種族を超えた繋がり




 惑星再生から6年、すなわち第三塔が消滅して1年が経った。
 ソル・シエールやメタ・ファルスではティリア復活計画の噂が立つ中で、ソル・クラスタ周辺の地表は連日の開拓に追われていた。
 まだ記憶にも新しい悪夢。第三塔が約1ヶ月ほどかけて消滅していく中で、アルキアやクラスタニアは崩壊に、大牙は彩音回廊の停止によって悪化する環境に為す術はなかった。先の避難騒動による疑念も相まって避難が遅れた人は多く、特にアルキアは傾いた地形によって墜落死した人が多数出たという報告もある。クラスタニアは避難体制を整えていたこともあって、また迅速な対応に出たこともあって被害は最小限に止めていたが、行政区を失った影響は大きく、メタファリカにあるクラスタニア支部を本拠点として活動をせざるを得ない状況になっている。
 そして、現在はクラスタニア、アルキアと大牙連合が協力してソル・クラスタ周辺の地表で町を建設し、開拓を進めていた。
 そんなとある日の昼下がりのこと。

「はい、頼まれてたもの。数はあってるかな?」
「……ええ、これで大丈夫です。いつも助かっています、沙紗殿」
「いいのよ、出来る人がやらなくちゃいけないんだから。アカネさんも、そう思ってあたしに頼んだんでしょ?」

 地表の街に建てられた、控えめに言っても広いとは言えない工房で、クラスタニアのトップであるアカネと話をしていた。
 この街は開拓者のための宿だけでなく、今は多少一般の人も住めるようになっている。それでも数は少ないため、開拓は急ピッチで行われているのが現状だ。
 その中であたしは、開拓のための道具を作り、点検している。対するアカネは、ソル・クラスタにおける地表開拓の管理監督を担っていた。

「たしかにそうですが……」
「だったら、気にする必要はないわ。アカネさんにはアカネさんにしか出来ないことが、あたしにはあたしにしか出来ないことがあるんだからね」

 塔が消滅して、一度他塔へ避難した人の中で第三塔の周辺に移住する人は少なかった。一言に開拓者と言っても、頭数を揃えるのは苦労したはずだ。また、クラスタニアのレーヴァテイルはソル・クラスタだけでなく、他の地域にも派遣している。そうなれば、移住者の少ないソル・クラスタ周辺はどうしても人手が足りなくなる。

「アカネさんはここら周辺だけじゃなくて、他の地域の開拓の方にも人を回しているんでしょ?」
「そうですね。ですが、クラスタニアとして残ってくれている者が少なければできなかったことでしょう……」

 実際クラスタニアの、特に軍属だったレーヴァテイルの全員が開拓事業に携わっているわけではない。ある者は自らのやるべきことを見つけ、ある者はクラスタニアを見限って離れていったからだ。

「それだけ、アカネさんを信頼してる人が多いってことでしょ?」

 クラスタニアの事情はさっぱりだが、少なくとも沙紗はそう思っている。集団を導くには相応の信頼と力が必要だからだ。

「さて、と。これ全部持って行くのは大変よね? あたしも運んで行くわ」
「お気遣い、感謝します。しかし、沙紗殿もまだやることがあるのでは?」
「ううん、これで頼まれていることは終わりよ。……それに、ここはまだ店じゃないから」

 そう言っては嘆息する。
 この工房は、まだ鍛冶屋のそれではない。店を開くには、この地の開拓は足りていない。
 その様子を見て、アカネは頭を下げた。

「沙紗殿は、大牙で鍛冶屋を営んでいたのでしたね。本来であれば、できる限り早く前の状態に戻れるようにしたいとは思っているのですが……」
「それは仕方ないよ。あたしのせいでも、アカネさんのせいでもないんだから。それに、苦労してるのは皆同じでしょ?」
「……」

 二人の間に沈黙の帳が降りる。やがてアカネは空気を入れ替えるように、荷物を乗せる為の台車を沙紗の方へ押し出した。

「……では、お言葉に甘えて、少しだけ運んで頂けるでしょうか?」
「ええ、もちろん」





 地表の街中を歩き、向かうのは開拓者達の集会所だ。ソル・クラスタ周辺の地表は地図もなく、無秩序に開拓をするわけにもいかない。そこで開拓する方面を定め、地図を作っていくことにしているのだ。
 荷物を乗せた台車を押しながら、アカネは「そういえば、まだ聞いていませんでしたが……」と前置きをして尋ねた。

「沙紗殿は何時からここにいるのですか?」
「三ヶ月くらい前かな。塔が消えた時はソル・シエールに避難したのだけど、この街のことが気がかりだったのよね」

 あたしは、第三塔が消滅する前から地表の街のことを知っていた。店の営業があったので頻繁に通っていたわけではない。しかし、最も早くできた街として記憶には強く残っていたのだ。

「それで、ここに戻ってきたのですか?」
「ええ」
「……沙紗殿は、変わった人ですね。避難先の方が生活は良かったはずなのに、それを捨ててまでここに来るなんて」

 あたしの答えに感心するように頷くアカネ。
 たしかに、地表での生活は恵まれたものではない。ホルスの左翼やメタファリカに比べれば圧倒的とも言える生活の質の差を考えると、地表での生活を希望するものはやはり多くない。

「避難ってことは、その場所での生活は一時的なものだわ。もちろんここでの生活に比べたら質は良いけれど、たとえ場所は変わったとしても……やっぱりソル・クラスタにいる方が落ち着くのよ」
「そうですか……。もし沙紗殿のような考えを持つ方が多かったら、そう遠くない未来にも地表に住まう人は多くなっているのかもしれませんね」

 半ばため息をつくアカネ。人が増えるに越したことはないのだが、そうなるまでにかかる時間は途方もないに違いない。今できることをやるしかなく、希望を語る暇は無かった。
 そのまま黙って歩き、ややもすると拠点の建物が見えてきた。他の建物とは変わった扉と、集会所と書かれた看板だけがその目印であり、建物自体は周りにある民家と相違ないものである。

「よく思うのだけど、この建物って一見したら普通の家よね?」
「はい。とはいえ、中には最低限の道具しか置いていないため、狭いと感じることはありませんね。目印も付けていますから、間違うことはありませんし」
「そういうものなのかなぁ……」

 沙紗は集会所を見上げて、人知れずため息をついた。





 集会所に入った二人が見たのは、中央に置かれたテーブルとそこにまとめて置かれた紙ーーここ一帯の地図と

「あ、アカネ将軍。それに沙紗もお疲れ様」

 一人整理をしていたレーヴァテイル、フィアだった。

「将軍はつけなくていいと、何度も言っているでしょう、フィア」
「長年の癖はそう簡単には消えないものですよ、アカネ『将軍』」

 わざとらしく語尾を強めるフィア。悪びれもせず、まとめていた書類を棚へ入れる。

「まったく……相変わらずですね、フィアは」
「まあね。それに対して、アカネ将軍はあの頃に比べたら随分と丸くなったよ」
「ええ? そうなの?」
「そうそう。昔のアカネ将軍ってすっごく堅苦しくって……まぁ、今もまだ堅いけど……沙紗が昔のアカネを見たら吃驚するんじゃないかなぁ」

 フィアが懐かしそうに語る傍で、当の本人は少し眉を吊り上げていた。

「フィア。他人の過去の話は軽々しく話すものではありませんよ」
「あ〜、ごめんごめん。思い出すとつい話したくなっちゃうんだよね」
「それで、頼んでいた整理は終わりましたか?」

 その話はおしまい、とばかりに話題を変えるアカネ。特に気を悪くした様子もなく、フィアは整理し終わった棚をトントンと叩いた。

「今ので丁度最後ですよ。来るタイミングが良いのは変わりませんね、ホント」

 言われてみれば、たったひとつのテーブルの上は物一つなく、棚にある書類もきちんとまとめられていた。文句のつけようもない片付けっぷりだ。

「このくらいは、朝飯前だよ……ま、ボク達は食事はいらないけどね」
「でも、休憩の時に飲み食いしてるわよね?」

 疑問に思うのは三人のうち唯一人間である沙紗だ。

「要らないとは言っても、飲食が出来ないわけじゃないよ。味覚もはっきりしてるし」
「むしろ、我々の多くは人間や他のレーヴァテイルと一緒に食事をしているでしょう。何も飲まず食わずで動いているというのは、βではない者から見れば異常に映りますから」
「それに、一緒に食べながら話したりするのは楽しいでしょ?」
「……たしかに」

 βにもそんな感覚があるんだなぁ、と思った。人間とレーヴァテイル、店主として分け隔てなく接してきたつもりでも、それが話題の中心になれば違いを意識せざるを得なかった。

「ということで、これからお昼にしようよ。どうせ沙紗もまだ食べてないでしょ?」
「え、でも」
「だーめっ。沙紗は気づかなかったら倒れるまで働くんだもん。ちゃんと休憩取らなきゃね」
「うっ……」

 これには反論できなかった。実際、地表の開拓に携わり始めてから数日足らずの時、根をつめすぎて気絶してしまったことがあるからだ。

「ということで、昼ごはんにしゅっぱーつ!」

 フィアの陽気な声が集会所の中で反響を繰り返した。




 街が出来てから、多くの開拓民や旅行者が利用する宿へ移動した一行。宿としての機能だけでなくレストランとしても経営しているのだが、ここはもともとトコシヱ隧道にあった「食事処 よっこら」の後継店だという。

「いらっしゃい」
「お兄さん、よっこら三つお願い!」
「あいよ。少しだけ待ってな」

 入るや否や、厨房に向けて快活にオーダーを頼むフィア。ちょうどピークを過ぎていたのか、テーブルにつく人の姿は疎らになっていた。

「雑務は休みとはいえ、ゆっくりと過ごすのは久しぶりですね」
「アカネ将軍も沙紗も働き者なんだから、休める時はしっかり休まないとダメだよ?」
「そうさね、あんた達は私らの希望なんだから。倒れられたら、皆が心配しちまうよ」

 水とおしぼりを持って来た女性が口を挟む。見た目こそ主婦のそれだが、どうやらここで働いている人のようだ。

「お心遣い、感謝します。ところで、貴女はいつからここにいるのですか?」
「たしか、ここーー地表に来れるようになってからだいぶ経つんじゃないかい? ほら、塔がなくなりそうだって騒いだ年のすぐ後さ。あたしらはティリア様を信じて、避難から戻った後すぐにこちらへ移ったもんだからねぇ」

 彼女はよっこらで働いていたことがあるという。そこで数年間働いている間に惑星の再生を迎え、簡易的な宿が出来たことを知るとすっ飛んで来たと、彼女は話す。初めこそ慣れない環境で大変だったこともあったというが、今ではもう慣れたのだそうだ。

「そうすると、もう三年はここにいるってことかぁ。集客とか、大変だったんじゃない?」
「それがそうでもなかったんだな」

 会話の輪に加わる男性の声。先ほど注文を受けていた青年のものだ。彼は一つ一つよっこら定食を運んでくると、話を続けた。

「どうも、物見遊山で地表に降りてくる人が一定数いたみたいでな。宿らしい宿が多くなかった時期だったこともあって、ここは繁盛していたんだよ。ま、トコシヱにいた時に比べれば少なかったがな」

 それには、心当たりがあった。なぜなら、自分もその1人だったのだから。

「この宿舎は地表開拓のために作られたものです。開拓者達にとっては不可欠ものですし、クラスタニアやアルキア、大牙など個々のコミュニティではなく、ソル・クラスタとして重要な拠点です。開拓が終わっても、長く残るでしょう」

 そうじゃない、とばかりに沙紗は首を横に振った。

「たとえ長く必要になると分かってても、やっぱりお客さんがあってこそ、だよね?」
「どういうことでしょうか?」
「たしかにお金がないと生活ができないから、働き口のここが続くのは大切よ。だけど、生活のためのお金があっても、仕事にやりがいを感じなかったら続けられないもの」

 青年も女性も、しきりに頷いている。

「やりがい……ですか」
「おや、意外だねぇ。アンタ達の方がそういうものは身近だと思っていたよ」
「少なくとも俺は、客が楽しく食事を出来る場所を提供できればいいと思っている。そのために、料理も接客も沢山学んできたからな。楽しそうにしている客を見て、もっと多くの客にそうなってもらいたい、だから一生懸命になるのさ」

 力強く言う青年。それに対して、アカネはやや考える素ぶりを見せている。

「なるほど……我々にはない感覚ですね」
「それは仕方ないよ、アカネ将軍。ボク達は目的なしには生まれないし、その目的を果たすために行動を起こすのは当たり前、そんな感覚だからね。分からないのも無理はないけど、そういうものも知っていかないと」

 フィアの言葉に、アカネは静かに頷いた。





「ごちそうさまでした」

 よっこら定食を食べ終え、食器の類を返却口へ運んだ三人は再び席についた。

「街としては大きくなっても、やっぱりまだまだ人は少ないね」
「それは仕方ないでしょう。ホルスの翼やメタファリカに比べれば、この辺りの生活の質はまだまだ改善すべき点が多くありますから」
「他の地域の地表開拓はどうなっているのかしら……」
「いくらホルスの翼、メタファリカと言えど、ソル・クラスタの避難民の4割近くを受け入れるには足りないでしょうし、地表の開拓は進めているはずです。ソル・シエールには天覇もありますし、旧刻の輪製作所やアルキア研究所の方が新しく企業を立ち上げたという話も出ています」
「えっと……刻の輪製作所って、上帝門の?」

 上帝門の記憶が曖昧な沙紗は、確認の意を込めて聞いた。
 フィアは苦笑し、アカネはそれに頷いて続けた。

「ただ、どうしても地表の環境は彩音回廊に守られた場所と比べると慣れないことも多いし、なかなか地表へ移住を希望する人は少ないのだとか」
「それは仕方ないわ。安心して暮らせる方が良いって思うのは当然だもの」
「塔があった頃の生活に戻るまでまだまだ時間はかかる。それまでは、ボク達開拓者だけで頑張るしかないね……っと、そろそろか」

 壁につけられた時計を見て、不意に立ち上がるフィア。時計の針は16時をとっくに回っており、日も落ち始めている時間だった。

「せっかくですし、沙紗殿も駐屯所へ行きましょうか」
「え?」


——


 街の中心部から街を抜け、そして農地を横目に見てはさらに進んだところに駐屯地はあった。遠くは見えないものの、アカネの話によれば、およそ320ストンごとに見張り台が設けられているとのこと。そこには、二人から三人のグループで見張りをする人の姿がある。
 そのうちの1人がこちらに気づいたようで、器用に降りながらこちらへと向かってくる。

「アカネさん、フィアさんも。そういえば、そろそろ交代の時間でしたね」
「ご苦労様です。何か変わったことはありませんでしたか?」
「いつも通りで、特別な報告はありません。……失礼ながら、そちらの方は?」

 視線はこちらに向いた。無理もない。普段駐屯地に姿を現さない自分は、ここの人にとっては未知の人である。そんな人が監督者たるアカネと一緒にいるのなら疑問に持つのも仕方ないだろう。

「こちらはーー」
「はじめまして、沙紗です。この街の工房をやっているわ」

 アカネが紹介する前に会釈をして、自ら名乗り出る。

「僕はアルト、警護団の一員だよ。こちらこそよろしく」
「彼は妖家……いや、テル族で、シェスティネの調査団としてソル・シエールから来たんだ。そうだよね?」

 シェスティネの調査団。塔が消滅して少し経った頃に、ソル・シエールにおけるテル族のコミュニティが派遣したものだ。
 その概要、そして結果を何故か知っているフィアは横目で確認する。

「ええ、結果は散々でしたが」
「でも、どうしてここに留まっているの? 調査が終わっているのなら、ソル・シエールに皆帰っているはずじゃない?」
「それは、アルト殿がここに残ることを申し出たからです」

 続きを引き継いだのはアカネだった。どうやら、ここで事情を知らないのは自分だけらしい。

「たしか、シェスティネを我々が荒らさないように、とのことでしたね」
「ええ、表向きはそうです。その方が、テル族の皆も納得してくれますから」
「表向き? 違う意図があるのですか?」

 めったに見ない、驚愕の表情をアカネは浮かべている。ここにいる全員がアルトの事情を知らないようだった。
 あちゃー、と表情を歪ませてから、アルトは本当の理由を話した。

「そういえば、まだ話していなかったねーー」




 イム・フェーナに住むテル族の、10年と少し前までの体質、現状、そしてアルトがここに留まるに至った経緯は、唖然とする内容だった。

「既視感を覚えるのは気のせいじゃなさそうだね、アカネ将軍?」
「えぇ。私たちもかつては似たような状況でした。そして、その歴史も同じく古くからあるものです」
「それに、彼らに比べたら、ボク達の方は事情も何も知らないまま、かつてのハーヴェスターシャ様に言われるがままだったから、よっぽど酷いときたもんだよ」

 彼女達が話しているのは、惑星再生を果たす前ーークラスタニアが『浄化』と称して人間を排除してきた頃のことだった。あの時から5年以上経つ今でも、鮮明に覚えている人は多い。
 それは、浄化ーー精神クレンジングを受けた者の存在が大きな理由だった。惑星再生の後、スレイヴに収容されていた人間は解放され、ゲンガイをはじめとした有力者が社会復帰のために手を尽くした。中には数年で復帰を果たした者もいるが、未だに復帰できない者もいるという。
 自分は幸運にもその脅威に晒されることもなく、ごく普通の生活を営むことができた。クレンジングの事実を知った時は、当事者が身近にいなかったからこそ、冷静に受け止められたのかもしれない。

「ソル・シエールの方でも噂は聞いているし、実際にクラスタニアのレーヴァテイルっぽい人とも話したことがあるよ。なんて言うか......すごい特徴的だよね」
「『そういうもの』として刷り込み教育を受けた者がほとんどですからね。少なく見積もっても全体の9割は当てはまるでしょう」
「......ソル・シエールだと大変かもしれないね。10年くらい前までは、ソル・クラスタと全く逆の状況だったし」
「そっちにも地表の開拓のためにクラスタニアから人員を派遣しているけど、大きな事件を聞かないだけ昔よりもマシかもしれないね」

 ソル・シエールの情勢に疎い自分は、3人の話を聞いていて頻りに頷いたり考えたりしていた。話についていけないのは仕方ないとはいえ、話の途中で入り込むのも悪い気がして居心地の悪さを感じている。

「そんな話はさておき、『テル族として残る』ことは、ほとんど口実みたいなものでね。キャンプ生活の人も結構いるみたいだし、何かしてあげられないかと思ったってわけさ」
「アルトさん。私はシェスティネって場所を知らないのだけど、その……テル族だっけ……にとってはとても大切な場所なのね? 話を聞く限りじゃ、全く興味ないわけじゃなさそうだけど......」
「大切......そうだね。地域も歴史も違えど、数少ない同族が居た場所だから、興味がないと言えば嘘になる。あの様子なら、近いうちに2回目の調査もやるだろうし、そこにも参加したいとは思っているよ」

 失敗に終わった1回目のシェスティネ調査。それに参加している時点で、また次の調査にも意欲を示している時点で、アルトがシェスティネに興味を持っていないということが嘘なのは自明だ。だが調査に行くとなれば、そこに欠員が生じてしまう。

「開拓の目処が立つのであれば、こちらとしても大変ありがたいことです。しかし、あまり長い期間離れてしまうのは考えものですよ?」
「1回目のことを考えると、最悪1ヶ月は離れることになるからね。そればかりはボクに決められることでもないし」
「その件については、早くに話をまとめる必要がありますね」
「そうだね......」
「それじゃ、あたしがーー」
「ダーメ」「いけません」

 全て言い終える前に、フィアとアカネに拒否されてしまった。声音こそ変わっていないが、表情は険しいそれになっていた。

「もう少し自分の体は大切にしないとダメだよ?」
「私達には私達にしかできないことが、沙紗殿には沙紗殿にしかできないことがあります。言っている意味、分かっていますね?」

 それは、奇しくも昼間にアカネに対して言った言葉そのものだった。

「慣れないことをして、何かあったら大変だ。特にここではソル・シエールやメタファリカほど医療施設が整っているわけでもないし、休める時にはちゃんと休んでおいた方がいいと思うね」

 アルトにまで言われてしまっては、引き下がるしかなかった。

「まぁ、この話はまた後にしよう。そんなわけで、調査で少し離れることはあっても、少なくともシェスティネが見つかるまでボクはここにいるよ。それがアカネさんとの約束でもあるし」
「この状況がいつまで続くか分かりませんが、少しでも協力者が増えるのは非常にありがたいことです。引き続き、よろしくお願いしますね」
「はい、アカネさん」
「良い感じにまとまったところで交代としよう、アルトくん。ボクの班も揃ったみたいだしね」

 そこそこ長く話していたような気がしないでもないが、その点はとやかく言う必要もないと見、言及をやめた。
 アルトの班の他2人が、こちらに向かって走ってくる。その向こうで準備を済ませる、瓜二つの女性達はクラスタニアのレーヴァテイルだろうか。

「沙紗、せっかくだからアルトくんを工房に案内したら?」
「いずれはアルト殿も利用する機会があるかもしれませんし、それがいいですね」
「......」
「では、沙紗殿......沙紗殿?」
「えっ? あぁ、うん。あたしの工房に行くのよね」

 それが空返事なことは自覚していた。大事な部分は聞こえていたから、大丈夫だと思っていたが……。

「いや、沙紗さんも疲れているだろうし、場所だけ分かればいいよ。また日を改めてでも平気だしね」
「では、そのようにしましょう。フィア、沙紗殿の家へ同行を。私はアルト殿に工房の場所を案内します。彼女達には、私から言っておくので」
「了解」

 それは、是と受け取られなかった。





 その場でアルト、アカネと別れ、フィアとともに自分の家へと足を向けている。既に陽は落ちていて、街灯の少ない街は、まるで闇の中にいるようだった。

「沙紗、無理してたでしょ?」
「そ、そんなことないよぉ。そりゃ少しは疲れているけど、このくらいはいつものことだもん。それに、ちゃんと寝れば回復するようなものだし」
「ふーん。それならいいんだけど」

 あまりにも暗いために、近くにいてもフィアの表情は読めない。
 ふと、少し前まで住んでいたトコシヱ隧道を思い出した。こことは違うが、天井が覆われ光が全く入らない中で、多くの街灯で照らされた街。塔が消えた影響で住めなくなったあの街には、数え切れないほどの思い出が詰まっている。
 その記憶も徐々に薄れつつあるが、1人だけ、鮮明に覚えている人がいた。フィアと同じクラスタニアのレーヴァテイルで、青い髪が特徴的な......

「ーー紗! 沙紗! おーい、どこまでいくの!」
「あ、あれ? いつの間に通り過ぎてたの?」
「まったく、またぼーっとしちゃって......。何かあった?」

 走ってきて、自分の目を覗き込むクラスタニアのレーヴァテイル。本当、この人は変わっている。他のレーヴァテイルが見たら、どんな顔をするのだろう。

「少し前のこと、思い出してたの。懐かしい光景だったからね」
「以前にも、同じようなことを言ってたね。トコシヱのこと?」
「......うん。正確には、貴女と同じクラスタニアの人のことだけどね」

 おそらく目の前のレーヴァテイルには、懐かしんでいる表情が見えているのだろうか。とても穏やかな表情でこちらを見ていた。

「ここ最近は、大きな変化の連続だわ。そのせいで、つい最近起きたことも埋もれちゃう。フィアは、そう思わない?」

 その言葉に、一瞬きょとんとしたが、やがてフィアは口を開いた。

「……それはボクも同じかな。ただ、おそらく沙紗が感じているほど強くはないよ」
「強くない?」
「そう。ボクは沙紗よりもずっと長く生きているし、残っている時間も沙紗よりずっと長い。時間の感覚が違うから、一つ一つの出来事の重みもボクと沙紗とでは違ってくるんだ」
「そっか。そうだよね……」
「寿命の短い人間にとっては、沙紗の反応が普通なんだ。ボクと比べる必要はないよ。さ、体が冷えきらないうちに、入った入った」
「あ、うん」





「それじゃ、ボクは仕事に戻るから。ゆっくりおやすみ、沙紗」
「ありがと、フィア」

 フィアを見届け、簡素な玄関口の錠をかけると、簡素なベッドに身を委ねた。窓からは月明かりが入ってきているが、眠りの邪魔になることはない。
 暫くぼーっとしていたが、その体勢のまま今日あったことの整理を始めた。

(テル族、ね......)

 初めて聞いた、人間ともレーヴァテイルとも違う種族。アルトは、かつて地上に存在していたシェスティネという場所を探している。
 それも、1人ではない。調査団というくらいだ。おそらく、テル族として絶対に外せない場所なのだろう。
 もし聞けるのなら、話を聞いてみたい。今日聞いたことの中で、近しいものを感じたのは気のせいではないはずだ。

(そういえば、あの人はどうしているのかしら......)

 さっき頭の中に浮かんだ、クラスタニアのレーヴァテイル。元軍人だと言っていたから、今回の避難の時にもおそらく召集を受けたのだろうが、今どこで何をしているのかは知る由もない。
 いや、アカネに聞けば何か分かるかもしれないが、ここにいるのなら何度か顔を合わせるはず。そうでないのだから、ソル・シエールか、メタ・ファルスのどちらかにいるということは想像に難くない。

(気軽に会いに行ける場所じゃないわよね......この街のこともあるし......)

 だからと言って、あちら側から会いに来てもらうのも何かが違う。
 どうしようもないもどかしさに襲われて、やや固い枕に顔を埋めた。

(......しばらくしたら、アカネさんに聞いてみようかな......)

 しかし、知ってしまったら、会いに行きたくなってしまうかもしれない。そう思うと、決断できなかった。
 彼女のことは、鮮明に覚えている。忘れるなどということはないだろう。

(いつかまた会えると信じて、今はやめにしましょ)

 ベッドから起きて、就寝までのあれやこれやを済ませるうちに、いつの間にか時は次の日を告げていた。



 アルトからナイフの作成の依頼を頼まれたのは、それから1ヶ月後のことだった。久しぶりの依頼を、懐かしい高揚を感じながら承諾した。





最終更新:2017年11月30日 01:19