ネモはソル・シエール全土にとどまらず、メタ・ファルスやソル・クラスタをも結ぶ空港都市というだけあって、人通りはかなりのものだ。もう日は落ちかけているというのに、空港の周辺は旅行客で溢れている。
プラティナから飛行艇で来た沙羅紗もその一人だった。小さくない荷物を背負って歩いている。
「うぅ……人混み……好まない……早く……休みたい……」
どうしても慣れない環境に鬱々としながらも、宿を目指して歩いていく。何をするにしても大きな荷物は邪魔になるだけなので、それをどうにかすることが先決だった。
急ぎ足で歩いて、特に何かを聞こうとする意識はなかったのだが
「ーーふぅ、ようやく着いたわね」
「まったくだ。どこかの誰かさんが採取に精を入れすぎなければ、ここまで時間はかからなかっただろうに……」
「あーっ、ひどーい」
ふと聞こえてくる、やや幼げの残る声。まだあれからあまり日が経っているわけでもないのに、酷く懐かしく感じられる。一緒にいる、僅かに記憶に残る声は誰だろうか。
「ははは……たしかに、否定はできねぇな。でも、良いモンは手に入ったんだろ?」
そしてもう一人、別の男性の声だ。これでもう確信した。
離れないうちに声のした方向へ向かう。体力がないので、息切れしない程度に。
「三人とも……久しぶり」
「あれっ……沙羅紗さんじゃないっすか。もしかして、沙羅紗さんもアレを見に?」
真っ先に気付いたのは茶髪の青年、マーク。つられるように、ノイエやカイも気付いたようだった。
「私も……ってことは……マークさん達も……?」
「そうよ。久しぶりね、沙羅紗さん」
「ん……元気そうで何より……」
ふと見ると、三人ともそれぞれに大きな荷物を持っている。またあちこちに土が付いていて、全体として見栄えが良いとは言えなかった。
「三人とも……何してきたの? 土……あちこちに付いてる……」
「うおっ!? マジか?」
「あれだけ動き回ったら、そりゃそうなるよなぁ」
指摘に驚くマークと、うんうんと納得しているカイ。対照的な反応に思わず笑みが溢れる。
「その荷物を見ると、沙羅紗さんもこれから宿に行くところなのよね? それなら私たちと一緒に行かない?」
「ん……そうする」
ノイエの提案はごもっともだった。特に断ることもないので、二つ返事で了承する。
—宿屋 宵の奏月—
イベントの前日とあって空室はほとんどなかったが、幸運にも二部屋だけ空いていた。そこで、男性陣と女性陣でそれぞれ分かれて泊まることにした。翌日の朝まで自由行動とし、それぞれの夜を過ごしている。
大鐘堂の騎士を志すマークは、以前そこに所属していたカイの話を聞いていた。当のカイは荷物の整理をしていたが。
「ーーここまで話しておいてなんだが、俺が大鐘堂を辞めたのはもう十年も前だ。それに、かつての戦友とも連絡を絶っているし、今の大鐘堂のことはほとんど分からないんだ。」
「いやいや、それでも参考になりますって」
「それならいいんだが……」
大鐘堂騎士には一年の見習い期間がある。その期間が終われば晴れて本隊に所属することになるという。ちゃんとやっていけるようになるのは、さらにそこから数年かかるとのことだ。カイは、その数年の間に辞めることを決めたらしい。
「こんなこと言うのは失礼かもしれないっすけど、カイさんは戻らないんすか?」
「メタファリカが出来る前の体制からは変わってるとはいえ、大鐘堂にはあまり良いイメージを持っていなくてなぁ。今のところ戻る予定はないな」
「なるほど……」
あまり聞いちゃいけないことだったか、とやや後悔した。荷物を整理する手を休めることなく、カイは続けた。
「ま、だからと言ってマークさんがどうするかは俺が決めることじゃない。それだけ固い意志があるんだ。そう簡単には揺らがないだろ?」
「そうっすね。大鐘堂騎士はすごく憧れてますから」
マークの騎士への想いは並々ならぬものではない。今は亡き彼の父もカイと同じくかつて大鐘堂の一兵卒を勤めていたことも、それに拍車をかけていた。
そして、もう一つ気になっていたことを問いかける。
「カイさんが大鐘堂で学んだこと、よければ教えてもらえないっすかね?」
一方の沙羅紗も、スケジュールを確認しながらノイエに質問攻めをしていた。ノイエは、あまりに答えづらいものは極力はぐらかす姿勢を取っていた。彼女曰く、「カンナさんがいる時にまとめて説明したい」とのことだ。
しかし、それで沙羅紗が止まることもなく、結局一時間に渡ってずっと同じ調子である。やや疲れ気味のノイエは、ネモに来る途中で採取した薬草のチェックをして気を紛らわせていた。
「……メタ・ファルス特有のレーヴァテイル……少し分かった」
「これ、いつまで続くのかしら……?」
「大丈夫……これで終わり」
それを聞いて大きく息をつくノイエ。沙羅紗としてはそれなりに満足のいく内容を聞けたと思っている。
そもそもの発端は一週間ほど前のことだ。崩落したホルス右翼で聞いた、沙羅紗の詩魔法とは全く異なる詠唱だ。その時対峙していたガーディアンも彼女を『不明』と分類していた。それは、彼女が普通のレーヴァテイルではないことを如実に表している。
第二塔ソル・マルタが聳えるメタ・ファルスーーその地においてメタファリカ大陸の誕生に貢献したと聞く大勢のI.P.D.ーー彼女はその一人だという。
「気分は、平気?」
「……え?」
「あの時、倒れたから。まだ、あまり日は経ってない」
「あ、そのことね。それについては全然気にしなくていいわ。あの時は消耗が激しかった上に、余計に疲れることをやったからだから。それを思えば、自業自得ね」
やや自嘲気味に言うノイエ。その立ち振る舞いは、特に無理を押しているようには見えない。
「貴女達は第三世代……私達とは違う。延命剤、欠かせない」
「そうね。延命剤が必要ないってのは少し……いや、かなり羨ましいわ。入れる度にあんな苦痛味わうなんて……」
今度は憤慨しながら、それも身振り手振りを付けつつ言っているので、同情を禁じ得ない。
第三世代にとって延命剤が不可欠なのは紛れもない事実である。少し前のソル・シエールでは、教会か天覇に所属していない場合は高額な金を支払って延命剤を購入する必要があった。今ではその価格も少しずつ抑えられてきたものの、それでも三ヶ月に一度の頻度で買うものとしては高いものである。
メタ・ファルスでは全てのレーヴァテイルに無償で提供しているため、金銭面の問題はないとのことだった。ソル・シエールに比べると、レーヴァテイルの扱いはかなりマシなのだろう。
「あ、そうだ。私も訊きたいことがあるんだけどーー」
四人が思い思いの(?)夜を過ごしている中で、カンナは一人イベント会場に近い宿に泊まっている。
「いよいよ明日かー。あの時は吃驚したけど、スタッフさんに会わなかったら今ここにはいなかったかもしれないね」
特に相手がいるわけでもなく、部屋の中で呟くカンナ。今ここには宿泊用の荷物しかなく、イベント用の荷物は全て控え室の方に預けてあるのだ。
そのせいもあってか、部屋はやや広く感じられる。ゆっくり休むには十分だった。
「今、あの人達はどうしてるのかな?……もうみんな集まってたりしてね……。そしたら、楽しそうだなぁ」
明日のイベントに招待した仲間達のことを思い浮かべる。
持参したゲロッゴ枕に頭を乗せて、
「期待しててね、みんな」
『本日はご来場頂きまして、ありがとうございます。開演まで、しばらくお待ちください』
「さすがに人が多いな。はぐれないように注意しないと」
「うぅ……多い人……苦手……」
「沙羅紗さん、大丈夫?」
「あまり無理すんなよ。こんなところでぶっ倒れても困るからな」
スピーカーから流れるアナウンスを聞きながら、会場内を歩く四人。マークが先頭、ノイエが沙羅紗に寄り添う形で、カイが一番後ろという順番だ。
「慣れてないものは仕方ないな。なるべく合わせて行くか」
前を行くマークがやや歩速を緩め、自然と全員の距離が詰まる。持っている荷物は最低限のものだが、ノイエと沙羅紗は男性陣に比べてやや多いように見える。
「ん? それなんだ?」
至極当然として、マークは疑問を口にした。だが
「ダメ、秘密」
「後のお楽しみってことで、諦めなさい、マークさん」
一蹴されてしまう。やや肩を落とすそぶりを見せて、違う話題を切り出した。
「それより、カンナさんはどんな衣装で出てくるんだろうな」
「あいつのことだし、結構ド派手な格好してくるんじゃないか?」
「……楽しみ」
やがて受付に着くと、兼ねて言われていた通り名前を出す。すると、やや慌てたようにスタッフがどこかへと走って行った。彼はすぐに戻ってきたが、もう一人別の女性スタッフがいる。
「ようこそお待ちしておりました。カンナさんがお呼びした方々ということでお間違いないでしょうか?」
「そうね。ここにいる四人で全員よ」
「かしこまりました。特等席をご用意させていたいていますので、どうぞこちらへ」
『レディース・アンド・ジェントルメーン!! ようこそ私のステージへ! 今日はいっちょ派手にやっちゃうよー!!』
「うわっ、こりゃすごいな」
「まさか、ここまで派手にしてくるなんてね」
「……はじめて見た……」
「何をどう考えたらあんな衣装になるんだ?」
ステージ上に出てきたカンナの衣装に対する評価は言葉の違いこそあれ、四人の意見は同じようなものだった。
「しかし、この場所を用意してくれたカンナには感謝だな」
「遮る物……何もないし、見やすい」
スタッフが連れてきた客席は、他の席と違って予め押さえてあった席とのこと。ステージを見たときに全く邪魔されることがない場所なのだ。
「おい、早速何かやるようだぞ」
「本当にお疲れ様でした、カンナさん」
今回披露する全ての芸を終え、控え室に戻ったカンナを迎えたスタッフ。そんな彼女に、カンンナは手を伸ばして礼を言った。
「貴女がいなかったら私はここに立てなかったと思う。ホントにありがとう、スタッフさん」
「カンナさんの役に立てたのなら、スタッフとしてこれ以上嬉しいことはありませんよ。これからの活躍も期待しています」
スタッフもそれに応え、握手を交わす。
「あ、そうだ。あの人達は?」
「もうじきいらっしゃるかと……噂をすれば、ですね」
複数の足音と、聞き慣れた声。コンコン、とドアをノックする音とともに、男性スタッフが来客を告げる。
「失礼します。カンナさんの知人をお連れしました」
「はーい、空いてるのでどーぞ」
男性スタッフはもう一度「失礼します」と言ってから扉を開けた。
「よ、カンナ。久しぶり……でもないか」
「お疲れ様、カンナさん」
「……すごかった……」
「わわっ。みんな、来てくれてありがとー!」
知人の来訪にはにかむカンナ。少し離れたところでそれを見ているカイに気付くと、彼に手を振りながらこちらへ誘う。
「ね、カイさんも混ざろうよ。ノイエさんのパートナーなんだから、遠慮しなくて良いよ」
「す、すまん。こういうのはどうも苦手でな。ま、まぁ招待してくれたことは感謝しているよ」
ぎこちない笑みを浮かべながら答えるカイ。対象的にカンナは満面の笑みを浮かべながら強引にカイを輪の中へ引っ張り込む。
「では、カンナさん。私たちはここで失礼します。またの機会、楽しみにしていますよ」
「うん。今日までありがとね!!」
二人のスタッフが暇を乞うとカンナは礼を告げ、再び皆の方に向き直る。
「さて、と。せっかくだし、もう少し広い場所に行かない? ここじゃちょっと狭いからさ」