑いながら噛み締めた。

「……少し前だったら、こんなことは出来なかったからな」

 カイの呟きは誰にも聞こえる事はなかった。
 再び話は興じ、気付けば夜も遅い時間になりつつある。

「そろそろ時間も遅くなってきたし、そろそろ終いにしようぜ」
「えっ、もうそんな時間?」
「……ずっと話してたから、わからなかった」
「それじゃ、片付けだな。さて、ノイエが持ってきたものは……」
「私が持ってきたもの……もう残ってない?」

 来た時に沙羅紗が広げたオボンヌは既に姿がなく、ノイエの茶葉はまだ少しだけ残っている。また、予めスタッフが用意していたと思われる茶菓子も僅かにテーブルの上に散乱していた。

「じゃぁ、私はこのお菓子持って帰るよ」
「俺もそうするぜ。流石に一人で持って帰るには多いだろ?」

 皆で手際よく片づけ、テーブルと椅子を残して綺麗さっぱりなくなった。

「カンナ、宿はどこなんだ?」
「うん? 私はすぐ近くにとってあるよ」
「こんな時間だし、宿まで送るぞ。さすがに女性一人ってのは頂けないしな」
「なら、俺は沙羅紗さんを送ろう」
「ん……ボディガードよろしく」

 そして一日が終わり、彼らはまたそれぞれに生活を続ける。
 しかし、彼らが再び集まることになるとは、誰も知らなかった。


 それはまた、別の話で……。



最終更新:2017年08月13日 16:38