「…ん…っ。」
真っ暗だった視界に光が差し込む。
木目の天井と、中央にぶら下がる少し古めの蛍光灯。
ここは何処だ?そんな疑問が頭をよぎる。
「…あっ!眼が覚めたんだね!」
直ぐ近くで声がした。若い男性の声だ。
ぱたぱたと駆け寄る音が頭上で止まり、彼の黒い体は抵抗なく持ち上げられた。
「よかったぁ…。もう助からないかと思ったよ…。」
整えられた黒髪と黒眼、細いフレームの眼鏡の男。
若草色の袴姿は、まるで明治時代からタイムスリップした教師のようだった。
誰だ、お前。と声をあげそうになったが、咄嗟に声を出すのをやめた。
恐らく人間だろう。驚かすわけにはいかないと考えたからだ。
「どうしたの?まだ話せないのかな?」
此方を覗き込むように男は言った。
心配そうな眼は同時に「無知」と「無邪気」を思わせたのは、気のせいだろうか。
男は暫く考え込んでいたが、そのうちに「あっ」と思いついたかのように叫んだ。
「ああ、ごめんね。もしかして僕を『人間』と勘違いして警戒していたでしょう?」
「!」
この男、自分がただの猫でないことに気付いている。
いや、尻尾が2本あるから普通気付くはずだが、ただの猫でないと「気づいていて拾ってきた」ようなのだ。
腹部の痛みさえなければ彼は思わず起き上がり、身を乗り出していたことだろう。
男は微笑むと、そっと片手で自身の両目を覆った。
数秒、眼頭を抑え、その手を下ろした。
男の眼は、血の色に変っていた。
「…!」
「『怖がらなくてもいい。僕も「妖怪」だ。君とは生まれも立場も違うけどね。』」
「『やはりまだ傷が痛むようだね。ちょっとまってて。今薬をとってくるから。』」
再び布団の上に寝かされた彼は、「妖怪」の男をただじっと見ていた。
「…あの…。」
「『? どうかした?』」
自分が話しかけても驚かない。嘘をついている風ではないと見た。
「何で、俺のこと…。」
「『そりゃあ、眼の前で生き物が死にかけてて通り過ぎるわけにいかないだろう?それも、同胞がさ。』」
「…そんな理由で、か?」
「『当たり前だろう?』」
男は笑い、彼の腹部に巻かれていた包帯を取り換えだした。
「『しかし、やられたなぁ。訪問計画前にまた被害者が出てしまうなんて…。』」
独り言を呟く男。その声はどこか安心させるような、ひきつけるような響きがあった。
「また…?」
「『このところ、妖怪を中心に人外が相次いで被害にあってるんだ。そこで、仲間と妖怪達を訪問して、注意を呼びかけようと思ってたんだけど…。』」
「そうだったのか…。」
「『…でも、どのみち君は暫く動けないよね。どうする?僕の家にいてもいいけど。』」
「えっ?」
「『いや、その方がいいよ。またいつ被害者が出るかも分からないし、抹殺しに来るかもしれないし。』」
彼は慌てて首を振った。
「そんな、でも、迷惑じゃねぇのか?」
「『ううん。寧ろ久しぶりにいかせのごれに帰ってきて、寂しかったのもあるんだ。』」
「寂しいって…お前男だろ;」
「『まぁね。…とにかく遠慮はいらないよ。どこかの小説でも、野良猫が教師の家に住み込むじゃないか。』」
「教師…やっぱりお前、教師なのか?」
「『うん。復帰はまだ先になるけどね。』」
ふと、男は思いついたように聞いた。
「『ところで君、名前は?』」
「…シキ。前の飼い主が付けてくれた。」
「『シキか。もしかして、春夏秋冬の?』」
「お!分かるのか!四季折々の風景が大好きだったんだよな。」
「『良い名前だね。羨ましいよ。』」
「…それで、お前は…?」
シキが問うと、男は微笑みを湛えたまま此方を向いた。
「『…
百物語組「第一二話 奇怪音と無音」。
カイムって呼んでくれるかな。』」
最終更新:2011年06月14日 21:52