イム・フェーナに住むテル族の、10年と少し前までの体質、現状、そしてアルトがここに留まるに至った経緯は、唖然とする内容だった。
「既視感を覚えるのは気のせいじゃなさそうだね、アカネ将軍?」
「えぇ。私たちもかつては似たような状況でした。そして、その歴史も同じく古くからあるものです」
「それに、彼らに比べたら、ボク達の方は事情も何も知らないまま、かつてのハーヴェスターシャ様に言われるがままだったから、よっぽど酷いときたもんだよ」
彼女達が話しているのは、惑星再生を果たす前ーークラスタニアが『浄化』と称して人間を排除してきた頃のことだった。あの時から5年以上経つ今でも、鮮明に覚えている人は多い。
それは、浄化ーー精神クレンジングを受けた者の存在が大きな理由だった。惑星再生の後、スレイヴに収容されていた人間は解放され、ゲンガイをはじめとした有力者が社会復帰のために手を尽くした。中には数年で復帰を果たした者もいるが、未だに復帰できない者もいるという。
自分は幸運にもその脅威に晒されることもなく、ごく普通の生活を営むことができた。クレンジングの事実を知った時は、当事者が身近にいなかったからこそ、冷静に受け止められたのかもしれない。
「ソル・シエールの方でも噂は聞いているし、実際にクラスタニアのレーヴァテイルっぽい人とも話したことがあるよ。なんて言うか......すごい特徴的だよね」
「『そういうもの』として刷り込み教育を受けた者がほとんどですからね。少なく見積もっても全体の9割は当てはまるでしょう」
「......ソル・シエールだと大変かもしれないね。10年くらい前までは、ソル・クラスタと全く逆の状況だったし」
「そっちにも地表の開拓のためにクラスタニアから人員を派遣しているけど、大きな事件を聞かないだけ昔よりもマシかもしれないね」
ソル・シエールの情勢に疎い自分は、3人の話を聞いていて頻りに頷いたり考えたりしていた。話についていけないのは仕方ないとはいえ、話の途中で入り込むのも悪い気がして居心地の悪さを感じている。
「そんな話はさておき、『テル族として残る』ことは、ほとんど口実みたいなものでね。キャンプ生活の人も結構いるみたいだし、何かしてあげられないかと思ったってわけさ」
「アルトさん。私はシェスティネって場所を知らないのだけど、その……テル族だっけ……にとってはとても大切な場所なのね? 話を聞く限りじゃ、全く興味ないわけじゃなさそうだけど......」
「大切......そうだね。地域も歴史も違えど、数少ない同族が居た場所だから、興味がないと言えば嘘になる。あの様子なら、近いうちに2回目の調査もやるだろうし、そこにも参加したいとは思っているよ」
失敗に終わった1回目のシェスティネ調査。それに参加している時点で、また次の調査にも意欲を示している時点で、アルトがシェスティネに興味を持っていないということが嘘なのは自明だ。だが調査に行くとなれば、そこに欠員が生じてしまう。
「開拓の目処が立つのであれば、こちらとしても大変ありがたいことです。しかし、あまり長い期間離れてしまうのは考えものですよ?」
「1回目のことを考えると、最悪1ヶ月は離れることになるからね。そればかりはボクに決められることでもないし」
「その件については、早くに話をまとめる必要がありますね」
「そうだね......」
「それじゃ、あたしがーー」
「ダーメ」「いけません」
全て言い終える前に、フィアとアカネに拒否されてしまった。声音こそ変わっていないが、表情は険しいそれになっていた。
「もう少し自分の体は大切にしないとダメだよ?」
「私達には私達にしかできないことが、沙紗殿には沙紗殿にしかできないことがあります。言っている意味、分かっていますね?」
それは、奇しくも昼間にアカネに対して言った言葉そのものだった。
「慣れないことをして、何かあったら大変だ。特にここではソル・シエールやメタファリカほど医療施設が整っているわけでもないし、休める時にはちゃんと休んでおいた方がいいと思うね」
アルトにまで言われてしまっては、引き下がるしかなかった。
「まぁ、この話はまた後にしよう。そんなわけで、調査で少し離れることはあっても、少なくともシェスティネが見つかるまでボクはここにいるよ。それがアカネさんとの約束でもあるし」
「この状況がいつまで続くか分かりませんが、少しでも協力者が増えるのは非常にありがたいことです。引き続き、よろしくお願いしますね」
「はい、アカネさん」
「良い感じにまとまったところで交代としよう、アルトくん。ボクの班も揃ったみたいだしね」
そこそこ長く話していたような気がしないでもないが、その点はとやかく言う必要もないと見、言及をやめた。
アルトの班の他2人が、こちらに向かって走ってくる。その向こうで準備を済ませる、瓜二つの女性達はクラスタニアのレーヴァテイルだろうか。
「沙紗、せっかくだからアルトくんを工房に案内したら?」
「いずれはアルト殿も利用する機会があるかもしれませんし、それがいいですね」
「......」
「では、沙紗殿......沙紗殿?」
「えっ? あぁ、うん。あたしの工房に行くのよね」
それが空返事なことは自覚していた。大事な部分は聞こえていたから、大丈夫だと思っていたが……。
「いや、沙紗さんも疲れているだろうし、場所だけ分かればいいよ。また日を改めてでも平気だしね」
「では、そのようにしましょう。フィア、沙紗殿の家へ同行を。私はアルト殿に工房の場所を案内します。彼女達には、私から言っておくので」
「了解」
それは、是と受け取られなかった。
その場でアルト、アカネと別れ、フィアとともに自分の家へと足を向けている。既に陽は落ちていて、街灯の少ない街は、まるで闇の中にいるようだった。
「沙紗、無理してたでしょ?」
「そ、そんなことないよぉ。そりゃ少しは疲れているけど、このくらいはいつものことだもん。それに、ちゃんと寝れば回復するようなものだし」
「ふーん。それならいいんだけど」
あまりにも暗いために、近くにいてもフィアの表情は読めない。
ふと、少し前まで住んでいたトコシヱ隧道を思い出した。こことは違うが、天井が覆われ光が全く入らない中で、多くの街灯で照らされた街。塔が消えた影響で住めなくなったあの街には、数え切れないほどの思い出が詰まっている。
その記憶も徐々に薄れつつあるが、1人だけ、鮮明に覚えている人がいた。フィアと同じクラスタニアのレーヴァテイルで、青い髪が特徴的な......
「ーー紗! 沙紗! おーい、どこまでいくの!」
「あ、あれ? いつの間に通り過ぎてたの?」
「まったく、またぼーっとしちゃって......。何かあった?」
走ってきて、自分の目を覗き込むクラスタニアのレーヴァテイル。本当、この人は変わっている。他のレーヴァテイルが見たら、どんな顔をするのだろう。
「少し前のこと、思い出してたの。懐かしい光景だったからね」
「以前にも、同じようなことを言ってたね。トコシヱのこと?」
「......うん。正確には、貴女と同じクラスタニアの人のことだけどね」
おそらく目の前のレーヴァテイルには、懐かしんでいる表情が見えているのだろうか。とても穏やかな表情でこちらを見ていた。
「ここ最近は、大きな変化の連続だわ。そのせいで、つい最近起きたことも埋もれちゃう。フィアは、そう思わない?」
その言葉に、一瞬きょとんとしたが、やがてフィアは口を開いた。
「……それはボクも同じかな。ただ、おそらく沙紗が感じているほど強くはないよ」
「強くない?」
「そう。ボクは沙紗よりもずっと長く生きているし、残っている時間も沙紗よりずっと長い。時間の感覚が違うから、一つ一つの出来事の重みもボクと沙紗とでは違ってくるんだ」
「そっか。そうだよね……」
「寿命の短い人間にとっては、沙紗の反応が普通なんだ。ボクと比べる必要はないよ。さ、体が冷えきらないうちに、入った入った」
「あ、うん」
「それじゃ、ボクは仕事に戻るから。ゆっくりおやすみ、沙紗」
「ありがと、フィア」
フィアを見届け、簡素な玄関口の錠をかけると、簡素なベッドに身を委ねた。窓からは月明かりが入ってきているが、眠りの邪魔になることはない。
暫くぼーっとしていたが、その体勢のまま今日あったことの整理を始めた。
(テル族、ね......)
初めて聞いた、人間ともレーヴァテイルとも違う種族。アルトは、かつて地上に存在していたシェスティネという場所を探している。
それも、1人ではない。調査団というくらいだ。おそらく、テル族として絶対に外せない場所なのだろう。
もし聞けるのなら、話を聞いてみたい。今日聞いたことの中で、近しいものを感じたのは気のせいではないはずだ。
(そういえば、あの人はどうしているのかしら......)
さっき頭の中に浮かんだ、クラスタニアのレーヴァテイル。元軍人だと言っていたから、今回の避難の時にもおそらく召集を受けたのだろうが、今どこで何をしているのかは知る由もない。
いや、アカネに聞けば何か分かるかもしれないが、ここにいるのなら何度か顔を合わせるはず。そうでないのだから、ソル・シエールか、メタ・ファルスのどちらかにいるということは想像に難くない。
(気軽に会いに行ける場所じゃないわよね......この街のこともあるし......)
だからと言って、あちら側から会いに来てもらうのも何かが違う。
どうしようもないもどかしさに襲われて、やや固い枕に顔を埋めた。
(......しばらくしたら、アカネさんに聞いてみようかな......)
しかし、知ってしまったら、会いに行きたくなってしまうかもしれない。そう思うと、決断できなかった。
彼女のことは、鮮明に覚えている。忘れるなどということはないだろう。
(いつかまた会えると信じて、今はやめにしましょ)
ベッドから起きて、就寝までのあれやこれやを済ませるうちに、いつの間にか時は次の日を告げていた。
アルトからナイフの作成の依頼を頼まれたのは、それから1ヶ月後のことだった。久しぶりの依頼を、懐かしい高揚を感じながら承諾した。