文字小簡project.RX
「ROCKMAN X : STANDARD OPREATING PROCEDURE」
OP1:「cant be realized.」
1.1
赤い幽霊が街を俯瞰している。
そう、見ているようだが、見ていない。
ゴーストが見ているのは街ではないようで、まるでこの世に存在しない物体を見ているようだ。
ゴースト自体の赤ですら、この世に存在しない赤だ。
赤いゴーストは突然街の真上に現れ、人々が気付かないうちに消えていく。
それにもかかわらず、ゴーストの存在を感じた人もいる。
いや、正確にいうとそれは人ではない、アンドロイドである。青のアンドロイド。彼は空中にいる赤いゴーストの存在に気付き、急いで視線を空へと向けてみたが、赤いゴーストはもういなかった。
青色のアンドロイド「エックス」は、確かにそれを感じた。
「隊長」エックスは赤いゴーストに気付けない人間に言った。「さきほど、あるモノが空から我々を監視していました。」
「君には探知機能が装備されてないだろう」隊長は頭を振りもせず、当たり前のような口調で答えた。
「それは、ありませんが」
「だから、空にモノがあるかどうか、君には感じられないはずだ。どこかがエラーしているのだろう、後でケインに見てもらおう」
「了解」
エックスは”隊長”と呼ばれる中年男と街中を歩いていた。この街で普通に暮らし、淡々と歩いていた人々は、この日常にある非日常なモノから目を離せなかった。アンドロイドはもはや珍しくない、街中のいたるところにある。販売機、無人商店、警察、レジ、病院、銀行、看護士、ペットなど、名前が挙げられるものはほとんどアンドロイドに取って代わられた。アンドロイドはまるで天敵が存在しないかのように繁殖した。それは科学家が人間を援助するために用途を多様化させた結果だった。
しかし、エックスは違う。
例えば、そこら辺にいる体中をカラフルに塗装された風船配りの太っちょのピエロアンドロイドが、いくら頑張って音楽を演奏しても、エックスが普通に歩くだけで、普通のアンドロイドではないことがわかる。
エックスはまるで人間が歩くように普通に歩いている。
外見もヒトそのもの。外付けのプロテクターさえなければ、その皮膚《ひふ》の作りからは、エックスを人かどうか区別できない。
よく見ると、その瞳もまた、ほかのアンドロイドと出来が違うことに気が付く。同じセンサーでも、後ろには光を探知できるチップが埋め込まれ、その奥には神経回路がある。しかし、脳部の最深部のもっと深くには、エックスの存在を強調する”壁”が守るように立っている。エックスの瞳は、肉眼では人のものかアンドロイドのものか区別できないほどだ。エックスのような特別な存在こそ、人々の好奇心をそそり、注目される。
「さてと、俺たちの目的地は…」
「はっ。我々が向かうのは最近テレビでとても有名なアンドロイドアーチスト、ラートのところです。ラートがそれを見たアンドロイドが皆「感動しすぎて涙が出そう」という擬似人間感情を持たせた絵画を描いたので、人間の芸術界に大きな騒動を起こしました。しかし、人間にはその価値が理解できないとおっしゃって、ケイン博士は、隊長に頼んで私と一緒に見に行ってほしいというわけです。」
「あっ、そうだね。その通り」言いたいことを全部エックスに言われたために、隊長は寂しげに出そうとした手帳をしまった。まあ、エックスがいれば、その手帳はもう必要ないだろう。
しかし、その手帳は隊長が何十年も持っていた手帳で、彼にとって欠かせない存在であった。理解できないことをすべて手帳に書きいれれば、まるで自動的にまとめられたかのように、翌日には突然理解できるようになるのであった。この手帳があるからこそ、隊長はエックスに第十七小隊の隊長の地位を奪われず、今の地位にいられるわけである。しかし、ケインはなぜ、エックスを第十七小隊の副隊長に任命してくれないかと頼んだのだろう、どうも理解できない。
ただのアンドロイドじゃないか。
例え、今となって、警察ロボはもう欠かせなくなっているとしても、人間の経験そのものは永遠に取って代われないものだ。だからこそ、指揮管理の職は今でも生身の肉体と頭脳を持った人間が担当しているのだ。それに、今の警察ロボは警察組織の中でも、交通警察の仕事を一面的に任せられるだけである。これは実験だ。多分、ケイン博士はこれをきっかけに、警察ロボだけで事件を処理できるかどうか試したいのだと、隊長は思った。
「隊長、大都会美術館に着きました。」
「うむ、じゃ、入ろうか」
「隊長」
「なんだ」
「チケットを買わなくていいんですか」
「警察は買わなくていいんだ」
「確か、警察官は警察用チケットを買わなければならないのでは」エックスはやんわりと聞いた。
「捜査に来たんだから、美術館の係りに一言声を掛ければ入れるのだ、さあ、いくぞ」
「了解」
隊長はチケット売り場のアンドロイドに、館長をお願いしますと言うと、アンドロイドはセンサーの部分にレーザーを照らし、警察手帳を検査し始めた。検査が終わってから、「シバシオマチクダサイ」と応え、数分後に、館長が微笑ながらあいさつに来た。隊長が単刀直入にラートに会いたいと伝えると、親を見つけた迷子のように落ち着きを取り戻し、隊長たちを連れて美術館に入った。
郊外にある美術館の敷地はとても広くて、有名な人間建築家によって建てられた、いわば人類数千年の建築技術の結晶を集めて建てられた建物である。
世界中に似たような美術館はどこにもあるが、この大都会美術館はその中でも最も新しく、収集品も一番多く、セキュリティも一番厳密だと言えるだろう。
あらゆるデジタル技術を生かし、本物と同じような3Dデジタル映像が展示されている。盗まれる恐れもないので、柵や警報ベルもない。芸術品が時間と共に風化していくという保存の問題もない───本物はすべて地下数キロメートルにある秘密の芸術保存庫に保管されているから。
館長が先頭を導き、エックスはアーティストのラートに会えた。隊長が口を開く前に、ラートは言った。
「私は、あなた方が私の作品を見るために、ここにきたことを知っている。だが、そこのお二人さんにゃ分からんよ。これはな、アンドロイドにしか分からん芸術だ。たとえそこの館長殿が何千何万の芸術品が理解できてもな。これは自画自賛でもない、謙遜でもない。アンドロイドにしか分からん芸術がここに確かにある。神のお告げによって証明されたのだ!」
ラートが後ろに一歩下がると、彼が言った芸術は最新鋭の立体映像機から映し出され、館長、隊長、そしてエックスの目の前に現れた。
ただ、隊長はソレを見ても、何も言わなかった。
否、何も言えなかったと言ったほうが正しいであろう。
ソレは普通の壁だった。記憶をたどると、どこかで見たことがあったような壁だった。壁も何も言わずに、ただ存在そのものが三人の心に訴えた。
「触ってみますか?これは我々の最新成型技術です」
館長まるで猫をなでるような声で、自分の発明品を薦めた。
エックスと隊長はほとんど同時に手を伸ばして壁を触った。
何の感触もない、ただの壁だった。
が、その時、エックスは他のアンドロイドと同じようなセリフ───
「本当に感動して涙が出そうでした」と言った。
エックスはそう言っただけでなく、本当に涙を流した。隊長はそれを見て驚いた。だがすぐ警戒する目つきで、スクリーンの後ろに顔を隠し、まるで犯人を見るような目つきでエックスを睨んでいた。
「本当のことを言うと、これはただの壁です。しかし、私はこの壁を触った途端、この壁にこの身をすべてゆだねたい気分になります。この壁の向こうに何かがあるように感じます。しかし、向こうには何もない、私しかいない。この壁の向こうに行きたい。私には越えられるような気がします。」
「でもな、」ラートが言った。「あなたは人間じゃないが、アンドロイドでもないね。」
最終更新:2007年04月29日 14:03