文字小簡project.RX 「ROCKMAN X : STANDARD OPREATING PROCEDURE」 OP1:「cant be realized.」
1.2
まるで天気雨のように、赤い幽霊はなんの前ぶれもなく唐突にエックスたちの後ろに現れた。 最初に気付いたのはエックスである。そして、今度はエックスだけではなく、館長、隊長、そしてラートも、みんなそのゴーストの姿を肉眼で確認できた。
時間は淀んだ泥水のように変わり、ゴーストはスローモーションで手を伸ばし、エックスに触れようとする。 隊長はソレを捕まえとしたが、なにせ相手は幽霊《ゴースト》なので、目の前のゴーストに触れようとしても、その手はゴーストの体を通り抜けるだけだった。 館長はゴーストに驚いてしまい、転げるように、体を空に浮かべていた。 ラートは動かなかった。ただその目は、アーティストである彼の目は、まるでこの世にない絶対的な美を持つ芸術品を愛しく見つめていた。 強いて言えば、ゴーストの存在自体、アーティストのラートにとって美しすぎて、逆に毒にもなる。 エックスは右手をバスターモードに切り替え、高密度のエネルギーが集積され、その光はかすかに銃口から漏れていた。 ラートはふたつの光に目を奪われ、それ以外のモノには、目がいかなくなっていた。 そして、エックスは銃口をゴーストに向け、警告する。
「おやめください!」
鋭い声が、流れる水を斬り裂く剣のように、時間の流れは加速して元に戻った。その瞬間、ゴーストの手はエックスの体を貫き、後ろにあったラートの壁に触れた。 やがて、壁を形成する物質は崩れはじめ、分解していった。
「これは...」隊長は我に返ると、ゴーストが壁に向って何をしているのかをじっと見ていた。 「あたた…」館長が床から立ち上がって、ぶつけたお尻をさすりながら、「こいつ、まさか、私たちの美術品を盗むつもりなんでしょうか?無駄ですよ、なにしろ私たちが今展示しているのは実物ではなく、すべて…」、 「違う、この壁をコピーしようとしているぞ」ラートが言った。 その声は弱く、顔には何の表情もない、ゴーストの行為を、全身全霊で見守っているといってもいいようだった。
エックスは再び銃口を幽霊に向け、隊長も対アンドロイド用の電気銃を構えた。銃の照準が、まっすぐに幽霊をとらえる。 しかし、赤いゴーストは動揺するどころか、何も怖れていない様子だ。 エックスも隊長も引鉄に指を添えただけだった。撃っても当たらないだろう、とふたりはこの状況を熟知している。まるであざ笑うかのような態度で、ゴーストは横目でエックスを見た。その顔はまるで解けてしまっているようで、目か鼻か口かを見分けることができないぐらいだ。エックスはゴーストの横顔から表情を読めない。 観察されている。
その視線はエックスの装甲を貫いていた。内部はもちろん、エックスの瞳の向こうにある壁にまで達しそうな視線である。
ラートの壁は崩れ続け、元々大人の身長くらいあった壁は、まるで巨大な”時間”によって潰され、破片は地面に落ちる前にさらに小さく分裂し、やがて、虫眼鏡を使っても見えなくなるほどまで粉々になって、消えた。
壁が完全に消えると、赤いゴーストはまるで最初からいなかったかのように、ただ強いイメージだけを残して、姿を消した。
「今のは幻?それとも幽霊ですか…?」 館長がつぶやいた。あれは真実か、それとも幻か、今はもう判断できなかった。 ただ彼は何か思い出したように、再びラートの壁を映し出そうとリモコンを操作したが、映写機のモニターには「empty」の文字が無情に映し出された。
「ない…ない…私の芸術品が!!!!」館長はリモコンを叩いて、ボタンを何度も押した、「私の芸術品はどこにいった!?」 「盗まれたんだよ…いや…むしろ」ラートが言った「奪われたんだよなぁ…私たちの目の前で」 「もう一枚描いてくれ!いますぐにだ!」館長は情けなくラートの襟を掴んで叫んだ。 「申し訳ない。データはすべてそちらに渡したんだ。もう一枚を描くんなんで無理な相談だ」 「じゃ、私の絵はどうするつもりだ!?私の美術館はどうなる!」 「ここにあるじゃないか」ラートはエックスを指差した。「彼は私の絵の価値を記録した。そして、他の無数のアンドロイドたちもそうだ。この絵の目的はもう達成した。私はもう満足だよ。」 「幽霊が私の絵を盗んだぞ!…このままじゃ、笑い話になりかねん…そうだ…警察!警察がいるじゃないか!」館長は隊長より身長が頭一つ分低かった。その館長が隊長の鼻を指差しながら、「貴様らが絵をちゃんと守っていないから盗まれたんだぞ!責任を取れ!」と言った。 「…人間にしろロボットにしろ、幽霊相手じゃどうしようもないぜ。」 「監視カメラの画面を見れば分かるだろう!全部貴様らのせいだ!」
館長はリモコンを持ちながら、人差し指で何桁もあるパスワードを入力して、再びカラとなった場所に向けてボタンを押した。すると、「empty」の表示は監視カメラのモニターに切り替わり、そこに映し出されたのは、エックスバスターを構っているエックス、手を伸ばして何かを掴もうとしたが何も掴まえられず、また壁に向かって銃を突きつけた隊長、転んだ館長、そして、じっとして動かないラートだった。 まさに絵が盗まれる前の瞬間である。 ラートの壁は次の瞬間崩れ始め、そしてヒステリーを起こしかけた館長が画面に映し出された。すこしばつが悪いようで、館長は素早く監視カメラの画面をいくつもの角度に切り替え、赤いゴーストの姿を探そうとした。しかし、大都会美術館に12台ある、それぞれ異なる角度を監視しているはずの監視カメラは、ゴーストの姿を見つけることができなかった。 ラートが座っていた。 館長が隊長とエックスを連れてきた。 壁が現れた。 壁が倒れた。 「empty」。
「empty」「empty」「empty」「empty」「empty」「empty」 「empty」「empty」「empty」「empty」「empty」「empty」
十二の「empty」は赤いゴーストが壁を携えて消えたという事実を何よりも強く示していた。
「うちのほうで事件として受理してやってもいいが、しかし、たぶん機械のエラーによるデータの紛失として処理されるだろうな」隊長が言った。 機械のエラー、つまりそれは管理側のミスになる。 それを聞いて、館長は「いやいやいやいや、そうですね~この絵の展示は今日までで終わることにしてましたから、はい。ですから、もう展示は終わりですよ、はい」と慌てて言った。それからリモコンを操作し、別の作品が出てきたのを確認すると、ほっとした様子になった。が、ラートがまだ座っていたのを見て、「まだここに用があるってのか?ないならとっとと帰れ!」と手でラートを追い払った。
隊長とエックスはラートを連れて大都会美術館を出た。 その時、美術館にある巨大な看板には、メイン扱いのはず「だった」ラートの壁が、すでにほかの作品に変わっていた。 そして、その下には「当美術館にお越しくださり、誠にありがとうございました。ラート氏の作品は都合により、本日で展示を終了いたしました。次回展示予定の作品は…なお、ギフトショップでは同氏作品のレプリカキーホルダーを販売しており…」という小さな字幕が映っていた。
「これからどうするつもりですか?」エックスはラートに言った。 「まあ、美術館をクビになって、前の職場ももう戻れない…また職探しするってことだよ。」 「前の仕事はなんですか?」 「インテリアデザイナーさ」 「なるほど。だからあんなにいい壁絵を描けたんですね。」 なにもかも理解したような言草だが、隊長はいまだにあの壁がどこかいいんだか分らないままである。